第六十三話 内通者引き渡し
相手との距離が約100メートルを切ったところで、俺は証拠を破壊されないために蓄音機を「ストレージ」に収納した。
三秒後、奴らは目と鼻の先の距離までやってきた。
「誰だお前?」
「俺たちの会話を盗み聞きして、タダで済むと思うなよ?」
永久不滅の高収入のメンバーのうち二人が、指をポキポキと鳴らしながら脅してくる。
そんな中……ただ一人、顔面蒼白になっている男がいた。
「やはり、内通者はリドルさんでしたか」
その男に、俺はそう問いかける。
「な……な……な……何故お前が起きている!?」
リドルの狼狽えた声で、永久不滅の高収入の構成員たちも俺が何者か気づいたようだった。
「……っておい、例のガキかよ!」
「おいリドル、もしやテメェ嵌めやがったな?」
彼らは動揺し、中の一人は俺とリドルがグル疑惑までかけだす始末。
夕飯への毒の仕込みの失敗の件もあるからな。
そんな疑惑がかけられるもの、無理はないだろう。
だが残念ながら、リドルは協力者ではない。
というか……その一瞬の動揺が命取りだぞ。
「クロロホルム」
彼らにできた大きすぎる隙を突いて、俺は全員の鼻にクロロホルムを流し込んだ。
「臭、なんだこ……」
悪臭に顔を顰める間もなく、彼らは次々と倒れてゆく。
「三日月刃」
うち6人には斬撃を飛ばしてトドメを刺し、リドル及び永久不滅の高収入の構成員のうち一人は生け捕りすることにした。
「アップグレードコード1536-4 『条件付き生物収納』取得」
そして俺は、自分が戦闘不能に陥らせた者に限り生きた状態の生物を収納できるようになるアップグレードを取得し、全員を「ストレージ」にぶち込んだ。
相手の不意を突けたおかげで、我ながら手際よく現場を押さえることができたな。
取り逃がした奴もいないので、今回の件が基地に報告されることもない。
それより、今現在野営地は誰も見張っていない状況だ。
事が片付いた以上は、早く帰らないとな。
俺は全力の「移動強化」を発動すると、急いて元来た方向へと戻った。
◇
野営地に辿り着くと、早速俺は三人を起こした。
「どうした? まだ朝ではなさそうだが」
「というかジェイド君、なぜ起きているの?」
流石は国内最高峰の特殊部隊のメンバーというだけあってか。
「あの……」と声をかけようとしただけで、彼らは全員寝起きとは思えないシャキッとした面構えでテントから出てきた。
そんな三人の目の前に、「ストレージ」から六個の死体及び生け捕りにした二人を出す。
「ちょっと大事な話があって……これをご覧ください」
「「「な……!」」」
流石にこれには三人とも、絶句して固まってしまった。
「一体こいつらは……?」
「というかリドルもいるじゃないの!」
「リドルの苦戦に気づいて助けてくれた……って感じじゃないッスね。となるとまさか……」
思い思いの反応をしつつ、三人の視線は倒れ伏したリドルに集まる。
俺は最初に結論を端的に言い、それから時系列を追って詳細を話すことにした。
「結論から言いますと……リドルさんは『永久不滅の高収入』の内通者でした。この七人がその内通の相手です」
「「「何……!?」」」
再び三人の声がシンクロするが、構わず俺は続きを話す。
「リドルさんは見張りの番が来ると、メギルさんが寝付くまで数分待った後、持ち場を離れだしました。ちょうど起きていたので、怪しいと思い後を追ってみたところ、リドルさんはこの七人と落ち合いました。そしてその会話内容から、リドルさんが俺たちを売ろうとしていたことがハッキリしました」
そこまで説明したところで、俺はストレージから蓄音機を取り出した。
『約束通り、俺を国王ソックリに……』
「間違いないわ、これはリドルの声ね」
「こんなことってあるんッスね……」
蓄音機の再生を始めると、ナーシャとザクロスが失望した感じでしみじみと呟く。
『……揚げ足を取るな』
「これは陰からコッソリ録音していたものですが、途中で気づかれたため音声はここまでとなっています。気づかれた後は全員と対峙し、尋問用に最低限二人生かし、残りは殺してきました。それがこいつらです」
