第81話「格の違いを教えてやる」
場所は移って神殿の頂上へと至る階段――その中腹。
志摩姉妹とセルシウスの熾烈な戦いは、二対一にも関わらずセルシウスが押していた。
「こんなもんかよ、異世界の魔術師ってヤツは!」
神殿の外部は高低差の激しい棚田のような地形をしている。そこを飛び交いながらの戦闘ともなれば、機動力がものをいうのは自明の理。
魔術の行使はすべて回避行動と並行して行われ、両者の攻撃と防御が目まぐるしく入れ替わっていた。
階下の姉妹を見下ろして、セルシウスはにやりと微笑んだ。
指先に火を宿し、火球を形成。
それらを両手の指に押し並べ――、
「――そらァあッ!!」
手のひらで仰ぐように投げつけた。
弾数は指の数だけ。つまり全部で十発の火球が二人を狙って分散した。
着弾するまでの時間はおよそ一秒。
その間に、朝音はすでに駆け出していた。
というより、最初からずっと走り続けている。
「よっと……!」
走って跳んで、体を捻ってすたっと着地――。
追尾する火球を身のこなし一つで躱して魅せた。
この場に体操の審査員がいれば、思わずうなって彼女に高得点をあげたに違いない。
茜音はといえば、朝音とは対照的にその場から一歩たりとも動いていなかった。
「地下だというのにコバエがうるさいわね。おまけに暑苦しい」
魔法陣を展開し魔弾を装填、即座に発射した。
火球五発を的確に撃ち落とし、爆風でなびく髪を耳にかける。
これが志摩茜音の魔術、《無手の魔弾》。
展開した魔法陣から遠隔で魔力弾を射出することができる。魔法陣を重ねれば威力や弾速を上昇させることも可能な、攻撃特化の砲撃魔術だ。
見方を変えれば、ただ魔力を撃ち出すだけの魔術にすぎないが、彼女が有する膨大な魔力で撃ち出された魔弾には、小細工を必要としないほどの火力がある……!
「カハハハッ! なんだなんだ、怒ってたわりには大人しいじゃないか。斜に構えてないでもっとがっついて来いよ!」
「野蛮なお前と一緒にしないでちょうだい。そんなことより……お前、あの子とはどういう関係なのかしら」
「あの子? あぁ、あのガキのことか。そうだなぁ、一言でいえば弟弟子みたいなモンか」
「お、弟弟子……?」
「信じられないだろうが本気だ。時期は違うが、私らは同じ爺さんに拾われた。だから私にとってあのガキは一応弟弟子。つっても話したことなんてほとんどないけどな。あんなガキ、私は興味なかったし」
「……さっきから人の弟のことをガキガキって……! ちゃんと名前で呼びなさいよね!」
火球の追尾を振り切った朝音が茜音のもとへと帰ってくるやいなや、セルシウスに苦言を呈した。
当の本人は、本当のことを言って何が悪い、と悪びれもせずに笑っている。
「世間知らずのお子様にガキ以外の呼び方があるかよ。魔術の勉強はできても社会で生きていくための知恵は誰も教えてあげなかったみたいだな」
「知った風な口を……!」
朝音は反射的に飛び出していた。
階段を十段ほどすっ飛ばして、いけ好かないセルシウスの顔面目掛けて拳を繰り出した。
だが、その拳は届かない。
「――《煉獄の柱》!」
朝音の行く手を阻むように、足元から炎の柱が吹き上がった。
大気を吸い込んで吐き出される熱風が朝音を強く拒んだ。
「あっつーい! もうっ、髪がちょっと焼けちゃったじゃない!」
「カハハハハッ! いいじゃないか、もう少しで髪だけじゃなく全身にいい焦げ目がついただろうに」
「少し落ち着きなさい朝音。――それで、あの子はそちらでどのようにお世話になっていたのかしら」
「……はぁ?」
想定外過ぎた茜音の問い掛けに、セルシウスは首を傾げた。
まだこの話を続けるのか、と言いたげな顔だ。
どうしてそんなことが知りたいのか。
そんなことを訊いてどうするのか。
そもそもの話――、
「んなことは本人に聞きゃいい話だろうが。なんで私に訊くんだよ」
「お前に訊くのが一番手っ取り早いというだけのことよ。だから回りくどい話は抜きにして、単刀直入に訊くことにするわ。――一体誰が、天多にこんなことをさせているのかしら?」
随分恣意的な問いだった。
それではまるで、この復讐劇が彼の意志ではないかのようではないか。
事実として天多は自分の意志で行動している。それは間違いない。
だけど、もしそうなるように仕向けた人物がいるとしたら?
