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第52話「『運び屋』ハーゼ」

 日曜日が終われば月曜日が来る。

 当たり前の話だが、平日になれば悠真たちは学校に登校しなければならない。

 大変な事態ではあるものの、ここで学校を休んでは日常を手放すことになる。

〈協会〉がいつ諦めるかもわからない中、いつもの生活を失うことは避けたかった。

 だから今日も悠真は朝から朝食を作り、いつものようにみんなでご飯を食べ終えて、今は自室で制服に着替えている最中だった。


「痛っ……まだちょっと体の節々が痛むな」


 昨日の澪依奈とフィルフィーネによる特訓はとても効果的で、なおかつ実践的だった。

 魔術師として一枚も二枚も皮がむけたような気分だった悠真だが、一夜明けてみればやはりそれなりに疲労が蓄積していた。

 そんな悠真を労わって、フィルフィーネは朝から治癒魔術を施した。『オール・モール』の時同様、魔力を分け与え新陳代謝を向上させて自然治癒の力を高めるものだ。

 おかげでかなり体は軽くなったが、それでも突然筋肉痛が治ったりはしない。


 ……むしろ多少痛みが残っているから、より特訓の成果を実感できているとも言うのだが。


「お兄ちゃーん、まだー?」


 一階から聞こえてきた沙希の声に、悠真は大声で返した。


「すぐ行く! ……まあ、フィーネにもひとまずは大丈夫だって言われたし、なんとかなるだろ」


 楽観的につぶやいて、鞄を持って部屋を出る。

 階段を降りて玄関に向かうと、すでに靴を履いた沙希が鞄を手にして待っていた。

 フラートは足を広げて玄関に座ったままだ。


「あれ、フィーネは?」

「先に外に出てるよ」

「実はそのままどっか行っちゃったんじゃないのー?」

「もう、フラちゃんはすぐそういうこと言う。フィーちゃんはそんなことしないよ。本人に言っちゃダメだからね」

「ごめんごめん。冗談だってば」

「フラートもどっか行くのか」

「あたしだけ家に残ってるワケにはいかないよ。ま、残ってる拠点の様子でも見てこようかなぁってさ」

「なるほど」

「ねぇー、話は歩きながらでもできるから早く行こうよ」


 沙希はそう言って、勢いよく玄関の扉を開けて外へ飛び出した。


「うぎゃあ⁉」

「んぎゃっ――!」


 その時、扉の前に立っていた誰かと思いっきりぶつかってしまった。

 沙希と帽子を被ったその人物は、似たような悲鳴を上げて、これまた似たように後ろに倒れて尻もちをついた。


「おいおい、大丈夫か?」

「あいたたた……うん、だいじょーぶ。あ、ご、ごめんなさい! ケガしてませんか?」

「うぐぅー……お、お構いなく。こちらこそすみません、でした……」


 大きなショルダーバッグを提げた少女は、帽子を目深にかぶり直して謝った。

 ちらりと見えた藍色の瞳には、申し訳なさがぎゅうぎゅうに詰まっているようで、もじもじと下を向いたまま何度も頭を下げた。


「あれ、ハーゼじゃん。何してんのこんなところで」


 玄関から顔をのぞかせたフラートを見て、ハーゼと呼ばれた少女は目の色を変えた。

 感動的な再会に歓喜して、などということはなく――。


「ふ、フラートさん……そういうあなたこそ、こんなところで何をしているんですかー!」


 ……ごもっとも。


 聖女を奪おうとした人間が、いまや聖女の家で一緒に暮らしているのだから、そりゃあそういう反応にもなるというもので。

 他人事のように首を傾げるフラートの後で、悠真は腕を組んで頷くのだった。


  †


『運び屋』の仕事は、厳密に言えば物を運ぶことではない。

 本来は表立って動くことの少ない魔術師たちに代わって、あれこれと忙しく動き回る魔術師たちを名目上そう呼んでいるに過ぎない。

 おつかいのような雑事に始まり、活動拠点への物資の納入や工房の設置の補助など彼らの仕事内容は多岐に渡る。

 どんな仕事も最終的には人や物をどこかへ送り届けることがほとんどなので、『運び屋』という名前が定着したのは必然だったとも言える。


 そんな『運び屋』であるハーゼがなぜ藤代家に現れたかと言えば、それはもちろん仕事のためで。


「帰りますよフラートさん」

「だから帰らないって言ってるでしょ」


 白雲が多い空の下、先頭を歩くフラートの背中にハーゼが言葉を投げ掛けるが、フラートはこれをぴしゃりと拒絶した。


「前線から逃げ出したうえに敵側に寝返ったんだよ、あたしは。いまさらどのツラ下げて帰れっていうのよ」

「今ならまだ敵側の事情を探るために潜伏していたと言い張れます。私も一緒に弁解しますから……」

「だからべつにいいってば」

「クライスさんを殺されたんですよ? なのにどうして――」


 ハーゼがちらりとフィルフィーネを見やる。その視線は言外にこう言っている。


 ――どうして『送り人』なんかと一緒にいるのか、と。


 ハーゼにとっても、クライスはそれなりに付き合いの長い相手だった。それなりに事情も知っている。だからこそ、フラートの行動が彼女には理解できなかった。

 フラートは歩きながらくるりと振り返って、器用に後ろ足で歩きながら反論する。


「それはあたしが決めることで、あんたがどうこう言える話じゃないでしょうが」

「私だって、クライスさんは知らない仲じゃありません」

「だとしてもよ。あんた個人の感情はそれでいいけど、あたしの気持ちまで勝手に代弁しないでくれる?」

「………………」


 フラートの言葉にハーゼは口を閉ざすしかなかった。

 重苦しい空気を嫌って、代わりに沙希が口を開く。


「は、ハーゼさんは、フラちゃんの友達なの?」

「友達っていうか腐れ縁よ。あたしが〈協会〉に入った頃からずっと一緒に仕事してる、お目付け役みたいな感じかな。『運び屋』って大体は一人で複数の魔術師を担当に持つものなんだけど、ハーゼはその辺不器用だったから。ほとんどあたしたち専属だったのよね」

