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第46話「昨日の敵は、今日の妹」

『オール・モール』での死闘から一夜明け――。

 悠真は未だ微睡みの中に居た。


「うぅん……」


 ……ねむい。

 時刻は早朝、午前六時三十分。

 日曜日だというのに、悠真の目覚ましアラームはいつも通りの時間にセットされている。

 セットしたアラームが鳴るよりも三十分早く、悠真は一度目を覚ました。だが、疲労が抜けない体はまだまだ夢の中だ。

 半分起きて、半分寝てるような状態のまま、悠真は布団の中で寝返りを打つ。

 手触りの良い布団の感触に、何やらぷにょん、と弾力のある感触が。

 ……なんか、やわらかいし、あったかいような……?

 悠真は薄目を開けて、布団の中を確認する。

 するとそこには、もうここには居ないはずの少女の寝顔が目の前にあった。

 穏やかな寝息を立てながら、悠真の体に身を寄せるように丸くなって眠る少女。

 悠真は一瞬、夢でも見ているのだろうと思った。

 けれど、右手から伝わってくる感触は本物だ。


「んっ……」


 いつの間にか、自分の右手が少女のお尻を触ってしまっていることに気付いて、悠真はちゃんと目を覚ました。


「うわぁあああ⁉ お、おおおま、お前……!」

「……なぁにぃ。朝っぱらからうるさいなぁ……」


 悠真の大声で目を覚ました少女は、重いまぶたをこすりながら上半身を起こす。

 眠っている間にはだけてしまったのだろうか。どこで手に入れたのかもわからない際どいパジャマから、大人びた下着がちらりと見えた。

 悠真は顔を真っ赤にしながら、その少女の名を口にした。


「なんでお前がここにいるんだよフラート!」


 こことは違う世界、異世界メルセイムへと帰還したはずの少女フラートは、大きく背伸びをした。小さくあくびをしたあとで、悠真を見て薄く微笑んだ。


「おはよう、お兄ちゃん。意外と早起きなんだねぇ」

「あ、あぁ、おはよう……って、そうじゃなくて――!」


 彼可愛らしい少女に見えて、爪を自在に操る魔術を得意とするれっきとした〈協会〉の魔術師。つまりは敵である。

 ベッドの上で動揺し、身構える悠真。

 そんな彼の動きが面白かったのか、フラートはくすりと笑って、


「えへへ……実はね、お兄ちゃん――」


 まるで友達と世間話でもするかのような調子でこう言った。


「――あたし、帰るとこなくなっちゃった♪」

「……はぁ?」


 ホームレス異世界少女、フラートちゃんの爆誕である。


  †


 日曜日だろうと、藤代家の朝は早い。むしろ日曜日だからこそ早いと言った方が正しいだろう。

 家族との時間を大事にする藤代家では食事の時間が長い。食事をしながらの雑談は、何よりのコミュニケーションとなるからだ。学校や友達の話、テレビやネットの話など、話の種は尽きない。

 今日は珍しく千枝ちえが休みなので、より朝の時間は騒がしく賑やかなものとなった。


「はーい、おまたせ。どうぞ召し上がれ」

「わーっ、おいしそう! いっただっきまーす♪」


 フラートはお皿に盛られたフレンチトーストを両手で掴むと、そのまま口の中へと放り込んだ。


「んっ⁉ なにこれっ、めっちゃおいしいんですけどー!!」


 食パンに染み込んだ卵と牛乳の奥深い味わいが、口いっぱいに広がる。上から振りかけられた白い粉砂糖の甘さが、バターのコクをより際立たせている。

 ハチミツではなく白い粉砂糖を使うのが千枝のこだわりだ。朝食にぴったりの一品に仕上がっている。

 添えられたサラダとコーンスープも味わいながら、フラートは夢中で食べ進めた。


「お口にあってよかったわ。おかわりもあるから、いっぱい食べてね」

「はーい! ママさん大好きー!」

「――じゃなーーーーい!!」


 悠真がツッコミたいのを我慢していると、代わりに沙希が爆発した。

 フィルフィーネのおかげで今朝もすっきり起きられた彼女は、つい先ほどの悠真同様にフラートを指差して、これまた同じようなことを言う。


「なんでフラートちゃんがここにいるの⁉ あっちの世界に帰ったんじゃないの⁉」

「……あむっ、んぐ……その話、これ食べ終わってからでいい?」

「あぁ……。それでいいから、ちゃんと飲み込んでから話せ」


 フラートはにっこり笑って頷くと、残りのフレンチトーストを食べ進めた。

 悠真と沙希、それからフィルフィーネも同じメニューなので、テーブルについた四人は仲良く朝食を共にすることとなった。

 聖女の命を狙っていた敵の相方的存在と、それを守る守護者的存在が共に食事を取っている。本人たちは気にする様子もなく食事を口に運んでいるが、悠真はひどく落ち着かない。

