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第78話「異世界召喚」

 実の父親に捨てられ流れ着いた異世界の地で、身寄りのない僕の面倒を見てくれた人がいた。

 あの人は自分のことを〈協会〉という組織の偉い人なんだと言ってたけど、その時の僕にはよくわからなかった。

 

「たしかに君には他人よりも劣っている部分がある。でも、君が他人より優れている部分だってあるんだ。あまり自分を過小評価するものではない」


 暗闇の中で一筋の光を見つけたような心地だった。

 あの人は僕に魔術との向き合い方を教えてくれた。普通のやり方でダメなら、君にあったやり方を模索するべきだと。

 そのとおりだと思った。だから今までの常識はすべて捨てた。

 そうしてたどり着いたこの方法は、きっと他の魔術師からすれば邪道も邪道で、だけど僕にとってはこれ以上ない妙案でもあった。


 ――はじめて自分の意思で魔術を使った日の興奮を、僕は一生忘れないと思う。


 僕の努力を、あの人は肯定してくれて……あまつさえ褒めてくれた。

 嬉しかった……。誰かに認められることが、こんなにも心が満たされるものだとは思わなかった。


 ……あの人の期待に応えたい。あの人の望む魔術を作って、あの人の役に立ちたい……!


 いつの間にか、僕は〈協会〉という組織の一員として魔術を開発するようになっていた。

 戸惑いはあったけど、不思議と嫌じゃなかった。一から術式を組み上げるのは楽しかったし、何よりあの人の力になれることが嬉しかった。

 元の世界では何の役にも立たなかった僕が、生きる意味を見つけられた。

 毎日が本当に楽しくて、とても充実した日々だった。 


 そして、二年の歳月が流れた頃――――僕はあの人に裏切られた。


 また捨てられた。

 また裏切られた。

 また利用された。


 結局のところ、信じた僕が馬鹿だった。それだけの話。

 だから……この話はここでおしまい。

 志摩天多が魔術師として誰かの役に立とうだなんて、そんな夢物語は捨ててしまおう。

 誰にも必要とされず、どこにも居場所がない――そんな世界はらない。


 こっちの世界とあっちの世界。

 その両方を僕が否定してみせる。


 この復讐は、僕に許された正当な権利だ。

 でも、ただ復讐するだけでは意味がない。

 自らの手で奴らの予想を裏切り、予測を超えて、その上で何もかもをぶち壊す。

 それでこそ復讐を果たす意義がある。

 求められた役割を果たせずに捨てられた自分が、求められた以上の領域へ至ることができたなら――。


 ――その時はきっと、とても清々しい気分で、心の底から笑えるはずだ。


 †


「あははははははははははァ――!! 成功だ……っ! 僕の召喚術が、世界を滅ぼす狼煙となったんだ!!」


 空を仰ぐ天多の笑い声で天多は我に返った。

 落ちてくる異世界はまさしく滅びの先端で。。

 どうやらこの神殿は、終末を迎えるための舞台装置だったらしい。

 背筋どころか頭のてっぺんまで寒くなった。

 異世界をまるごと召喚するなど前代未聞だ。

 魔術とは神秘を再現するための手段であって、奇跡を起こすためのものではない。

 エネルギー保存の法則は絶対だ。足りないエネルギーは魔力で補われるというだけであって、無から突然エネルギーが発生したりなどしないはずなのだ。


「異世界をまるごと召喚するなんて、そんな魔力が一体どこに――……あ」


 魔力ならある。

 足元を流れる霊脈から、今も魔法陣にこんこんと注がれ続けている。

 霊脈を流れる魔力の大本は星の生命力。

 言うなれば、この星が天多の魔術の動力源そのものだ。


「勘違いしているようだけど、僕が召喚したのはメルセイムじゃない。世界樹だ」

「……どういうことだ?」

「世界樹は、メルセイムが生命いのちの循環を円滑に機能させるために用意した端末のようなものだ。その機能は、ほとんどメルセイムの意思決定機関と言っていい。そして、その世界樹の根はいまやメルセイム全土に深く根を張っている」

「それとお前の魔術に、一体何の関係がある……!」

「例えば、地面から雑草を引っこ抜いた時に周りの土が一緒に付いてくることがあるだろ? あれと一緒だよ。世界樹を召喚しようとしたら、異世界が一緒に付いてきた。空に見えてるあれは、今まさに世界樹をメルセイムの地上から引っこ抜こうとしてる途中なのさ」


