第47話「魔術史を揺るがす大事件」
「おはよ、優等生のお姉ちゃん。相変わらず鼻につく登場の仕方じゃん」
「そういうあなたこそ、どうしてここに居るのですか? ここは藤代君のおうちのはずですが。あぁ、もしやまた迷子になってしまったんですか? それはいけません、すぐに警察を呼んであげましょう。住居不法侵入の罪で逮捕されてしまうかもしれませんが」
「は?」
「何か?」
二人の魔術師がバッチバチに威嚇……もとい、日曜の朝にふさわしい朗らかな挨拶を交わす。
犬猿の仲どころの騒ぎではない。このまま火花を散らされては、藤代家が大炎上しかねない。
悠真は二人の間に割って入った。
「やめてくれ、二人とも。朝っぱらから物騒な……フラートは無闇に鷹嘴を挑発しないでくれ」
「はーい。あたし悪くないもん……」
フラートは両手を頭の後ろにやって、リビングに置かれたソファーへすごすごと引き下がった。
その様子を見て澪依奈がくすりと笑った。
「お前もだぞ、鷹嘴」
「すみません。少しばかり羽目を外してしまいました」
「それで? 何しに来たんだ、こんな朝早くに」
「おや、もう忘れてしまったのですか藤代くん。言ったじゃないですか。『詳しい事情は後日ゆっくり聞かせてくださいね』って」
「…………」
……いや言ったけども。昨日の今日だし、まだ九時過ぎなんだが。
悠真はちょっと引いた。
澪依奈のために少しだけ補足しておくと、彼女は元々十時ごろに藤代家を訪れる予定だったのだが、早く悠真に会いたくて早めに家を出てしまい、早めに着いてしまっただけなのだ。
ちなみに、送迎は鷹嘴家の家政夫にお願いしている。
彼が澪依奈を止めていなければ、八時には藤代家を訪れていたに違いない。
「わかった。最初からちゃんと話す。それなりに長くなるから、お茶を淹れるよ」
「お気になさらず」
「気にするだろ。座っててくれ。母さんも、あとは俺がやるからいいよ」
「はーい」
澪依奈の登場により、一同はリビングに腰を落ち着けた。藤代家はそれなりに大きく、家族みんなで座れるようにと四人掛けのソファが置かれている。
悠真とフィルフィーネが澪依奈に事情を話している間、フラートと沙希は体感ゲームを遊び始めた。ゲーム初体験のフラート、最初は不慣れにぎこちなく体を動かしていたが、すぐにコツを掴むと軽快にコントローラーを振るようになった。負けず嫌いなのはゲームでも同じようで、沙希に負けるたびに悔しそうにした。
「爪の扱いは繊細でしたが、ゲームはあまりお上手ではないようですね」
「うっさい。気が散る。話し掛けんな」
話の途中で澪依奈が横やりを入れた。
意地悪く笑う澪依奈を悠真はまじまじと見る。
……鷹嘴って、嫌いなヤツはとことんイジるタイプだったのか。
優等生の裏の顔、とまではいかないものの、珍しいものが見れたことには間違いなかった。
そんなこんなで、話があっちに行ったりこっちに行ったりしながらも、悠真たちの現状とメルセイムの事情、〈協会〉の思惑など、ひととおりの話を終えて。
澪依奈は出されたお茶を音を立てずにすすった。
「――なるほど。おおよその現状は把握しました。ひとまずは安心……というワケでもなさそうですね。フィルフィーネさん、実際のところメルセイムとこちらの世界を行き来する魔術というのは、どのようなものなんですか?」
「正直に言ってしまうと、私もあまり詳しくは知らないの。〈協会〉の一部の施設にには《転移門》と呼ばれる魔法陣が設置されていて、それに大量の魔力を送り込むことでこちらの世界にやって来られるってことくらいで、術式に関してはさっぱり。起動には何か条件があるみたいなんだけれど、知ってるのはごく一部の人間だけね。あ、逆にこっちの世界から向こうに戻るためにも、同様の手順を踏む必要があるわ」
「その《転移門》の設置と防衛の役割を担うのが、さっき言ってた『運び屋』ってことか」
そのとおり、とフィルフィーネが頷いた。
「あとは一度に送れる人数には限りがあるってことと、あまり連続では使用できないってことくらいかしら。……と言っても、私も自分で体験したのは今回が初めてだから、話半分で聞いてちょうだい」
「いえ、それだけわかれば十分です。結果と前提からある程度は魔術の仕様を推測することが可能です」
「ほ、本当なのか?」
「はい。だからこそ驚きなんです。世界を超える転移魔術が実用段階にあるだなんて」
