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突撃、永田ファミリー

 玄関の扉が開くと、永田ファミリーが一斉に顔を覗かせた。

 その様子に、私は内心、くすりと微笑んでしまう。


 みんなどことなく永田と同じ雰囲気を持っている。

 優しそうで、上品なお母さん。うちの豪快天然な母親と大違い。

 目元がスッキリしてるのは、母親似だね、永田くん。


 兄の賢介さんは、ちょっとトボケた印象。

 だけどがっしりした体つきと雰囲気は、野生のイケメンって感じだ。


 妹の梨花さんは、永田そっくり!

 顔は似ていても、愛嬌のある表情はやっぱり女の子。華があって可愛い。


 そして、ヒナキさん。

 儚げで、可憐で、こんな可愛くて美しい人がいるのか……正直、そう思った。

 表情も仕草も見た目も柔らかい、まさに理想の女の子。

 この人の前で、敵わない、そう愕然とした子は、いったいどれくらいいるのだろう。


 その一瞬の戸惑いを見抜かれたのか、彼女は私に邪気のない笑顔を向ける。


 だめだ、意識したら。

 私は戦いに来たんじゃない。永田悟の家族に、認めてもらいに来たのだから。


「えっと……彼女の、染谷芽衣子さんです」


 永田が緊張した面持ちで紹介してくれる。

 私はゆっくりと余所行きの笑顔を作って、頭を下げた。


「はじめまして、染谷芽衣子です。悟さんにはいつもお世話になっております」


 顔をあげれば、お母さんが満面の笑顔でこちらを見ていた。


「あらまあ、ご丁寧に。あがってあがって! 暑かったでしょう」


 と、若干わくわくを隠しきれない様子で来客用のスリッパを出してくれる。

 チラと永田を見れば、彼は少し驚いたような顔をしてみせた。


「ちゃんと挨拶とかできるんですね」

「あったりまえでしょー」


 耳元で小声でからかわれ、私は笑いながら靴を脱いだ。


 永田の助力もあり、その後もスムーズに事は流れた。

 手土産を渡し、自己紹介を済ませる。思ったより気さくで、歓迎ムードだった。

 永田の家族、というのを抜きにしても、ひとりひとりがとても付き合いやすそうな人々だ。私はホッと胸を撫で下ろす。


 持ってきた手土産の焼き菓子を並べてくれて、ソファでお茶を飲みつつおしゃべりをする。

 最初は隣に居た永田はいつの間にか追いやられ、私の両隣は梨花さんとヒナキさんに囲まれていた。両手に花状態だ。

 彼は賢介さんと一緒にダイニングの椅子に座って、こちらを見守っている。


「めいちゃん、このクッキー美味しいね。ありがとー」


 梨花さんがもぐもぐとクッキーを頬張りながら、気の抜けた声を出す。

 いきなりの『めいちゃん』呼びにちょっと驚くと、それにヒナキさんが食いついた。


「あ、私もめいちゃんって呼んでもいい?」


 思わぬ気さく発言に内心驚く。

 彼女に対して、勝手にお嬢様で妖精さんなイメージを抱いていた。


「どうぞ。じゃあ、私も……梨花ちゃん、ヒナキ……ちゃん?」

「わぁ、うれしい。ヒナでいいよ」


 なんだかこそばゆくて、3人でくすくすと笑った。

 不思議な事に、緊張はすぐに解れてしまう。梨花ちゃんの雰囲気がゆるいのと、ヒナちゃんに全く邪気がないからだろうか。


 それでも、私は大人だからわかる。彼女たちは、意図的に私を中心にしてくれている。

 私が勘ぐって疑ったりしないように。嫉妬したりしないように。

 彼を中心にするときは、ヒナちゃんはそっと賢介さんと目を合わせて微笑んでいる。


 永田、大切にされてるね。

 きっとこの作戦は、一朝一夕で作られたものじゃない。

 私は彼女たちとおしゃべりをしながら、そっと永田を見る。目が合って、彼は柔らかく笑ってくれた。


 その時ふいに、梨花ちゃんがパンと両手を叩いた。


「そうだっ! めいちゃん、サト兄のアルバムみる?」


「──はあっ!?」


 永田が思いっきり動揺する。

 なにそれ面白そう。少年永田、見たい!


