第七十二話 暗号解読
コミカライズ、始まっております!
作画担当は若林裕介先生です。
素晴らしい作画ですので、是非見に行ってみてください!
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素体。
この組織の人間が言うからには——この単語の意味するものは、一つしかない。
それは、最終破壊生物のベースとなる生き物のことだ。
最終破壊生物は「トライコア」を心臓に持つ、惑星破壊用の人工生物のことだが……この生物は、全ての部位が一から作られるわけではない。
人工心臓「トライコア」以外は、既存の生物がベースとなるのだ。
ドラゴン等、元からそこそこ強い生物を改造し、そこに本来の心臓の代わりに「トライコア」を移植することで、最終破壊生物は完成する。
そして「調教昏睡」というのは、その改造の過程のことだ。
特殊な波長の魔力波を当てることで、「素体」を仮死状態にしたまま、惑星を破壊できるほどの圧倒的破壊力を身に着けるまでにパワーアップさせる。
と同時に、その魔力波は素体の精神構造にも影響を及ぼし、あらゆる生物への敵意を本能に植えつけることになるのだ。
ここまででも十分脅威となる代物が出来上がるのだが、「永久不滅の高収入」の狙い的には、このままではまだ不十分。
強化された「素体」はそのまま覚醒させるとその心臓に過負荷がかかるため、本来持つ攻撃力の十分の一くらいの攻撃しかできない。
しかも大陸一個を破壊するくらいのところで、心不全で命を落としてしまうのだ。
だから、それに耐えうる人工心臓「トライコア」が移植され、最終破壊生物は完成ということになるわけだ。
「永久不滅の高収入」の計画通りなら、「素体」はトライコアの移植が済むまで、調教昏睡状態を解かれることはない。
NSOでは「永久不滅の高収入」の下位構成員が本部の命令に逆らうことなど決してなかったため、こんな事態が起こるとは全く想定していなかった。
まさかこんな下位構成員の暴挙で、短命ながらも大陸を破壊できるような生物が、この世に解き放たれてしまうことになろうとは。
救いがあるとすれば、まだ「素体」は規定の年数の調教昏睡を受けてはいないはずなので、まだそのパワーが中途半端かもしれないということか。
というかトライコアが生贄調達途上であった以上、生産計画的には調教昏睡期間はまだ本来の半分くらいである可能性が非常に高い。
残りのスキルポイントと古来人参で目一杯強化して戦いに挑めば、勝てないこともないだろう。
だが……問題は、「何が素体となっているかが分からない」という点だ。
素体候補はドラゴン級のある程度強い魔物ではあるのだが、そんなの世界中に点在するので、その情報だけでは目星などついていないようなものと言っていい。
俺が倒せる奴だとしても、どこにいるかが分からないと、初期の対応のしようがないのだ。
被害報告が出てから対処しに行くなどしていると、街——いや国一つくらいは、俺の到着前に滅んでしまうだろう。
「ハハハ! いい顔だなあ! ま、せいぜい頑張って素体の現在地を探してみろ。そしたら素体が暴れだすまでには現場に着けるかもしれねえぜ! ま、暗号化されたここの情報を解読できたらの話だけどなあ!」
「おいてめえ! スキルコード4979 『自白強要』しゅと——」
「おっと、余計なことをしゃべっちまわないように、ここで退場させてもらうぜ。あばよ」
急いで自白させようと思ったのだが——間に合わなかった。
男は口の中をモゾモゾさせたかと思うと、直後大量に吐血して倒れてしまったのだ。
自決用の毒薬でも歯の裏に仕込んでやがったか。
「ヒール! ……クソッ」
回復魔法をかけても、男が息を吹き返すことはなかった。
どうやら俺は、この部屋内からどうにかして手がかりを見つける必要があるようだ。
手がかりがあるとすれば……間違いなく、あのモニターだよな。
俺は男のいる場所に行き、モニターの操作を試みた。
が……忌々しいことに、この男、モニターをシャットダウンしてやがる。
起動ボタンを押すと、パスワードが求められた。
流石にここの構成員が、「パスワードを紙に書いてある」みたいな初歩的なガバガバセキュリティをやらかしていることには期待できない。
とはいえ、死人から記憶を引き出す手段なんてものもない。
まさか、こんな所で詰みか。
「……一旦モニターは後だ」
悩んでいても仕方がないので、俺は別の手がかりを探してみることにした。
数分後、俺は手がかりらしいものを見つけることができた。
この部屋にある引き出しの一つに、大量のパンチカードの束があるのを発見したのだ。
おそらく「調教昏睡」の制御装置は、このパンチカードでプログラム・制御されていたのだろう。
プログラムの内容を読み取ることができれば、必要な情報が手に入るかもしれない。
俺はそこに賭けてみることにした。
とはいえ、一枚一枚虱潰しに見ていくには、枚数が多すぎる。
時間があればそうするのだが、そんな悠長なことも言っていられないだろう。
何かいい方法はないか。
などと思っていると……パンチカードのうち二枚が、他とは色が違うことに気がついた。
パンチカードの形式は、俺が前世の大学で少しだけ触れたF〇RTRANの書式と似ている気がする。
もしかしたら似ているだけで全く別の読み方をするのかもしれないが……他にヒントなど何も思いつかないので、とりあえず知ってる読み方で文字起こししたらどうなるか試してみることにした。
すると二つのカードから浮かび上がってきたのは、「HO VWDGW」「KROB GUDJRQ」という二つのワードだった。
全く意味が分からない。
やはりこれは前世のプログラミング言語とは似て非なるもので、全然別の読み方があるのか?
と、思ったが……ここで俺は、別の可能性を思いついた。
もしかしたら読み方自体は合っていて、あと一歩というところまで近づいている可能性はないだろうか。
例えば、出てきたワードの文字を全てアルファベット順に何文字かずらせば、意味のある単語が出てくるとか。
全てを一文字前にずらしてみる。
「GN UVCFV」
意味が分からない。
全てを一文字後ろにずらしてみる。
「IP WXEHX」
意味が分からない。
・
・
・
全てを三文字前にずらしてみる。
「EL STADT」
……エルシュタット!?
来た。
これ、ROT3のシーザー暗号だ。
この法則に照らし合わせて「KROB GUDJRQ」を解読すると、「HOLY DRAGON」となった。
また意味のある単語が出てきたので、解読方法はこれで間違いないだろう。
ここから分かるのは——「素体はエルシュタットに眠るホーリードラゴンだ」ってことだな。
ひとまず進展があったことに、俺はある程度の安堵を覚えた。
こんなところでこの知識が役に立つのは意外だが、まあわからなくもない。
なんせこの世界、NSOというゲームに基づいた世界なのだ。
NSOの開発者が前世の人間である以上、プログラミング要素のある魔道具を出す場合、その設定の元ネタを実在のプログラミング言語にすることくらい大いにあり得るだろう。
このモニター室の管理人の誤算は——俺が転生者なのを知らなかったことってわけだな。
「暗号は読ませてもらった。お前の暴挙では、誰も傷つけさせない」
死人に聞こえるはずもないが、俺は男に向かってそう言い残し、基地を後にした。
幻諜に無断でこの場を離れることになるが、そんなことを考えている場合ではない。
俺はもう一台のUFO型浮遊移動魔道具を「ストレージ」から取り出した。
幸いまだ、無双ゲージは一個も消費していない。
今やるべきは、全速力でエルシュタットを目指すことだけだ。




