第50話「ジャンクフードはおやつみたいなもの」
鳴滝市は山に囲まれた盆地で、夏は暑く、冬は寒い。
三十年ほど前、観光事業へのテコ入れを名目に都市開発が進み、鳴滝駅を中心として都市化が進んだ。
わずか五年ほどで地方都市と呼べる程に発展したが、観光名所はどれもこれもが山の中や海沿いばかり。駅前ばかりが発展し、観光地各所はほったらかしとなってしまい、地元民は話が違う、と市政に猛抗議。
その所為で鳴滝市の都市化計画はストップし、郊外との格差は増したままだ。
鳴滝駅から離れれば離れるほどに、緑あふれる田園風景が出迎えてくれる。そんな地域で誰が好き好んで郊外に住みたいと思うだろうか。
結果として、鳴滝市は電車でのアクセスを最重要視する物件が大人気となり、隣駅の周りにはアパートやマンションが乱立し、住宅街は大きくなった。
田舎は車が無いと生活できないとよく言うが、鳴滝市に限って言えば、近くに駅さえあればどうにでもなる。そんな街だった。
計画は中途半端で終わってしまったものの、結果だけ見れば市民の暮らしが豊かになった事実を評価する声も多く、実際、市の財政は潤った。
街が発展すれば人が集まる。
人が集まれば、さらに街は発展する。
ただ、外からの人の流入が増えれば、それなりに問題も発生する――。
鳴滝駅前のとあるハンバーガーショップ。駅構内から直結した店舗で、人の流れが多く、一階は狭くかなり騒然としている。けれど、二階は広く比較的ゆったりとしたスペースになっており、よく仕事帰りのサラリーマンや学校終わりの学生たちがたむろしている。
そんな二階の窓際の席に、奇妙な二人が並んで座っていた。
一人は黒のレザージャケットを羽織ったミニスカートを穿いた女性。下着が見えてしまいそうな際どいスカートから覗く美しい生足。
通り過ぎる男性の視線が釘付けになる。
そして隣に座る大男に気付いて、そそくさと退散する。
こんなことをすでに三回は繰り返されて、アミスは大きなため息をついた。
「――ったく。見物料でも徴収してやろうかね」
「……そんな服を着ているからだろう」
「アタシが何の服着ようがアタシの勝手だろ。それに別に見るなって言ってるんじゃないんだよ。見るなら覚悟を決めてガッツリ見ていけってことさね」
「……見られてもいいのか」
「見せて恥ずかしいモンじゃないからね、アタシの体は」
ヴォイドが小さく頷いた。そうか、という反応だ。
衆目を集めている理由は、アミスの格好だけではない。
客の興味は二人の手元にもあった。
アミスの前には色んな味のバーガーが山のように積み上がっていた。
どこにそんな量が入るのか、アミスはそれらを一つずつワイルドに食べていく。
隣を見れば、ヴォイドの前に山のようなフライドポテトが鎮座していた。
トレイいっぱいに溢れかえったポテトの山を、ヴォイドは一本ずつ口に運んでいく。
体格に似合わず女々しい食べ方だが、ポテトを運ぶ手の動きは尋常じゃない速さだ。
本当に咀嚼しているのだろうかと、周囲の客は小さくどよめいた。
当の本人たちはまるで気にしていない。
互いに半分ほど食べ進めた頃、アミスが喋り出した。
「――で、上からの指示は?」
「……ない。『運び屋』とのコンタクトは取れたが、指示があるまで待機の一点張りだ」
「はぁー。役立たずの臆病者どもが偉そうに――」
「……そっちは、何か収穫はあったか」
「それなりにはってところだね」
アミスは食べ掛けのハンバーガーを一息に食べきって、炭酸で流し込んだ。
ぺろりと指を舐めて、本題に入る。
「『アンサング』の連中を殺ったヤツはこっちの魔術師で間違いない。しかもどうやら単独犯だ」
「……根拠は?」
「痕跡の消し方がヘタクソだった。死体と血痕を消しただけで満足してやがる。こっちの魔術師の典型さ」
アミスの本来の専門は斥候だ。残った僅かな魔力からでも多くの情報を得ることができる。痕跡を消した痕跡から個人を特定することぐらいどうということはない。
「術式の断片も馴染みがなかった。少なくともメルセイムの魔術師じゃあないね」
ヴォイドはまた頷いた。
「……潰すか?」
「アンタは本当に気が早いねえ。まだだよ。どこに潜んでるかはわかってないし、目的もわからない」
「……でも敵なのだろう。後手に回るのか?」
「物事には順序ってモンがあるんだよ。そいつの落とし前は、アタシたちの問題を解決したあとさね」
アミスはヴォイドのポテトをひょいと取って、パクリと口に咥えた。
「……おい、俺のだぞ」
「ケチケチしなさんな。別にいいだろ、そんだけいっぱいあるんだから」
納得できないのか、ヴォイドは代わりにと言わんばかりにアミスのバーガーを一つ奪った。
「ちょっとちょっと、ポテト一本とバーガーは一個は釣り合ってないだろう!」
「……代償が必ずしも等価であるとは限らない」
ヴォイドの言い草にアミスは眉をひそめたが、取られたのがチリソースのバーガーだったので、まあ別にいいか、と放っておくことにした。
「――にしても、どーにもきな臭い。アタシらの知らないところで何かが動いてる気がしてならないね」
「……というと?」
アミスはヴォイドの問い掛けに答えず、残った炭酸を飲み干し、ガリゴリと氷を噛み砕いてから逆にヴォイドに問い掛けた。
「ヴォイド、あんた志摩って名前に聞き覚えは?」