「わあ、見せて見せて!」

「ちょ、りん、やめっ、よけっ、ばっ」

「ちょっと梨花、やめろよ、余計なことすんなバカ、と申しております」

「賢兄、ナイス通訳ぅ。じゃあちょっと探してくるね」

「通訳の意味ねぇー!」


 悲鳴のような声をあげる永田に、一同はきゃっきゃと笑う。

 私がくすりと笑うと、彼はこちらを見て真っ赤になった。


「梨花、二階の階段奥の納戸よ」

「はぁーい」


 探しに行った梨花ちゃんに、お母さんが声をかける。


「手助けすんなよ、母さん!」

「あら、ごめんなさい」


 おほほ、と冗談ぽく笑う母親と怒る息子の図に和む。

 家での永田は、いつもより数倍可愛い。


「永田くん、やっぱりイジられキャラなんだねぇ」


 諦めて私の横にやってきた彼に笑いかけると、渋い顔をされる。


「……うるさい。あの、アルバムだけど、昔ちょっと僕グレてたんで、笑わないでくださいね」

「笑わないよ。昔の永田くんが見れて嬉しいな」

「……うぅ。いつか先輩のも見せてくださいよ」

「どうしよっかなー」

「僕だって可愛い先輩を見て癒されたいです」

「無駄に期待値あげないでよね」


 顔を寄せあって話していると、ふいに視線を感じた。

 顔をあげると、なぜか全員が驚いた表情でこちらを見ている。アルバムを抱えて持ってきた梨花ちゃんも、目を見開いて固まっていた。


「兄貴……その喋り方、マジ?」

「芽衣子さん、あなたうちの息子に騙されているんじゃないかしら」

「悟はもっとこう……アレだよ、なあ?」

「そうね、さっちゃんはもっとアレよね……」

「アレってなんだよ!」


 全員の興味津々な視線に、永田がひとりキレている。


「なに気取ってるの、王子様なの? 僕ってなに、いつもオイラって言ってるでしょサト兄」

「言ったことねぇよ!」

「そうだぞ、嘘は良くない。家では常にべらんめぇ口調じゃないか」

「はぁ!?」


 呆れ返った永田を尻目に、皆は架空の『いつもの悟』の話で盛り上がっている。


「……俺のイメージどうしたいんだお前ら」


 彼はやれやれとため息を吐く。

 そんな様子に私が笑うと、彼はこちらを見て少し情けない顔でまた、柔らかく笑った。



 その後、梨花ちゃんの先導で永田のアルバムを見た。


 ベソかいてる永田、生意気そうにツンとしてる永田。

 ヒナちゃんを意識してもじもじしてる永田、オシャレに目覚めはじめた頃の永田。

 お父さんが亡くなった頃の写真はとても少なくて、でもすぐにまたたくさんの写真で溢れて、そしてそこに写った彼は、思春期を越えて笑顔になっていて。


 その周囲には当然、ここにいる全員が写っている。


 家族の、ひとりの人間の人生に、自分が組み込まれていくのって、すごいことなんだね。

 私はどう足掻いたって、後から来た人だ。

 だけど、これからの人になりたいな。


 アルバムを見ながら、皆が、この時はどうだった、永田がこんなドジをした、と話してくれる。

 それにいちいち慌てる彼が、可愛くて愛おしい。


 隣に座ったヒナちゃんが、そっと顔を寄せて話してくれる。


「さっちゃんはね、昔、ピーマンが食べれなくってね。どうしても無理で、土に埋めて隠したら、芽が生えてきてね」

「えっ、調理済みのピーマンから?」

「それがね、賢ちゃんがこっそり、同じ場所に苗を植えたの」


 ふふふ、と楽しそうに笑って賢介さんを見る。

 アイコンタクトのように、彼もヒナちゃんを見て微笑んだ。

 あ、これ、永田の話にかこつけたノロケだ。


「泣きながら、ピーマンが増えちゃう! って泣くさっちゃんにお説教して、一緒にピーマンを育てて収穫して食べて、克服させたのよ」


 どう、すごいでしょう?

 そう言いたげなドヤ顔を見せられて、私は噴き出した。


「ヒナちゃん、本当に賢介さんが好きなんですね」

「えっ? あれ、おかしいな、さっちゃんの話だったはずなのに……」


 ヒナちゃんは顔を真っ赤にして俯いた。

 ソファの近くに寄ってきた賢介さんが、俯く彼女の頭をポンと自然に撫で、ニヤリと笑う。

 すると彼女はますます赤くなって、彼のTシャツの裾をツンとつまんで引っ張った。


 ────なにこれ。なにこの萌え。


 新婚夫婦のラブラブオーラに巻き込まれ、思わず赤面する。

 がっしりイケメンと可憐な妖精さんカップルを堪能しながら、ふと思う。


 永田は、この状況をずっと見てたのかな?


 そう気付いた瞬間、なぜだか胸が詰まった。


 ──ずっと好きだった人。長い片思いをしてた人。

 こんな近くで、幸せそうなふたりを見てるの?


 堪らなくなって、私は永田を見た。

 すると彼は────私を見て、微笑んでいた。

 ヒナちゃんではなく、私を。


 こんなに何度も目が合うのは、いつ見ても笑っているのは、なぜなのか。わからないほど馬鹿じゃない。

 頬と目頭が熱くなる。

 嬉しくて幸せで、たぶん、これが答えなんだと思った。




****




 お夕飯にすき焼きを頂いた。

 下ごしらえはお母さんがすでに済ませており、賢介さんと永田のふたりが準備する。

 手伝おうかと申し出たけど、


「うちでは男の役目なので、くつろいでて」


 と言われてしまう。

 女性陣に「気にしなくていいよ」と引っ張られ、ソファに座らされた。

 これは永田家のしきたりらしい。


 こうしてなんの問題もなく、和やかに時間は過ぎていった。

 もうそろそろ帰ろうかなと、永田が時間を気にしはじめて、ふと思いついたように顔をあげる。


「そういえばさ、結局、先週の電話って何だったの?」

「あー……! 忘れてた」

「あぁ、すっかり忘れてたな」


 一同は顔を見合わせ、一様に頷く。そして、


「さっちゃん、お話があるの」


 その言葉に、永田がビクッと身をすくませた。なんだなんだ?

