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第55話「ただのフラートとして」

日が高く昇る頃、フラートはなぜか商店街で食べ歩きをしていた。

ハーゼに渡された鍵とメモによれば、商店街にある寂れた雀荘じゃんそうが目的地のようなのだが……。


「あら、お嬢ちゃん学校は? お父さんかお母さんは一緒じゃないのかい?」


こんな時間に彼女のような小柄な少女が一人で外を歩いていては、声を掛けられるのは当然で。

無視をしてもよかったのだが、騒ぎになっても面倒なので、フラートはいつものように笑顔を作って誤魔化す。


「あたしね、最近この辺りに引っ越してきたばっかりで、いまは家の周りをお散歩してるとこなんだ」

「へぇーそうなのかい。あんまり遠くに行っちゃご両親が心配するから、ほどほどにね」

「うん、ありがとおばちゃん」

「そうだ、コロッケ食べるかい? うちのは絶品だよ」

「いいの? あたしお金持ってないよ?」

「いいのいいの。私からの引っ越し祝いだよ」


肉屋のおばちゃんが店先に立つフラートへコロッケを手渡した。

フラートはよくわからないまま、受け取った熱々のコロッケを小さくかじる。


「んっ! おいしー!」


揚げたてのコロッケの美味しさに、思わず自然と笑みがこぼれる。

はふはふと夢中で食べるフラートを見て、おばちゃんも大喜び。

あっという間にコロッケを食べ終えて、フラートはぺろりと指先を舐めた。

自慢のネイルが油で汚れてしまっても気にならないぐらい、本当に美味しかった。


「ごちそうさま。すっごく美味しかった。次はちゃんと自分のお金で買いに来るね!」

「お粗末さま。楽しみにしてるよ」


肉屋おばちゃんに手を振って別れた後も、フラートは商店街に並んだ色んな店に顔をのぞかせた。

今までは気にも留めてこなかったやり取りがなんだかとても新鮮で、店の人との交流は素直に楽しかった。


……クラちゃん以外の他人なんてどうでもよかったのに。ここの人たちはみんな優しい。こっちの世界じゃこれが普通なの? 


フラートは物心ついた頃にはすでに〈協会〉の中で生活しており、長い時間を魔術師として生きてきた。そこは実力と実績だけの世界。利用価値があるかどうか、常に値踏みするような目で見られ続けていたフラートにとって、この街の人々の優しさはとても尊いもののように思えた。


……〈協会〉のみんなのことは別に好きでも嫌いでもなかったけど……なんか、ちょっと悔しいなぁ。


何がどう悔しいのかはよくわからなかった。

けれど、町の人たちの笑顔を見るたびに、フラートの胸はぎゅっと締め付けられた。


時間をかけてたっぷりと商店街を練り歩き、ようやく目的の雀荘を発見したフラート。

ハーゼのメモ書き通り、店と店の間にある狭い階段を上る。

二階にある事務所の扉の前で、フラートは一度深呼吸をする。


「すー……はー……よしっ」


……覚悟完了。いざっ――!


鍵穴に鍵を差し込んで回す。がちゃりという音と共に、フラートはドアノブをゆっくりと回して扉を開けた。


「――――え?」


そこにあったのは、一体のマネキンだった。

フリルのついた淡いピンク色のブラウスに、チェック柄のブラウンのスカート。りぼんやブーツなど、一式揃ったガーリーなマネキンが部屋の中央に置かれていた。

無味乾燥な部屋のイメージとかけ離れた存在に、フラートは目が離せない。


……これって、あの時の……?



