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最終話「夜空を駆けて」

「すみません、わざわざ送っていただいて」

「気にするな。こんな夜中に女の子を一人で帰らせるわけにはいかないから」


 藤代家での楽しいひと時を過ごした後、そろそろ帰宅しなければという澪依奈れいなを悠真が駅まで送ることに。

 外はすでに真っ暗で、静まり返った住宅街には悠真たち以外に人影はない。

 月と街灯の明かりを頼りに、勝手知ったる道をゆく。

 ふたりの足音が、寝静まった街に染みわたる。


「今日はありがとうございました。藤代くんたちのおかげで、とても充実した一日になりました」

「どういたしまして。俺も楽しかったよ。鷹嘴たかはしの意外な一面を知ることもできたしな」

「……それについては、忘れていただけると助かります」

「あはは、努力するよ」


 あれから藤代家で何があったのかは、彼女の名誉のためにも語ることはやめておこう。

 ただ悠真にとって、鷹嘴澪依奈という女子がより身近な存在になったことはたしかだった。

 思えば、これまではただのクラスメイトでしかなかったのだ。会話だってほとんどしたことがなかったし、そもそも自分のことなんて気にも留めていないだろうと思っていた。

 それが今ではこうして肩を並べて歩いている。

 喜ぶべきことなのだろうが、まだどうにもしっくりこなかった。

 現実味がないという言葉が、今の感覚に一番近いような気がした。


 ……鷹嘴は魔術師だ。俺なんかとは違って、本当に由緒正しい魔術師なんだ。魔術の知識や技術もあって、成績も優秀で、みんなに好かれてる……。


 だからこそわからないことがある。


「……なぁ、ひとつ聞いてもいいか」

「はい、何ですか?」

「どうして鷹嘴は、そこまで親身になって俺たちのことを助けてくれるんだ?」

「え……?」


 藪から棒な質問だった。

 澪依奈は質問の意図がわからなくて、小さく首を傾げる。


「『オール・モール』の時からずっとそうだけど、鷹嘴は俺たちの問題に巻き込まれただけだろ? そりゃあ、一緒に戦ってくれて心強かったし、本当に感謝してる。でも、鷹嘴がそこまでしてくれるだけの理由が、俺にはわからないんだ……」


 ……あぁ、なるほど。そういうことですか。


 続いた言葉で、澪依奈はようやく理解した。

 どうやら彼は、人が人を助けることに理由が必要だと思っているらしい。おそらくは自分がそうだから……自分が助けてもらえるだけの理由なにかを、自分の中に見つけられずに途方に暮れている。

 はぁ……と、澪依奈はあからさまにため息をつく。


「た、鷹嘴……?」

「――覚えてますか、藤代くん。高校に入学してすぐの頃、私はクラスの女の子たちと、少しもめたことがありました」

「え……あ、あぁ……なんとなくは……」


 突然何の話だ、と思いつつ、悠真は過去の出来事を思い起こす。

 かすかにだが覚えている。

 それは、鳴滝高校の入学式が終わってまだ一ヶ月も経ってない頃のこと。

 クラスの女子たちが澪依奈のことを、‟お高くとまったお嬢様”だとか、‟親ガチャに成功しただけのクセに”とか、好き放題言って騒いでいたことがあった。

 鷹嘴の名前は有名だ。鳴滝市に住んでいて知らない人間はまずいないだろう。大企業の娘にして美人で頭もいいとくれば、周りの女子たちが劣等感を抱くのも仕方のないことなのかもしれなかった。

 気持ちがわかるからこそ、澪依奈は何も言わなかった。聞こえてしまった陰口を、物陰に隠れて聞き流そうとした。ただ自分が黙って耐えていればいい。そうすれば、交友関係に波風が立つこともない。

 自分で自分を騙すことに慣れていた澪依奈にとって、それはとても簡単なことだった。

 簡単なことだと、思い込んでいた。

 心はちゃんと傷付いていたのに――。


「そんな時です。ひとりの男の子が教室に忘れ物を取りに戻って来てしまいました。どうやら私と同じように、偶然彼女たちの陰口が聞こえたようで……その男の子は教室に入ってくるなり、彼女たちにこう言ったんです」


