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第32話「絶氷の魔術師」

「……鷹嘴たかはし? なんであいつが、こんなところに……」


 一階にいる悠真にはその姿が見えないが、沙希の声に合わせて驚いていた。

 悠真はいまいち状況が飲み込めず頭をかいた。

 仮に本当に鷹嘴澪依奈(れいな)本人だとして、どうしてこんなところにいるのか。

 悠真はただ一人固唾を飲んで聞き耳を立てながら、下から見守ることしかできないでいた。


「お嬢さんおひとりですか? もしやおつかいの最中でしたか」


 担いでいる沙希のことを言っているのか。

 澪依奈が優しく、諭すように話しかける。

 フラートはというと、見ず知らずの少女に突然煽られて、額に青筋を浮かばせていた。


「……は? なにお姉ちゃん、あたしにケンカ売ってるの?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。癇に障ったのでしたら謝ります。親御さんはどちらに? 迷子のようでしたら、迷子センターまで案内しましょうか?」

「――マジで、ぷっつんキたんですけど……ッ!」


 フラートの発言を受けてなお、澪依奈は明確にフラートを幼い子ども扱いし続けた。

 〈協会〉の中でも、特に子ども扱いされることを嫌うフラート。

 彼女の最も嫌いとする優等生ぶった年上の女になめられたとあっては、堪忍袋の緒も真っ二つだ。

 怒りは冷静さを失わせ、いつもはしないような見落としをしてしまう。

 フラートの足元には、先ほどの氷のいばらがまだ転がっている。

 一度切られた程度では、この氷の植物の成長は止まらない。

 切断面から急速に成長したいばらが、再びフラートへと襲い掛かる。


「ジャマ!」


 ――罵倒一閃。

 怒号と共に振るわれたフラートの豪爪。氷のいばらは細切れにされ、ぱらぱらと床に散って溶けた。


「絶海に横たわりし氷の化身、何者にも染まらぬ体躯を現わせ」


 頭に血が上っているフラートは、澪依奈の詠唱を聞き逃した。 


「――《断崖の氷塊(アイスベルグ)》」

「また氷? ……って、なにこれ⁉」


 顔を上げたフラートは、眼前に迫る尋常ならざる大きさの氷柱を見て絶叫した。

 氷柱の大きさは、直径三メートルをゆうに超えている。二階の天井をこするほどの大きさだ。氷柱というより、もはや氷山だ。

 さすがのフラートも、このサイズを爪で両断するのは骨が折れる。

 ……ここはひとまず回避を……って、あ、足が動かない⁉

 足元を見ると、靴の裏が凍って地面に張り付いてしまっていた。


「いつの間に……!」

「溶けた氷は水になりますが、水は何度でも凍ります――さぁ、沙希さんを返してもらえますか?」

「あんたのいうことなんて聞くわけないっつーの! ばーか!」


 窮地に追いやられてなお、フラートは悪態をつく。

 足元の氷を型抜きのように爪で綺麗にカットすると、迫る氷柱から逃げるべく、沙希を担いだまま一階へと飛び降りた。

 ――澪依奈の思惑通りに。


「……そこです!」


 二階から落下中のフラートを目掛け、極細の氷の針を飛ばす。

 極低温の針は魔術によって照準が補正され、沙希を担いでいるフラートの右腕に突き刺さる。

 反射的に筋肉が収縮し、フラートを激痛が襲った。


「いったぁーい⁉ なにすんのよ……って、あっ」

「ちょっ……ちょっとおおおおおお⁉」


 右腕の力が緩んでしまったフラートは、担いでいた沙希を落としてしまう。

 二階の高さがそれほどではないにしろ、沙希はフラートの魔術のせいでまだ身動きが取れない。受け身も取れず、体勢も変えられない。このままでは、頭から地面に激突してしまう。


「藤代くん! 受け止めてください!」

「――まかせろッ!」


 澪依奈の指示が飛ぶよりも前……フラートが二階から飛び出した直後、悠真はすでに走り出していた。

 沙希が地面に到達するまで残り数秒。普通なら全力で走ってもまず間に合わない距離だ。

 ……やるしかないっ!

