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第63話「閃火の魔術師」

 志摩姉妹との情報交換を終えて、フィルフィーネは早々に山を下りた。

 すでに傾き始めた遠くの太陽を目の端に捉えながら、未だに見えない白い校舎を目指して跳び続ける。


「早く悠真たちと合流したいのに……なんであの滝あんなに遠くにあるのよ。市街地に戻って来るだけでかなり時間が掛かっちゃったじゃない」


 珍しく愚痴をこぼすフィルフィーネ。

 大自然に対する苦情は、きっと神様でも聞き入れてはくれないだろう。


 ……例の魔術師の正体について、一刻も早く知らせないといけないのに!


 フィルフィーネは焦っていた。

 志摩姉妹からの情報が正しければ、敵は彼女が考えていた魔術師の常識が通用しない相手だ。一般人に正体がバレるリスクなんて、はじめから考慮にすら入っていない可能性がある。

 もしそれが事実なら、敵は場所や時間なんておかまいなしに行動に移すだろう。

 むしろ学校は獲物が確実にやってくる格好の狩場になり得る。


 ……それに加えて、使い魔からの知らせを聞いたあの二人の反応。何があったのかは教えてくれなかったけど……間違いなく、何かが動き出してる。


 未だ確たる証拠はない。

 それがより一層、フィルフィーネの胸をざわつかせた。

 あれだけ晴れていた青空には、黒い雲がかかり始めている。

 まるで不吉な報せのようで、フィルフィーネは思わず目線を下に逸らした。


 ――その瞬間、一筋の熱線がフィルフィーネの視界を焼いた。


「――――くっ⁉」


 熱線は宙を舞うフィルフィーネのローブのすそを焦がした。

 レーザービームと呼んでも差し支えのないそれは、数百メートル先のマンションの屋上から放たれたものだった。

 肉眼では精々ゴマ粒のような大きさだろうに、熱線は的確にフィルフィーネに狙いを定めている。

 そしてすぐさま、先ほどよりも強い魔力の高まりを感じた。

 地面に降り立ったフィルフィーネは、それが二発目のチャージだと理解した。


「ウソでしょ……こんな住宅地のど真ん中で⁉」


 ……あんな高威力の魔術を地上に向かって打たれたら、周囲に大きな被害が出ちゃう!


 フィルフィーネは敵の正体もわからぬまま、急ぎ地面を蹴って高度を稼ぐ。

 発射地点のマンションは十階建て。高さはおよそ三十メートルほどで、高すぎるということはない。

 あとの問題はタイミングだ。敵の魔術の照準を、空中に留まる自身に向かせる必要がある。

 おそらく二射目は外さない。同じような隙を晒せば、間違いなく撃ってくる。

 

 ……その上で、敵の攻撃を上回る防御を張ればいい――!


「ウィル・ヴィレ・シィーラ! 祈り、施し、差し伸べ給え!」


 詠唱を済ませ、フィルフィーネは敵がいるマンションに向かって大きく飛び上がった。

 槍を回し、そこに居るであろう敵に向かって指し示す。

 ――私はここだと、宣言するように。


 瞬間、空気が焦げる匂いがした。


「――《堅牢なるは我が隣人ファイアリッヒ・ガイスト》!!」


 二射目の熱線は、一射目よりも太く大きく早かった。

 フィルフィーネの展開した精霊の護りが、熱線を真正面から受け止める。

 ジリジリと焼け付くような熱さが肌を焼く。

 押し固められた熱が、少しずつフィルフィーネの槍を押し戻した。

 それでも、風と光を織り重ねた彼女の護りが貫かれることはなかった。


「はぁあああああああああああああ!!」


 熱線をフィルフィーネが押し返すと、花火のように火花を散らして宙にはじけた。

 防御ではなく回避を選択していたら、今頃手足の一本や二本、丸焦げにされていたかもしれない。

 そんなもしもにゾッとしながら、フィルフィーネは敵が待ち構えているであろうマンションの屋上に降り立った。

 実は、敵の正体ならすでにわかっている。

 数百メートル先の標的を狙う精密さ。そして、収束した熱を拡散させずに放つ術式のレベルの高さ。

 それを二射連続で放てるような魔力量の持ち主は、フィルフィーネの知る限り一人しかいない。


「こんな町中であんな無茶苦茶なことして……一体何のつもりよ、セルシウス!」


 〈協会〉の中でもトップクラスの実力者である『六界ろっかい』の一人、閃火せんかの魔術師――セルシウス。

 彼女は燻った炎のような……赤に黒が混ざった髪をかき上げて、ニーハイブーツの踵を鳴らした。

 サングラスをずらしてフィルフィーネを肉眼で視認すると、口角をつりあげて笑った。


「よっ。元気してたか『送り人』。相変わらず色気のない格好してるじゃないか」

「気さくな挨拶どうも。いいから質問に答えなさい。〈協会〉はいつから無関係な人たちを巻き込むような過激派組織になったワケ?」

「おいおい、そいつは心外だな。私はちゃんとお前だけを狙っただろ。お前だって隠形のローブを纏ってる。もし目撃者が居たとしても、精々流れ星でも見たと思うだけだろうさ」


