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第51話「志摩と土地の契約」

 志摩と呼ばれる魔術師の一族は、代々召喚術を得意とする珍しい血を有していた。

 魔術師の得意な系統は血に由来することが多く、志摩家も例に漏れない。ウィスプやフェアリーなどの低位の精霊にはじまり、天使や悪魔といった上位存在の降臨まで、多様な召喚術は志摩家の誇りそのものだった。


 鳴滝市郊外の林を抜けて、山道を十数分ほど歩いた先には鋼鉄の門扉がある。大自然に馴染まない無骨な扉を開き、さらに歩くこと十分弱、一軒の豪邸が建っていた。

 二階建ての大きな洋風の邸宅だ。豪奢ごうしゃな玄関が目を引く。背の高いガス灯のような街灯の明かりが、辺りを妖しく照らしている。

 外国に迷い込んだかのような雰囲気のある場所だが、なぜだか離れには道場があった。家主の趣味なのか、後から取って付けたようなアンバランスさを感じずにはいられない。

 この家を訪れる者は本当に少ない。そもそもここに家が建っていることさえ知っている人はほとんどいないだろう。

 ここが志摩家の本家――鳴滝市を裏で支配する魔術師の根城である。


 ここら一帯だけ樹木が綺麗に伐採されており、山の中にぽっかりと穴が空いたみたいに、夜空に浮かぶ星々の煌めきが異質な洋館を照らし出している。

 玄関をくぐり、一階のロビーから二階へ上がる。右手の突き当りの部屋へ歩けば、志摩家の現当主である志摩宗慶しまむねよしの執務室だ。


「――それで。余所よそ者共はどうしている」

「昨日の一件以来、まるで動きがありません。現場を調べては見ましたが、結界内で行われていたであろう戦闘、その他の経緯一切が不明。かなり多くの魔術師が動いていたであろうこと以外は判然としていません」

「なーんにも残ってなかったね。まあ、あれだけ人が多い空間じゃあ結界から出た後の足取りを追うのも正直かなり難しいけどね」

「朝音」

「いい。朝音にはもう諦めておる。いちいち正そうとするな、茜音」

「……はい。失礼しました、お父様」


 父である宗慶にたしなめられ、長女の志摩茜音は頭を下げた。次女の朝音は告げられた言葉の真意がわかった上で、薄く微笑んでいる。


「ここ数年、我らの土地を我が物顔で踏み荒らす余所者の数が増えすぎた。掴めた情報といえば、メルセイムというこの世界とは異なる世界のこと。〈協会〉なる謎の組織に、聖女と呼ばれる少女の存在……何ともはた迷惑な話だ。他所の世界まで来て何をやっているかと思えば、まさか小娘一人を捕まえるだけとは……」

「お父様はどうお考えなのですか」

「……どう、とは?」

「異世界なるものが本当にあるとお思いですか?」


 茜音の問いに、宗慶は小さくため息をついた。


「召喚術を得手とする我らが異界の存在を疑うのはおかしな話だろうに」

「それは、そうなのですが……」

「現にこうして、奴らは我らの土地で好き勝手しているのだ。ここで真偽を議論しても意味はない。――それより、例の調査はどうした」

「そちらは問題ありません。乱れた霊脈も安定し、繋がりの結び直しも順調です」

「空間のゆがみが激しい箇所もあったけど、そっちも安定したよ。多分異世界と繋がったせいだよね、あれ」

「原因を突き止めるのは後で構わん。今はとにかく元の状態へと戻せればそれでいい。契約が完全に切れてしまわぬよう、少しでも霊脈の流れを正すのだ。慎重に、けれど急ぎ事にあたれ。失敗は許さん。貴様たちはこの家に尽くすためにここにいるのだからな」

「はい。わかっております、お父様」


 今度は姉妹揃って頭を下げた。

 宗慶が手を軽く上げ、退室を促す。

 部屋の扉が閉まり二人が部屋の前から去ったのを確認してから、宗慶は椅子から立ち上がり窓の外を見た。


「まったく、こんな大事な時に余計なことばかりしてくれる。儀式の準備も進めねばならんというのに……」


 ……どこの誰とも知れぬ小娘一人のために、我らの土地を汚されてたまるものか。


 今日はよく星が見えた。執務室の小さな窓からでも、夜空に浮かぶ星々の輝きがはっきりと目に映るほどに。

 宗慶は机の引き出しから一冊の本を取り出す。


「志摩の血を絶やさぬため、召喚術を再び我が物とするために……必ずや、再契約の儀を成功させねば。そのために利用できるものは何でも利用するのだ。たとえそれが、異世界の存在であろうともな……」