 ――鷹嘴は鷹嘴だろ。家や親は関係ない。他人をうらやんでけなす前に、自分を磨く努力をしろよ。


「あぁー…………俺、そんなこと言ったか?」

「はい、それはもうズバッと、ハッキリと。その場にいた子たちはみんな唖然としてましたよ」

「そりゃそうだ。大して仲も良くないクラスメイトに、いきなりそんなこと言われたら誰だってそんな反応になるだろ……」


 悠真は過去の己の言動に恥ずかしくなって、逃げるように視線を夜空に向かって放り投げた。


「でも――嬉しかったんです」

「え?」


 突然、澪依奈が足を止めた。

 まるで朗読劇の読み手のように街灯の光を浴びながら、澪依奈はとうとうと語り始めた。


「私の両親は魔術師として生きる一方で、医療の分野でも目覚ましい才能を発揮させました。魔術と科学――そのどちらをも極めんとする、まさに努力の人たち。そんな両親のことを私は誇りに思っています」


 澪依奈の瞳には、たしかな尊敬の念がこもっていた。

 しかし尊敬は、やがて漠然とした恐怖へすり替わる。


「だからこそ、考えてしまうんです。私は、お父様やお母様に恥じない娘でいられているのだろうか、と。私の魔術の才能は、他の人より少しだけ優れているだけで。学力だって、トップレベルとは程遠い……そんな私が、一体何者になることができるんだろうって、中学生の頃はそんなことばかり考えていました。高校に入学しても、その迷いが晴れることはありませんでした。彼女たちが私のことを目障りだと感じたのは、私が自分に自信を持てないまま、誰かが期待するような優等生でいようと振る舞っていたからなのかもしれません」

「そんなことは……」


 ない、とは言えなかった。

 そんな気休めな言葉を、彼女は求めていない。


「――でも、あの時の藤代くんの言葉のおかげで、やっと気付くことができたんです。私が卑屈でいた理由は、誰よりも私自身が自分と両親を比べすぎていたからなんだって」


 いくつもの薬の開発者として社会に貢献した父と、偉大なる魔術師として大成した母。大きすぎるふたりの光が眩しすぎて、澪依奈は自分のことをちっぽけな影だと思い込んでいた。

