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その5

新婚夫婦ごっこ(本物)


****


 同棲生活は、結婚生活に変わった。

 相変わらず、永田との日々は穏やかで賑やかで楽しい。バカップルと言われようと、妄想したりとアホな遊びは続いている。


「ただいまー」

「おかえりなさい!」


 いつものように、玄関の扉が開いて、スーツ姿の永田が現れた。

 先に帰宅して夕食の準備をしていた私は、エプロンを外しながらパタパタと廊下を駆けていく。

 ネクタイを解きつつリビングへ向かう彼に、私はニヤニヤしながら


「ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も?」


 と、定番のアレを言う。新婚ごっこ(本物)の始まりだ!

 すると永田はキリッとした顔を作って、「芽衣子にきまってるだろ」なんてノッてくる。

 お、今日はノリがいいな!

 だから私もノリノリで、「キャッ、あなた!」なんて返してみた。と、


「あ……『あなた』…………」


 永田が目を見開いて固まってしまう。


「……どしたの?」

「え、やっ、いや、つ、続けてください」

「ええー? それじゃあ……あなた、どうぞ召し上がれっ☆」


 私は内心戸惑いつつも、エプロンの端っこをちょんと持ち上げてみせる。


「あぁぁぁ……!!」


 すると今度は、永田は膝から崩れ落ちた。


「ど、どしたー?」

「やられた……」

「だ、誰にだ! どこのどいつにやられたんだっ!?」


 私が演技がかった感じで尋ねる。

 片手に銃を構える要領でリモコンを持ち、敵がいないかキョロキョロと辺りを見回せば──


「芽衣子にだっ!」


 永田が私に抱きついて、わしゃわしゃと髪を手で掻き乱してきた。


「あははっ、なに、なんなの、もうっ」


 笑いながら身をよじると、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。


「ずるいって。ずるい要素が多すぎて心臓が持たないです」

「なにそれー?」

「だって『あなた』とか……照れる」

「旦那さまのがよかった?」

「そういう問題じゃなくて。ほら……芽衣子って妻なんだなって実感するっていうか」


「────妻!!!」


 その言葉に、私は腕の中でパタリと死んだふり。


「……どうしました?」

「ノックアウト」

「誰にやられたんだっ、言え、仇を取ってやる!」

「悟くんだぁっ!」


 今度は私が、永田の髪をわしゃわしゃと乱してやった。

 すると彼も仕返しとばかりにわしゃわしゃ。

 お互いをわっしゃわっしゃ。


「うわ、髪の毛めちゃくちゃだ」

「先にお風呂はいろっか」


 そう言って笑いながら私が体を離すと、


「あれ、ご飯とお風呂の前に、芽衣子をいただけるんじゃなかった?」


 なんて答えつつ、永田がわざとらしく首を傾げた。


 あれって本気だったんだ。

 ノリで言ったのかと思ったけど、今日はどうやら甘えん坊の日みたい。


「……いいよ。いただく?」


 私は彼の瞳を覗き込みながら、くすりと笑う。

 永田は恥ずかしがるかと思ったら、余裕そうに微笑み返して、両手で優しく私の頬を包んだ。目を細めた妖艶な表情に、胸がドキンと高鳴る。


「いただきます」


 そっと囁いて落ちてきた唇が、柔らかく重なった。

 優しい彼の口付けは、何度だって私の心を震わせる。幸せそうに吐息を漏らしながら、角度を変えてまた口付けて。

 耳にかけた指は頬をくすぐり、首筋を滑って髪を撫で、背中へと回される。

 胸の中へ囲われるように抱きしめられると、彼の匂いにくらくらして、すっかり力が抜けてしまう。


「ねぇ、お鍋にフタした? 火の始末は?」

「へーき……」


 キスしながら、生活感たっぷりの言葉を口にする。

 甘えあうのもイチャイチャするのも、もはや特別じゃなく日常の一部だ。

 彼の手がエプロンを解き、私の左手をとって口元へ引き寄せる。キラリと光る薬指の指輪に口づけると、永田は私の手を引く。


「じゃ、いこっか」


 そして秘密へいざなうような熱い囁きが、低く耳元に響いた。

 暗闇で抱き合って、またキスをして。

 最近はもう、好きだとか愛してるとかを、激しく口にすることはない。

 ただ、私の体をなぞる彼の指先や、その甘く伏し目がちな視線が、彼の気持ちをうるさいくらいに伝えてくる。

 そう教えてあげれば、「うるさいって何ですか」と睨まれてしまった。


 幸せか、なんて聞くまでもないよね。

 あなたと出会えてよかった。一緒にいられてよかった。そう想いを込めて見つめれば、同じ視線が絡む。

 彼の甘い微笑みに、私も心から充たされた笑みを返す。




 ────『ふたりの幸せ』

 それは『ふたりだけの幸せ』から、時と共に変化してゆき──


 結婚してしばらく経ったある日、私は彼に告げた。


「ねぇ、大事なものが増えたよ」


 彼は一瞬、きょとんとして固まった。

 そしてボロボロ泣きだしながら私を抱きしめると、


「ありがとう。ふたりで大事にしようね」


 鼻の頭を真っ赤にしながら、そう言ってくれた。





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