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第49話「行ってきます」

 ――ピンポーン。


 その時、再び来客を知らせるチャイムが鳴った。

 すぐに千枝が出ると沙希を呼んだ。


「沙希、朋花ちゃん来てるわよ。何か約束してたんじゃないの?」

「ともちゃん……? あっ、そうだ! 今日一緒にランチ食べに行こうって話をしてたんだった!」


 ……色々あって完全に忘れちゃってた――!

 沙希は自分の格好を確認する。辛うじてパジャマではないが、こんな部屋着のままでは出掛けられない。


「ご、ごめんともちゃん! すぐ準備するからちょっと待ってて!」

「はぁ。いくらトーク送っても既読つかないから、そんなことだろうとは思ってた。いいわよ、そんなに慌てなくても。のんびり待ってるから」

「ほんとごめんねー!!」


 沙希はドタバタと二階へ上がると、あっという間に着替えを済ませる。

 数分と経たずに下りてきて、そのまま玄関へ向かうかと思いきや、なぜかリビングに再び顔を出した。

 それでフラートを見つけて、


「フラちゃんも一緒に行かない?」


 と声をかけた。


「……なんで?」


 これにはさすがのフラートもこの反応である。

 どういう神経をしていたら、今朝和解したばかりの敵を友人とのランチに誘えるのか。


「だって、フラちゃんも友達だもん」

「――――」


 歯が浮くようなセリフを、何の恥じらいもなく言ってのける。

 これが沙希という人間の恐ろしいところだ。

 フラートはあらためて、厄介な子に心を許しちゃったなあ、と苦笑した。


「しゃーない。あたしが行って盛り上げてあげようじゃない!」

「やった!」

「でもサッキ―のお友達はあたしが一緒でも大丈夫なの?」

「だいじょぶジョブ! ともちゃんはかわいい女の子大好きだから! ともちゃんのことは歩きながら紹介するね。それじゃあお兄ちゃん、行ってきまーす!」

「おう、行ってらしゃい。車に気をつけろよー」


 元気よく出ていった沙希の後ろを、フラートが付いて行く。


「フラート」

「んー?」


 悠真は彼女を呼び止めて、真剣な顔で妹の友達にちょっとしたお願いをする。


「沙希のこと、よろしくな」

「はいはい。……あんたも大概お人好しじゃん」

「何か言ったか?」

「なんでもなーい」


 ……ま、精々仲良くやってあげるとしようかな。

 フラートは誰にも見えないように笑みをこぼすと、


「――行ってきます」


 と小さくつぶやいた。

 行ってきますなんて、メルセイムではほとんど口にする機会はなかった。

 新鮮な語感に思わず足が弾むフラート。

 ……クラちゃんには悪いけど、あたしはあたしの人生を楽しく生きてみるよ。

〈協会〉に多少の恩はあったが、それはそれ、これはこれだ。


 ――これからは、魔術師としての道以外も探してみよう。


 笑顔で手を差し伸べてくれる異世界でできた初めての友達の手を握って、フラートはそう決心するのだった。


  †


「よかったの? フラートが一緒で」

「まあ、まったく心配してないってワケじゃないんだけど……妹の友達に冷たくするのは、兄としてよろしくないだろ」


 フラートが沙希に近づくために悠真たちを騙している可能性はゼロじゃない。

 ……それでも、沙希と一緒に笑って遊んでくれたあいつを、疑いたくないなって思ったんだ。

 もし本当に、フラートが沙希を騙すようなことがあれば、その時は……。

 悠真は拳を握って、ある決心を固める。


「なあ、鷹嘴は昼から予定ってあるか?」

「いいえ。今日は特に予定はありません」


 ……藤代くんの家にお邪魔するために無理やり予定を空けましたからね。


「だったら、一つ頼みたいことがある。俺に稽古をつけてくれないか?」

「稽古、ですか?」


 悠真は深く頷いた。


「これから先も色んな魔術師と戦うことになると思う。だから、今のうちに少しでも魔術師としての戦い方をちゃんと身につけておきたいんだ……!」


 『オール・モール』での一件を終えて、悠真は自身の力不足を痛感していた。

 魔力量や戦闘経験で劣るのは仕方がない。育った環境が違うし、才能の差もあるだろう。

 けれど、予め戦い方や魔術の対処法を身につけておくことができれば、もっと賢く立ち回ることができたかもしれない。

 悠真はそう考えて、澪依奈に頭を下げた。


「頼む鷹嘴! お前にしか頼めないんだ!」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、フィルフィーネさんもいるじゃないですか。どうして私に――」

「それは私よりも澪依奈が適任だからよ。私の扱う魔術はちょっと特殊なものだし、戦い方も参考にならないと思う。同じこっちの魔術師として、基本をしっかり抑えてるあなたが悠真に指導してあげるのが一番なのよ」


 フィルフィーネの言葉は一理あった。

 実際、彼女の戦い方は魔術師の基本から大きくかけ離れている。

 近接戦を仕掛けながら臨機応変に魔術を放つのがフィルフィーネの基本戦闘スタイルだ。槍を扱う魔術師は珍しいし、精霊の力を借りるため、詠唱も独特。

 たしかに、彼女が悠真にできる助言は限られる。

 そしてここまでつらつらと理屈を並べ立てたのだが、実は澪依奈は最初から承諾するつもりでいたのだ。

 今日ここに来た理由も、半分は悠真に助力するためだ。

 ……友人のピンチに手を貸すのは当然です。それに、藤代くんに頼られるのは素直に嬉しいですから。


「いいでしょう。半日で藤代くんに対魔術師戦のノウハウを叩き込んであげます。容赦はしませんので、そのつもりでお願いします」

「ありがとう鷹嘴。よろしく頼む!」

「武器の扱いなら私に任せて。槍意外にも剣とか弓とか、何でも教えてあげる」

「ははは、それはまた今度で頼む……」


なによーっ、とフィルフィーネは頬を膨らませた。

効率を重視する理論的な澪依奈と、感覚派で体に教え込もうとするフィルフィーネ。

二人の板挟みになりながら、悠真の特訓は始まった。


「青春ねぇー。若いっていいわ~」


そんな三人の様子を、千枝はお茶をすすりながら眺めるのだった。



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