第57話「密会は放送室で行われている」
――一方その頃、悠真は教室で修羅場を迎えていた。
「藤代くん、お昼ご一緒しませんか。できれば二人っきりで」
四時限目が終わり、昼休みに入った教室は澪依奈の一言により空気が一変した。
一瞬の静寂の後、すぐに爆発的な騒ぎとなって、様々な憶測が教室中を飛び交った。
「た、鷹嘴さんが藤代に昼飯のお誘い⁉ しかも二人っきりだと⁉」
「藤代のやつ、自分はシスコンだの何だの言っておきながら、ちゃっかり鷹嘴さんとお近づきになってやがったのかッ!」
「藤代はいつかやると思ってた」
「許すまじ藤代悠真。お前だけは同じ性癖だと信じていたのに……!」
妬み僻みで盛り上がる男子に混ざって、女子は別ベクトルで大盛り上がり。
「うっさい男子共! 負け惜しみならよそでやれ!」
「鷹嘴さんもやっぱり恋する乙女だった……ってこと⁉」
「製薬会社のお嬢様と妹一途の男子高校生の淡い恋愛模様……アリだわ」
「怪しいと思ってたのよ。二人とも全然そういう話が無いんだもん。むしろついにって感じね」
……す、好き勝手言いやがって……!
「わかった。わかったけど鷹嘴、ひとまず場所を変えよう。教室はまずい」
騒ぎは教室の外にまで広がって、すぐに学校中の騒ぎとなるだろう……というか、すでに大騒ぎである。
このまま教室には居られない。
弁当の入った小さな包みを手に持って、悠真は席から立ち上がる。
澪依奈はわかっていますから、と落ち着いた表情で頷いて、
「では早速行きましょう」
「え? あ――!」
悠真の手を取ると、軽快な足取りで教室の外へと歩き出した。
再び周囲の生徒たちから黄色い声やら悲鳴やら怒号やらが飛び交った。
「ちょっ、鷹嘴! どこに行くんだよ!」
「ふふ、それは着いてからのお楽しみです」
澪依奈は人差し指を口元に当てて微笑んだ。
……何でちょっと楽しそうにしてるんだよ。
いつの間にやら集まった野次馬の波をかき分けて、悠真たちは廊下を歩き去っていく。
その後ろ姿を見つめて悔しがる少女が一人――。
「そ、そんな……まさか鷹嘴さんまで悠真のことを……」
八尋は今にも泣きだしそうな声を出して、思わぬ強敵の登場にその場に崩れ落ちそうになる。
そんな彼女の後ろには健児と仁がいた。
走り去る友達の後ろ姿に春を感じ、健児は嬉しそうに言う。
「でも案外お似合いかもな、あの二人」
「たしかに。どっちも頭がいいしな」
「いやお前そこじゃねえだろ……ん? 神無月?」
いつの間にやら八尋は廊下の壁際にうずくまり、かなり深刻に落ち込んでいた。
「……きっと何かの間違いだわ。あの悠真がそう簡単に誰かを好きになんてなるワケないじゃない。鷹嘴さんとはちょっと仲がいいだけ。……そうよ、あいつが誰かを好きになんてなるワケがないのよ…………うぅっ」
「自爆してんじゃねえかよ……」
「うるさいバカっ、アホ町! ほっといてよ!」
「お前俺にだけ当たり強すぎねえか⁉」
「あんたがデリカシー無いからでしょうが!」
「お前だって優しさの欠片くらい見せてから言いやがれ!」
「なんですってー!!」
「おい、痴話喧嘩してないで俺たちも昼飯にするぞ」
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
息ぴったりな健児と八尋の叫び声に、クラスメイトたちはやれやれと肩をすくめた。
†
「……放送室?」
澪依奈に手を引かれてやって来たのは、どういうわけか放送室だった。
扉の上の表札を見ても間違いはない。
普通に学校生活を送っているだけでは滅多に入ることのない場所だ。
悠真も中に入ったことはない。
「入りますよ」
澪依奈に促され、悠真は重々しい防音扉の中へと足を踏み入れる。
はじめて入った放送室に少しドキドキしながら部屋の中を見渡す。防音用にマットが敷かれ、放送用の機材が置かれた机が並ぶ。ガラス越しに見る収録用のブースはまさに特別な空間だ。
想像の数倍は立派な設備に驚いていると、悠真はマイクに向かって話す一人の女子生徒が目に入った。
どうやら今まさに放送中らしい。
手元の原稿をほとんど見ずに、マイクに向かって淀みなく喋る。
……すごい聞き取りやすい。
ただの伝達事項なのに、悠真は思わず立ち尽くしたまま聞き惚れていた。
そこで彼女も悠真たちの入室に気付いた。
横目でちらりと二人の姿を確認すると、喋りを止めずに微笑んだ。
「――以上、お昼のお知らせでした。それでは、お昼休みをごゆっくりお楽しみください」