「えっと……転移魔術って、そんなにすごいものなのか?」
悠真が疑問を口にすると、フィルフィーネと澪依奈は一緒に小さく息を吐いた。
ゲームで遊んでいたフラートでさえ、これには苦笑した。
「藤代くん、基礎魔術理論の大原則は知ってますか?」
「それぐらいは知ってる。じいちゃんからもらった魔術教本に書いてあったからな。――『魔を以て理と成し、理を以て世を示す』ってやつだろ」
要約すると、魔術とは魔力を用いてあらゆる事象を成立させ、これらを世界に認識させるための術である、という理論だ。
およそすべての魔術師が、この理論の基に魔術を運用している。
「正解です。魔術は万能ですが、全能じゃありません。世界が認識できないものを、魔術では絶対に再現できませんから」
「そういえばたしか、魂に干渉できる魔術は存在しないとかなんとか……」
――魂だけを抜き取るような魔術は、長い魔術の歴史の上でも、未だに存在していません。
クライスとの戦闘中、澪依奈がそんな感じのことを言っていたなと悠真は記憶の片隅から引っ張り出した。
「それはまた少し事情が異なるんですけど、話の根幹は同じですね。――では、ここで一つ藤代くんに問題です。魔術の起動から発現までには、必ず三つの工程が必要となりますが、それぞれ何と何と何でしょうか?」
「え、えーっと……魔力と術式と……才能?」
「違います。それは魔術に必要な要素です。正解は――」
「――活性、認識、観測。でしょ?」
ゲーム画面を見つめたまま、フラートが背中越しに答えた。
彼女が答えたのが予想外だったらしく、澪依奈は一秒たっぷりと間を空けてから、小さく正解です、とつぶやいた。
……なんでちょっと悔しそうなんだよ。
「始祖の魔術師が曰く――魔力はそれ単体ではただの一エネルギーに過ぎない。術式を通し活性化させることで世界が認識し、私たち人間が観測できるようになるのです」
「……なんか小難しい言い回しをしてるけど、要は術式がきちんと動作しないとダメってことだろ?」
「その答えだと五十点です。重要なのは二番目の工程です。これが私たち魔術師にとって大きな壁になってます」
「二番目ってことは、世界の認識……って具体的にどういうことなんだ?」
澪依奈は考えた。
自分の頭の中に知識としてはあるものの、素人同然の彼にわかりやすく伝えるにはどうするのが最善だろう、と。
すると、悠真の隣に座っているフィルフィーネが人差し指を立てて喋り始めた。
指先にはマッチ棒ほどの小さな火が灯っている。
「ユーマ、これ見える?」
「見える。小さい火がついてる」
「じゃあこれは?」
「……何も変わってないぞ」
「温度が違うわ。さっきより五度高くしたの」
「そんなの見ただけでわかるワケないだろ」
「そう、それが人の『観測限界』。人間は五感を使って事象を観測するから、見ただけ聞いただけじゃわからないこともある」
「まぁ、たしかに……?」
「じゃあ、どうして私はこんなふうに火力の微調整ができていると思う?」
言われ悠真は頭をひねる。
いつの間にかゲームを中断した沙希まで一緒になって考えていた。
……そういうふうに魔力を操作しているから、じゃあおそらく不十分なんだろうな。術式で設定しておくとか? できなくはないだろうけど、フィーネが言いたいのはそういう事じゃない気がする。うーん。
「ダメだ。ギブアップ。お手上げだ」
「えー。この程度のことも知らないであんな魔術使ってたの?」
ぼふっとソファに体をうずめる悠真にフラートがそんなことを言う。
悠真は苦い顔をしたが、実際そのとおりなので何も言い返せない。
「ある意味それが答えですね。藤代くんの知識にはよらず、魔術は正しく発動するという証左です」
「たしかに」
「……で、正解は?」
自分だけ何も知らないまま話が進むのが面白くなくて、悠真は不貞腐れ気味に言った。
フィルフィーネはくすりと笑う。
「正解は――‟世界が私たちの代わりに観測し続けてくれているから”よ。これは『観測保証』とも呼ばれるもので、魔術師にとってすごく有難くもあり、同時に忌まわしいものでもあるわ」
「どうして?」
「壁があるのよ。目には見えない認識の壁がね。どれだけ高度な術式を組んだとしても、この『観測保障』に弾かれてしまうと魔術は成立しないの」
「え、じゃあその認められるかどうかの基準は?」
「さあ?」
「えぇ……」
「神のみぞ知る、じゃなくて、世界のみぞ知るってところね」
