第53話「デートのお誘い……?」
朝のホームルームが終わるやいなや、悠真の机に八尋が詰めかけた。
「ちょっと悠真! どういうことかちゃんと説明して!」
「ど、どうしたんだよ八尋。そんなに慌てて……」
「一昨日のことに決まってるでしょ。あんな説明で私が納得するとでも?」
「あー……」
……忘れてた。八尋にはかなり適当な言い訳してやり過ごしたんだった。
自分を置いて逃げるようにして帰った悠真に、八尋は完全にお怒りモード……ではなく、心配してくれていたらしい。
「荷物置いたままみんな突然いなくなるし、戻って来たかと思えばあんたはなぜかボロボロだし、絶対何かあったでしょ。そういえば沙希ちゃんは? 体調崩したとか言ってたけど大丈夫なの?」
「さ、沙希ならもう元気になって今日は普通に登校してるよ。あの時はちょっと人ごみに酔っただけみたいだから」
「……そう。ならいいけど」
「ほっ――」
「――で、あんたは全身血塗れでボロボロになるくらい、どこで何やってたワケ?」
「うっ。そ、それはだなぁ……」
今度こそ逃がさないと言わんばかりに、八尋は悠真の肩を掴んで離さない。
……ま、マズい! 本当のことを話すわけにもいかないし、かといって急にそんな上手い言い訳なんて出てこないって……!
八尋に肩を掴まれ席から立つこともできず悠真がおろおろとしていると、思わぬ助けが現れた。
「藤代くんは私を助けてくれたんですよ、神無月さん」
「……へ?」
「た、鷹嘴さん……?」
鷹嘴は優雅な微笑みをたたえながら歩み寄って来て、大切な思い出を語るかのように自分の胸に手を当ててとうとうと話し出した。
「あの日私が一人で買い物をしていたとき、不注意で階段から足を踏み外してしまったんです。……もうダメかと思ったその時、藤代くんが颯爽と現れて私を助けてくれたんです」
「ゆ、悠真が鷹嘴さんを……?」
……本当に?
八尋の試すような視線に、悠真は無我夢中で首を縦に振った。
もちろんそんな事実はない。ただの澪依奈の作り話だ。
……魔術師の存在をバラしてしまうワケにはいきません。うまく話を合わせてくださいね、藤代くん。
……りょ、了解っ。
アイコンタクトのみで会話する悠真と澪依奈。
示し合わせていたかのように、二人は運命的な救出劇を口から出まかせで演出する。
「さ、沙希とフィーネを外まで送ったあとに八尋のとこに戻ろうとしてたら、偶然現場に遭遇してさ。それで体が勝手に動いたっていうか……なっ、鷹嘴」
「えぇ。私を守るように受け止めて、強く抱きしめてくれた藤代くん、とても格好良かったですよ」
「本当はもっときれいに受け身が取れたらよかったんだけど、鷹嘴と一緒に階段を転がり落ちたせいで、階段の角に頭やら腕やらぶつけまくって血がダラダラ流れてさ。いやー、あの時はマジでビビった」
「応急処置をして血が止まるまで近くのベンチに座ってたので、神無月さんと合流するのが遅れてしまったんですよね。先に連絡の一つでも差し上げるべきでした。ごめんなさい」
「い、いやそんな……鷹嘴さんが謝るようなことじゃないから。あんたも、そんな大事になってたんなら素直にそう言いなさいよ」
「え、あ、助けようとして自分が大ケガしたなんて、格好悪くて言いづらくてさ」
「……カッコわるくはないでしょ。」
……あんたは昔から、そうやって沙希ちゃんを助けてたじゃない。
悠真はともかく、まさか澪依奈がウソをついてるとはこれっぽっちも想像していない八尋は、この作り話をあっさりと信じた。
そういう事情があったのではこれ以上強くは責められない、とむしろ同情された。
とはいえ、何も言わず居なくなった悠真に待たされたのも事実。
……ここだ。ここしかない。これはチャンスなんだ。
八尋は勇気を振り絞り、一言ずつ言葉を選びながら言う。
「じゃ、じゃあさ悠真。お詫びに……ってのもちょっと変かもだけど、今度の週末に『クロスロード』で一杯奢ってよ」
「『クロスロード』? あぁ、あの店か。そのくらいなら全然いいぞ」
「決まりね! 詳しい時間はまた連絡するから。忘れるんじゃないわよ」
八尋は悠真に釘を刺してから、刺自分の席へと戻っていった。
――『喫茶クロスロード』。
商店街の交差点にある小さなカフェ。シックな雰囲気の店内におしゃれなインテリアが売りの可愛らしい店で、女性人気が高い。コーヒーや紅茶もウリの一つではあるが、なんといってもチーズケーキが絶品で、リピーターが非常に多いのだとか。しかもこれがマスターの手作りらしく、毎日朝から焼いた出来立てを提供してくれるというので驚きだ。
八尋もそのチーズケーキのファンなのだが、今回ばかりはチーズケーキよりもっと大事なことがあった。
……や、やった! 悠真と二人でカフェで、ででで……デートだっ! うぅー、勇気出して言ってよかったぁ……!
