前夜(side永田)
なんでこんな事になったんだろう。
まだ若干重い体をベッドの上に横たえ、回らない頭でずっと考えていた。
風邪は治ったはずなのに、気持ちがどんよりしているせいか、何もやる気が起きない。
明日は月イチの土曜休み。実家に、先輩を連れて行く。
たぶん嫌だろうな。僕だったらすごく嫌だ。
だけど、きっと自分も断らないだろう。
異性の幼馴染に、ずっと好きだった奴に、今は僕のものだと示さなければならないから。
……女性の考え方は違うのかもしれないけど、逃げるわけにいかないのは同じだ。
これは罰かもしれない。
付き合えた事に舞い上がって、一丁前に嫉妬して、たくさん意地悪をした。駄目だとわかっていても、気持ちがついていかなかった。
ここ最近の自分は、本当に駄目な男だった。
なにを焦っていたんだろう。未熟者の僕に愛想を尽かされても、文句は言えない。
向き合うべきは、先輩だったのに。
自分の気持ちとばかり向き合っていた。
こんなに想ってるのに。
ずっと好きだったのに。
どうして、どうして、苦しい。
そりゃそうだ。
ひとりで答えを求めて足掻いたって、先輩からは何も返ってくるはずがない。
*
先輩が帰った後、ヒナキと少し通話した。
彼女は僕がああやって電話をかけたことに怒り、「小さい男」と罵った。
自分ではわからなかったが、僕はすごく浮かれた声を出していたらしい。
『私みたいな存在が、どれだけ嫌かってわかってる?』
もちろん、わかってるつもりだ。
今までの彼女にだって、散々怒られ、牽制され、疑われ。
それを僕は、面倒くさいとしか思わず取り合わなかった。情けない事に、ちゃんと向き合って解決しようとするのは初めてなのだ。
『ねえ、彼女がなんで来てくれるか、ちゃんと考えてね。さっちゃんのためだよ。それを忘れないで』
ヒナキは真剣に僕に言い聞かせた。
僕のため。
付き合ってまだ数ヶ月。
結婚しようだなんて、まだ冗談でも言ったことがない。
こんな面倒くさいことに巻き込んで、家族に挨拶させるはめになって。それなのに、先輩は文句も言わずに向き合ってくれているのだ。
憂鬱になってる場合か!
僕は目を閉じ、明日の事を考えながら眠りについた。
****
翌日。
待ち合わせの駅で先輩を見て、あぁ、ジャケット羽織って来てよかったと思った。
彼女はファッションに疎いけれど、きちんとした綺麗な作りのワンピースとボレロというスタイルだったからだ。
「お待たせ」
「あっ、永田、くん、や、やあ!」
ただ、ものすごくガチガチだった。
手土産の袋を握る手が、力の入れすぎでプルプルしている。
──そこで、なんの打ち合わせもしていないことに気が付いた。
手土産なんて聞いてない。言ってない。
自分の浅はかさに愕然とする。
フォローも、気遣いも、何もしてあげなかった。
関係がギクシャクしていたこと、仕事が忙しかったこと、体調が悪かったこと。
それらに甘えて、何もしなかった。全部言い訳だ。
彼女の心細さはどれ程だっただろう。
それでも忙しい僕を気遣って、恨み言も弱音も吐かず、真っ当に準備して来てくれたんだ。
ぜんぶ、僕のため。
──それを忘れないで。
ごめん。ごめんね。
腑甲斐無い男でごめん。
「……ありがとう、ごめんなさい」
思わず感極まって、涙目で抱き締めそうになる。
「へっ? なにが? なんか変かな?」
せっかく綺麗にしているのを崩してはいけないと、グッと堪えて代わりに優しく耳を撫でると、先輩が目を丸くする。
「いえ、どこも変じゃない。すごく可愛い。こんな可愛い人を、家族に見せびらかせるのが嬉しいです」
「ちょ……なにそれ、ほめ殺し?」
真剣に気持ちを伝えたくてそう言うと、先輩は恥ずかしそうにくねくねした。
そのくねくねは、正直変だ。
「お土産買って来てくれたんですか?」
「そう、焼き菓子の詰め合わせ。どうかな、嫌いな人いないかな?」
「大丈夫、うちはみんな甘党だし、女所帯だから喜ぶよ。気を遣わせてしまってすみません」
「なんのなんの〜」
先日までのギクシャクなんて嘘みたいに、にこやかに笑う。
ちょっとテンションが高いのは、緊張しているからだろうか。
それでも多少は無理をしているとわかるから、余計に胸が締め付けられる。
「じゃあ、行きましょう。先輩なら大丈夫、気楽にね。僕だってフォローしまくりますから!」
「フォローしまくるって、それ失敗しまくってるよね!?」
笑いながら手を繋いで、歩き出す。
小さくて冷たい手を、そっと暖めるように握る。
心なしか先程より表情が和らいだのを見て、内心ホッとした。
*
夕飯をご馳走する、とヒナキは言った。
今は午後3時。挨拶したり、色々話したりして丁度いい時間だろう。
あらかじめ到着予想時刻を知らせてあったので、全員揃っているはずだ。
着くまでの道すがら、家族構成のおさらいをする。
少しでも、不安を取り除けたら良い。
もし失敗しても、僕は先輩の味方だから大丈夫だよと、態度で精一杯伝える。
家の前に着くと、僕らは一度、大きく深呼吸した。
先輩が横で小さく「よしっ」と気合いを入れたのを見て、愛おしくてぎゅっと手を強く握りしめる。
彼女はすぐに握り返すと、こちらを見上げるや、ニヤリと頼もしく笑った。
「フォロー、してくれるんでしょ?」
「もちろん。全力で」
うん、と頷いて、繋いでいた手をゆっくりと離す。
自分の家のインターホンを押すのは、奇妙な感じがした。
すぐに応答があり、ガチャリと玄関の扉が開く。
「いらっしゃい!」
玄関に勢揃いした面々が、大声で出迎えてくれた。
大丈夫、きっとうまくいく。




