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ご教授ください!

 急に目線が高くなって、抱きかかえられたことに気付く。

 軽々と持ち上げられたことに驚いている間に、キスされて、寝室へ運ばれ、どさりとベッドに降ろされた。

 薄暗がりの中でギシリとベッドが軋む。


「芽衣子……」


 上から覆い被さって、永田が確認するように囁く。

 どうぞ、というのも恥ずかしくて、小さく頷いてみせると唇を奪われた。

 焦ったように熱っぽく舌を絡める永田を受け入れながら、ふわふわとした頭で彼のことを考える。


 近付けばすぐに赤くなる頰。

 キスをする時、少し困ったように顰められる眉。

 恐る恐る触れる唇は、すぐに貪欲さを隠しきれず必死に齧り付く。

 目を開けば、縋るような潤んだ瞳で私を射抜く。


 大好きだ。

 私を大好きな永田が、愛しくて可愛くて仕方ない。


 離れたくない────。


 松澤くんが教えてくれた、永田が京都へ行くという話が脳裏をよぎる。

 彼が京都へ行ってしまっても、もし離れてしまっても、私の気持ちはきっと変わらないだろう。


 永田も、今の私が好きだと言ってくれた。

 だったら信じよう。大丈夫、うまくいく。

 しかるべき時が来たら、永田はきっと話してくれる。


 それでも不安がなくなるわけではなくて、口をついて出そうになる溜め息を誤摩化すようにキスをする。


 熱くて、柔らかくて、気持ち良くて、このうえなく甘くて。

 なんだか堪らなくなって、涙が溢れた。

 安心と、焦燥と、不安と期待と、もうわからないくらい色々なものが入り混じってぐちゃぐちゃになる。


 永田は唇でその涙を丁寧にすくってくれた。

 優しく触れられると、胸の奥がきゅうきゅうと詰まって余計に泣けた。


 私は、永田悟が好き。

 彼をずっと手放したくない。


「悟くん……」


 首筋から下へ降りるキスに、感極まって彼の頭を抱き締める。


「……こわい?」


 引き止められたと思ったのか、永田がキスをやめて尋ねた。

 こわいのはこわい。だけど……


「最後までしなくてもいいよ」

「え」

「僕は芽衣子を抱っこして寝られたら、それだけで満足だから」


 この状況でも、永田の自制心は有効だった。

 ここでまさかの我慢する宣言に、今度は私が焦る。


「や、やだっ!」


 思わず叫ぶと、永田が驚いて私の顔をまじまじと見つめた。

 彼は、私がしたくないとでも思っていたんだろうか。

 こわいだけで、慣れてないだけで、したくないなんて事あるわけない。

 そういう意味で泣いていたんじゃないよ。


「……やなの?」

「やだ……私も悟くんと、したい」


 驚く永田に、私はズイと迫りながら懇願した。

 今度こそ、ちゃんと頑張る。逃げないから、だからお願い。


「とろとろにされていっぱい気持ちよくしてもらいたい。そんでアホみたいにエロいセリフ耳元で言われて、Sっ気たっぷりに煽られたい!」


 必死に言い募ると、ぶは、と永田が噴き出した。

 なんでそんなに具体的なんだ、と声をあげて笑う。

 そしてしばらく笑った後、意地悪な顔で私に向き直った。


「いっつもそんなこと考えてるの? この淫乱処女」

「う、うるさい」


 ぷうとむくれてみせると、彼は嬉しそうに「いいよ、淫乱。最高です」と、眉を下げて優しく微笑んだ。