 単純な理屈でしょ、と天多はさらりと言ってのけた。

 何が単純なものか。何年も掛けて世界樹を調査し、研究と実験を重ねた理論をそんな風に言えるのは彼くらいなものだろう。

 よくよく考えれば、天多の詠唱は明確に世界樹へと語りかけるものだったような気もする。

 つまり天多の狙いは、最初から世界樹を喚び出すことにあったということで。


「じゃあ、沙希をさらった理由は……」

「世界樹を召喚するための材料だよ。聖女の魂と世界樹は繋がってるからね。その繋がりを利用して、世界樹に呼び掛けたのさ。――お前の大切な聖女はここにいるぞ、ってね」


 世界樹と聖女の繋がりは、あたかも運命の赤い糸のように深く結びついてしまっている。切っても切れない縁を利用されては、たとえ世界樹といえど拒絶することができない。

 だがもし、その繋がりを断つことができれば――。


「……ってことは、沙希を助け出すことができれば、まだ召喚術を止められるかもしれないってことだな」

「たしかに、見ての通り召喚はまだ途中だ。あれだけのものを召喚するには、さすがに時間が掛かるらしい。もし君が勇敢にも僕を打ち倒して彼女を解放することができればあるいは……なんて、本当にそんなことできると思ってるの?」

「逆に聞くけど、できないと思うか?」

「できないさ。僕がさせないから――ねッ!」


 天多が右腕を悠真に向けてまっすぐ伸ばすと、足元の影がそれに追従した。見た目はただの黒い帯のようなだが、その先端は鋭く尖っている。

 天多の手を離れ射出される影の槍。高速で伸びる影は輪郭を視認しづらいせいもあってか、非常に距離が測りにくい。

 けれど速度が速い分、軌道は正直だ。

 悠真は体を横へ転がせて影の槍の射線軸から逃れる。


「くっ……!」

「君が使える魔術は『魔術式の解析』と『解析した術式の書き換え』、この二つだけだろ。なかなか珍しい魔術だけど、触れられなければどうということもない。――分裂スプリット射撃シュート!」


 今度は分離した影が雨粒のように細かく分かれ、鋭い針となった。

 サブマシンガンのように乱射された数百発もの針の弾丸を、悠真は無我夢中で走って、跳んで、逃げ回る。


「こうやって遠距離からの攻撃に徹していれば、君は文字通り手も足も出せない。君は何もできないし、誰も救えやしない。それで時間切れだ。この世界は異世界と共に滅びる運命なのさ!」

「そんなこと一体誰が決めたって言うんだ!」

「――僕さッ!! 僕意外に誰がいる⁉ 世界樹が召喚され、メルセイムが落ちて来ればそれまでだ。隕石の落下なんて比べ物にならないほどの大災害が巻き起こる! この星には、メルセイム(あれ)を受け止められるだけの余裕は無いのだから!」

「お前だって死ぬかもしれないんだぞ⁉」

「それがどうしたっ――!!」

「ぐあっ……!」


 避けきれなかった針が腕や足に突き刺さる。

 思わず痛みで足を止めそうになったが、一瞬でも走る速度を緩めればその時点で全身が穴だらけにされてしまう。

 悠真は下唇を噛んで懸命に逃げ回る。

 幸運なことに、天多も影を切り離して撃つのには限界があった。

 天多は射撃を中断し、残った影で悠真を両断すべくゆっくりと悠真に歩み寄った。

 絶対に外さない距離で、確実に仕留めるために。


「はぁっ……はぁっ……!」

「哀れだな。魔術師でありながら、魔術を使うことすらできないなんて。まるで昔の僕を見てるみたいで気分が悪くなりそうだ」

「……同族嫌悪ってやつかもな」

「僕と君が同じだって言いたいのか? バカバカしい……もう死んでくれ、藤代悠真。先にあの世で妹を待ってるといい」


 いつの間にか、天多の右手には影でできた剣が握られていた。

 刃が届くはずもないのに、天多は大きく剣を振りかぶる。


 ――届かないのなら、届かせればいいだけなのだ。


「《一刀影断シャドウブレード》」


 袈裟切りに振り下ろされた剣先から、影の斬撃が飛んだ。

 斬撃は神殿の床を削りながら悠真の肉を断とうとする。

 回避は間に合わない。《解析》をする暇もない。

 ならば迎撃するしかあるまいと、悠真は右腕を前に突き出した――!


術式装填コール・ブランド――《白藍の氷剣(アイスソード)》!!」


 突如として、宙に二振りの氷の剣が現れた。

 美しくも儚い白藍色しらあいいろの氷の剣が、主を守ろうと黒塗りの斬撃と打ち合った。

 白を蝕まんとする黒と、黒を祓わんとする白。

 両者の力は拮抗し、鍔迫り合いのような力比べが続いた。


「うおおおおおおおおああああああああっ!!」


 ――咆哮一閃。

 氷の剣が勢いよく振り抜かれ、黒の斬撃は真っ二つに切り裂かれた。

 役目を終えた氷の剣に亀裂が走り、粉々に砕け散った。

 砕けた氷に光が乱反射してきらきらと光る。

 そんなバカな、と天多は困惑した様子で悠真を見た。

 ありえないものでも見たかのように、悠真を指差しおののいた。


「……どういうことだっ。()()()()()()()()()()()()()使()()()()()⁉」


 勝ち誇った悠真の笑みに、天多は眉間に皺を寄せて不快感を露わにするのだった。

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