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第48話「藤代悠真の魔術の原点」

 ――こほん。


 澪依奈がひとつ咳ばらいをし、みんなが彼女に注目した。


「足りない情報でいくら考えたところで答えは出ません。警戒はそこそこにして、今後の出方を窺うしかありません」

「そうね。どちらにせよ、こっちは常に後手に回らざるを得ないんだし、勝手な想像でヘンに決めつけてしまうのもよくないわ」

「はい。だから私としては、もう一つの疑問を払拭しておきたいんです」

「もう一つの疑問って?」

「あなたですよ、藤代くん」

「……お、俺?」


 澪依奈に名指しされ、悠真は一瞬何かやらかしたかと考えたが何も思い当たらなかった。


「お兄ちゃんまた何かやったの?」

「ご、誤解を招く言い方をするんじゃない! 俺は何もやってなんかない、はずだ……」 

「どんどん自信なくしていくじゃん」


 だんだんと尻すぼみになる悠真をフラートは指差して笑った。

 申し訳なさそうにする彼に、澪依奈は慌てて訂正する。


「別に責めているワケじゃないんです。こんなこと聞くのは魔術師としては本来マナー違反ではあるのですが……」

「構わないさ。俺に答えられるものなら何だって答えるぞ」

「……わかりました。それじゃあ、お聞きしますが――」


 澪依奈は言葉を区切り、一度深呼吸してから悠真に問い掛けた。


「藤代くん、あなたが最後に使ったあの魔術は一体何だったんですか?」


 悠真はきりっとした表情のまま固まった。

 まさか自分の魔術について聞かれるとは思ってなかったのだ。

 澪依奈の言う魔術が何のことなのか、悠真が思考を巡らせている間に、フィルフィーネが代わりに答えた


「《貪婪なる蛇(ニーズヘッグ)》を槍に変えたでしょ。あれのことよユーマ」

「あ、あぁ! あれか。そっか、そうだよな……あれを俺がやったんだもんな……」


 自分の右手を見つめながら他人事のようにつぶやく悠真に、澪依奈は言葉を添える。


「話したくないのなら話さなくても大丈夫です。そもそも魔術師本人に魔術について尋ねる行為自体、あまり褒められたものではないので」


 魔術師にとっての魔術はマジシャンにおけるマジックのようなもの。

 マジックのタネを不用意に晒すようなマネは、普通の魔術師ならば本来あり得ないことだ。

 だが悠真は魔術師でありながら、魔術師の常識を持ち合わせていない。

 彼は澪依奈の言葉の意図を汲み取れないまま首を横に振った。


「大丈夫。ちゃんと成功してよかったなーって、今さら思っただけだから。ちゃんと話すよ。鷹嘴には沙希を助けてもらった恩もあるしな」

「それは気にしないでくださいと言ってるじゃないですか。友達として、当然のことをしたまでです」

「俺もあいつの兄として当然の感謝をしてるだけさ。――さて、それじゃあ《改竄オールター》についてだな。説明する前に、一度やって見せるほうが早いか」


 悠真は立ち上がるって、固定電話の横に置かれたボールペンを手に取った。

 何か始まるぞと沙希とフラートも手を止めた。

 悠真はみんなに見えるようにボールペンを手の平に乗せて、短く魔術名を発音する。


「――《改竄》」


 淡い発光が手の平にじんわりと広がると、ボールペンを包み込んだ。

 そして、待つこと数秒。

 次に悠真の手の中に現れたのは、銀色のスプーンだった。


「え?」

「やはり……」

「……へぇ」


 リアクションは三者三葉。驚いたり、納得したり、感心したりと様々だ。

 沙希だけは単純に手品みたいだね、と少しずれた感想を述べた。

 悠真がスプーンを摘まんで持ち上げようとしたところで、ガラスが割れるような音がした。

 スプーンはまるで自分がボールペンだったことを思い出したかのように、元に戻ってしまっていた。


「うーん、やっぱり三秒くらいが限界だな」

「今のがユーマの魔術なの?」

「あぁ。物質を構成する情報を書き換えて別のものに作り変える魔術、それが《改竄》だ。でも見てのとおり不完全な魔術でさ……ハリボテっていうか、見てくれだけは取り繕えるんだけど、どうしても中身が伴わないんだよ。だからこうやって、数秒経ったらすぐに元の形に戻っちまうんだ」