 悠真は身体に魔力を流すと、脚力を強化して速度を上げた。

 ぶっつけ本番。力加減など一切考慮していない。

 沙希の元へ一秒でも早く辿り着くために、床が割れんばかりの脚力で地面を踏み込んだ。


「沙希ぃいいいいいいいいいいいい!!」


 滑り込むようにして、沙希を両腕で受け止める。

 衝撃を全身で受け止めながらも駆け抜けた勢いを殺し切れず、悠真は床を滑って背中から壁に激突した。


「が、はっ……!」


 骨身に響く衝撃を歯を食いしばって耐えるが、肺から空気が押し出され、げほげほとむせ返った。


「だ、大丈夫お兄ちゃん⁉」

「……な、なんとか……俺のことより、お前は? どこも怪我してないか?」

「私も平気。ちょっと怖かったけど、中学生のころに乗ったジェットコースターの方が怖かったかも」


 冗談を言う沙希に、悠真はため息をついた。


「はぁー……。無事でよかった。頼むから、これ以上心配させないでくれ……」

「ごめんなさい……」


 反省する沙希の頭を優しく撫でながら、悠真は心底安心した。


「仲良しなのはいいことですが、色々と説明してもらってもいいですか、藤代くん」

「鷹嘴……!」


 さも当然のように二階から飛び降りてきた澪依奈を見て、悠真は目を丸くした。

 昨日まで同じ学校に通って、同じクラスで授業を受けていたはず――なのに今はお互いこうして、魔術師としてここに立っている。

 それがどういうことかは聞かずとも薄々わかってはいるのだが、それでも悠真は、口にせずにはいられない。


「鷹嘴、お前……魔術師だったのか?」

「それはこちらのセリフです、藤代くん。まさかあなたがこちら側の人間だったとは……」


 そんなこと言われても、と悠真は心の中でへそを曲げる。


「……鷹嘴はどうしてここに?」

「恥ずかしながら正直に言ってしまうと、私にもよくわかっていません。私はここへは買い物に来ただけなのですが、気が付けばこの結界の中にいて……途中、怪しげな魔術師たちに襲われもしましたけど――」

「お、襲われたって、まさか……!」

「思わず氷漬けにしてしまいました。……わかっています、みなまで言わないでください。私も先に脅して情報を吐かせるぐらいはするべきだったと反省しています」


 悠真が口を挟む前に、澪依奈はひとり、頬に手を当てて落胆した。


「……そ、そうか。それは、大変だったな……」


 あっけらかんとして言う澪依奈に、悠真は要らぬ心配だったかと苦笑いした。


「それで、一体これはどういう状況なんですか? 藤代くんは何か知っていますか?」

「あ、あぁ。実は――」


 悠真はかいつまんでこれまでの経緯を話した。

 さすがに、異世界のことや聖女のことを細かく話している時間はないので、かなりおおざっぱな説明になってしまったのだが、澪依奈は持ち前の理解力を発揮し、悠真の話と自身の推測を結び付け、あっという間に現状を把握してしまった。


「――ならひとまずは、この結界の秘密を暴くことが先決ですね。異世界の話はまだ信じられませんが、私の知らない魔術を敵が使っていることは確かなようですし、ひとまず信じるほかありません。藤代くん、その結界の中心部がどこにあるかは、もう見当がついているのですか?」


 ――ねぇ。 


 悠真は広場の中心を指差しながら、自分の推理を話し始める。


「それに関しては、俺の魔術である程度の見当はついてるんだ。丁度このイベント広場がこの結界の中心部のはずなんだけど、見ての通りこの花がいっぱい咲いてるだけで、魔術の痕跡がどこにも見当たらないんだ」


