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騎士とJK  作者: ヨウ
第二章 城下町チェスター
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第55話 癒者(偽)

「お願いっ! その下級回復薬(ポーション)をウチに譲って欲しい! なんでもするから!」


「いいよ」


「お母さんが魔物に襲われて大怪我しちゃったんだ! お願いだよ! どうしても下級回復薬(ポーション)が必要なんだ!」


「うん。いいよ」


「教会で回復魔法を使ってもらうか、下級回復薬(ポーション)を使わないと長くは持たないって言われてて……でもウチらみたいなスラムの人間には教会へのお布施なんて払えないし、下級回復薬(ポーション)なんて買えるわけも無いし……どうしてもお金が必要だったんだ! あんたたちの荷物を盗ろうとしたことは謝るから!!」


「うん。いいよ」


「ウチにできる事ならなんでもする! 夜のお相手だってする! なんなら奴隷商に売ってもらってもいい! だから! お願いだよ!」


「うん。だから、あげるってば」


「お母さんが死んじゃったら……まだ小さい弟と妹が……って、え? …………くれんの?」


 ジェシーはポカンとした顔でアスカを見て、そう言った。最初からアスカは取り出した下級回復薬(ポーション)を差し出していたのだが、ジェシーはそれに気づかずにまくし立てていた。まさかこんなに簡単に譲ってくれるとは思っていなかったのだろう。


「うん。あげるって言ってるじゃん。特別にタダでいいよ」


「うそ……ほんとに……? あ、ありが……」


「あ、でもちょっと待って。」


 ジェシーが下級回復薬(ポーション)を受け取ろうと手を伸ばしたところで、アスカの手の中から下級回復薬(ポーション)がふっと消えて無くなった。アイテムボックスに収納したのだろう。


「えっ……くれるって言ったじゃない……おねがいだよぅ……」


 あげると言っておきながら手に取る寸前に引っ込めるなんてヒドイなアスカ。ジェシーが泣きそうな顔で見てるぞ。まあ、盾で殴り飛ばした俺が言えることじゃないけど。


「ああ、違うよ。ようはジェシーのお母さんが治ればいいんでしょ? ジェシーの事も治癒してあげたじゃん? さっきみたいに、あたしがジェシーのママを治しに行ってあげる」


「え……いい……の?」


「うん。あたし回復魔法が得意だから。ほら、行きましょ!」


 アスカはジェシーを促して歩きだす。ふーん……よくわからんが、ジェシーのお母さんを助けるってのがイベントってことか?


 それにしても回復魔法が得意……か。この前の魔人族騒ぎの時に、逃げ遅れてレッドキャップに襲われた人をアスカが何人も回復していたから、そういう事にしておいた方が良いかもな。


 オークヴィルでは【薬師】で通っていたけど、チェスターでは【癒者】(ヒーラー)ってことにしておくか。俺もオークヴィルでは【盗賊】(シーフ)と言っていたけど、チェスターでは【剣闘士】(グラディエーター)ってことにしておいた方が無難だろう。


 そんな事を考えながらアスカ達の後に付いて行くと、森番小屋と同じぐらいの大きさの小屋に着いた。板壁は汚れ、柱は傾き、枯れたツタが網の目のように絡まった、まさにボロ小屋だ。


「ただいま!! 回復魔法を使えるって人を連れて来たよ!!」


 小屋に入るなり叫んだジェシーに、小さな子供たちが駆け寄ってきた。7,8歳くらいの男の子と2,3歳くらいの小さな女の子だ。


「姉ちゃん! ほんとか!?」

「とかー?」


「うん! ホントだよ! ウチもさっき使ってもらったんだ! 【癒者】(ヒーラー)のアスカちゃんっていうんだ!」


「回復魔法なんて使える人がこんなところに来てくれたのか!? あんたほんとに使えんのか!?」

「のかー?」


「おーう! まかしといて! じゃーとっとと治しちゃうわよ! おじゃましまーす!」


 俺たちは小屋の隅で寝そべっていたジェシーの母親に近づく。どうやら眠っているようだ。顔が真っ赤で、玉のような汗をかいている。俺はそっと額に手を置く。すごい熱さだ……。呼吸も荒く、肩と胸が大きく上下している。


「ど、どうかな……治せるよね!? お母さん、死んだりしないよね!?」


 ジェシーが今にも泣きだしそうな顔で俺を見る。俺は、こくんと頷いて安心させる。


「ああ、当たり前だ。アスカは【癒者】(ヒーラー)だぞ? 安心しろ。ところでレッドキャップにやられたって話だったよな? 傷はどこだ?」


「せ、背中だよ! 逃げ遅れたウチらをかばって背中を切られたんだ……。冒険者の人が魔物をやっつけて助けてくれたんだけど……」


「……そうか。傷口を見せてもらうぞ」


 俺はジェシーの母親の身体を動かして背中を向けさせ、上着の背中をめくりあげる。腰から背中にかけて、血が染みついた布が腹巻のように巻かれていた。ナイフを取り出して包帯代わりの薄汚れた布を切り、患部をあらわにする。背中には三本線の大きな爪痕があり、切り裂かれ肉がえぐれた傷口はジクジクと化膿していて、背中全体が真っ赤に腫れあがっていた。