澪依奈は彼女がマイクを切ったのを確認してから話しかける。
「お疲れさまです、杏子先輩。相変わらず素晴らしいお声でした」
「んにゃははー。そんなに褒めたってなんにも出ないよー澪依奈。あ、アメ食べる? シュワシュワするやつ」
「これからお昼をいただくので遠慮しておきます」
「そっかー。んで、そっちが昨日言ってた子?」
「はい。クラスメイトの――」
「藤代悠真です。えっと……」
「あれ、もしかしてボクのことまだ教えてないの?」
「実際に会ってからの方が話が早いと思ったので」
「んもー澪依奈ってば合理的なんだから。無駄を楽しめるようにならないと、人生つまんなくなっちゃうよー。――んじゃまあ、自己紹介しとこうか。ボクは三年の胡桃坂杏子。放送部部長やってます。よろしくねー」
杏子は椅子の上で器用にあぐらをかいて、顔の横でピースした。
……な、何かさっきの印象と大分違うような……。
さっきまでの凛々しい先輩像とのギャップに混乱しながらも、先輩相手だからと悠真は頭を下げた。
マイクに向かって喋っていた時は、プロのアナウンサーのような抑揚と声色でとてもかっこいいと思った。
けれど、こうして実際に喋ってみれば、そんな印象は微塵も感じられない。
これが彼女の素の喋り方なのだろうか。
……なんか、人間に慣れ切った飼い猫みたいな人だな……。
「むっ、藤代少年――いま何か失礼なことを考えなかったかな?」
「い、いえっ、そんな全然、なんでもないです!」
……す、鋭い。表情には出てなかったと思うんだが。
「気にしなくていいですよ藤代くん。杏子先輩は第六感が異常に鋭いだけですから」
「えへ、そう言われると照れちゃうなー。まあ、ボクのこれは魔術の副作用みたいなものでもあるんだけどねー」
「え……魔術?」
きょとんとする悠真の反応を見て、杏子は小さくため息をついた。
「……澪依奈ってば本当に何も教えてないんだ。――そうだよ。ボクも君たちと同じ、列記とした魔術師さ」
「え……ええええええええええええええっ!?」
悠真は今日一番の叫び声を上げた。
防音室で無ければ外にまで響いていたであろう声の大きさだった。
動揺する悠真を一度落ち着かせるために、一同は昼食を取りながら仕切り直すことにした。
壁際に置かれた白いテーブルの上にお弁当を広げ、悠真と澪依奈は向かい合わせで座った。杏子は変わらず機材前の椅子に座って、昼食用に買っていたコンビニの総菜パンを食べている。
「それにしても昨日は驚いたなー。澪依奈が突然ボクに『ドライアードとしての知識を貸して欲しい』なんて言うから、一体何事かと思っちゃったよー」
「ドライアード? それって、ゲームとかファンタジー小説とかによく出てくるヤツですか?」
肉団子を掴んだ箸を口に運ぶ途中で、悠真はそう聞き返した。
杏子は野菜ジュースを飲みながら首を横に振った。
「それは神話なんかに由来する精霊のこと。樹木や草花を操る魔術師のことを、ボクらは樹霊術師って呼んでるんだよー。まぁ、魔術師界隈でもかなりマイナーなジャンルだねー」
「なるほど……。で、その樹霊術師であるところの胡桃坂先輩がいる放送室にどうして俺を連れてきたんだ、鷹嘴?」
「それはもちろん、杏子先輩の知恵をお借りするためです」
豪華な弁当箱の中身をあっという間に平らげて、澪依奈は口元をハンカチで吹いた。
飲み干した野菜ジュースのストローを咥えたまま、杏子はにやりと口角を上げた。後輩に頼られたことが嬉しいのだ。
先輩として……なにより魔術師の先達として、彼女にはそれなりの自負があった。
「いいよー。それじゃあ話してみなよ。のっぴきならない君たちの現状についてさ」
「えっと、それじゃあ手短に――」
昼休みは長いようで短い。
悠真はこれまでのことをかいつまんで説明した。
最初こそ笑って話を聞いていた杏子は、想定よりも話が重かったのか、途中から段々と表情が歪み、ついには涙目になって悠真に同情し始めた。
「そっか……大変だったんだね、藤代少年……ボクでよかったら力を貸すから、なんでも言ってね」
「は、はい。ありがとうございます……?」
「小芝居してないで、話を進めますよ杏子先輩」
「にゃはー、ごめんごめん。でも澪依奈がボクに何を聞きたいのかは大体わかったよ。――その世界樹が本当に聖女の魂を食べているのか。要点はそこだね」
杏子はビニール袋の中からデザートのフルーツゼリーを取り出した。プラスチックのスプーンでゼリーの中にある大きな白桃を一口で食べる。