 ――ねぇってば。


「そうですね、見たところただの植物のようですが、なにか関係はありそうです。詳しく調べてみましょうか」


 鷹嘴はカーネーションの花弁から茎、根にいたるまで細かく観察していく。

 悠真と同じように、微細な魔力を感じ取れはするものの、このカーネーションが一体どういうものなのかは見当もつかない。

 沙希はカーネーションの花弁に鼻を寄せ、くんくんと花の香りを楽しんでいる。


「……ところで、驚かないんだな」

「何がですか?」

「俺が魔術を使えることにだよ」

「あぁ、だってそれは――」


「あたしのこと無視すんなぁああああああーッ!!」


 右腕の凍傷を癒したフラートは、建物が揺れんばかりの大声で叫んだ。

 ぶちぶちと足元に咲くカーネーションを引きちぎって、悠真たちに向かって投げ付けた。もちろん届くはずもなく、花びらが無情にひらひらと舞うだけで終わった。


「お兄ちゃんたちってもしかしてバカなの? まだあたしと戦ってる途中だってことわかってる⁉」

「…………わ、わかってるわかってる」

「なに、いまの間⁉ 絶対わかってないやつじゃん!」


 沙希を助けた安心感と澪依奈の登場によるサプライズで、実は少し忘れかけていたとは言えない悠真。

 沙希を誘拐されかけたことに関しては本当に焦っていた悠真だったが、実はあまりフラートを敵として見ることができないでいた。

 幼い外見もそうだが、なにより彼女の表情や声から悪意をほとんど感じられないからだ。

 子どもながらの無邪気さか、それともただ無知なのか。

 自分のやっている行為に対して、彼女はどのように認識しているのか。

 フラートという少女の本質を、悠真は推し量りかねていた。

 しかし、それでも彼女は〈協会〉の魔術師だ。

 悠真のこの甘さは、否が応でも取り除かれることになる。


「じゃあ、ここからはあたしも『お仕事モード』で行かせてもらうから! 後悔してもしらないんだからっ!」


 フラートが両手の爪を伸ばす。伸びた爪は、指を揃えていると一振りの剣のように見えた。あたかも双剣使いにジョブチェンジしたかのようなシルエットだ。

 可愛らしい靴を浮かせると、澪依奈を目掛けて一直線に突撃した。


「さっきの借り、返させてもらうね!」

「返済は受け付けていませんので、お引き取り願います」

「あー言えばこー言う! ほんっとうざいッ!」


 フラートの剣……もとい、爪が振るわれる。

 鞭のように大きくしなりながら、広範囲を抉り取るような攻撃範囲の広さ。

 澪依奈がフラートの機先を制するように、更に一歩前へと飛び出した。


「はっ……!」


 澪依奈はかけ声と共に、氷剣を形成しフラートの爪を迎撃した。

 けれど、氷剣よりもフラートの爪の強度が勝っていたようだ。氷の剣は一度打ち合っただけで、あっさりと砕け散ってしまった。


「くっ……!」


 砕いた氷を払って、フラートの爪が澪依奈の体を切り裂いた。


「あはははっ! そんなんじゃあたしの爪は防げないよ! それそれそれそれー!」


 フラートの攻撃は相手を執拗に追尾し続ける。

 紙一重で爪を避け続ける澪依奈だが、ただ避けているだけではない。悠真や沙希が標的にならないよう、あえて大きく回避しふたりから距離を取っている。

 おかげで悠真たちは、フラートの爪に巻き込まれずに済んでいた。


「鷹嘴!」

「はっしー先輩!」


 悠真と沙希が同時に名を呼んだ。

 澪依奈は視線もむけず、


「大丈夫ですから、おふたりはそこでじっとしていてください」


 と言いながら、氷剣を形成しなおして、フラートの攻撃をかいくぐった。

 しびれを切らしたフラートは、一気に澪依奈を追い詰めるべく大技の構えを見せる。


「逃げてばっかりで全っ然おもしろくない。そんなに鬼ごっこがしたいなら、こうしてあげる!」


 フラートは一度爪を縮ませると両手を大きく広げた。

 魔力が爪に凝縮されていく。


「――逃げろや逃げろ、さぁ逃げろ。じゃないとあたしが食べちゃうぞ♪ 《竜爪蛇火リザード・クロウ》!」


 あどけない詠唱とは裏腹に、物騒な名前の魔術が起動する。

 両手の爪、合わせて十枚の爪が伸長し、一つ一つがまるで意思を持っているかのように、澪依奈に狙いを定めて襲い掛かった。

 くねくねと変幻自在に軌道を変える爪が、多方向から澪依奈の逃げ道を塞ぎながら伸びてくる。

 ……彼女の爪は、爪に込められた魔力量がそのまま出力されている。爪を束にすることで更に強度と威力を増していた。それを分離させたんですから、一つ一つの威力は下がっているはず。

 だが、澪依奈の予想は裏切られる。彼女の氷剣が爪に触れた瞬間、先ほどまでよりもあっさりと断ち切られてしまった。


「おや?」


 予想とは違う結果に、首をひねる澪依奈。

 大きく飛び退きながら切断された氷剣を見てみる。どうやら砕けたのではなく、焼き切られたようだ。

 襲い掛かってくる爪をよく観察してみると、どれも爪先が赤々しく変色していた。


「……なるほど、そういうことですか」


 マニキュアはフラートの趣味かと思っていたが、どうやら実益も兼ねているようだ。

 