蓄音機の再生が終わると、俺はそう言って話を締めくくった。
三人が互いに顔を見合わせ、しばらく沈黙が続いた後、真っ先に口を開いたのはメギルだった。
「話は分かった。今回の対応には、ボクたちは本当に感謝しかない。けど……いろいろと言いたいことはあるな」
「なんでしょう?」
もしかして、「気づいた時点で追いかける前に相談しろ」とか怒られるだろうか。
国士無双のことはまだ話してないし、俺も殺されて全滅するパターンも考えなかったのか、とか言われてもおかしくはない。
と、一瞬身構えたが……全然違った。
「まず、よくここまでバレずに録音できたな。裏切り者と分かった以上、もう奴のことは認めたくないが……正直言って、リドルは気配探知に関して右に出る者がいない実力者だった。一体どんな隠密スキルがあればそんなことが?」
……良かった、そういう話か。
「これですよ」
俺はミスリル線を巻いた傘を出した。
「それは……?」
「『サーチ』圏内の任意の音声を拾える集音装置です。探知圏内ギリギリで収録してたので、位置的にバレませんでしたね」
「なんなんだその便利すぎる装置。初耳だぞ……」
装置の説明をすると、若干引き気味になるメギル。
まあ、「レゾナンス」の魔法付与ってできる人かなりレアだもんな。
魔道具師が派生スキルを獲得できるレベルで「サーチ」を極めるってまずあり得ないし。
などと思っていると、メギルがこう続けた。
「そしてもう一つは、一体どうやってこいつらに勝ったんだ? さっきサラッと『尋問用に最低限二人生かし、残りは殺してきました』などと言ってたが、そんな息するようにできることじゃないだろ……」
「それは俺が『クロロホルム』——気絶耐性が機能しないタイプの気絶スキルを持ってたからですね。不意打ちで先手を打ちました」
クロロホルムについて雑に解説しつつ、俺はそう説明する。
「な、なんだそのスキル……。気絶耐性が意味を成さないって、控え目に言って意味が分からないぞ……」
メギルは頭を抱えてしまった。
そのまま30秒ほど、再び沈黙が走る。
もう聞きたいことも無さそうなので、俺は脱線しかけている話し合いを軌道修正することにした。
「それで……これ、どうします?」
死体と気絶者の山を指し、俺はそう尋ねる。
それにはナーシャが答えた。
「とりあえず、せっかく生け捕りにしてきてくれたんだから、聞き出せるだけのことは聞き出すとするわ。ジェイド君は、寝たけりゃ寝てていいわよ」
まあ、そうなるよな。
それを想定して、俺もわざわざ二人生け捕りにしてきたんだし。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
ナーシャのお言葉に甘え、俺はそう言って自分のテントに戻ることにした。
そっち系には明るくないので自分がいても邪魔だろうし、何よりそういう光景は目に毒だからな。
朝起きて、どうしても誰も口を割らないとかいうことだったら、場合によっては自白強要スキルでも取得するとしよう。
これまた+値でゴリ押すにはとんでもないスキルポイントがかかるし、俺個人としてはサッサと基地に行っちゃった方が早い気がするのでそこまでしたくはないが。
「礼を言うのはこっちの方だ。今度こそ、ぐっすり眠っててくれ」
「命の恩人ッスからね」
メギルとザクロスも、テントに戻る俺に笑顔でそう声をかけてくれた。
テントに入ると、早速俺は一つスキルを取得する。
「スキルコード1965 『短縮睡眠』取得」
俺が取得したのは、3時間の睡眠で8時間分の睡眠と同じ休息効果が得られるようになるスキル。
生活系のスキルにしては2000ポイントもかかるし、そもそも睡眠時間まで切り詰めたくはないタイプの人間なのでこれまで取得してこなかったが、流石に今日はこれでも使わないと明日に響くしな。
このスキルは+値を10上げるまで「一度寝たら3時間は中途覚醒できない」という欠点があるが、今回はむしろその特性が尋問の絶叫による中途覚醒を防いでくれるし、逆に+値は上げない方がいいな。
などと思いつつ、俺は横になって布団をかぶった。