「おっしゃるとおりです。そもそもの話、人間の魂を食べる植物なんて存在するんですか?」
「うーん、少なくともボクは聞いたことないかな。人間を丸ごと食べちゃう食人植物を研究してる魔術師は居るには居るらしいけど、それとはまた違うだろうし。腐生植物みたいな、自分で栄養をを生み出せない植物が他の生き物から栄養を吸収することはそれなりにあることだけど、魂ってなるとねぇ……。そもそも目に見えないものを吸収してるかどうかなんて、傍から見てわかるものなのかな?」
「なんとも言えませんね。生命吸収の概念がそれに近しい気もしますが、あれもどちらかといえば植物にとっての栄養摂取に近いですし……」
「――となると、世界樹は魂を吸収してるワケじゃなくて、聖女の力そのものを吸収してるんじゃない? で、聖女の力が聖女の魂に付随しちゃってるから、吸収する時に魂も一緒に食べちゃう、みたいな。ほら、こんな具合にさ――」
杏子はゼリーの中にあるフルーツを指差した。
食べたいのはあくまでフルーツだけだが、フルーツを食べようと思えば周りのゼリーも一緒にすくうしかない。そんな具合に、聖女の力を吸収するために聖女の魂ごと取り込んでしまっているのではないか、と杏子は言っているのだ。
「しかしそうだとすると、わざわざ聖女を殺す必要はないのでは? 聖女自身がその力を直接世界樹に注ぎ込めば済む話になってしまいます」
「そこなんだよねー。それで済むんなら、わざわざ聖女を殺して次の聖女を探すなんて面倒なことする必要もないもんねー。んー、実際に見て触れられればもっとよくわかるんだけどなぁ。まさか直接異世界に乗り込むワケにもいかないし……」
「そもそも行く手段がありませんよ」
「にゃはは……ん? あれ、ちょっと待って。たしかそのフィルフィーネって人の話だと、世界樹が次の聖女を選ぶんだよね?」
「あ、はい。世界樹の選んだ女の子が新しい聖女になるって言ってました」
「それっていつの話?」
「いつ……とは?」
杏子の質問の意図が分からず、悠真は首を傾げた。
「聖女に選ばれるタイミングだよ。ボクはてっきり、産まれてくる時点ですでに聖女としての力を持ってるのかと思ってたんだけど、多分違うんだよね」
「そう、ですね。俺もはっきりとはわかりませんけど、少なくとも沙希は生まれた時は普通の女の子でした」
「……ってことはだよ。聖女の力は後天的に世界樹に与えられたもの? だとすると話が変わって来ちゃうねー……」
「……というと?」
「もしかしたら、妹ちゃんから聖女の力を失くすことができるかも」
「本当ですか⁉」
もしそんなことが可能ならば、沙希が〈協会〉から狙われる理由がなくなる。
これ以上〈協会〉の魔術師と戦う必要もなくなるのだ。
澪依奈も感心する中、杏子はひらひらと手を振って言う。
「後天的に第三者から付与されたんなら、それを別の誰かが打ち消すこともできるかもってだけだよ。あくまで可能性の話だから、話半分に聞いて欲しいかなー」
「そ、そうですよね……そんな都合よくはいきませんよね」
「けれど可能性はゼロではありません。もっと聖女の力について調べてみれば、別のアプローチの仕方が見えてくるかもしれませんし」
「だねー。祝福や呪詛と似たようなものなら、その道の魔術師の手を借りる必要があるだろうけど、少しは光明が見えてきたんじゃない?」
「はい。ありがとうございます、胡桃坂先輩」
喜びの余りテーブルに頭をぶつけてしまいそうな勢いで、悠真は二人に頭を下げお礼を言った。
一欠片の希望が垣間見えたような心地だった。
自分一人では絶対に気づけなかった可能性。
……鷹嘴にも感謝しなくちゃな。
杏子と引き合わせてくれたのもそうだが、彼女には魔術師として未熟な自分を助けてもらってばかりだ。
魔術師は自らの魔術を極めることに没頭する者がほとんどだが、だからといって他の魔術師との交流が無いわけではない。むしろ自分にはない発想や手助けを得るために、信頼出来る協力関係を築くことが大切なのだ。
魔術師であることをひた隠し、日々術式の解析ばかり練習し続けてきた悠真には無いものだ。
いつか必ず、きちんと礼をしよう。
そう心の中で誓う悠真が澪依奈を見ると、正面に座る彼女と目が合った。
柔らかく笑う彼女に見つめ返されて、悠真の心はドキッと跳ねた。
「…………っ!」
「藤代くん? どうかしましたか?」
「い、いや! なんでもないからっ……!」
……不意打ちすぎるだろ……!