 ――魔力適正の低い人間に無理やり魔術を使わせるために、直に体に術式を刻印しているのですね。


 澪依奈は、数十分前に自身がつぶやいた言葉を思い出す。

 そして、遠目にふたりの戦いを見守っていた沙希も、澪依奈と同じ解答に行きついた。


「ねぇお兄ちゃん、あの子の爪も刻印魔術が使われてるんじゃないかな」

「えっ……? 刻印なんてどこに……あ!」


 と口にしてから、悠真も澪依奈と同じ解答へ行きついた。


「そうか、爪に直接書いてるのか!」


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 マニキュアはそれを隠すためのカモフラージュも兼ねていたようだ。


「爪の操作は自分で行い、刻まれた魔術によって爪を高温のヒートカッターと化して対象を焼き切る。術式の演算処理を最低限にし、効率よく威力を高める工夫と発想……まだ小さい女の子だというのに、素晴らしいです」


 ……だからこそ、残念でなりません。そんなものに頼ってしまうだなんて。

 鷹嘴は冷静にフラートの攻撃を見極め、爪と爪の間を潜り抜けるようにして回避行動を取った。針の穴に糸を通すような繊細な動きだ。自身の顔スレスレを爪がかすめても、澪依奈は眉一つ動かさない。

 それでも爪は何度でも澪依奈を狙って軌道を変える。

 まるで自動追尾するミサイルのように、どこまでも執拗に追ってくる。


「きゃははは! 逃げても無駄だよ、お姉ちゃん。あたしの爪からは絶対に逃げられないから!」


 フラートの爪は、疑似的に蛇の特徴をインストールしている。一度獲物を捕捉したが最後、たとえフラートの視界から消えたとしても、爪が自動的に獲物を追い続ける。

 澪依奈にはもう、この攻撃を避けるという選択肢はない。

 避けたところでじわりじわりと体力を削られて、いつかあの爪に体を焼かれ切り裂かれてしまう。

 ――ならば。


「動きを止めてしまえばいいだけのことです」

「ぷぷぅー! できるわけないじゃん、そんなこと。分厚い鉄の板だって簡単に焼き切れちゃう私の爪を、どうやって止めるっていうの?」

「こうやってです――!」


 澪依奈は正面に向き直り、背中を追ってくる十本の爪と真っ向から対峙すると、左手をかざして、今日はじめての詠唱を始めた。


「――血は凍り、陽は陰る。時の奔流に逆らう氷室を此処に。《絶氷の堅牢デュール・グラスィエル》!」


 澪依奈の眼前に極厚の氷の壁が地面から出現し、フラートの爪をガッチリと飲み込んだ。あたかも氷の中で眠る蛇の化石のように、爪はピタリと静止した。


「な……う、うごかないっ! なんで⁉ こんな氷で、どうしてあたしの爪が……っ!」

「たとえ受けられずとも、空気中の大気ごと瞬間的に凍結させてしまえば関係ありません。それに、あなたの爪がどれほど鋭くても、ゼロからこの氷を割るほどの膂力は、あなたにはないでしょう。」


 氷は外気温が零度以下であればいつか完全に氷結し、外気温と同じ温度まで下がり続けるという性質がある。環境さえ用意できれば、理論上は限界まで温度を下げることができると言われている。

 澪依奈の《絶氷ぜっひょう》は、この性質を利用して再現された絶対零度の氷だ。

 どれだけフラートの爪の温度が高くても、絶対零度を維持し続けようとする澪依奈の氷をそう簡単には溶かせない。

 マイナス二百七十三度の氷を瞬時に溶かせるだけの出力を、フラートは出すことができない。氷を溶かして爪を振るえるようになるまで、かなりの時間がかかるだろう。

 その間、両腕を拘束されたも同然のフラートを澪依奈が狙わないはずがない。

 だが、フラートはこんな状況だというのに、表情から笑顔を絶やさない。

 冷えた汗をぺろりと舌で舐め取って、澪依奈をじろりとにらんだ。


「なめないでよ……あたしの爪は、あたしの意思で自由に固さを変えられる。だから、こんなことだってできちゃうんだから!」


 フラートは両腕を振り上げると、指先――この場合は爪の根本というべきか――を力いっぱい床に叩きつけた。硬度をプラスチックほどに変更された爪は、叩きつけられた衝撃でバキッと根元から折れてしまう。