茜音の試すような視線を、セルシウスは鼻で笑ってしらばっくれる。
「……おいおい。させるも何も、これはあのガキが勝手にやってることだぜ? 自分を捨てた父親をぶっ殺す。ついでに世界もぶっ壊す。反抗期と思春期が一気にやって来たようなモンだろ。こういうの、こっちの世界じゃなんて言うんだっけか……あぁそうだ、‟キレやすい若者”だ」
めちゃくちゃな論理を、明け透けな悪意で持って言い放つセルシウス。
茜音は淡々と聞き返す。
「じゃあ、どうしてお前はあの子に肩入れしているのかしら?」
「その方が都合がいいからさ」
「ならその都合とやらを聞かせてもらいましょうか」
「いいぜ……。ただし、私に勝てたらな――《煇焔剣》!!」
突然空気が発火した。燃え盛る炎の中へ手を突っ込むセルシウス。そこから引き抜いたのは、フィルフィーネとの戦いでも見せた刀身の長い両手剣。
歪な形に波打つ刀身が炎を纏って周囲の敵を威嚇する。
ここからが本番だとでも言うように、セルシウスの魔力が跳ね上がった。
そして彼女の魔力に呼応するように炎はさらに燃え上がる。
「こっちの世界の平和ボケした魔術師共に、格の違いを教えてやるよ――ッ!」
セルシウスが階段を蹴って飛び降りた。
そう認識した瞬間には、すでに茜音の喉元にまで《煇焔剣》の切っ先が迫っていた。
《煇焔剣》の全長は約一.五メートルほど。伸ばした腕のリーチを合わせればその間合いは二メートルを超える。
ゼロからマックスへ、爆発的な加速による神速の突き。
顔色一つ変える暇さえない時間の中で、朝音だけは彼女と同じ速さで動いていた。
「そうはさせないもんねっ!!」
茜音の首を狙う《煇焔剣》に、朝音が突き出した右腕が衝突した。
《獣化》によって両腕をヒグマの腕に変身させた朝音は、《煇焔剣》の刀身をピンポイントで横から叩き、突きの軌道を逸らした。
熊の膂力だけでは不可能な超絶技巧。
それを可能とするために、朝音は更なる獣の力を複合させていた。
ヒグマの腕、虎の脚、そして鷹の眼。
今の彼女は、三種の獣の力を合体させた亜獣人――。
「――《獣化・混成変態》」
一度に複数の部位を変身させる変則的な魔術運用。
感覚の異なる身体機能の併用は、それぞれに最適な‟感覚”が求められる。
複雑かつ繊細な神経伝達の制御は、並の魔術師ではやろうと思ってもまずできない。
まさしく天性の‟感覚”を持つ朝音だからこそできる離れ業だ。
セルシウスは朝音の姿をじろじろと眺めてから、微妙な表情でこう言った。
「器用なヤツだ。たしかにすごい。すごいとは思うが……その見た目の悪さはどうにかならなかったのか?」
「はあ? ちゃんとかわいいでしょうが! このかわいさがわかんないとか、あんたさては動物嫌いでしょ」
「好きでも嫌いでもねえよ。つか、むしろ動物好きがみたら卒倒するだろその恰好」
「んなワケないでしょー! 毛並みとか毛ヅヤとか、ちゃんと気を使ってるんだからね――!!」
いや、そういう問題じゃないだろ、とセルシウスは苦笑した。
朝音はヒグマの腕を上半身の前で構え、ファイティングポーズを取った。なめらかな足運びでセルシウスへと肉薄し、ボクサーさながらのパンチを繰り出す。
神殿の中央に位置する足場の狭い階段から、外壁の上へとセルシウスを押し出していく。
《煇焔剣》を振って応戦するセルシウス。纏った炎が鞭のように跳ね、朝音を襲った。
朝音は炎の熱に肌を炙られないように、体を左右にゆらゆらと振って炎を躱す。
そして、年末の特番で見たボクサーの動きを見様見真似で再現する。
「ワン・ツー、ストレート! ……からのぉ――アッパー!!」
「くっ……! テクニックもクソも無えっ。パワーとスピードだけでゴリ押してるだけじゃねえか……! その毛むくじゃらの腕、私が上等な火加減で焼き切ってやるッ!」
朝音が踏み込んでくる直前、セルシウスは体を引いて半身になった。飛び込んでくるであろう拳を迎え撃つべく、《煇焔剣》を上段に構えると、刀身に纏った炎を推進力として、繰り出された腕を狙って振り下ろした。
華麗な体捌きと剣技だった。剣の重さはもちろん、炎の熱をしっかりとエネルギーとして活用している。
……さすが、言うだけのことはあるって感じね。でも私だって、伊達で志摩の魔術師を名乗ってないんだから――!
「ぬんっっ……!」
繰り出そうとしていた左腕は止められない。
それならばと、朝音は踏み込んだ左足にさらに力を込めて床を踏み砕いた。
「なっ――⁉」
セルシウスの体勢がぐらりと崩れる。
砕けた床に足が沈んだことによって太刀筋が乱れた。
目標を見失った《煇焔剣》は、砕けた床を叩いてどろどろに溶かしてしまう。
熱いどころの話ではない。もはや剣の形をしたはんだごてだ。
もし生身で受けようものならば、人体なんて簡単に炭化してしまうだろう。
……さっき剣を突いた時、素手で殴るんじゃなくて爪で叩いてよかったぁ……!
