第百八話 最高司令官の正体
地図に示された場所の正門に行くと、そこには門番が二人立っていた。
「何者だ?」
「Sランク冒険者のジェイドと言います。立入禁止区域への立ち入り許可をもらいたくて来ました」
門番に声をかけられたので、俺はそう言って紹介状を見せた。
念のため、パニッシャーコインも添えて。
「あの区域の立ち入り許可となると……そんなもん、マイズ元帥にしか出せねえぞ。紹介状ごときで会えるお方じゃないんだがな……しかし、コイン持ちと来たか。仕方ない、許可が出る確約はできないが、スケジュールだけは押さえてやる」
紹介状とパニッシャーコインを見ると、門番のうち一人がそう言って、渋々といった雰囲気ながらも中に案内してくれることになった。
紹介状だけだと話が進まない恐れがあったとは……やはり、念には念を入れて正解だったな。
今後も軍に関わる時は、随時コインの所持をアピールしていくことにしよう。
「一旦、ここで待っててくれ」
応接室のドアを開けつつ、門番はそう言って、俺に中に入るよう促した。
「日程が決まったら戻ってくる」
門番はそう続けると、ドアを閉めて去っていった。
忙しいって……どのくらいのレベルなんだろうな。
一週間も待たされたりしなければいいのだが。
早いとこ許可がもらえることを祈りつつ、俺は応接室にて門番の帰りを待った。
◇
一時間ほどして、門番が応接室に戻ってきた。
門番からは、明日の朝に三十分間だけ、マイズ元帥と会える時間を確保したと告げられた。
次の日、予定の時間にて。
俺は門番の案内のもと、元帥の執務室を訪れた。
「はじめまして。ジェイドと申します」
「マイズだ。話は聞いている」
元帥は額に皺を寄せていて、なんというか気難しそうに見える人だった。
「まずは確認からだが……君が調査したいと言っているのは、この『エリアXX』で間違いないな?」
壁面に張ってある国の地図を指しながら、元帥は俺にそう尋ねる。
「エリアXX」という名称は初耳だが、浮遊移動魔道具の航行履歴にあった座標と完璧に一致するので、そこにそういう名前がつけられているという認識でいいのだろう。
「はい、そちらです」
「そうか」
返事をすると、元帥はただ一言呟いて、大きくため息をついた。
そして、こう続ける。
「結論から言うと……無理だ。『エリアXX』には、どんな事情があろうとも入ってもらうわけにはいかない」
元帥の態度は、取り付く島もない感じだ。
どんな事情があろうとも、か。
これはまいったな……。
なぜだろう。もしかして「エリアXX」、重要な軍の機密があったりするのだろうか。
そこに「永久不滅の高収入」の基地があるとも知らずに拠点を作っているとか。
もしそうだとしたら、軍事スパイの可能性を考慮し、他国の冒険者は問答無用で立入厳禁とされてもおかしくはない。
となってくると、交渉はかなり難航しそうだぞ。
ま、でもまだそうと決まったわけじゃないし、一応理由を聞いてみるか。
「なぜダメなんですか?」
「ダメなもんはダメだ」
……理由すら教えてもらえないようだ。
これは軍の機密説が濃厚になってしまったな。
おそらく、軍の何かがあるという事実自体がもう機密情報なのだろう。
となると……いよいよどうしよう。
一旦は、俺が立ち入ることは考えず、まずは情報提供という形で進めていくしかないか。
「永久不滅の高収入」の拠点がある可能性を話したうえで、まずはミミア王国軍だけで調査してもらう。
それで実際基地があれば信頼してもらえるだろうし、歯が立たなそうだと実感すれば、軍の方から協力を仰いてもらえる可能性も出てくる。
あまり時間をかけたくはないのだが、そのルートで行かざるを得ないか。
「『エリアXX』がある場所なんですが、『永久不滅の高収入』の拠点にされてる可能性があるんです。早急に対処しないと大変なことになるかもしれません。信じてください」
できる限り誠意を込めて、俺はそう口にした。
すると――その瞬間、思わぬことが起きた。
たった一瞬ではあるが、元帥が目に見えて動揺したのだ。
「ゴホンッ、そうか。情報提供感謝する。だが、たかが一介の奴隷商、我が軍で簡単に鎮圧できる。わざわざSランク冒険者様の手を煩わせるまでもないな」
すぐに平静を取り戻し、元帥は一切声のトーンを変えずそう言った。
が、正直その態度からはどこか怪しい部分があるように感じられた。
確かに、「永久不滅の高収入」の真の姿に関する情報が、この国にまで伝わっていない可能性は大いにある。
だが本当に「たかが一介の奴隷商」と捉えている人が、組織の名前を聞いただけで目の色を変えるだろうか?