 でも違った。

 自分はちっぽけなんかじゃなかったし、何者かなんてわからなくて当たり前だ。

 自分の道は、自分で選ぶ。

 すべてはこれからの私次第――。

 そう思うことができるようになったのは、間違いなく目の前にいる彼のおかげ。

 火照った顔で、澪依奈は愛おしそうに笑っていた。


「……じゃあ、まさかその時の俺の言葉がきっかけで、ずっと俺たちに手を貸してくれてたのか? たったそれだけのことで?」


 悠真にそんなつもりがなかったことくらい、澪依奈はちゃんとわかっている。

 それでも、澪依奈はあえて断言する。

 自分の胸に手を当てて、思いの丈を夜空に解き放つ。


「そうです。たったそれだけのことが、私には本当に嬉しかったんです――あなたのことを、好きになってしまうくらい」


 え……と、悠真は声も出さずに驚いた。

 その隙に澪依奈は小さく背伸びをして、不意打ち気味に顔を寄せる。

 顔が赤くなっていることがバレませんようにと祈りながら、その無防備な横顔にキスをした。


「――なっ……ななな……⁉ た、鷹嘴……⁉」


 唇が触れていたのは、ほんの一瞬だけ。

 ほんの一瞬で、悠真は澪依奈から目が離せなくなった。


「これで納得してくれました? 私が藤代くんを助ける理由」

「い、いやいやいやいやいや! 納得するも何も……えぇっ……」


 異性からの告白なんてはじめてで、どうしていいかわからない。

 妹を溺愛してはいるものの、他人から愛されることには慣れていない。

 そんな不器用で、可愛らしくて、まっすぐな悠真のことを、澪依奈は好きになったのだ。

 照れ隠しなのか、なぜか大げさな身振り手振りで会話しようとする悠真に、澪依奈は声を出して笑った。

 こんな夜中に、ふたりして何をしているのだろう。そんな風に思っていた。


 そこへ、一台の黒い車が現れた。

 高そうな車のドアが独りでに開くと、澪依奈は当然のように後部座席に乗り込んだ。


「ここまで送ってくれてありがとうございました。それじゃあ、また明日学校で。おやすみなさい、藤代くん」

「あ、あぁ……おやすみ……」


 あっけにとられた悠真は、そうオウム返しすることしかできなかった。

 交差点にひとり取り残されたまま、しばらくぽつんと突っ立っていた。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、考えは一向にまとまらない。

 けれどひとつだけ、気付いてしまったことがあった。


「……迎えを頼んでたんなら、俺が送る必要なかったじゃんか……」


 もっと他に言わなきゃいけないことがあっただろう、と思いながら、空に向かって大きく息を吐く。


 ……今夜が満月じゃなくてよかった。


 透き通るような夜風の冷たさが、火照った顔を冷ますのにちょうどよかった。


 †


 帰り道、悠真の足は自然と帰路から外れて、近くの公園に向かっていた。

 どうにもあのまま家に帰る気にはならなかったのだ。


「はぁー……」


 どさっ、とベンチに腰を落とす。座り込んだ勢いのまま地面を見つめると、自然とため息がこぼれた。

 深夜の公園にはもちろん誰も居なかった。

 しんと静まり返った空間に、ぽつんと大きな照明が一本だけ立っている。

 ひとりで考え事をするのには、おあつらえ向きな場所だった。


「あの鷹嘴が……俺のことを、好き……?」


 澪依奈とのやり取りを思い出して、悠真は再び赤面した。

 わずか十数分前の出来事が、何度も頭の中によみがえる。

 気の迷いでもなければ、冗談なんかでもない。

 そんなことはわかっている。

 だからこそ、わからないのだ。

 彼女の気持ちに、はたしてどのように向き合えばいいのかが――。

 妹を溺愛している悠真だが、それはあくまで『家族愛』の範疇でしかない。

 『好き』と『好意』の区別がつかない悠真にとって、この難題は、出口のない迷路に迷い込んだも同然だった。


 ……もちろん、鷹嘴のことは嫌いじゃない。沙希やみんなとも仲がいいし、この間だって、体を張って助けてもくれた。だけどそれは、俺があいつのことを好きな理由にはならない……と、思う。


 みんなが好きだから自分も好きだとか、助けられたから好きになるとか……なんとなくそれは違うような気がした。

 気を抜いたら、またため息が出そうになった。

 きちんと返事をするべきなのか?

 そもそもあれは本当に告白だったのか?