「……いや、ない。それがどうかしたのか」
「志摩ってのは、ここら一帯の土地を所有する魔術師の家系のことさ。どうやら召喚術に特化した血筋らしいんだが、これがまあ災難続きの家系だったみたいでね。この街の都市開発の影響で、土地との繋がりが弱まっちまったらしい。おかげでご自慢の召喚術も代を重ねるごとにどんどん衰退していった。しかも、産んだ子供はみんな女で跡継ぎ問題まであったんだと」
「……よくある話だ。で、その話が今回の件と何の関係が?」
「志摩の召喚術は異界から魔を呼び出す、ってこっちの魔術師の間じゃあそれなりに有名な話らしくてね。なんだか聞いたことある話だと思わないか」
「……異界から? おい、まさかお前――」
「そうだ。もしかするとその召喚術ってのは、アタシらの世界……《《メルセイムから魔獣を呼び出すものなのかもしれない》》」
しばらく沈黙が続いた。二人の咀嚼音は周囲の話し声にかき消される。
やがてヴォイドがゆっくりと喋り始めた。
「……それが本当だとして、『アンサング』を潰した奴がその志摩ってことになるのか?」
「そこまではまだ何とも。ただ〈協会〉の《転移門》が繋がった先が、そういう魔術師が管理してた土地だってなると、色々と勘ぐっちまうって話さ」
アミスは窓から見える夜景をぼんやりと眺めた。
夜空に浮かぶ星々のように、地上の明かりも眩しかった。
……情報が足りないけど、全くの無関係だとは思えない。点と点を結ぶのに必要な情報が欠けているんだ。とはいえ、このまま黙って上から指示が下りてくるのを待ってるのも性に合わない。
スマホを操作しながら苛立つアミスの横顔に、ヴォイドが言葉を投げかける。
「……ところで、どこでそんな情報を手に入れた?」
「ん、魔術師の集まる土地には大抵魔術師以外の協力者が居るもんさ。アタシはそいつからちょーっと話を聞かせてもらっただけだよ」
「……また勝手に現地の魔術師に接触したのか」
「アタシが協力してもらったのはちょっと事情に詳しい一般人さ。もちろん口止め料も払った。だから何の問題もない。だろ?」
また屁理屈を、とヴォイドは思った。
現地の魔術師とコンタクトを取る場合は必ず二人一緒に、がアミスとヴォイドの約束事であった。魔術師相手に一対一で会うというのは、それだけリスクが高いということだ。
単なる口約束とはいえ、約束は約束だ。
約束はちゃんと守って欲しいと思いつつも、自分のせいでアミスの行動を妨げたくないとも思うので、ヴォイドは結局いつもと同じように、ただ首を縦に振るのだった。
「……お前がいいなら、俺も何も言わん。それで、こんな時に言うことかはわからないが、俺からも一つ報告しておくことがある」
「どうした。何かあったのかい?」
「……フラートが聖女の家で寝泊りしているらしい」
「はあ!!⁉」
アミスの大声に、周囲の話し声がピタリと止んだ。
ヴォイドがちらりと振り返っただけで、すぐに喧騒は元通り。
――関わってはいけない。誰もが本能的にそう理解した。
「アイツ、裏切ったのか?」
「……わからん。元々フラートはクライスの命令以外ほとんど従わなかったからな。奴が死んだ今、〈協会〉の下に居る理由がなくなっただけかもしれん」
「つっても、このまま放置はできないだろ」
「ああ。だから『運び屋』が回収に動いてる。あいつが素直に応じるかはわからんが」
「魔術師がそう簡単に一度結んだ縁を切れるもんか。アイツはまだガキだが、それくらいわかってるだろうよ。組織を抜けることの意味もね」
魔術師にとって契約は絶対だ。
師弟関係や従属関係はもちろん、組織との繋がりにも縛りが生まれる。それを破るのであれば相応のリスクが伴う。
……最後に選ぶのはフラート本人だが、まだ若いんだ。寝覚めの悪いことにはなって欲しくないね……。
「お待たせしました。ご注文の品をお持ちしました」
「あぁ、ありがとさん」
二人が話し込んでいると店員がやって来て、アミスの前に紙のボトルを置いて去って行った。
いつの間に注文したのか。
アミスは美味しそうにイチゴ味のシェイクをすすっている。
「……お前、いつの間に」
「ついさっきだよ。便利だよなぁ、これ。あっちでも使えるようにならないかねぇ」
偽造した身分証で手に入れたスマホを見せびらかすアミス。
最初は操作に難儀したものの、仕組みを理解してしまえばすぐに手放せなくなった。
……魔術による通信や情報収集なんかよりもよっぽど手軽で便利で高性能。そりゃあ魔術も廃れるわ。
「……俺の分は?」
「アンタはすぐ壊すからダメ。そんなことより、明日も別行動するよ。ヴォイドは〈協会〉の他の拠点が無事かどうかの確認。例の魔術師の狙いがウチらなら、まず間違いなく他も狙われるだろうからね」
「……了解した。アミスは?」
「アタシはこっちに張り込む。これで網に掛かってくれれば楽なんだけど、確証はないから念の為って感じだけど――」
「……お前のカンは、昔からよく当たる」
「当然。これならボウヤたちの監視もできて一石二鳥だし。――さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」
ずずず、とシェイクをすすってアミスはテーブルにスマホを置いた。
スマホの画面には、急坂の上に立つ歴史ある校舎――鳴滝西高校が映し出されていた。