「……マジで?」
「マジですねぇ」
澪依奈に即答され、悠真の眉間に眉が寄った。
悠真はこの曖昧な状態がひどく気持ちが悪いもののように感じているが、実はそれほどおかしな話ではない。
そもそも、魔術は奇跡を起こすためのものではない。理論と理屈によって練り上げられた再現装置だ。こうすれば風が吹く、こうすれば空を飛べるといった机上の空論に、魔力というリソースを書き加えることで実現可能とした、人類の叡智の結晶とも呼べる代物だ。
だからこそ、世界が許容できないものは魔術とは呼べない。ただの夢物語、あるいは虚構の類だ。都合のいい理想はただの幻想に過ぎない。
そこで重要になるのが術式だ。理路整然と記述されたそれらはすべて、世界を騙すための屁理屈のようなものなのだ。
正しくある必要も、現実にある法則に即したものである必要もない。
ただただ、世界がその式を認めるか否かでしかない。
ゆえに魔術に正解はなく、誰もが自分だけの魔術を極めんとするのだ。
そうして時折、本当に奇跡のような魔術が生み出され、魔術師たちは大いに震撼したのだが、それはまた別の話だ。
「ここまで話せば、藤代くんにも世界を超える転移魔術がどれだけ荒唐無稽かは理解できますよね?」
「あぁー、えっと……たぶん?」
フラートがため息をつく。
「あのね、お兄ちゃん。魔術は世界が観測してくれてるおかげで成り立ってるって、『送り人』が言ったでしょ」
「あぁ、『観測保障』ってやつだろ」
「そうそう。じゃあ、こことは違う世界に観測してもらうには、どうすればいいと思う?」
「え……あっ」
悠真はようやく話の趣旨を理解した。
――これは、世界に観測されることが魔術の大前提なのだとしたら、一体どうやって異世界にこの転移魔術の存在を報せればいいのか、という話なのだ。
実は特定の範囲内での転移ならば、制約はあれど不可能ではない。
だが世界を跨ぐような転移は前例がないどころか、どんな術式を組めばいいのかさえ、過去の魔術師たちは皆目見当がつかなかった。
何せこことは違う世界がどこにあるのかわからないのだ。わからないものを在ると仮定して術式を組み上げることがどれだけ困難かは、もはや語るまでもないだろう。
しかし、現にこうしてフィルフィーネたちは異世界からやって来ている。
世界を超える魔術が存在する何よりの証明であり、現代魔術の歴史を揺るがす事態と言えた。
「この謎が解明できれば敵の動きを予測することができるかもしれませんが、難しいでしょうね」
「知ってるとしたら四賢者だけど……どっちにしろ、今の私たちに調べる方法はないわ。フラートの言葉を信じるなら、〈協会〉もしばらくは動けないでしょうし」
「あたしに感謝してよね。貴重な情報を提供してあげたんだから」
フラートが偉そうに胸を張る。
けれどすぐにいつもの軽口で貴重な情報を口にする。
「でもホント、『送り人』たちからしたら運がいい話だよね。本当なら今頃『アンサング』のみんなが、サッキ―を奪いにここを襲ってただろうし」
皆、目を見開いてフラートを見た。
「……それは確かなの?」
「そうだよ。あたしたちが失敗したから、今度こそ自分たちの番だ―って意気込んでたんだから。ま、そんなんだから油断してどこの誰とも知れない魔術師に殺されちゃったんだろうけど」
……あたしは任務に失敗して蚊帳の外にされてたから助かった、なーんてホントのことは絶対に言わないけど。
フラートは真実を話しながらも、ちょっとだけ見栄を張った。
この事実に、悠真はある違和感を抱いた。
――タイミングが良すぎないか?
沙希を狙った召喚未遂に始まり、アミスたちの襲来、そしてクライスの強襲。これらはすべて〈協会〉の企みによるもので、《未来視》による事前の計画があってこそだ。そこまではよしとしよう。
だがこのタイミングでの謎の魔術師の介入は、とても偶然とは思えなかった。
……〈協会〉の魔術師たちが手も足も出ないほどの実力となれば、〈協会〉もこれを無視できないはずだ。
しかし、現状は〈協会〉にとって非常に分が悪い。
クライスたちが聖女の確保に失敗し、《転移門》はしばらく使用不能。そんな状況で、待機していた第二魔術師団が壊滅。戦力も移動手段も奪われて、今の〈協会〉には成す術がないと思われた。
……まさか、狙いは〈協会〉の動きを封じ込めることか? だとしたらどうして――。