 思考の迷路から脱出できないせいで、自分に都合のいい考えばかりが噴出した。

 今まで沙希のことばかり考えて生きてきたツケが、こんなところで回って来るとは……。

 悠真は頭をかきむしりながら叫ぶ。


「うあぁ……俺は一体、どうするべきなんだー!」

「――あら、お困りかしら。そこの迷える魔術師さん」

「……え?」


 空から声が降って来た。

 とても聞き覚えのある声だった。

 どこか儚さを含んだ、凛々しくも透き通った声。

 悠真はふっと顔を上げた。

 いつの間にか目の前に、白い外套ローブまとった女性が立っていた。

 彼女はフードを脱いで、その長い髪をかきあげた。

 美しい翠緑色すいりょくいろの髪が、月の光を浴びてきらめいた。


「おかえり、フィーネ」

「ただいま、ユーマ」


 悠真は差し出された手を取って立ち上がる。

 まったく、久しぶりの再会だというのに、気の利いた言葉のひとつも出てこない。

 ただ彼女に名前を呼ばれたことが嬉しくて、それだけで心がそわそわした。

 なぜ感情が揺れ動くのか、理由がわからないままに、悠真は再会を喜んだ。


「久しぶりだな――って言っても、あれからまだ一ヶ月も経ってないんだけどさ」

「いいじゃない。会えなかった時間の長さよりも、会いたかったって気持ちのほうが大事だもの。だから――久しぶり。また会えて嬉しいわ」

「…………っ!」


 ……あぁ、もうホント……どうしてこいつは、こうも自分の気持ちをストレートに口にできるんだ……。


 握った手に汗がにじんでしまいそうになったから、悠真は慌てて手を離した。


「……いつ戻って来たんだ?」

「ついさっきよ。こっちの世界に戻って来て、すぐにユーマたちの家に向かおうと思ってたんだけど、たまたまこの場所が目に入ったから、ちょっとだけ寄り道しよっかなーって」

「そ、そうだったのか……すごい偶然だな」

「……実は偶然じゃなかったりして」

「え?」

「だってこの場所は、私とユーマがはじめて会った場所だもの。私たちが出会うなら、ここしかないって思わない?」

「……そうだな。俺もそう思うよ」


 でしょ? と子どもっぽく笑うフィルフィーネに、悠真はまたしてもドキッとした。

 それは、澪依奈に好きと言われた時とはまた別の感覚で。

 なおさらわけがわからなくなって、誤魔化すように話題を変えた。


「そ、それより大丈夫だったのか? 〈協会〉の魔術師にバレたりとかは……」

「それがぜーんぜん。あっちじゃフォルシェンが裏切ったことの方が問題だったみたいで、私のことなんて二の次どころか三の次くらいのものよ。ま、おかげで好きに動けたから、私としては助かったんだけどね」

「へぇ、そうだったのか。それじゃあ目的の相手には会えたのか? えーっと、たしかお前の元先生役の……」

「パスカルね。もちろん会えたんだけど……久しぶりに会ったと思ったら、それはもうものすっごい剣幕で怒られちゃって――」


 ――ぐぅううううう……。


 突然、フィルフィーネの腹の虫が大声で鳴いた。

 フィルフィーネは口を開けたまま、恥ずかしそうに目をしばたたいた。

 私じゃありませんよー、と言わんばかりだ。

 悠真は我慢しきれずに吹き出してしまう。


「――ぷっ、ふふ……あははははは!」

「ちょ、ちょっと! そんな大声で笑わないでよ……!」

「ごめんごめん。なんというか、さっきまで真剣に悩んでたのが馬鹿らしく思えてきてさ」

「……人のお腹の音で勝手に悩みを解決しないでくれる?」

「だからごめんってば。家に帰れば夕飯の煮込みハンバーグが残ってるから、それで勘弁してくれ」

「煮込みハンバーグ⁉ それって、あのハンバーグのことよね! こうしちゃいられないわ――家まで急ぐわよユーマ!」

「あ、あぁ……いやでもそんなに慌てなくても……って、えっ、おいちょっと待て。なんで俺を抱きかかえてるんだ⁉」

「急ぐって言ったでしょ。ほら、口閉じてないと舌噛んじゃうわよ」

「いやだからっ、そんなに慌てなくても煮込みハンバーグは逃げない――ってうわあああぁああああ⁉」


 悠真の言葉を待たずして、フィルフィーネは地面を蹴って大きく跳んだ。

 風の精霊と踊るように、夜空を駆けて、飛び跳ねる。

 悠真はフィルフィーネの腕に抱かれながら、期待に胸を膨らませる彼女の横顔を覗き見た。

 今はまだ、この気持ちが何なのかはわからない。

 けれどいつ日か、わかる時が来ればいいなと思った。


 だから、どうかその日が来るまでは……。


 ……異世界召喚だけは、お断りさせてもらうとしよう。

これにて完結です!

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました!


最後なので、お決まりのコメントを!

いいねやコメント、ブックマークやレビュー等々をよろしくお願いします!!!!

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