第73話「力加減にご用心」
地底に穿たれた横穴は、無限に続く迷宮の始まり。
悠真たちは等間隔に敷き詰められた照明の光を頼りに、トンネルの奥へと足を運ぶ。
代り映えのしないトンネル内は、一本道だというのにまるで迷宮のよう。
どれだけ走っても変わらない景色のせいで、本当に先に進んでいるのか自信が持てなくなりそうだった。
途中、現れた魔獣をフィルフィーネが蹴散らした。群れからはぐれたのか、それとも突破されることを見越して配置されていたのかはわからない。
どちらにせよ、少数の魔獣を相手にフィルフィーネが手こずるはずもなかった。
「はっ! せいっ! そりゃあ――っ!」
疾走しながらオウルベアへ槍を突き出し、そのまま奥のヴェノムリザードを撫で切りにする。振り上げた槍でヴァンバットを叩き落すと、邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばす。
後続の魔獣たちをまとめて吹き飛ばしたおかげで、悠真たちは悠々と通過できた。
「ご、豪快だなフィーネ。頼もしい限りだけど、そんなに飛ばして大丈夫か?」
「このくらいウォーミングアップみたいなものよ。それにここに来てからなんだか調子がいいのよね。なんでかしら」
「多分それ、マナが豊富だからだよ。ほら、このトンネルって地下深くにあるでしょ? それだけ星の中心により近い場所ってことになるから――」
「――地上よりも大気中のマナが濃いのは道理、ということですね」
「そういうこと♪ ハーゼちゃんに10ポイント!」
謎のポイントを獲得したハーゼは、右手でVサインを作り真顔で喜んだ。
「な、なるほど……都会よりも田舎の山の中のほうが空気が美味しい、みたいなもんか」
「なんかちょっと違うような気もするけれど……とにかく、今の私は絶好調ってこと。安心して付いて来てちょうだい」
自信満々に宣言したフィーネの背中を追い掛けるように、悠真たちは再び走り出す。
彼女は自分たちが追い付ける速度で走りながら、魔獣を見つけ次第真っ先に処理してくれている。
気配を察知し、先手を取って敵を討っては後続を確認して走り出す――。
そんな一連の流れを、すでに三回は繰り返している。
「……いいの? あのままにしておいて」
悠真と並んで走る朝音は、何かを危惧するように言った。
たしかにフィーネは調子が良さそうだ……けれど、どこか前のめりになり過ぎているようにも見える。
でも悠真はそんなことは重々承知の上で、
「――あいつなら大丈夫です。いざとなったら、俺がサポートしますから」
と言って微笑んだ後、フィルフィーネに離されないように走る速度を上げた。
朝音は目を丸くした。
ひたむきな少年の後ろ姿には、甘酸っぱい青春のかおりが香っていた。
「ん~、そっかそっか。いやぁー男の子だねぇ」
「……? 何を当たり前のことを言ってるんですか?」
「おや、お嬢ちゃんにはまだ早かったか~。大丈夫だよ。あなたにもきっといつかわかる日が来るから……――なんちゃって☆」
「…………はい?」
朝音の奇妙な言い回しに、ハーゼは真顔で首を傾げるのだった。
その後もまっすぐに伸びた横穴を駆け抜けること――さらに五分。
「止まって――!」
フィルフィーネの号令に従って、みんなが一斉に足を止めた。
どうやらここが終着点のようだ。
悠真は乱れた呼吸を整えてから、フィルフィーネの横に立って一緒に目の前の壁に視線を注いだ。
――そう、壁だ。
巨大な壁が口を閉ざすようにして道を塞いでいる。
「ここがトンネルの一番奥?」
「そうみたいね。よっぽど危険な場所みたいよ」
見ればあちこちに『危険』や『立ち入り禁止』の文字が書かれた看板やバリケードが築かれている。
例の崩落事故が原因で封鎖されたのだろう。鉄板とコンクリートが隙間なく打ち固められた壁は、他の壁とは違って明らかに造りが雑だ。急造で設けられたのが簡単に見て取れた。
「――で、どうやってこの壁の向こうに行くんだ?」
悠真は目を凝らして壁を観察するが、人が出入りできるような場所は見当たらなかった。
端から端まで歩いてみても、結果は同じ。