――それは、はじめてこっちの世界にやって来たフラートが、下見を兼ねてクライスと『オール・モール』の中を歩いていた時のこと。


「見て見てクラっち、これかわいくない?」


とあるアパレルショップの店先でポーズを取るマネキンを指差してフラートが言った。

クライスはちらりと視線だけやって、


「欲しいのか?」


と端的に述べた。

質問に質問で返されたフラートは頬を膨らませる。

だがすぐに首を振って、どこか諦めたように言う。


「ううん。あたしには多分こういういうかにも清楚~って感じの服は似合わないかなー。あたしが着るならやっぱり、こういう攻めた服じゃないとね」


フラートは別のマネキンを指差して、おどけたように笑う。

クライスはそうか、とだけ言った――。



これはその時のマネキンが着ていた服だ。

たった一、二分の出来事だったはず。

なのにどうして……。

混乱した頭のままフラートがマネキンに近寄ってみると、その手には何かが握られていた。


「……手紙?」


雑に折りたたまれた紙を広げると、クセの強い字でこう書かれていた。


――『新しい服買いに行く約束、守れそうにねえわ。これで勘弁してくれ』


メッセージはそれだけだった。

遺言と呼ぶにはあまりにも些末な文章に、フラートは目を疑った。


「……なによ、それ。こんなのが相棒におくる、最後のことばなワケ……?」


 フラートは手紙を思わずくしゃりと握りしめる。そして、大切なものをしまうように、握りしめた手を自分の胸に強く押し当てた。

 やはりクライスは自分の死期を悟っていたのだ。

 もしかしたら、あの時からこうなることを予想していたのかもしれない。

 それはいい。マナ汚染を治療する手段はないのだから、仕方のないことだ。

 フラートだって覚悟はしていた。

 でもだからって、こんなのはあんまりだ。


「お礼ぐらい、言わせてよ……クラっちのバカ……!」


 フラートはその場に崩れ落ち、大粒の涙を流す。

 やっぱり全然仕方なくないと抗議するように、涙があふれて止まらない。

 彼は身寄りのない自分を拾ってくれて、その才能を見出してくれた父親代わりのような存在だった。

 世界のためだとか、仕事だからだとかで片付けたくない。

 もっと一緒にいたかった。もっと役に立ちたかった。

 彼女はただ、彼のために生きていたかった。

 だから――。


 ――どうか今だけは魔術師としてではなく、ただのフラートとして泣くことを許して欲しい。


「うっ……うあぁ……わあああああああん……っ!」


 誰も居ない部屋の中で、フラートはようやくクライスのために心から泣くことができた。

 大声で泣きじゃくる彼女の姿は、 まさしく父親を亡くして悲しむ年相応の女の子のそれだった。


  †


ひとしきり泣いて、目を赤く泣き腫らしたフラートは自虐気味に苦笑する。


「ぐす……はー、恥っず。こんなダサいとこ誰かに見られたら死ねるわ」

「そうですか。フラートさんに死なれると私が困るのでやめてくださいね」

「はいはいごめんなさいね……ってにょわあっ!?」


 背後からの声に驚き飛び退く。

 部屋の隅で見知った顔が無表情で会釈した。 


「は、ハーゼ⁉ あんたいつからそこに……ていうかどっから入って来たのよ⁉」

「少し前に、そこの出入り口からですが。フラートさんが泣いてて気づいていないようだったので、泣き止むのを待ってました」

「あ、あんたねぇ……それならそうと声くらい掛けなさいよ!」

「邪魔しては悪いかと思ったので」

「…………っ」


……余計なお世話だっつの。


フラートは泣き腫らした目元を隠すように、ハーゼに背を向けて目元をこする。


「――で、こっそり裏切り者の後を付けて、この後あたしはどうされちゃうワケ?」

「別にどうもしませんよ。私はこの場所を片付けに来ただけですから、用が済んだらさっさと出て行ってください」


見え見えのウソである。

拠点の撤収はたしかに『運び屋』の仕事の一つだが、こんな何もない部屋を急いで片付ける必要が一体どこにあるというのか。

おそらくは、ここまでがクライスの依頼なのだ。

一人残されたフラートが自暴自棄なことをしでかさないかどうか監視して欲しい、とでも言っておいたのだろう。


……クラっちなら照れ隠しに嫌な顔しながら言ってそう。


フラートは相棒のいかにもメンドクサソウという風な表情を思い浮かべ、思わず吹き出した。

ハーゼには白い目で見られたが、どうせ号泣してるところをばっちり見られているのだ。いまさら思い出し笑い程度で恥ずかしがる理由はなかった。


「わかったわかった。着替えるからちょっと待ってて」

「え、いまから着替えるんですか?」

「もっちろん。あ、そーだ。ハーゼあんたどうせ暇でしょ。この後ちょっと付き合ってよ」

「暇じゃないんですけど……一応聞いてあげます。付き合うってどこにですか?」


フラートはおもむろにシャツを脱ぐと、キャミソール姿でにやりと笑う。

クライスのようなすごい魔術師には、まだほど遠いかもしれない。

けれど――。


「決まってるでしょ。この服に似合うアクセを買いに行くのよ。ハーゼの意見も聞かせてよね。あたしが最っ高にかわいくなるために!」


――自分を磨くことをやめるつもりはない。

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