悠真は忘れていた。
彼女は同学年のみならず、学校中の男子の視線を集めるほどの美少女だ。
そんな彼女とこんな狭い部屋の中、向かい合って座って昼食を取っているなんて、普通の男子からすれば夢みたいな状況なのだ。
顔を赤らめて俯く悠真を見て、杏子は何を悟ったのかいじわるな笑みを浮かべた。
「藤代少年も男の子なんだね〜。お姉さんは結構お似合いだと思うなー」
「え?」
「な、何言ってんですか先輩! 冗談でもそういうのは鷹嘴に失礼ですよ!」
「ふーん……本当にそうかな~?」
杏子はちらりと目配せをした。
悠真がつられてそちらを見やると、恥ずかしそうに頬を赤く染める澪依奈が視界に映った。
「あ、あんまり見ないでください。私だって、恥ずかしいんですから……」
耳まで真っ赤に染め上げて、照れながらも悠真のことをちらりと見た。
すぐに視線を逸らしてしまう初々しい反応に、杏子のにやにやが止まらない。
「澪依奈もちゃんと乙女なんだね。お姉さん安心しちゃったなー」
「――――杏子先輩」
ついに澪依奈の我慢が限界に達した。
魔力が冷気となってあふれ出し、放送室の気温が一気に低下する。
冷ややかな笑顔が恐ろしい。
「おふざけはそのくらいにしておいてくださいね?」
「ごめんごめん、ボクが悪かった。だからその冷気止めて! 放送室が冷凍庫になっちゃうってばー!」
……鷹嘴を怒らせるようなことは絶対にやめよう。生きたまま氷漬けにされかねない……。
悠真は寒さに凍える体を抱きながら、氷の魔術師をなだめるのだった。
それからすぐに昼休み終了のチャイムが鳴った。
教室へ戻ろうと放送室を出て行く悠真と澪依奈。
「あ、ちょっと待って藤代少年。最後に一個だけ確認させて」
「はい、何ですか?」
悠真は扉の前で足を止めて振り返る。
そこに立つ京子は、今日見た中で一番真剣な表情をしていた。
「もし、知ってることがあればでいいんだけどさ」
「はい」
「妹ちゃんが聖女に選ばれるようなきっかけに、何か心当たりはあるかい?」
「――それは…………」
数秒の沈黙。
口を半開きのまま固まる悠真。
杏子は何も言わず、悠真が答えるのをただじっと待った。
「……すみませんが、俺にはわかりません。何か思いついたら、またその時話します」
「そっか……ん、わかった。それじゃあまた何かあれば、気軽にお姉さんを頼りなさいな」
「はい。今日はありがとうございました。失礼します」
悠真はお辞儀をして、放送室から出た。
重々しい防音扉が閉まるまで、杏子はじっとその背中を見守っていた。
放送室らしい静けさを取り戻した部屋の中で、杏子は大きく息を吐いた。
「ほんと、嘘が下手だよねー。君もボクもさ……」
……心当たりがあるかだって? そんなもの、あるってわかりきってるじゃないか。
樹霊術師である杏子は、物言わぬ植物との対話が日常的だったためか、人の心の機微に異常なまでに聡い。
澪依奈は第六感などと呼んでいたが、彼女のそれは感覚などではなく、切っても切り離せない癖のようなものだ。
――胡桃坂杏子は嘘を見抜く。
たとえそれが、初対面の相手だったとしても。
……彼はまだ何かボクたちに隠してることがある。多分それは、妹ちゃんにも関わることなんだろうけど……気軽に聞けないよねぇ――。
「――妹ちゃんに昔、何かあったんじゃないのかなんてさ……」
それはきっと、今日初めて出会った人間が、おいそれと踏み込んではいけない内容だ。
なにより彼は隠したがっていた。
だから杏子はそれ以上何も言わなかったのだ。
自分に出来るのはこれくらいだと、二人が去った後の扉に向かってエールを送る。
「がんばれ、藤代少年。お姉さんは応援してるよ」
放送室の窓辺に置かれた小さなサボテンが、手を振っているようにも見えた。




