小話2 3回目のキス
本編完結後のお話です。
永田の言うところの、「2回目のキス」は長かった。
ただ想いが通じ合ったのが嬉しくて、幸せで、私たちは長いこと唇をつけたまま固まっていた。
──けど、息が続かないってコレ!
「……ぷはっ」
ついに限界がきて、永田を押し退け空気を貪る。
ぜはー、ぜはーっ。
「……先輩って、ほんと色気ないですよね。こんな時くらい、鼻呼吸できないの?」
俯いてハヒハヒと肩で息をする私に、呆れた声が降ってくる。
そう言うけど、そんな簡単じゃないんだよ。キスなんて久しぶりだし、緊張するし、そうすると息があがっちゃって鼻呼吸なんて余裕ナイの!
と、言い訳しようと顔をあげて──私は目を丸くする。
「な、なに見てんですか……」
目の前に、顔を真っ赤にしたイケメンがいた。
悪態吐いて、いつもの半目で睨みつける顔は変わらないのに、彼の肌は首元まで真っ赤っかだ。
さらに、歪められた眉、わずかに緩んだ瞳。
「永田くん、泣かないで」
「まだ泣いてないです」
「……泣きそうなんだ?」
「う……そんなことないです」
「かわいいなぁ」
「かわいくない!」
拗ねてぷいっと顔を背ける。そんな仕草も可愛い。
こんなに可愛い人だって、私、ちゃんと知れてよかった。
どんどん好きになる。さっきよりも、もっともっと好きだよ。
「3回目も、していーい?」
私がおねだりすると、彼は恥ずかしそうにコクンと頷く。
ちゅ、ちゅ、と啄ばむように唇を合わせる。
最後にむちゅーっと思いきりガッツリキスをすると、永田が私の服をきゅっとつかんだ。女子か。
唇を離せば、眼前にはうっとりとした顔。ごちそうさまです。
「……はぁ、もう7回もしちゃった」
永田が惚けたまま呟く。
その言葉に思わず噴き出した。
「数えてるの?」
「……悪いですか」
こちらを睨む反抗的な態度に、苛虐心がむくむくと沸いてくる。
私は悪戯っぽい笑みを浮かべて彼に迫った。
「ふふ。何回目まで数えられるかなぁ?」
唇を合わせるリップ音とクーラーの排気音が、室内に響く。
「ほら、ほら、いま何回目?」
「んっ……わか、ちょ、やめっ」
彼の膝の上に乗って、唇が腫れるほどキスをした。
永田は嫌がる素振りを見せつつ、ちゃんと応えてくれる。それどころか、骨張った手が私の背中や太ももを這うように撫でるので、余計煽られてしまう。
「先輩ってけっこう肉食なんですね……」
「だって永田くん可愛いから、いじめたくなっちゃうんだもん」
「っ……言わせておけば」
言うが早いか、形勢逆転。
今度は永田が私の体を押し倒し、乗りかかってキスしようとして──
ぐぅぅぅ。
私のお腹が、大音量で鳴り響いた。
「……さすが先輩、お約束」
「えへへ……ごめん」
昨日から緊張で何も食べられなかったんだよね。安心したら一気に食欲が戻ってきたみたい。
きゅうきゅうと鳴きまくるお腹を押さえて、私たちは身を起こした。
あんなに一生懸命ちゅーしちゃって、ちょっと気恥ずかしい。
目を合わせて、お互い照れ笑いする。
「何か作りましょうか」
「そうだねー、チャーハンとかでいい?」
「ご飯あります?」
「冷凍してあるのがいっぱいあるよー」
休日にいっぱい炊いて、平日はちまちま小分けに解凍して、納豆とかぶっかけて食べるのです。
忙しいときの味方!
私たちは台所に移動して、食材を確認する。
ネギとー、たまごとー、ご飯。あ、ハムがある。
「これだけあれば十分でしょ」
「そうですね」
役割分担しながらやれば、あっという間だ。
それにしても、勝手知ったる我が家の台所。永田は私がチャーハンを作っている間に、インスタントのスープも用意していた。ありがたや。
「いただきまーす」
熱いけれど、慌ててがっついてしまう。
ほんと、ここ最近はメンタル的にもやばくて。ご飯がぜんぜん喉を通らなかったのだ。
それがわかっているからか、永田は苦笑しつつも、何も言わずにいてくれた。
ただ、麦茶のおかわりを無言で注いでくれる。
こういう、何気ないところにきゅんとくる。
いちいち言わないけど、なんか、見てくれてるなーって思う。
にまにましながら、もくもくと食べる。
と、先に食べ終えた永田が、周囲を見渡してぽそりと口を開いた。
「部屋、片付けてえらかったですね」
「…………っ!」
その一言に、ぐぐっと涙が込み上げてきた。
あぁ、私、褒めて欲しかったんだな。
永田に、わかってもらって、褒めて欲しかった。うれしい。
「うん、がんばったよ!」
満面の笑みでそう答えれば、彼も柔らかく微笑む。
「それにしても、先輩のあの小説はひどかったですね」
「むっ。まだ言うか」
「女心、僕には一生わかんないと思います」
永田は大きなため息と共に敗北宣言をする。
そういや、色欲魔とか言われたなぁ。
てか、あれは乙女心なのか? ただの願望のような。
「だから、ちゃんと教えてね」
チャーハンを食べる私を見つめながら、永田はとろけるように笑う。
もっと知りたい、お互いのこと。
たぶん同じ気持ち。
ちょっとずつ知っていって、大切にしていきたい。
「うん。私にも色々、教えてね」
「もちろんです」
笑い合ってご飯を食べて、一緒に洗い物をした。
いつぞやのように、私が食器を洗って、永田が拭いてくれる。
こうやって並んで何かをするのっていいよね。一緒に何かをするだけで、嬉しくて楽しくて、顔がニヤニヤしてしまう。
「あ、そうだ」
「うん?」
「今夜は、お風呂貸して下さいね」
「えっ」
今まで頑なに借りようとしなかったのに、今日は借りるということは……。
目を丸くする私に、永田はにこにこと微笑む。
「教えてあげます、『色々』と」
「色々!?」
「その前に、28回目のキスもしときます?」
「数えてた!?」
「ふふふ。楽しみだなぁー」
アタフタする私に向かって、意地の悪い笑みを浮かべる。
その楽しみって、半分は私を弄る楽しみでしょ!?
真っ赤になってぐぬぬと唸る私の腰を抱いて、永田が耳元に唇を寄せる。
耳でも舐められるのかと身構えた。
けれど、その唇はフッと儚げな吐息を吐く。
「今、人生で一番しあわせです」
囁かれた言葉は、少し揺れていた。
泣きそうな声に、胸が震える。
「僕を選んでくれて、ありがとう……」
ううん、こちらこそ、ありがとうだよ。
ずっと想ってくれていた。想いが通じ合って嬉しいのは、永田だけじゃないよ。
今日は、今までの話をいっぱい聞かせてね。
私も、いっぱい、いっぱい、話したいことあるんだよ。
私は永田の柔らかい髪を、よしよしと慰めるように撫でた。
腰を抱いていた手は、いつの間にかしがみつくように背中に回されている。
そうやって抱き合って、向かい合って、もう一度キスをした。
28回目のキスは、とびきり甘い。




