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その6

 芽衣子に妊娠を告げられてから、僕たちの日々はまた一段と賑やかになった。

 病院に一緒に定期検診に行ったり、ベビーグッズの用意をしたり、勉強会に参加したり。

 安定期に入って、周囲にも報告した。

 その時の周りの人々の笑顔を、どう言葉にすればいいんだろう。

 柔らかくて、あたたかくて。自分が子供だった頃に親から受けた、愛おしげな視線を思い出す。今、それが新しい命に注がれている。

 そうやって繰り返して、受けたものを返して、続いていくのかもしれない……。




 芽衣子のお腹も目立ってきた頃、僕は彼女に日頃の感謝を伝えようと筆を執った。

 ……というと格好いいけれど、実際には携帯を手にしてメールの文面を考えている。


 大好き、愛してる……そんな言葉じゃ伝えきれない。

 ありがとうなんて、何万回言ったら気持ちに追いつくだろう。


「愛してるの向こう側に、きっと連れて行ってあげる────」


 プロポーズの時の言葉が蘇る。

 自分の言葉だが、連れてきてもらったのは僕のほうだ。

 愛してるよりも穏やかで、ずっと静かで、それでいてあたたかい場所。


 ──伝えたい、返したい。


 悩みながら、ありきたりで何の変哲もない、だけど精一杯の言葉を羅列していく。



「うーん、どうかな……」


 ソファに座って携帯を弄りながら大きくため息を吐き、思わず言葉を漏らす。と、


「悟くん、さっきからなにやってるの?」


 横に座った芽衣子が、ひょいっと携帯を覗き込んできた。


「うわっ!? な、なんでもない!」


 慌てて携帯を背中に隠す。いつの間に隣に座ってたんだろう。

 挙動不審な僕の様子を、芽衣子は大きなお腹を擦りながらジトっとした目で睨み、「あやしーい」なんて言ってきた。


「まさか浮気?」

「まさか。……疑ってます?」


 それは心外と眉をひそめて尋ねれば、


「ううん、全然」


 との余裕綽々にケロリと答える。

 そりゃ、毎日毎日飽きもせず大好きオーラを出していればそうだろうな。自分でも呆れるくらい、彼女に対して一挙一動が特別だ。控えめに言ってメロメロだ。

 仕方ないので、僕は諦めて作戦を白状することにした。


「今、愛する人にメールを送ろうとしてたんです」

「ほほう?」


 僕が苦笑しながら言うと、芽衣子は興味深そうに身を寄せてきた。


「その人は、永田芽衣子さんっていう可愛い人妻なんですけど」

「ええー! 私というものがありながら! しかも人妻とは!」

「いつもにこにこしてて、とっても愛らしい女性で、もうとりこなんです」

「キイィー! くやしいワ! ぷんぷん!」

「ぶっ……ちょっと、演技が棒すぎません?」


 さすがに噴き出すと、彼女も笑って「それでそれで?」と催促してくる。


「それで、すっごく好きでたまらないから、ラブレターを書いてたんです」

「へええ!」


 ラブレター、という単語に芽衣子は瞳を輝かせた。

 そしてわずかに頬を染め、コホンとわざとらしく咳払いすると僕に手を差し出す。


「ちょっと、み、見せてごらんなさい?」

「いいですよ」


 背中に隠した携帯を取り出す。

 だけどいざ見せようと画面を表示すると、途端に顔が熱くなった。自分が何を書いたのか、頭の中で一瞬で反芻する。

 うわぁ……コレ大丈夫かな。クサすぎないか? 引かれない?

 あれこれと言い訳がよぎるが、ぐっと堪える。

 知らなかった。自分の文章を見せるのって、こんなに恥ずかしいものなのか。


「笑わないでね?」

「笑わないよ!」

「じゃあ……」


 熱くなって震える指で、芽衣子の携帯へメッセージを送信した。

 テーブルの上に放置されていた彼女のスマホが震える。


「!!」


 ハッとなって携帯をとった芽衣子は、数秒固まって画面を凝視し、


「永久保存する! 今すぐ! プリントアウトして額にも飾る!」


 なんて大声で騒ぎだす。


「やめ、やめてやめてくださいっ!」


 慌てて泣きつけば、芽衣子は不満そうに唇を尖らせた。


「こういうのはね、恥ずかしくてナンボなんだよ。音読されたら死ぬくらいの恥ずかしさじゃないと、キュンキュンさせられないんだから!」

「そんなドヤ顔でとんでもないご高説垂れられても……死ぬくらいの恥ずかしさって、つまり芽衣子はいつも黒歴史量産してるわけですね」

「黒歴史! そんな闇のヒストリーじゃないもん!」

「いや、黒っていうより桃色?」

「なんか卑猥!」


 と、文句を言いつつ画面にかじりつき、メールを読みふける彼女。

 まるで一言一句心に刻み込むように読み込む姿に、恥ずかしさは吹き飛んで、書いて良かったと思う。

 赤く染まった頬を愛おしく思いながら、僕は彼女に呼びかけた。


「芽衣子」

「うん?」


「大好きだよ」


 すると彼女は、ぱっと顔をあげて


「愛してる!」


 ……だから、上回るなっての。

 苦笑する僕に、芽衣子はえへへっと恥ずかしそうに笑う。


 愛してるって流暢に言えるように、お風呂で練習してたの知ってるよ。

 ほんとにもう、可愛くてしょうがない。


 ──ねえ、たぶん、僕の方が愛してるよ。


 そう言ったら、君はもっと愛してるって返してきてキリがないだろうから、今日のところは黙っておくことにする。







*・゜゜・*:.。.:*・☆・*:.。.:*・゜゜・*


 最愛の妻、芽衣子へ


 君と結婚してから、毎日が本当に楽しいです。

 腹の立つこともたくさんあったけど、それを上回るほど幸せです。

 誰かと生きることは、相手を許容すること。

 寄り添って、支えあうこと。

 それを教えてもらった気がします。


 悪いことも良いことも、きっと大切にできるよ。

 長い人生の変化を愛していける。

 君と居れば。


 ありがとう。芽衣子と結婚できてよかった。

 一生、なによりも誰よりも大切にします。

 だから、ずっと僕の隣で笑っていてね。


 愛を込めて。貴女の永田 悟より


*・゜゜・*:.。.:*・☆・*:.。.:*・゜゜・*







おわり

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