試しに壁を叩いてはみたものの、ごんっ――という鈍い音が返ってくるばかり。かなり分厚い壁のようだ。破壊するのは困難かもしれない。
いや、魔術をもってすれば破壊すること自体は可能かもしれない。
だが――。
「みんなちょっと下がってて。こんな壁、私が蹴り破って――」
「わぁああ待て待て待て!! 止まれバカ!!」
助走を取って腰を落とすフィルフィーネを、悠真が大声で制止した。
「ちょっとユーマ、誰がバカですって⁉」
「お前だお前! こんなところでお前の馬鹿力で全力キックなんてしてみろ! 壁どころか天井ごと崩れかねないだろうが!」
「じゃあどうするのよ。他に出入り口もないのに、こんなところで足を止めてる暇はないわよ」
「いいからちょっと待ってろって。ちゃんと考えがあるから」
ヘソを曲げるフィルフィーネをなだめると、悠真は周囲の地面を注意深く観察し始めた。
ハーゼの話では、ここで天多の魔力が突然途絶えたということだった。きっとこの壁の向こうに転移したのだ。
学校で見た天多の魔術は、即興で用意できるような代物ではなかった。魔法陣の設置や転移座標の指定、術式の演算処理などかなり手間を掛けたはずだ。
それだけ念入りな準備が必要な魔術というものは、何かしらの痕跡が残りがちなもので。
「――《解析》」
悠真は地面に手を触れて、広範囲に魔力を広げていく。
波のように魔力が伝わって、まるでソナーのように目標を判定――識別する。
「……見つけた」
悠真の視線の先――朝音が立っているすぐそばの地面に、魔法陣の痕跡が浮かび上がる。
魔力の通っていない魔法陣は、いわば放置された設計図だ。このままではただのラクガキと変わらないので、悠真は術式の解析を試みようとするが……。
「へぇー、これがそうなんだ。ふむふむ、なるほどなるほど……あーそうきたか。たーくんもやるねー」
「もしかして見ただけで術式の構造がわかるんですか?」
「うん。だってこれ、ベースはうちの召喚術だもん。だいぶアレンジされてるみたいだけど、原理は同じみたいだから多分こうやって……ほっ、それっ」
朝音は魔法陣の中央に立って両手を振り上げた。
まるでオーケストラの指揮者のようによどみなく腕を振るうと、それに反応して魔法陣が活性化した。
描かれた円環がその機能を思い出し、術式が稼働する。
うまくいけば、このまま天多と同じように壁の向こうへ転移できるかもしれない。
そう思った矢先――。
――ぷすん……。
魔法陣は突然その機能を停止し、ただのラクガキへと成り果てた。
「ごめーん、これ無理かも。転移先の魔法陣とのリンクが切られてるっぽい」
「ですよねー……」
……そりゃ追手が来るかもしれないのに移動手段を放置してるワケないか……。
これで話はふりだしに戻った。
この分厚い壁の向こう側にどうやって行けばいいのか。
「それじゃ今度は私の番ね」
「えっ、ちょ、フィーネ⁉」
手番が回って来たと言わんばかりにフィルフィーネが手を上げた。
いつの間にか壁の前に立った彼女は、踏み込んだ左足を軸に右足を振りかぶって――、
「せーのっ!!」
――ずどんっっ!!!!
杭打機のような見事な後ろ蹴りを壁に叩き込んだ。
およそ蹴りとは思えぬ衝撃と音がトンネル内に響き渡り、悠真の全身から冷や汗が噴き出した。
ガラガラと崩れる壁を背にして、フィルフィーネはどんなもんだと胸を張った。
朝音は拍手で彼女の脚力を称賛した。
「わぁお。結構なお手前で」
「ふふーん、どう? やっぱりこれが一番手っ取り早かったでしょ?」
「お、お前なぁっ……少しは加減しろよな⁉」
「ちゃんとしたわよ。ほんの少しだけ」
小声で付け加えられた言葉に悠真は耳を疑った。無茶なことをするなという気持ちと、何事も無くてよかったという気持ちがせめぎ合う。
だが手段はどうであれ、結果は最善。
感謝こそすれ文句を言うのは筋違いかと思い直す。
「ほらユーマ! 早く来ないと置いてくわよ」
「……わかってる!」
――ったく、と悠真は小さくため息をこぼす。
……ほんと危なっかしくて目が離せないんだよなぁ、あいつは……。
みんなはもうすでに崩れた壁の向こうへと足を踏み入れている。
悠真も遅れまいと意気込んで、瓦礫の山を飛び越えた。