「ぶ、物質の構成情報を、書き換えるぅ……?」


 何を言ってるんだお前は、と言わんばかりのフラートのオウム返しに、悠真は慌てて捕捉する。


「いや、正確にはそういう風に魔力で偽装するっていうか、無理やりテクスチャを貼り付けるっていうか……実際に原子とか分子をいじくりまわしてるワケじゃないからな!」

「そりゃそうだよ……そんなことできたら、お兄ちゃんなんでも作りたい放題じゃん」

「元となる物質の情報が土台になるから、なんでもできるワケじゃないんだってば。というか、できないからこうやって失敗してんの」


 悠真はもう一度同じようにボールペンをスプーンに作り変えるが、やはりまたすぐにボールペンへと戻ってしまう。


 例えば、赤いボールを粘土で無理やり包み込んだあと、形を整えて剣にしたとしても、中身は赤いボールのままだ。本質は変わらない。

 悠真の魔術はそれと同じことだ。

 どれだけ「これはスプーンです」と言い張ったところで、世界はそれを「いいえ、これはボールペンです」と否定するので、魔術が破綻するのだ。


「じゃあ、あの槍は一体何だったの? 私にはあれがハリボテだったとは思えないのだけれど」


 ……槍を握った時のあの感覚は、今でもはっきりと覚えてる。まるで自分の手足みたいに、私の魔力に応えてくれた。あれは決して作り物なんかじゃなかった。

 魔力は時に六番目の感覚と言われることもある。

 実際に魔力を流し、力を振るったフィルフィーネだからこそ、あの槍の力を理解していた。


 彼女の言葉に悠真は頭をかいた。


「正直な話、自分でもなんであんな槍を創り出せたのかよくわかってないんだ」

「そんなはずないでしょう。術者本人がわからないで魔術が成功するワケないじゃない」

「それはそうなんだけど……でも本当なんだって。あれは俺一人の力じゃなくて……」


 そこまで言って、悠真はふとあの時のことを思い出した。

 ……そうだ、なんで忘れてたんだろ。あれは――。


「――あれは先代の聖女に……詩織さんに手伝ってもらったんだ」


 ガタッ――。


 フィルフィーネは反射的に立ち上がっていた。

 驚愕と疑念と歓喜とがないまぜになったような目で、悠真を見た。


「どうして、そこでシオリの名前が出てくるの? だってあの子は……」

「会ったんだ。多分、意識だけだったとは思うんだけど。俺がクライスを介して《貪婪なる蛇》に干渉した、あの瞬間に――」


 その言葉に嘘偽りはなく、ただ事実のみが語られた。

 しかし、フィルフィーネの中では村上詩織はすでに死んでいる。

 生きているはずがないのだ。

 彼女の命を絶ったのは他でもない自分なのだから。

 だがそれは彼女の肉体の話だ。


「今にして思えば、あれは世界樹の中にある彼女の魂そのものだったんじゃないか。ほら、聖女の魂って世界樹に捧げられるんだろ? だったら、世界樹の中で彼女が生きててもおかしくはないんじゃないか」


 仮説の一つとしては、それなりに筋が通っている。

 一般的には肉体の死=魂の死だが、世界樹を肉体の代わりとしているとすれば、ありえない話ではないのかもしれない。

 魂だけの状態を生きていると言っていいのかどうかは、議論の余地がありそうだが。


「シオリは、何か言ってた?」


 フィルフィーネが声を震わせて尋ねた。

 きっと、聞きたいことはもっとあるだろうに。

 あるで悪いことをしたあとの子どものように、フィルフィーネの姿は小さく見えた。

 悠真は彼女の言葉を代弁する。


「お前のことをよろしくってさ」

「……そっか」


 社交辞令のような、ともすれば淡白な言葉。

 それがフィルフィーネには何よりの報せだった。


「本当に、シオリってば私のことばっかり気にして……もっと自分を大切にしなさいよね……っ」

「フィーちゃん……」


 涙ぐむフィルフィーネ。

 沙希は彼女の隣に座り、その手を取ってやさしく握った。

 ……私じゃ代わりにはなれないかもしれないけど……。

 言葉にせずとも、沙希の思いはきちんとフィルフィーネに伝わっている。

 こぼれる涙をきらりと光らせて、ありがとう、と沙希の手を握り返した。


「それで、その先代の聖女さんの力を借りて、あのような武器を作ることができた、ということですか」

「まとめるとそういうことになるな。まあでも、あの力の大半はきっと彼女のおかげだと思うよ」

「そうですか……」


 悠真は淡々と話したつもりだった。

 けれど、澪依奈からしてみればどれも想像の斜め上をいくものだった。

 ……世界樹の中にいる魂とコンタクトを取り、あまつさえ共同で魔術を制御した?どんな奇跡ですか。


 澪依奈は聖女の魂についても半信半疑で話を聞いていたが、まさかそれをさらに上回る話が飛び出すとは思わなかった。

 ここまで聞いてしまっては、もはや引き下がれない。

 澪依奈は恥を忍んで悠真に切り出した。


「もうついでに聞いてしまいますが、藤代くんはどこでそんな魔術を覚えたのですか?」

「どこって、俺の魔術はほとんどじいちゃんに教わったもので……あぁいや、《改竄》に関してはあの本に書いてあったんだっけか」

「あの本とは?」

「じいちゃんに貰った魔術の教本だよ。部屋にあるから持って来ようか」


 そう言って悠真は自室から一冊の黒い本を持ってきた。

 本を見た瞬間、澪依奈は飛び上がって驚いた。


「それは『黒橡くろつるばみの書』!?」

「うわっ、びっくりした……なんだよ、もしかしてすごいものだったりするのか?」

「すごいなんてもんじゃありません!  魔術の原点を記したと言われる黒と白で一対の書、それが『黒橡の書』と『白練しろねりの書』です。どうして藤代くんがそんなものを持っているんですか!?」


『黒橡の書』は魔導書と呼ばれる曰く付きの本だ。

 魔術の始まりを記したとされ、読んだものに叡智を授けると言われている。魔術師たちの間では有名な噂話だ。

 どうして噂話なのかといえば、誰も本物の『黒橡の書』を見たことがないからである。

 読むだけで魔術師として大成できるようなふざけた話を、誰も真に受けなかったというのもあるのだが。

 とにかくこれで、実物を目にした今もなお澪依奈が信じられないと疑う理由がわかっていただけただろう。


 もちろん、そんな噂話など知るはずもない悠真は至極当然のように答える。


「じいちゃんに貰ったんだよ。魔術の勉強に丁度いいかって」

「勉強にって……藤代くん、あなたのおじいさんは一体、何者なんですか?」

「何者って言われても……昔はそれなりに有名な魔術師だったらしいけど、今は田舎で隠居してる畑仕事が趣味の普通のじいちゃんだよ」


……絶対普通じゃないですよ、それ!


澪依奈は心の中で叫んだ。

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