 せっかくのフレンチトーストの味も満足にわからなかった。


「ごくっ、ごくっ……ぷはぁ。ごちそうさま!」

「はい、お粗末様」


 嬉しそうに食器を下げる千枝に、フラートは小さく頭を下げた。

 その様子を眺めていた悠真は、不思議なものを見たような顔をしていた。

 ……なんか違和感がすごいというか、思ったより礼儀正しいんだな、こいつ。

 挨拶やテーブルマナーなど、最低限の礼儀はわきまえているようで。

 昨日の澪依奈に対する態度からは、想像もつかないほど“普通の女の子”をしているな、と悠真は他人事のように心の中で感想を述べた。


「――で、何の話だったっけ?」

「お前がなんでここにいるかって話だ」

「あぁ、そうだったそうだった。んー、話すと長くなるんだけど――あたしの仲間、みーんな殺されちゃったんだよねぇ」

「ぶっ……!」


 フラートの言葉に、悠真は飲んでいたお茶を吹き出した。

 ちっとも長くないし、そんな『昨日転んでケガしちゃったんだよね』、みたいなノリでする話ではない。

 動揺する悠真たちとは違って、フィルフィーネは落ち着いた様子だ。まあ、そういうこともあるかもね、と優雅にデザートのプリンを頬張っている。


「殺されたのって、どうせ裏方の連中でしょ。隠蔽工作だけは上手いから、いざ自分たちが襲われる側になると弱いのよあいつら」

「そういうもんなのか?」

「そういうものなのよ。拠点を作って維持するだけでも人手は必要でしょ? だからそういうことを専門的に受け持つ魔術師のことを『運び屋(キャリヤー)』って呼ぶのだけれど、今回やられたのもおそらく――」

「ぶっぶー、ハズレ。殺されたのは『アンサング』のみんなでしたー。運び屋ちゃんたちはさっさと逃げてむしろピンピンしてるよ」

「なっ……⁉」


 ここでようやくフィルフィーネが驚いた。テーブルを叩いて立ち上がる。


「ありえないわそんなこと! あの連中は皆それなりに手練れのはず……一体誰にやられたっていうのよ」

「さあ?」

「さあって……あなたねえ!」

「だって暗かったし、フード被ってたから顔は全然見えなかったんだよ。まあ、声の感じからして男の子じゃないかなー、多分。それこそお兄ちゃんと同い年くらいのね」

「ユーマと同じくらいの……そんな若い魔術師が理由もなく無差別に皆殺しにするとは思えないわね。フラート、あなた何かここ当たりはないの?」

「あったら苦労しないってば。何が狙いかわかんないから、一番安全そうなここに逃げ込んだってワケ」

「ここが一番安全なの? 普通の家だと思うんだけど」


 沙希の素朴な疑問に、フラートはテーブルに肘をついてフィルフィーネを指差した。


「だって『送り人』がいるんだもん。これ以上の戦力はないでしょ」


 所属不明の魔術師の動機はわからないが、少なくとも聖女を守るために単独で行動しているフィルフィーネが仲間とは考えられない。

 フラートは身を守るために、フィルフィーネが居るこの家にやってきたのだった。


「ちょっと。私、あなたを守るつもりなんてないわよ」

「誰も守ってくれとは言ってないでしょ。……ただ単に、ここが一番安心かなって思っただけだから。お兄ちゃんも聖女ちゃんもいるしね」

「フラートちゃん……!」


 沙希は席を立ち、フラートをがしっと抱きしめる。

 フラートの境遇を憐れんでか、それとも頼りにされたことが嬉しかったのか。フラートを抱きしめたまま涙をにじませる。


「大丈夫だよ。フラートちゃんは一人じゃないからね!」

「……お兄ちゃん、あたしが言うのもなんだけど、聖女ちゃんってお人好し過ぎない?」

「わかってるから言わないでくれ……」


 沙希は誰とでも仲良くなれる才能の持ち主だが、まさか異世界の魔術師を相手にしても同じスタイルを貫くとは、悠真も夢にも思わなかったのだ。

 フィルフィーネは困り顔でため息をついて、これがサキらしいのかも、とやや諦め気味。


「ところで、その『アンサング』ってのも〈協会〉の魔術師たちのことなのか?」

「えぇ、そうよ。聖女にまつわる秘匿任務遂行のために集められた、隠密と暗殺に長けた魔術師たちの部隊。少数精鋭で、個人の強さだけで言えばクライスにも負けてないと思うわ」