「うっ……で、でも仕事はちゃんとしてましたから!」

「時々クラちゃんに助けてもらってたくせに」

「あうっ……!」


 手助けする側の『運び屋』が助けられてちゃ世話ないわ、とフラートはやれやれとお手上げの状態で首を振った。

 二人の様子を見守っていた悠真だったが、話が脱線し始めたのでそろそろ口をはさむことにした。


「それで、ハーゼは何しにうちまで来たんだ。まさか本当にフラートを連れ帰るためだけ、なんてことはないよな?」


 もし本当にそれだけが目当てなのだしたら、わざわざ敵である俺たちの前に姿を見せる必要もない。フラートと連絡を取る手段なんて、ほかにいくらでもあるだろう。

 ハーゼは少し考えるような素振をした後、小さくため息をついて足を止めた。

 みんなもつられて足を止める。


「……本当はフラートさんに帰る了承をいただいてから渡すつもりでしたが、仕方ありません。フラートさん、手を出してください」

「ん――?」


 言われ、フラートは左手を出した。

 ハーゼは彼女の手のひらの上にそっと金属質の何かを置いた。


「なにこれ。鍵?」

「はい。とある場所にある拠点の鍵です。――たしかにお届けしましたよ」


 それはハーゼが仕事をやり遂げた時に必ず口にするフレーズだった。

 つまりこの鍵は、誰かがフラートに届けるようハーゼに依頼したものだということで。

〈協会〉の内部にもほとんど知り合いのいない彼女に贈り物をする人物など、一人しか存在しない。


「まさか――」

「ご想像の通り、依頼主はクライスさんです。先日の任務の前に、フラートさんに渡すように頼まれていました」


 クライスは先の戦いで命を落とした〈協会〉の魔術師にして、フラートの保護者的存在だ。

 そんな大切な故人からの思わぬ遺品に、フラートは息を呑んだ。

 鍵の形はシンプルで、これ自体に何か意味があるというものではなさそうだ。


「場所はどこ?」

「ここからそう遠くはありません。詳しい場所はこちらにメモしておきました」

「……ここに、何があるの?」

「それはフラートさんが自分の目で確かめてください。私はただの『運び屋』ですので」

「あーはいはい……そうよね。あんたはそういう奴だった」


 態度こそいつもと変わりないが、フラートは内心迷っていた。

 ハーゼの言葉を信じていないからではない。

〈協会〉との繋がりは、ここで断つべきかもしれないと思ったからだ。

 一度は離反すると決めて聖女の手を取った。

 その上で〈協会〉の人間と関わるべきか否か、フラートは決めあぐねていた。


 ……でも、わざわざハーゼに頼んでたってのがなんとなーく引っ掛かるんだよね。なんてったってクラっちのすることだし。


 はっきり言って、ハーゼは落ちこぼれだ。

 魔術の才はほとんどない、仕事の要領も悪いし、人付き合いも得意とは言えない。でもだからこそ仕事には実直で、およそ魔術師とは思えないほどのお人好しでもある。

 そんなハーゼを経由してクライスが頼んでいたということは、もしかしたら〈協会〉には知られたくない何かがそこにあるのかもしれない、とフラートは考えた。


 ……ま、そういう理屈を抜きにしても、あたしはこれを見て見ぬふりはできないんだよねぇ。だってこれは――。


「クラっちからの……最後のお願いだもんね」


 だったら、彼の部下だった自分が断るなんてありえない。

 フラートの意志は決まった。

 手のひらに置かれた鍵を握りしめて、ハーゼから受け取ったメモと一緒に服のポケットに突っ込んだ。


「サンキュ、ハーゼ。これから行ってみる。――そういうワケだから、あたしはここで失礼するね」

「あ、フラちゃん……!」

「大丈夫、心配しなくても夕方までには帰るから。なんなら学校が終わる頃にでも迎えに行ってあげる」

「うん、わかった……って、そういうことじゃなくて……!」

「――一人で平気?」


 言葉を選んで口ごもっていた沙希に対し、フィルフィーネは直球でそう尋ねた。

 フラートは一瞬、真顔でフィルフィーネの顔を見つめ返した。

 でもすぐに快活に笑った。