「それなんですが……実は『永久不滅の高収入』、ただの奴隷商ではないんです。奴隷商というのは表の姿で、本t――」
「うるさい! いったいどこでそれを――そんな馬鹿げた陰謀論を仕入れた!」
カマかけも兼ね、「永久不滅の高収入」の真の姿を説明しようとすると、元帥は先ほどの比にならないくらいの動揺を見せた。
この元帥――「いったいどこでそれを知った」と言いかけて、慌てて「どこでそんな馬鹿げた陰謀論を仕入れた」に言い直したな。
やっぱり、怪しさしかない。
こうなったら……本当なら初対面の相手にこんなことをするのは失礼なことだが、背に腹は代えられない。
「《鑑定》」
元帥の耳に届かないくらいの小声で俺はそう詠唱し、スキルを発動した。
すると、こんな鑑定文が表示された。
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●イフリート(人間形態)
様々な高度な魔術を扱う悪魔。炎系の魔法を最も得意とする。
現在この個体は人間に擬態し、「マイズ」という名でミミア王国軍の元帥を務めている。
また、「永久不滅の高収入」の幹部にテイムされた従魔でもある。
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まさかの内通者――それも、人間ですらなかった。
正直、事態は最悪だ。
従魔ということは、「永久不滅の高収入」との繋がりの深さは、地位に目が眩んだ元幻諜のリドルの比ではない。
元帥がそんなだと、軍全体――それどころかミミア王国そのものが「永久不滅の高収入」に乗っ取られている可能性さえ、頭の片隅に置いておく必要があるだろう。
もしそうだとすれば、この国の偉い人に「こいつイフリートです」と告発するのすら悪手だ。
それに、仮に告発相手がグルではなかったとしても、イフリートの擬態は《鑑定》の熟練度が+200相当以上でなければ見抜けないので、言ったところで信じてもらうのがまず難しいし。
どう動くかは、極めて慎重にならなければならない。
しかし、一体何から始めればいいのか。
悩んでいると……元帥、いやイフリートが突如こんな提案を始めた。
「しかしまあ、君の熱意は伝わったよ。そんなに調査したいなら……条件付きで認めてやってもいいだろう」
「……条件、ですか?」
いったいどういう風の吹き回しだろう。
あえて基地に誘い入れて、俺を袋叩きにしようって心積もりか?
それならそれで、こちらとしてもやりやすくて良いのだが。
「実は私……別件で一個、進めている討伐任務があってね。しかし討伐対象がかなり強大で、任務が難航しているんだ。私が見る限り……戦闘能力に限って言えば、君の実力はかなり高い。良かったら、手伝ってくれないか?」
と思ったが、違ったようだ。
イフリートが提示した条件は、全くの別物だった。
「そこで目覚ましい活躍を見せてくれたら、エリアXXの調査の許可も出すことにしよう」
これは……おそらく「別件で進めている討伐任務」の方に罠があるな。
おそらく実際はそんな案件はなくて、どこかに俺を連れて行って人知れず処理するというのがイフリートの目的だろう。
だが……それでも、乗ってやるしかない。
今の俺に、他に突破口は無いのだから。
「分かりました。同行します」
「そうか。それは頼もしいな」
条件を呑む旨を伝えると、イフリートは軽くほくそ笑んだ。