 言葉の響きに、少しだけ安堵が混じっているのを感じる。


 申し訳ない。たぶん、私は永田にリードさせすぎた。

 任せすぎて、彼を焦らせ、不安にさせた。

 私もちゃんと好きで、彼を求めてるって、きっと伝わってなかった。


 永田はそっぽを向かれると、躍起になるタイプだ。

 受け入れるだけじゃなくて、たまには追いかけてあげないといけなかったんだ。


 再び胸元に顔を埋めた永田の髪に触れ、つむじにキスをする。


「悟くん、名前、もっと呼んで……」

「芽衣子……芽衣子、好きだよ」


 彼の甘い囁きが雨のように降り注ぐ。

 私の全身はくまなく彼の言葉に濡れて、渇いていた部分が、スポンジが水を吸うように急速に潤っていく。


 なんだ、こんな簡単なことでいいのか。


 そんな驚きと充足感に包まれながら、彼の声に何度でも濡れ、何度でも溶けた。




 永田は、我慢できない、とでもいうように首筋に噛み付く。

 無茶苦茶に強く抱き締められ、されたことのない乱暴な扱いに、驚くと同時に体の芯が熱くなる。


 余裕のなさを露呈して、弱さをさらけ出し、必死に求めあう。

 はじめのうち感じていた痛みも、すぐにどこかへ吹っ飛んで、わけがわからなくなった。

 ただ、縋りつく永田が可愛くて、愛しくて。

 応えることに必死になりながら、このまま本当に溶けてひとつになっちゃえればいいのに、なんて月並みなことを思う。


 知らなかった。

 脳が痺れるほどの幸福と絶頂。


 私たちはその夜を幾度もひとつになって明かし、朝を迎えた。



「一緒に暮らしませんか」


 目を覚ますと、永田が私の髪を梳きながら囁いた。

 驚いて凝視すると、彼は甘く微笑む。


 前にはなぜか拒否されたのに、どういう心境の変化だろう。

 もしかして、京都へ一緒に連れて行ってくれるという意味だろうか。

 そういう決心が、彼の中でついたという事だろうか。


 そうか、永田は私と一緒に居たいと思ってくれたんだ。

 彼の人生に私がいる事を選んでくれたんだ。

 そうだとしたら、とても嬉しい。


 私も、もちろん同じ気持ちだ。

 ずっと一緒にいたい。どこへでもついて行くよ、一緒にいる。

 彼が私を求める限り、ずっと応え続けたい。離れたくない。


「私、悟くんが好き。もちろん、京都へだってついていくよ!」


「え…………京都?」


 瞳を潤ませ決意を口にする私に、永田は心底きょとんとした。

 そんな永田に、私も思い切りきょとんとする。


 ……しばしの間の後、永田が「ああ」と頷いた。


「それ出張です。しかも日帰り」

「えぇっ!?」


 おいおい、松澤……と思ってメールを確認したら、


『出張だって、大変ですよね。お土産はやっぱり八つ橋?』


 という追撃があった。私のアホ。

 よく考えたら、うちの会社は京都に支店はないのであった。


「ついてくるんですか?」

「いやいや、仕事だし、日帰りだし」

「……有給は?」

「えっ?」


 本気?

 私が驚くと、永田はすでに色々と考えながらプランを練っている。

 来週の土曜に出張、日曜休み、なので有給を取れば翌日はあちらで自由にできるというわけだ。


「仕事が終わったら、夜に落ち合ってデートするのもいいんじゃないですか。してみたかったでしょ、彼氏との旅行」

「う、うん!」


 してみたかったよ、もちろん!