 私がきょとんとしていると、ヒナちゃんが姿勢を正す。

 彼女は大きく深呼吸すると、


「私たち、家族が増えます!」


 はっきりとした明るい声で、そう宣言した。

 それって……!

 私が驚いて口を開こうとした瞬間、隣にいた永田が身を乗り出す。


「──っおめ、おめでとう!!」


 彼は吃りながらも、いの一番にそう叫んだ。


 彼の中では、まだ複雑な何かがあるかもしれない。それはもう吹っ切れているのかもしれない。私はその気持ちを、知る事は出来ない。

 だけど、一番におめでとうと口に出来た彼を、私は誇らしく思う。


「おめでとうございます」


 続いてそう祝辞を贈れば、ヒナちゃんがはにかむ。

 永田は私と目を合わせて、顔をほころばせた。

 あの日の電話は、その夜に皆で集まろうと思ったからだって。


「賢兄が出世したってさー」


 2つのお祝いで、皆で集まってご馳走を食べたんだそうな。

 その誘いをするために電話をかけたけれど、『彼女と一緒』と聞いて、じゃあ永田にはサプライズをしようと計画し、結局忘れてたっていう。

 ご馳走を食べ損ねた永田はちょっと拗ねてみせたけど、嬉しそうだった。


 そこからまたなんだかんだとお話をして、結局帰るのはかなり遅い時間になってしまった。


「夜分遅くまでお邪魔してすみません。今日はありがとうございました。すっごく楽しかったです!」


 玄関先でお礼を言って、おいとまする。


「めいちゃん、また遊びに来てね。今度は兄貴抜きでいいからね」と、梨花ちゃん。

「そうよ、私たち義理の姉妹になるんだし」と、ヒナちゃん。

「芽衣子さん、今度は泊まっていってね。ついでに嫁ぐ?」と、お母さん。

「良い式場紹介するよ」と、賢介さん。


「どいつもこいつも気が早ぇよ!」と、永田くん。


 私はたくさん笑いながら、永田と一緒にご実家をあとにした。







****(side永田)****


 気疲れに、大きなため息が漏れる。


 賑やかなところから急にふたりきりになると、静寂で耳がジンジンした。

 街灯が照らす薄暗い帰り道。

 僕たちは、ちょっと熱を持った互いの手を握りあい、祭りの余韻を楽しむように黙々と歩いていた。


 うまくいった、と思う。

 彼女は終始楽しそうにしてくれていたし、ヒナキに対しても女友達のように接していた。

 皆も先輩を気に入って、大事にしてくれていたのがわかる。


 それに、なによりも────


「ねえ、あのね、すーごい楽しかったよ。行って良かった!」


 彼女が空を仰ぎながら、心からの笑顔でそう言ってくれる。その言葉に、すごく救われた。

 僕には彼女が、まるできらきらと輝いているように見えて。

 逆に、自分はずっと不甲斐なかったなと反省する。


「ありがとう。……それと、ごめんなさい。ここ最近の僕は、自分がただ安心したいがために、先輩に求めてばかりだった」


 カッコなんてつけずに、もっと素直になったらよかったんだ。

 前に後輩さんにも言われたじゃないか。僕の面倒くさいところも、先輩ならきっと嫌いじゃないって。今は僕もそう思うのに。


 言いたいことが溢れすぎて困るから、先輩の手をぎゅっと強く握る。

 するとすぐ、安心して良いよというように同じ強さで握り返してくれる。

 いつだってそう。ずっとそうだ。


「こっちこそ、ごめんね。ヒナちゃんは、間違いなく永田くんの家族だったね。今日、自分の目で確かめられてよかった」


 何か思い出したのか、ふふふ、と含み笑いをする。


 そんな風に言ってくれる人が現れると、思ったことがなかったんだ。

 いつだってヒナキは嫉妬の対象でしかない。

 幼馴染とか好きだったとか関係なく、離れられない大切な家族だということを、理解してくれる人はいなかったから。


 優しくて可愛くて大切な、僕の初めての恋人。

 先輩といると、自分の小ささや愚かさに気付かされるよ。松澤に嫉妬して、別れた男にも嫉妬して。

 本当に大事なのは、そんなことじゃない。

 それがわからなきゃ、言葉尻で捕まえたって、いくら抱きしめて体を繋げたって、安心なんてできるはずがないんだ。


 僕は愛されている。

 この笑顔を見て、わからない方が馬鹿なんだ。

 先輩はいつだって、僕のために微笑んでくれている。


「……今日、泊まってもいいですか」

「もちろん」


 素直に甘えてみれば、欲しい答えをくれる。

 彼女の家で、今日は色んなことをもっと話したいと思った。


 もっと、奥深くまで確かめ合いたいと思った。





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