第六十話 特殊部隊到着に向けて
「幻諜……ですか」
「やっぱり聞いたことなかったか」
「……はい。初耳ですね」
内通者がいるかもしれないことなど、ローゼンに言ってもどうにもならない。
というかむしろ、そんなことを口走れば逆に余計な犠牲の誘発を招きかねない。
というわけで、俺は初耳のふりをしておくことにした。
「流石のジェイドも、これとばかりは知らなかったか……。ところで俺からの話は以上だが、他に何か聞きたいことはあるか?」
「いえ、大丈夫です」
話が全て終わったので、俺はギルドを後にすることとなった。
ギルドを出ると、俺は大きくため息をついた。
……けどまあ、考え方によっちゃまだマシか。
内通者がいるって分かってかかれば、内通者が悪さを実行する前に永久不滅の高収入ともども一網打尽にできるチャンスもあるんだしな。
ちなみになぜ俺がこのことを知っているかというと、幻諜はNSOでの重要イベントに関わってくる組織だったからだ。
NSOには、「国王がある日突然悪法を連発しだしたので、その調査をする」というイベントがあったのだが……それをプレイしていくと、国王が別人に成りすまされていたことが分かるのだ。
その成りすましの犯人こそが、幻諜の元メンバーとされる人だったというわけだ。
その裏にはもちろん、「永久不滅の高収入」がいた。
幸いこの世界では、現在も歴史上も国王が悪政を敷いたことはないようだ。
つまり俺は、その事件が起きる前の時点を生きているということになるのだろう。
せいぜい事前に企てを食い止められるかもしれないことを、ポジティブに捉えておくとでもするか。
帰ったら、ジーナにまた一個魔道具を作ってもらわないとな。
とりあえず俺は魔道具の一部として使用するものを揃えるため、帰り際に百貨店で傘とミスリル製の導線を買った。
それから俺は、帰り道を歩きがてら、必要になりそうなスキルをいくつか習得していくことにした。
「スキルコード9002 『絶・国士無双』取得。スキルコード4558 『クロノクラッシャー』取得、強化×30。スキルコード1457 『ウィンド』取得、強化×30」
まず最初に取得したのは「絶・国士無双」という、発動時間が国士無双の7割しかない代わりに気配を完全に絶つことができる国士無双亜種のスキル。
隠密行動が求められる場面で国士無双を使わないといけなくなるかもしれないので、その時対応できるようこのスキルを取っておいた。
「クロノクラッシャー」は、相手の動きを止める妨害スキル。
こちらはただ単に、かねてからまとまったスキルポイントが手に入ったら取得しようと思っていたので取得することにしただけだ。
そして「ウィンド」は、ただ風を発生させるだけのスキル。
スキルとしての分類も攻撃用ではなく、生活魔法系列に分類されるものだ。
これ自体では、スライム一匹すら傷つけることは不可能。
だが今回、そんなスキルを取得したのにはもちろんわけがあって……このスキル、+30まで強化するととんでもない重要なアップグレードが取得できてしまうのだ。
それは——。
「アップグレードコード1457 『クロロホルム』取得」
「ウィンド」は基本的に空気を発生させて動かせるスキルなのだが、アップグレード「クロロホルム」を取得すると、発生させる気体を空気ではなくクロロホルムにできてしまうのだ。
クロロホルムを発生させることができるということは、それを敵に吸わせることができれば、自在に敵を気絶させられることになる。
しかも麻痺系の妨害魔法などとは違い、「クロロホルム」はノービス固有のスキルであるため、気絶耐性系のスキルも貫通してしまうという問答無用っぷりだ。
「ウィンド」はちゃんと操作すれば空気を敵の鼻に直接送り込むことも可能なので、これで永久不滅の高収入の構成員にしろ幻諜の内通者にしろ、かなり容易く気絶させられるようになったというわけだ。
永久不滅の高収入や幻諜のメンバーともなれば、かなり高レベルな気絶耐性を持ってるはずだからな。
そんな相手に対し、麻痺系妨害スキルの+値でゴリ押ししようなどとすれば、無駄に大量のスキルポイントを消費してしまうところだっただろう。
だからこそあえて正統な麻痺系妨害スキルではなく、こちらを取得しておくことにしたわけだ。
敵を生け捕りにする必要が出てきたときはこれを使うつもりだ。
消費スキルポイントは、絶・国士無双で15000、クロノクラッシャー+30で85500、ウィンド+30で5400、クロロホルムで8000。
還元と合わせてスキルポイント残高は1516800だ。
状況に合わせて現地でも何か取るかもしれないので、残りのスキルポイントや古来人参はキープしておくことにしよう。
スキルを取得・強化している間に宿に着いたので、さっそく俺はジーナにファントエルの魔石と魔法陣の絵を渡し、こう頼んだ。
「今度はこの魔法陣を彫ってください」
「……もしかして何か再提出が必要な魔道具が?」
「いや、次の依頼用です」
「またすぐ依頼を受けるんですね……。これ何の魔道具ですか?」
「蓄音機です」
幻諜の裏切り者が何か理由をつけて別行動することがあれば、まず間違いなく永久不滅の高収入との内通が目的だろう。
もしそういうことがあれば、会話内容をコッソリ聞ければ録音したいと思い、これを作っておくのだ。
「分かりました」
ジーナが作業に取りかかり始めたところで、俺も自分の作業をすることにした。
といっても、傘にミスリル線を巻きつけ、「レゾナンス」を付与するだけだ。
この装置を持ったまま「サーチ」を発動すると、「サーチ」の圏内で発生した任意の音を選択的に増幅し、その場で鳴らすことができる。
つまりこの装置があれば、「サーチ」圏内で行われている遠くの会話を簡単に盗み聞きできるのだ。
そしてその音を蓄音機に録音すれば、遠隔で盗聴を録音することも可能となるって算段である。
近づいて録音するために隠密スキルで真っ向勝負するとこれまたとんでもないスキルポイントを消費するので、こういった工夫で盗聴成功率を上げようってわけだ。
だいたいいくら隠密スキルがあっても、地区音魔道具の発する微弱な魔力で盗聴に気づいてしまうくらいの手練れを相手するんだしな。
これでも万全とまではいかないのが永久不滅の高収入の恐ろしいところだが、まあ盗聴は「できたらやる」程度のものということでこの辺でいいだろう。
「……できました!」
「ありがとうございます」
これで準備は万端なので、当日ベストパフォーマンスを出せるよう、今からはしっかり休憩することに決めた。
あとは当日、内通者に上手く目星をつけられるかどうかだな。