「大丈夫だってば。いつも言ってんでしょ、子供扱いしないでって。あたし今年で《《十五歳》》になるんですけど」

「えっ」


 自分の主張だけその場に置いて、フラートは住宅地を跳び去ってしまった。


 メルセイムで十五歳と、こちらの世界の十五歳とでは事情が異なる。

 魔術師としての才能の多くは早熟で、十三歳になるころにはその才が開花することが多い。ゆえに、十五歳ともなれば一人前の魔術師として扱われることがほとんどで、大人たちの仲間入りとされる年齢だ。

 フラートの場合は外見が幼いため、何歳になっても子ども扱いされ続けていたのだが――。


 そんな彼女の後姿を見送るフィルフィーネの後ろで、悠真と沙希の二人はあんぐりと口を開けたまま固まっていた。


「今年で十五ってことは、フラちゃんって私より一つ下なんだ……てっきり十三歳くらいだと思ってた」

「俺もだよ。それにしては大人びてるなーとは思ってたが……」


 ……魔術師って、やっぱり見掛けによらないよな。

 悠真は数日前に出会った――一方的に襲われただけなのだが――アミスのことを思い出した。


 どちらも特異な例だが、悠真の認識はあながち間違いでもなかった。

 メルセイムには『魔力を操る魔術師の体質が肉体の成長に関与しているのではないか』、という説があるからだ。何の証拠もない眉唾な話だが、事実として〈協会〉に所属する優秀な魔術師の多くが特徴的な体格をしていることを鑑みれば、あながちあり得ない話でもない。


 まあ、だからどうという話ではないので、これらを調査研究する者は今後も現れないのだが。


「それでは、私も次の仕事に行かなければいけませんので、失礼させていただきます」

「あ、あぁ。気を付けてな」

「ありがとうございます。あなた方もお気をつけて。この街には今、我々以外の何者かが暗躍しているみたいですので」

「それって、昨日フラートが言ってた〈協会〉の魔術師が殺されたっていう……」

「ご存じでしたか。なら私が忠告するまでもありませんでしたね。まあ、その魔術師が動く前に我々が聖女を確保するでしょうが」


そう言ってハーゼは沙希を見た。

敵意を込めた視線でにらみつけたつもりだったのに、沙希に優しく微笑みかけられて、照れて視線を逸らしてしまう。


……〈協会〉の魔術師って、こういう子もいるんだなぁ。


ちょっとほっこりとした悠真であった。


「あなたたちはその魔術師の正体を掴んでいるの?」

「いいえ。ですが一つだけはっきりしていることがあります」

「……それは?」

「奴が訪れた場所には死体が残りません。血痕や崩れた建物、抉れた地面などの争った形跡は見られるのに、死体だけは絶対に見つかりません。それが何を意味しているかまではわかりませんが……私の口から言えるのはこれくらいです」


 ハーゼの告げた内容は、悠真たちの中にあった不透明な魔術師の様相をさらに混沌とさせた。


 ……正体を隠すために死体を消してるのか、それとも死体を消えてしまうような強力な魔術の使い手なのか……。


 嫌なイメージばかりが膨らんで、悠真の背中を冷や汗が伝う。

 その隣で、フィルフィーネは何やら考え込んでいた。


 ……魔術師の死体はそれだけでかなりの利用価値がある。……もしかして死体をどこかに集めてるとか? いや、それは流石に飛躍しすぎかも。でもだとしたら、死体は一体どこに……。


「フィーちゃん、大丈夫?」

「え……あ、何でもないわ。ちょっと考え事をしてただけだから」

「ならいいんだけど……あんまり一人で抱え込まないでね。私にできることがあったら何でも言って。いざとなったら、お兄ちゃんだっているからさ」


 沙希の隣で頷く悠真。

 フィルフィーネは不格好な笑顔を作って笑った。

 その後、ハーゼは深々と頭を下げてから駅の方に歩いて行った。

 フラートさんがそちらでお世話になっているうちは、また会うこともあるかもしれません、と言葉を残して。

 悠真たちは内心に渦巻く不安を抱えながら、学校へと足を進めるのだった。

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