 彼らは皆一様に実力者だった。ただ得意とする魔術のほとんどが、殺しに特化していたというだけの話で。

 誰のためでもなく、メルセイムという世界の存続のために動く。それが彼らの存在意義だ。

 ゆえに彼らは『称賛されぬ者(アンサング)』と呼ばれていたのだ。


 ……そんな連中が一夜にして壊滅した、と。なるほどフィーネが驚くワケだ。

 魔術師の力量の差がただの目安でしかないということを、悠真は昨日思い知らされた。優秀な魔術師ならば負けるはずがない、とはならないのがこの業界の常識なのだ。

 だからこそ、重要なのは敵の手の内を把握すること。

 何か情報はないのかと、フィルフィーネはフラートに促した。


「あたしも隠れるのに必死でちゃんとは見てないけど……一つだけたしかなのは、影を操ってたこと。具体的な術式とか性質はさっぱりだけどね」

「影を操る魔術……ないことはないけれど、かなり珍しい部類ね。私もほとんど知らないわ。ユーマは?」


 問われて悠真は両手を上げた。

 自分の魔術以外の知識はほぼほぼゼロに等しい。提供できる情報などなかった。

 それで結局、敵の正体は不明のまま。影を操る以外には魔術の特性も不明ということで、この話はこれまでとなった。

 そして再びフラートをどうするか、という話に戻ってくる。

 すでにフィルフィーネが沙希の部屋で一緒に寝泊りしている状況だ。これ以上居候が増えるのは厳しい。

 とはいえ、十三歳の女の子を放り出すのも気が引けた。

 悠真は悩んだが、やはりそれでも沙希の安全には代えられない。我が家からご退場願おう、と結論付けた。。

 そんな時、皿洗いを終えた千枝が提案をする。


「帰る目処が立つまででよければ、うちに泊まったら? 布団は余ってるし。寝る場所はリビングになっちゃうけど」

「か、母さん、話聞いてただろ。こいつは沙希を狙ってた敵なんだぞ?」

「でも今は違うんでしょ? だったらいいじゃない。それにほら、昨日の敵は今日の友って言うじゃない。妹が一人増えると思えばいいのよ」

「昨日の敵は今日の妹だよ、お兄ちゃん♪」

「いやいやいやっ、そうはならないだろ! フィーネからも何か言ってやってくれよ!」


 悠真はフィルフィーネに助けを求めたが、彼女は首を横に振った。

 なぜならば、すでに沙希がフラートを抱きしめて離さないのだ。

 フィルフィーネは沙希の守護者であり、大切な友達でもある。

 ゆえに、彼女は沙希が悲しむ選択を取らない……いや、取れないのだ。


「フラートちゃんが向こうの世界に帰れるようになるまでの間だけでいいから。ね、いいでしょお兄ちゃん」

「うっ……!」


 こうなってしまっては悠真の負けは確定したも同然だ。

 かわいい妹の頼みを断れる兄などいないのだから。


「……わかった。ただし、怪しい行動したらすぐに叩き出すからな」

「やったー! ありがとう、お兄ちゃん大好き!」

「あたしもお兄ちゃん大好きー! 聖女ちゃんも大好きー!」

「わかった、わかったからフラート、沙希のことを聖女ちゃんって呼ぶのはやめてくれ。他の人に聞かれたら面倒だから」


 どこに〈協会〉の目が潜んでいるとも限らないし、そうでなくとも目立ちすぎる。

 フラートはそれもそうだね、とあごに手をやって考え込む。


「うーん……あ、じゃあサッキ―はどう? かわいくない?」

「かわいいかわいい! なら私はフラちゃんって呼んでもいい?」

「もちオッケー! これであたしたち友達だから。あらためてよろしくね、サッキ―!」

「うん!」


 いぇーいっ、とハイタッチをする二人。その微笑ましい姿は、本当の姉妹のようだ。

 ……ま、これはこれで悪くないかもな。


「じゃあお兄ちゃんはユッキーだね!」

「いぇーいユッキー!」

「俺もやるのかよ」


 悠真も一緒になってハイタッチをするのだった。


 ――ピンポーン。


 話が一段落したタイミングで、来客を告げるベルが鳴った。

 時刻はまだ午前九時を回ったところ。

 ……誰だ、こんな朝早くに。


「私が出るから、みんなはゆっくりしてて」


 千枝が限界に向かったあと、フラートが何かに反応して鋭い目つきになった。警戒、というより嫌悪しているような……苦い表情だ。


「この陰湿な魔力の感じ……絶対あいつじゃん」

「ど、どうしたんだフラート。そんな苦虫を嚙み潰したような顔して」

「そんな虫食べたことないけど、多分それとおんなじくらいイヤーなヤツが来たってこと」

「嫌なヤツって……」


 誰のことだ、と悠真が言い切る前にリビングの扉が開け放たれた。


「あらあら、何やら小さな魔力の反応があると思えば、あなたでしたか」


 客人の正体は悠真と同じクラスの優等生、鷹嘴澪依奈たかはしれいなだった。

 何を隠そう彼女も魔術師の一人である。

 澪依奈は優雅にリビングに入って来たかと思えば、氷のような冷たい視線でフラートをにらみつけた。

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