自分の席に戻ってから、八尋は何度も小さくガッツポーズをした。
今まで悠真と一緒に遊ぶことは何度もあったが、いつも沙希や健児たちが一緒なことが多く、とてもじゃないがそういう雰囲気にはならなかった。
だが、今回はおしゃれなカフェで二人きりだ。
これで仲が進展しないはずがない、と八尋の脳内ではすでに確定勝利のBGMが流れていそうなくらいウキウキだった。
この時――八尋は最も重要なこと失念していた。
――相手はあの妹を愛してやまないシスコン星人、藤代悠真だということを。
……八尋の奴、なんかすごい嬉しそうだったな。よっぽど行きたかったんだな。 そういえば、沙希と朋花もあそこの店にはよく通ってたっけ。……折角だし、沙希たちも誘ってみんなで一緒に行くか。
善意百パーセントでそう思案する彼が、乙女心がわかる日は果して来るのだろうか……。
「ふぅ。なんとかなりましたね」
「助かったよ鷹嘴。サンキューな」
「いえいえ。一般人を巻き込んでしまうようなことは避けるべきですからね。藤代くんも気を付けてください。どこに人の目があるかわからないんですから」
「あぁ、わかってる」
「そうだ、連絡先を交換しませんか。いざというときは、また力をお貸ししますので」
「……いいのか? お前まで危険に巻き込まれるようなことになったら……」
「もう巻き込まれてますから、今更です。事情はすべて知ってしまいましたし、私の方が魔術師としては先輩なんですから。もっと頼ってください」
「……そっか。ありがとう、鷹嘴」
悠真はポケットからスマホを取り出して、澪依奈と連絡先を交換する。
ファストークのトーク画面に、土下座する柴犬のスタンプが貼られる。
「これでよしっと。鷹嘴も何か困ったこととかあったら遠慮なく連絡してくれ。必ず助けに行くから」
悠真の言葉に、澪依奈はなぜかとても驚いたような顔をした。
「……藤代くんが、私を助けてくれるんですか?」
「おうよ。といっても、大して役に立たないかもしれないけどな」
頭をかいて苦笑する悠真。
頭脳も運動神経も、魔術師としても澪依奈の方が上。
それでも、悠真は彼女の手助けになりたいと思い、自然と言葉に出していた。
その気持ちに、澪依奈はどこか他人事のように薄く笑った。
「ありがとうございます。その時は頼りにさせてもらいます」
「あぁ、任せろ」
親指を立てる悠真。
澪依奈は一礼して、自分の席へと戻っていった。
それとれ替わるように、健児と仁が悠真の机の周りに集まってくる。
「おいおいおい、悠お前今鷹嘴と何してた⁉」
「何って、普通に連絡先を交換しただけだけど」
「知らないのか悠真。鷹嘴は男子相手には誰であっても連絡先を教えたことがないんだぞ」
「え、そうなのか?」
「割と有名な話だぞ。一体これまで何人の男たちが儚く玉砕してきたことか」
「それどころか女子でも知ってる奴の方が少ないらしい。クラスのグループトークにも参加してないぞ」
「鷹嘴製薬のご令嬢だし、プライベートに関してはあまり詮索しない方がいいだろうってみんなが敬遠気味なのもあるっぽいけどな。鷹嘴もかなり徹底してるんだよなぁその辺。休日何してるのかすらよく知らねえし」
「へぇ……そうだったのか」
……休日は魔術関連のあれこれで忙しいんだろうなぁ、多分。
「だってのに……なんでお前は鷹嘴と連絡先を交換できてんだよ! 一体どんな手を使いやがった! 教えろ! そして俺もベッドの上で鷹嘴と寝るまでトークしたい!」
「欲望駄々洩れじゃねえか! おい仁、このバカさっさと席に連れて帰ってくれ!」
「お礼に鷹嘴のファストークのID教えてくれるなら」
「誰が教えるか! 自分で聞け!」
ようやくいつものノリで三賢人が騒ぎ始めた頃、一時限目の開始を告げるチャイムが鳴った。
健児と仁もそそくさと席へ戻り、やがて先生が教室に入って来て授業が始まる。
悠真は机の上に教科書とノートを出して、ふと窓の外を見た。
坂の下に立ち並ぶ家々の屋根に、見知った人影を探した。けれど、どこを探しても翠緑色の髪の人物は見当たらない。
彼女は調査に出ると言っていたが、今はどこで何をしているだろ。
「フィーネのやつ、大丈夫かな」
……無茶なことしてないといいけど。
当の本人も、悠真にだけは言われたくないであろうセリフだった。