 あんまり長期休暇ってないし、お盆は帰省してしまったから会ってないし。

 想像したら興奮してきた。妄想が滾ってきた。


「有給申請、ギリッギリですね。明日出社したら聞いてみて下さい」

「うちの部署なら余裕だから大丈夫だよ」


 永田のとこと違って、私ひとりいなくてもなんとかなる。今は特別忙しくもないし。

 一応、申請自体は3日前までの規定なので普通に受理されると思う。


 ──さて、そうと決まれば。


「どこ行く? なに見る!?」


 がば、と起き上がってノートパソコンを起ち上げる。

 京都といえば観光名所。

 実質、半日しか観光できないとはいえ、出来る限り巡りたい。

 あとは、ホテルにするかとか、旅館にするかとか。今は観光シーズンじゃないから、きっと予約できるだろうし。


 あれこれ考えながら検索していると、永田が苦笑しながら私の手を引いた。


「そんな素っ裸ではしゃがないでください。まずはゆっくり、芽衣子の妄想を聞かせてよ」


 ぐい、と引っ張られ、あっという間にベッドへ引きずり込まれる。


 結局、昼過ぎまで永田に揺さぶられながら、息絶え絶えに妄想を語らされたのだった。


 その後、お互いのタイムスケジュールを確認し相談の末、旅館ではなく駅近くのホテルに目星をつけた。

 私は午前中だけ出社して半休を取り、仕事を終えた永田と夜にホテルで待ち合わせる約束をする。


 すごく楽しみだ。

 一緒にどこかへ行くって、それだけでテンションがあがるよね。




****




 週明け、永田は相変わらず忙しい。

 でも今週はお弁当を食べる余裕くらいはあるというので、いつもの場所で待ち合わせをする。

 本当は休憩室で渡してもいいんだけど……。


「……芽衣子、いる?」


 ふいに永田の声がして、私の隠れていた柱の影に、彼がひょこりと顔を覗かせた。


「悟くんっ」


 その瞬間、ガバッと飛びついてやる。

 驚いた永田が、たたらを踏んでよろめきながら私を受け止めた。

 そのままギュウと抱き締めてきたので、私も抱き締め返す。


「ちょっとこのまま……気力充電させて」


 耳元に穏やかな声が響く。私は彼の腕の中で目を閉じ、


「どうぞどうぞ! 私はクンカクンカさせてもらう!」


 肺一杯に永田の匂いを吸い込む。


「……やめてください」


 変態っぷりに永田が嫌な顔をして、私をベリッと引き剥がした。

 ええー、なんでよ。永田の匂い好きなのに。

 口を尖らせて拗ねると、彼は頬を赤らめながら「恥ずかしいからやめて」と睨む。

 本当、この子はすぐ恥ずかしがるな。

 赤くなったり睨んだり、リアクションが忙しくて面白い。


「昨日はいっぱい嗅がせてくれたのに?」

「先輩、それセクハラですよ」

「あー、先輩って言った。罰金!」

「うるさい。ここ会社、僕たち大人、社会人」

「むう」


 仕方ない、節度を守ろう。

 ってわけでお弁当を渡し、休憩室へ向かおうと柱の影から出ようとした時。


「ちょっ……松澤! 離しなさいよ!」


 重い扉の開く音がして、後輩ちゃんの声がグワンと響いた。

 私たちは顔を見合わせると、影からそっと覗いてみる。


「山田、ここで話そう」

「あんたと話すことなんかないって」


 嫌がって怒る後輩ちゃんの手を引っ張る松澤くん。

 ふたりは階段のところで立ち止まった。私たちは隠れているので気付かれていない。

 盗み聞きなんてよくないけれど、状況的に出て行けない。

 立ち去ることも出来ず、仕方なしに影に引っ込んでいるしかない。

 近すぎて息を殺す。


「……山田、なんで逃げるの?」


 あれ、逆転してる!?