 限られたリソース問題を解決してくれる餌が向こうからやって来てくれたのだ。これを利用しない手はない、と宗慶は不吉に笑った。

 窓に映った自分の顔を見て、ふと昔のことを思い出した。

 思い出したくもない、愚息のことを――。


  †


「はー、緊張した」

「どの口が言うのよ。あんたはいつも通りだったじゃない」

「だってお父さん顔には出さないけど声が真っ黒で怖いんだもん」

「知らないわよ。あんたのは共感覚が鋭いせいでしょ。もっと言葉遣いも勉強しなさい」

「はーい」


 姉妹は洋館の廊下を歩きながら、そんな言葉を交わしていた。

 父である宗慶の言葉は絶対だ。齢六十を過ぎたとて、彼はまだまだ現役だ。魔術師の素質、魔力の総量、どれをとっても優秀で、けれどこれ以上の発展は望めなかった。あとは老いて弱るだけの父の存在を、茜音は哀れだと思った。それでも、家のために励む父にはそれなりの敬意を持ってはいた。


「霊脈の修繕ポイントは残り三ヶ所。明日中に終わらせるわよ」

「えー。残ってるのって駅から遠いとこばっかじゃん。一日で終わるの?」

「終わらせるの。私たちのせいで計画を遅らせるワケにはいかないでしょ」

「だったらお父さんも動けばいいじゃん」

「それができないから私たちが居るのよ」


 宗慶は鳴滝市の外には出られない。契約に縛られた志摩の人間として、土地の外に出るワケにはいかないのだ。

 それどころか、今となってはこの家から出ることすら難しい。

 志摩の家は霊脈の上に建てられている。ここから離れることは、契約の不履行になりかねない。

 昔はこうではなかったが、今はそれだけ土地の霊脈の乱れが顕著なのだ。


「でもいいの、お姉ちゃん」

「何が?」

「あのこと。お父さんに話してないよね」

「…………いいのよ。あの人に伝えたところで、きっと何にもならないから。私たちは私たちのやることに集中する。いいわね」

「はーい。あ、じゃあさじゃあさ、これから一緒にアニメ見ない? 今期のアニメ、結構面白いのが多くてさー」

「遠慮しておくわ。あんた見始めたら長いじゃない」


 そんなことないよ、と朝音は反論したが茜音は身をもって体験したことがあるのでこれを却下した。

 姉妹の部屋は二階の東側の突き当りで、宗慶の執務室とは正反対の位置にあった。

 自室の扉の前で別れ、二人はそれぞれの部屋へと戻っていった。


 茜音が指を鳴らすと、部屋の証明が点灯しカーテンが独りでに閉められた。部屋の中は辛うじて足の踏み場がある程度に雑然と散らかっており、部屋の隅には脱ぎ散らかした服が積み上がっていた。

 淑女然とした彼女のイメージからはかけ離れた有様だ。

 茜音は脱いだ上着をその山の上に放り投げると、下着姿のままベッドに倒れた。

 枕に顔を埋めながら思い返すのは父の言葉だ。


「――この家に尽くす、ね」


 無名だった志摩家が召喚術の名家として名を馳せることができたのは、比喩ではなくこの土地のおかげだ。未完成だった召喚術はこの土地の霊脈と接続することで、志摩家が誇る唯一無二の召喚術へと発展することができたのだ。

 召喚術は魔術の中でも難易度が非常に高い。適した触媒を用意したり、日時や天候にまで気を使ったりと、魔力や術式の扱い以外に注力すべき点が多いからだ。

 それでも、執念とも呼べる研究と挑戦の末、志摩家はついにこの土地に辿り着き契約を結んだ。


 ……それが初代志摩家の当主、志摩巌男しまいわおの手によって結ばれた大契約。代々志摩家がこの土地を守ることと引き換えに、霊脈からの魔力供給を得るというもの。


 これにより、召喚術に必要な膨大な魔力を霊脈から得られる魔力で賄うことができるようになった。

 その他にもいくつかの恩恵を得て、志摩家はどんどん力を付けていった。

 だが、五年ほど前から志摩家は衰退の一途をたどっている。


 霊脈の乱れ、空間の揺らぎ、土地の魔力の減衰。

 原因は様々考えられたが、おかげで契約で得られるはずの魔力供給も安定しない。それどころか、契約そのものが破綻しかけていた。

 この異常事態とも言える現象の調査と原因の究明が急務となり、茜音と朝音はあちこち駆けずり回っていたのだ。


 ……ここ最近になって、異世界の魔術師たちの動きが活発になってきた。この街は本当に面倒なことばかり起こるわ。でも、きっと悪いことばかりではないはず。私たちの目的のためにも、今はとにかく目の前の問題を解決しないと……。


 茜音は寝返りを打って仰向けになる。天井から吊り下げられたペンダントライトの明かりに目を細め、唇を小さく動かした。


「必ず私が探し出して見せる。だから、もう少しだけ待っててね……天多あまた


 右手を天井へ突き出して、瞳に映った照明を覆い隠す。

 まるで星を掴むみたいだと茜音は自虐的に笑い、やがて眠りについた。

 小さく寝息を立てる彼女の姿を、机の上に置かれた三人の姉弟の写真だけが見ているのだった。

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