第61話 騎士の誓い
「アル、本当に良かったの?」
ウェイクリング家の屋敷を辞し、チェスターの救出報酬の金貨を受け取りに冒険者ギルドに向かう道すがら、アスカが俺に言った。
「ああ。元から言ってただろ? アスカと一緒に世界を旅するって。なら、ウェイクリング家に戻るわけにはいかないさ」
「でもっ!! アルはそれでいいの!? 家を追い出されて辛かったんでしょ!? お父さんが戻ってきていいって言ってるのに!」
「いいんだ。さっきも言ったろ? アルフレッド・ウェイクリングはもういないんだ。俺はただのアルフレッド。それでいいんだ」
これがアスカに出会う前なら考え方も違ったかもしれない。確かにウェイクリング家を放逐された時には絶望もした。例え【騎士】でなくとも戦闘に秀でた加護を授かっていたならウェイクリング家にいられたのだろうか……と毎日のように夢想した。でも、それももう何年も前の話だ。今となってはウェイクリング家に未練は無い。
「家を追い出したお父さんの事を恨んでるの? だから家に戻らないの……?」
「違うよ……。そりゃ、追い出された直後は恨みのひとつもしたけどさ。でも時間が経って気づいたんだ。父は俺を支えてくれていたんだって」
例えば【森番】になった後に、聖域の森で生存術を教えてくれた冒険者を手配してくれたのは誰か。そんなの父以外にいない。熟練冒険者から教えを受けなければ貴族として贅沢な生活を送っていた世間知らずな俺が、たとえ魔物が出ない聖域だったとしてもたった一人で生き抜くことは出来なかっただろう。
それに【森番】小屋に揃えられていた魔道具や武具を用意してくれたのも、たぶん父だ。当たり前のように使っていた魔力を注ぐだけで半永久的に使えるランプ。少量の薪で高火力を出し、火力調整だって簡単に出来る高性能な薪ストーブ。火喰いの剣の元となった鋼鉄の剣に、魔人族との戦いで決め手となった鋼鉄のダガー。鋼鉄の槍、短弓。それら全て、【森番】の薄給で手に入れられるような代物じゃない。
そして、クレアが定期的に持ち込んでくれている食料品や調味料。持ってきてくれたのは確かにクレアだが、その出資者は父だ。これはクレアが、うっかり口にしたから間違いない。
与えられる加護によって生き方が決まってしまうこの世の中で、ウェイクリング家の長たる父が加護を無視し、身内をあからさまな依怙贔屓をするわけにはいかない。多数の優秀な軍人を輩出している騎士の名門たるウェイクリング家にあって、戦闘どころか生産にすら向かない加護を持つ俺を長男として囲っておけるはずもない。
表立って支援することが出来ない父は、陰ながら俺の生活を支えてくれていたのだ。
「いいお父さんじゃない……悲しませちゃダメだよ。お母さんも喜んでくれてたじゃない」
「……さっき話した、突然に神に与えられた【剣闘士】の加護っていう方便が真実だったなら、俺はウェイクリング家に戻っていたかもしれない」
俺はアスカの正面に立って両肩に手を置き、アスカの目をじっと覗き込む。ぱっちりとした勝気そうなアンバーの瞳が、大粒の涙で潤んでいる。
「でも……俺に加護を与えてくれたのはアスカだ。俺をあの森から解き放ってくれたのはアスカだ。だから、俺はアスカをニホン送り届けるまで、ずっと一緒にいる」
もうこれ以上は堪えきれないと言うように、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
ああ、わかってるよアスカ。俺の事を思いやってウェイクリング家に戻れって言ってくれたんだろう?