 松澤くんの悲しげな声に驚く。

 この前までは、後輩ちゃんが松澤くんを追いかけていたのに。


「逃げてはないけど……」

「嘘だ。だって、先週まで俺のこと追ってくれてたのに、目が合うと避けるじゃん」

「なにそれ、あんた追いかけられたいわけ?」

「そ、そういうわけじゃないけどさ……」


 後輩ちゃんが不機嫌な顔をして、手を振りほどこうとする。

 だけど松澤くんは離さずに、逆にぐいと引っ張った。


「イタッ」

「えっ」


 声をあげたのは後輩ちゃんだった。

 彼女は引っ張られた手ではなく、二の腕辺りを反対の手で押さえる。

 松澤くんが動揺して手を離した。


「え、どうした? ごめん、引っ張りすぎた?」


 おろおろと慌てながら、痛がる腕をさすろうとして拒否される。

 後輩ちゃんは夏だというのに長袖のカーディガンを着ていたので、下がどうなっているのかわからないけれど、怪我をしているようだ。


「山田、大丈夫か? 医務室……いや、病院? どう痛い? 折れてる?」

「いや、折れてはねぇよ……折れてはない、バカなの……」

「山田……?」


 言いながら、力無く笑って、ふいに後輩ちゃんはくしゃりと顔を歪めた。


「殴られた」

「は!?」


 心配しして覗き込んだ松澤くんが、驚きの声をあげる。

 と、後輩ちゃんがキッと顔をあげて彼を睨んだ。


「あんたのせいよ!」

「!?」

「ぜんぶあんたのせいよ! あんたのせいで、自己嫌悪で寝れなくて、バカみたいに彼に白状して謝って、そんで殴られたんだから!」


 彼女は理不尽に叫びながら、みるみる顔を赤くして、目に涙を溜めた。

 震える声が、わんわんと響いて昇っていく。


「彼氏にやられたのか!? 俺が」

「もうボッコボコにしてやったわよ!」

「え」


 怒りで勢いづいた松澤くんだったが、ボコボコの言葉にスッと素に戻る。


「ふざっけんな、あいつ、あたしに勝てると思ってんのかよ。返り討ちよ、浮気は悪いけど暴力も悪い、だから殴って別れて両成敗!」

「いや、ボコボコにしたんなら浮気と暴力でお前のが悪いだろ」


 当事者であるにも関わらず、つい冷静にツッコんでしまう松澤くん。


「だけど見て、爪が割れちゃったの、すごく泣いたからお化粧も乗りが悪いし、髪もボロボロだし、今日は最悪なの。いつもより可愛くない。

だから今日は、あんたに会いたくなかったの!」


 爪を見せながら怒鳴る。

 その表情に少しだけ恥じらいがあるのを見て、松澤くんがおおいに混乱している。


「え、まさか、山田、俺のこと……」

「好きじゃない。自惚れないで。あたしがあんたを好きなんじゃなくて、あんたがあたしを好きなんでしょ? だからぜんぶ、あんたのせいよ」


 ぷい、と顔を背けた彼女を、目を見開いて見ていた松澤くんだったけれど、そっと彼女に近寄って、ゆっくりと背中に手を回して抱き寄せた。

 ふわりとした優しい動作に、後輩ちゃんは抵抗する様子もなくされるがままになっている。


「ぜんぶ俺のせいにしていいよ。彼氏と別れたのも、あの日のことも、ぜんぶ俺のせいだ。俺がお前を追っかけてて、好きで、大事で、迷惑かけただけ。……だから、責任とらせて?」


 彼が優しく言うと、後輩ちゃんは彼の背に腕を回して抱き締め返した。


「当たり前でしょ、ちゃんとキッチリ責任とってもらう。とりあえず、今夜、ご飯おごりなさい」

「はい」

「あと、毎日おしるこ飲ますから」

「それはヤメロ」


 なんか、うまくいったみたい?

 後輩ちゃんは、恋愛の当事者になると意外と不器用なんだなぁと、微笑ましく思っていると。


「まったく、永田さんの追いかけて欲しいっていうくそメンドクサイ心理がわかる日が来るなんて思わなかった」


「…………」


 思わぬとばっちりの捨て台詞に、永田の頬がピクピクと引きつっている。

 ま、まあまあ。なんだかよくわかんないけど、上手くいったんだから責めないであげて、ね?



 休憩室で並んでお弁当を食べた後、自分のデスクに戻ると後輩ちゃんが寄ってきた。


「先輩、盗み聞きなんて趣味悪いっすよ」

「!?」


 え、気付かれてた!


「ご、ご、ごめん、不可抗力」

「まあ、わかってます。あそこおふたりの密会場所ですもんね」

「密会て」


 てか知ってたのね。バレてたのね。恥ずかしいな。


「……腕、大丈夫?」


 宝くじ元彼にやられたとこ、痛そうだったなあ。

 そう思いながらそっと二の腕に触れると、彼女はカーディガンを脱いだ。青あざになっている。

 ひえ〜、痛そう。元彼ひどい。ちょっと怒りが湧く。


「見た目ひどいけど、実は全然痛くないんすよ」

「え?」


 腕をぶんぶん振り回しながら、彼女は笑った。え?


「実は前から、自販機の横にいっつも可愛い子いるなあって思ってたんですよね。たまにからかうだけで、アクションする気はなかったんだけど」

「え?」

「あたしも、追いかけられる恋愛、してみたかったんですよ。今までは追いかけてばっかりで」

「え?」

「ちょっと予想外のことも色々あったけど、ちゃんと追ってきてくれてよかったっす。やっぱ押して駄目なら引いてみな、ってね」

「え!?」


 ……えっと、どこまでが計算で、どっからが予想外なの?

 びっくりする私に、「内緒っすよ」とウィンクする後輩ちゃん。


「だけど、相談とかは本当ですよ。たくさん泣いたし、怒ったし、なんかデトックスです。助かりました、ありがとうございました」


 笑いながら手をヒラヒラと振って、自分の席に戻っていった。


 ちょっと、いつか色々問いただしたい。

 そしてご教授願いたいです、恋愛の先輩な後輩ちゃんに!






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