野生のカンが働いた……ということはなく、単なるリーチの問題だったわけなのだが。
結果良ければすべてよし、と朝音はぺろりと舌を出した。
「あのタイミングでもダメか。一体どんな運動神経してんだか」
「企業秘密だよーだ」
「……いや少なくとも隠せてはないだろ」
《獣化》で変身した外見は誤魔化せない。
見る人が見れば、朝音が何の動物の力を得ているのかは一目瞭然だ。
変化の少ない変身も可能ではあるが、それをすると今度はごく一部の力しか発現できない。
つまりは、リスクとメリットが釣り合っていないのだ。
これが《獣化》がマイナー魔術たる所以。朝音のような楽観主義者でなければ、この魔術を十全に扱うことはできないだろう。
セルシウスは冗談めかして言う。
「そういや、昔熊肉は食べると臭いって聞いたことがあったな。お前の腕は、果たしてどうかな?」
「ふん、美味しく食べたいんなら大事なのは血抜きだ……よっ!」
再び朝音が仕掛けた。
さっきまでのボクシングスタイルと違って、今度は本物の熊のように腕を大きく振りあげた。
炎に焼かれることを嫌ったな、とセルシウスは剣を低く構える。
すると、突然朝音の体がふらりと横に倒れた。セルシウスが忘れかけていた脅威が意識の外から現れた。
茜音の魔弾だ。
「チィッ……! ――《炎幕》!」
セルシウスは剣を構え直す暇もなく、とっさに炎の壁で自身を守った。
魔弾の多くは炎に阻まれて焼失したが、一発だけ炎の壁を突き破ってセルシウスの頬をかすめた。
切れた傷口から流れ出た血をぺろりと舐め取る。
やはりというべきか……戦闘が始まってからというもの、茜音は一歩たりともその場から動いていなかった。
「あら、ごめんあそばせ。私を忘れているようだったからつい手が出てしまったわ」
「忘れてねえよ。お前みたいな魔力を固めて撃ち出すことしか能がないヤツは後でどうとでもできるってだけだ」
「そう。じゃあ――」
「――これはどうかなっ!」
「何っ――ぐあっ……⁉」
セルシウスの背後に回り込んだ朝音が、セルシウスの背中を蹴りあげた。
虎の脚力で蹴られた背骨が軋む。
死角からの攻撃に対し、セルシウスは反射的に振り返ろうとした。
「ぐぁっ……!」
茜音の魔弾が、その意識の間隙を突いた。
……マズイっ、この位置取りは――!
そこからは姉妹の独壇場だった。
至近距離で手数でゴリ押す猛獣と、遠距離から致命の一撃を狙う魔弾の射手。
交互に繰り出される二人の連携攻撃に、セルシウスは一歩的な防戦を強いられた。
二人の連携に合図はない。双子ならではの阿吽の呼吸でピタリと動きが噛み合っている。
セルシウスが一歩後ろに下がるたび、朝音の熊手が内蔵を抉ろうとした。
そちらにばかり気を取られていると、今度は茜音の魔弾への対処が遅れた。
……獣女のパワーとスピードは大したもんだが、何より厄介なのはその立ち回り方だ。自分の体を使って私の視界を遮ることで、あの大砲女の射線をギリギリまで隠してやがる……!
「さてはお前、狙ってやってるな?」
「当然っ!」
これぞ姉妹の必勝スタイル。
長年苦楽を共にしてきた彼女たちだからこそ成立する連係プレーだ。
二人を同時に相手取って、敵う魔術師などそうはいない。
――ただし、それはこっちの世界に限った話である。
「吼えろ、《煇焔剣》ッ!!」
「え……⁉」
《煇焔剣》の炎が轟と吹き上がった。
朝音の退路を断つように、獄炎が渦を巻いて取り囲む。
……あ、これマズったかも。
「獣は獣らしく、檻の中にでも入ってやがれ!」
逃げ場を失った朝音は、そのまま紅い炎の牢獄へと幽閉されてしまった。
抜け出そうにも炎の壁は厚く、そして熱い。このままでは炎に焼かれてしまう前に、肺や気道を焼かれかねない。
必死に呼吸を堪えて耐える朝音。
そして目障りだった前衛を封じ込めたセルシウスは、後方で控える茜音目掛けて疾走する。
「後ろからチクチクやってるだけってことは、『近寄られると困るんです』って言ってるようなもんだよなあッ――!」
彼我の距離はわずか十メートル。
逃げる猶予は与えられなかった。
「もらったァ!!」
無防備に立ち尽くす獲物に向かって、意気揚々と剣が振り下ろされる。
肉が焦げる音と骨を断つ感触が返ってくるであろうことを予感して、セルシウスは恍惚の笑みを浮かべていた。
しかし、返って来たのは腹部を突き刺す猛烈な痛みだった。
「がはっ…………⁉」
……なんだ……一体、何が起きた……?!