 セルシウスの相変わらずのふてぶてしさに、フィルフィーネは辟易とした。

 彼女の言い分は結果論でしかない。フィルフィーネが地上で隠れようとしていたならば、まず間違いなく周囲の民家ごと焼き払ったに違いない。

 敵も証拠も目撃者も、何もかもを灰と化す閃火の魔術師は面白くなさそうに口をへの字に曲げる。


「――にしても、私の《紅染めの極光(レッド・ダイ)》でも破れない障壁なんて初めてだ。さてはお前、〈協会〉にいる間は実力を隠してやがったな?」

「べつに。ただ本気を出すまでのことがなかっただけよ。話は終わり? 私、いま急いでるんだけれど」

「だろうな。だから私がここに来たんだ」


 そう言って、セルシウスは左手に持っていた剣を正眼に構えた。

 もしここに沙希がいたら、魔術師が剣を使うのか、と疑問を口にしたかもしれない。

 フィルフィーネを見ればわかるが、メルセイムでは剣や槍といった近接武器を扱う魔術師は珍しくない。

 自由に使える魔力に限りがあるというのもそうだが、メルセイムには魔獣の脅威があるからだ。数の多い魔獣に対し、いちいち魔術を放っていては効率が悪い。

 武器に魔力を付与して戦うことで魔力を節約することができるし、対魔術師の戦闘において、近距離での戦いに強く出られるなど、武器を扱うメリットは様々だ。

 これは現代の魔術師との明確な差であり、彼ら〈協会〉の魔術師が抜きんでている部分でもある。


「悪いがこっから先にはまだ行かせられない。しばらく私に付き合ってもらうぞ」

「どうして! そもそも、今は《転移門》は使えないはずでしょ。どうやってこっちの世界に……」

「んなもん、答えは一つしかねえだろ。私はアンタがこっちの世界に来るよりもずっと前から、こっちの世界で生活してたんだよ」

「な…………⁉」

「だからアンタとクライスのことはバッチリ把握してる。もちろん、こっち側の魔術師のこともな。ま、向こうが私らのことをどこまで把握してるかはわからねえけど……私らの目的のためにも、利用できるうちは精々うまく利用させてもらうとするさ」


 セルシウスの言葉に耳を傾けるフィルフィーネ。

 彼女の内心では、多くの疑問が渦巻いていた。


 ……あの言い方だと、〈協会〉がこっちの世界の魔術師と手を組んでいるというワケではなさそう。ならどうして、〈協会〉は彼らの利になるようなマネを……? 聖女である沙希の身に危険が及ぶのは、〈協会〉にとっても都合が悪いはずじゃないの? もしかして、セルシウスもクライスみたいに独断で動いてるとか? わからない……けど。


 彼女のおかげで、悠真たちの身に危険が迫っていることだけは確信が持てた。

 おまけに、さっきまではセルシウスの魔術のせいでわからなかったが、学校のある方から異質な魔力の反応がある。

 この際、セルシウスの思惑がどうだろうと今は関係ない。


「あなたたちが何をしようと勝手だけれど、私の邪魔をするというのなら……相応の対処をさせてもらうわ。こっちに来てからというもの、誰も彼もに好き勝手ばっかりされて、いい加減頭にきてるところなのよ」


 フィルフィーネの魔力が増大する。

 翠緑色の髪が瞬いて、バチバチと迸る魔力の奔流が周辺の大気を押し流す。

 臨戦態勢に入った彼女に、セルシウスはご満悦だ。


「いいぜ。だったらこっちも、それなりに本気でいかせてもらうとするか……《煇焔剣フレグヴェルジュ》!!」


 セルシウスの掲げた剣の刀身が炎を帯びる。

 剣を握る自身の手さえ焦がしてしまいそうほど、炎は勢いよく燃え盛っている。光の屈折のせいか、刀身は波打って見えた。

 フィルフィーネは息を呑んだ。

 今までの相手とは文字通り格が違う。油断はそのまま死に直結する。


 ……今回ばかりは、他の心配をしてる余裕はなさそうね。――出し惜しみはなし。最初から全力全開、フルスロットルで魔力を回すわ!


 槍を構え、眼前の敵を見据える。


「これ以上、あなたに付き合ってる時間はない。速攻で片付けさせてもらうわよ」

「私だって『六界』の一人だ。そう簡単にやられてはやれないな」


 言葉を語り尽くした二人の視線が交錯する。

 両者の距離はそれなりに離れていた。しかしその程度の間合いは、彼女たちにしてみれば一足一刀の間合いとさほど変わらない。

 息が詰まるような沈黙の後、夕陽が雲に隠れて屋上に陰が差し込んだ――その瞬間、二人の魔術師の呼吸はぴたりと合わさった。

 床を蹴る音は、まったくの同時だった。


『――――ハッ!!』


 鉄と鉄とがぶつかり合い、夕暮れの空を背景に火花が散った。

 屋上に響く剣戟の音に気付く者は、誰もいなかった。

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