でも……ホントは不安だったよな? ニホンから遠く離れたこの地で、たった一人で本当に帰れるかどうかもわからない旅をするなんて。
いつだってそうだ。アスカはわがままで自由気ままな女王様みたいな子だ。時には殴り掛かっても来る猟奇的な一面もある。でも本当は、自分の事より俺や仲間の事を先に考える優しい子だ。
「前にも言っただろう? 俺はウェイクリング家の騎士になりたいんじゃない。アスカの騎士になりたいんだ」
「ひぐっ……言われて、無いもん。そんなこと……」
あれ? 言って無いっけ? あー、ちゃんとは口にしてなかったかもな。
「なら、ちゃんと言うよ。俺が目指しているのは【騎士】の加護を得ることじゃない。ましてや騎士団に入って騎士爵を得ることでもない。自らの命を賭して、何かを護る者としての騎士だ」
俺は腰に下げていた火喰いの剣を鞘から抜き、アスカに手渡す。そしてアスカの目前に立て膝で跪いた。
「アスカ、剣を俺の肩に当てて……そう。次は剣を両手で水平に持って胸の前に掲げる。俺にその剣をそのまま渡してくれ」
俺は恭しく剣を両手で受け取り、首を垂れる。そして火喰いの剣を鞘に納め、腰に佩く。
「……アスカ。俺にキスをしてくれ」
「ええっ!? ちょっ、ちょっと待ってよ! なによ急に!! しかもこんな人前で!!」
「……いいから。唇でも頬でも額でもいいから」
「へぅぁぁ? はずいんですけどぉ……」
そう言いながらもアスカは立膝のままの俺の額に、腰をかがめて接吻した。面白いぐらい顔が真っ赤になってて、可愛らしい。
俺が立ち上がると、周囲から割れんばかりの拍手が送られた。いつの間にか俺たちは数十人もの人たちに取り囲まれていた。
「おぉー! なんでこんなとこで佩剣の儀をやってんだ!?」
「冒険者ギルドの前でなんてシャレてんじゃねぇか!!」
「あっ! あの人、噂の紅の剣士じゃない!!?」
「ホントだ! でも佩剣の儀をやったってことは……!」
「騎士だ! 紅の騎士だ!!!」
「紅の騎士様!!!」
おあぁぁ……しまった。ここは冒険者ギルドの目の前だった……。アスカが泣いてたから慌てて周囲が目に入ってなかった。
なにも城下町チェスターで一番人通りが多いところでなんて。しかも……紅の騎士って。い、いろいろはずかしい……。
「なにこの騒ぎ……いったいなんなの?」
「……今のは佩剣の儀っていうんだ。騎士団に入団して、従士から昇進して、騎士爵を与えられる時の儀式だな」
「へぇ……って、騎士爵?」
「ああ。本来は騎士団を持つ領主が行う儀式なんだけどな。領主から剣を与えられ、従士は領主に忠誠を誓い、神に奉仕する全ての者の守護者たる騎士となる……って儀式だ」
「ふーん……。ん? あたしが領主役でアルが従士?」
「ああ。アスカの叙任を受けて、俺は晴れてアスカの騎士になったってわけさ」
「はぇ??」
アスカが呆気にとられ、ぽかんと口を開ける。泣いたり、真っ赤になったり、呆けたり、今日のアスカは忙しないな。どのアスカも可愛いけど。
「アスカ、俺の剣を君に捧げる。アスカがニホンに帰るその日まで、絶対に君を護り抜くと誓うよ」
そう言って俺は拍手喝さいの中、再び真っ赤になったアスカに口づけをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「わぁぁぁぁ!! 白金貨だあ!!」
「おぉ。久々に見たな。」
冒険者ギルドで受け取った報酬の総額は、なんと白金貨1枚に大銀貨2枚に銀貨3枚。
「1千万円相当……!! これでしばらくお金には困らないわね!」
街の救出と魔人族討伐の報酬が金貨5枚。残りの金貨5枚とちょっとが、売却したレッドキャップの魔石や魔物素材の買取り総額ってわけだ。
レッドキャップの魔石の買い取り価格は上乗せしてもらえるという話だったが本当だったらしい。魔石はだいたい4センチぐらいの大きさで、Dランク魔石と評価された。本来なら5千リヒトぐらいが相場らしいから、3,4割は上乗せしてくれたみたいだ。
「じゃあ、城下町チェスターのイベントは無事にクリア! ってことで、打ち上げしよっか!!」
「ああ、そうだな。じゃあ、ちょっと良い宿酒場で食事でもするか!」
「やったー! じゃあ、パーっと行きますか!!」
旅費も稼げた事だし、旅の準備を整えたら、いよいよ出発だな!