 無理やり力を加えたために爪の形は歪み、左薬指と右中指の爪は少しはげてしまっていて、爪と肉の間から血が滲んでいる。


「痛ったぁ……っ! どう? これでまだ戦えるよ、お姉ちゃん」

「どうしてそこまで……そうまでして戦う必要があなたにあるんですか?」


 澪依奈が左手を下ろすと、《絶氷》の壁が粉々に砕け散る。

 キラキラと舞う氷のつぶて越しに、苦しそうに笑うフラートを見て、澪依奈はやるせなくなる。


「あなたのように聡明な子なら、もう私との力量差はわかっているはずです。これ以上は……」

 澪依奈の物言いに、フラートは首を振る。


「違うよ。お姉ちゃんのほうが強いとか、あたしのほうが弱いとか、そんなことはどうでもいいの。だって、これがあたしの仕事だから」

「……仕事? この戦いが?」

「そうだよ。あたしにはこれしかないの。だからあたしは戦うことをやめない。それが、〈協会〉で生きていくってことだから」

「……そうですか」


 澪依奈は、とても悲しそうに顔を伏せる。

 ……こんな女の子が、これほどの覚悟で戦いに身を投じているなんて。〈協会〉という組織は、一体どれほど……。

 得体の知れない組織に対して、澪依奈は言いようのない怒りのようなものを感じていた。

 フラートに同情する自分の心を理解しながら、それでも、譲れないものが自分にもあるのだと目を見開いた。


「だとしても、あなたが私の友人を傷つけるというのなら、容赦はできません」

「いいよ。それが普通でしょ。戦う意味なんて人それぞれ。生きる理由も、その手段もみんな違う……だからあたしも、ありったけを振り絞っちゃうから!」


 フラートは、ポケットから小さなケースを取り出す。ケースの中から小さなタブレットを二つ取り出し、なんのためらいもなく口の中へ放り込んだ。

 それは一時的に魔力をブーストする増幅剤。反動でしばらくの間、魔力を練れなくなる代わりに、通常の数倍の魔力を行使できるようになる劇薬だ。

 服用した数分後には、全身に痺れるような痛みが伴う。

 だというのに、フラートはにっこりと、花が咲いたように笑った。


「使えるものはなんでも使う。……たとえ、あたしの体がどうなったとしても」

「それが、あなたの言う全力ですか」


 ……なんて、愚かなことを……。

 澪依奈のつぶやきは、フラートの耳には届かなかった。

 フラートが魔力を練り上げる。

 己の力を示すことでしか居場所を作れなかった少女が、自分の価値を認めてもらうために編みだしたオリジナルの魔術。自身のアイデンティティを虚像に投影し、少女の願いが具現化する。


「――ひとりぼっちの箱庭で、果たされぬ約束が胸を焦がす。それでもあたしは、ここで誰かを待っている。《わたしはここにいるよ(ロスト・チャイルド)》」


 フラートの体が一瞬ボヤけたかと思うと、隣にフラートがもう一人立っていた。再び同じように二人のフラートの体が揺らいだかと思えば、今度はフラートが四人になった。

 ……四人に分身する魔術! 信じられません。なんて精度……。


「ただの分身じゃないよ」

「あたしたちはみんな」

「本物のあたし」

「これがあたしの家族」


 魔力を分割して作ったただのコピーではない。すべてが本物同様のドッペルゲンガーだ。

 四人のフラートが両手を広げると、全ての爪が一つに織り重なり合っていく。四人合わせて四十枚の爪がミルフィーユ状に重なり合い、一振りの巨大な剣となった。


「その氷ごと、お姉ちゃんをかき氷みたいに削ってあげる!」


 分身は手数を増やすためではなく、ただ単純に、質量を増すためのものだった。

 澪依奈の魔術を見て、搦手では勝てないと踏んだ彼女の、とっておきの意地の張り方。

 大剣がフラートの頭上高く持ち上げられ、重力に従って振り下ろされる。

 ……これがあたしの、全力全開!


「――《四重鉤爪クアッド・ラプトル》! いっけええええええええええええええええ!!」

 

 少女の咆哮と共に、万象を破砕する大剣が氷の魔術師に落ちてくる……。

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