 これは……傷口が膿んで、毒が身体全体に回っているな……。下級回復薬(ポーション)だけじゃ、ダメそうだな。


「アスカ、【解毒】(デトックス)【治癒】(ヒール)だ」


「おっけ! じゃあいくよー【解毒】(デトックス)! かーらーのー【治癒】(ヒール)!」


 そう言ってアスカは解毒薬(デトックスポーション)下級回復薬(ポーション)を使う。解毒薬(デトックスポーション)は薬草と聖域で摘んだ毒草、シエラ樹海で採集した毒茸(ベノムマッシュ)を調合してアスカが作った。今まで使う機会が無かったけど、ここにきて役に立ったな。


 解毒薬(デトックスポーション)を使うと見る見るうちに患部の腫れと赤みが引いていき、熱も引いていく。次いで下級回復薬(ポーション)で傷口が消え失せ、顔色も落ち着いていく。


「……傷が……どんどん治っていく……!!」


「す、すげー!!!」

「ぅげー!」


「ふふん。アスカちゃんにかかればこんなもんよー!」


 アスカが得意げに胸を張る。もう見慣れてしまったが、薬草や回復薬を使って回復魔法と同じような効果を魔力も使わずに出せるって……考えてみれば反則みたいなスキルだよな……。回復薬を飲んだり、塗ったりするよりも、効果が高い気もするし。


 そう言えばあの銀髪の男(ダークエルフ)はアスカを見て、『奇跡』がどうとか言ってたな。それに『神の手先』とか……。


 この場合の『奇跡』ってのは『神の御業』ってのと同じ意味だろう。この世界を創造し、人族に言葉と文字を授け、加護と技を与えた、神龍ルクスの『奇跡』。アスカが神龍ルクス様の……?


「ん……うぅん……」


 ジェシーの母親が目を覚ましたようだ。ぼんやりとした表情で、俺とアスカを交互に見る。まだ寝ぼけているようだな。


「お母さん!! 具合はどう!?」


「傷が治ったんだぜ!!」

「だぜー!」


「え……あなたたち……え……? ……こ、これは…傷が…。」


 俺たちを押しのけて詰め寄ったジェシー達を一撫でした後に、背中に手を回して驚きの表情を浮かべる母親。


「お母さん、アスカちゃんたちが治してくれたの……。アスカちゃんはね、お癒者(いしゃ)さんなんだよ」


「お癒者(いしゃ)様……あ、ありがとうございます……。で、ですが、私たちにはお礼をお支払いすることが」


「いいの。今回は特別サービスよ! むしろあたし達からのお礼なんだから」


「お礼……ですか? お癒者(いしゃ)様にお礼をされるようなことは……」


「あ、こっちの話。気にしないで!元気になってよかった!」


「あ、あ、ありがとうございます……! アスカ様にはなんとお礼を言えばいいか……」


「いいっていいってー。それよりさ……」


 そう言ってアスカはジェシーの母に目配せする。頷いたジェシーの母が、娘たちの方を向いてにっこり微笑む。


「ごめんなさい。あなたたち……心配をかけたわね……」


「お、おがぁさんっ……!」

「おかーさん!!」

「マーマー!!」


 飛びかかるジェシー達にもみくちゃにされる母親。ジェシーも弟も妹も、もちろん母親も大粒の涙を浮かべ、顔をぐちゃぐちゃにして抱き合ってる。……美しい、光景だな。


「本当にありがとうございます……アスカ様!」

「グスッ……アスカちゃん、ありがとう!!」

「アスカねえちゃん! ありがとな!!」

「となー!!」


「んふふ。いいのいいのー。どういたしましてー!!」


 深々と頭を下げるジェシーと母。ニコニコと笑う弟とよくわかっていなそうだけど嬉しそうな妹。アスカも満面の笑みで応じている。


 ぐぐぅぅーーー!!


…その時、ジェシーの母が盛大に腹の音を鳴らす。……うん。ついさっきまで傷の膿みのせいで高熱を出してたんだから、食事もロクに摂れなかったんだろうし、体力も消耗しただろう。そりゃ腹も減るよね。


 ぐるるー!

 くうぅー!


 ジェシー姉弟の腹の音の共演だ。ジェシーと母は顔を赤くして俯き、弟は腹をおさえつつヘラヘラと笑っている。


「アル、いっかな?」


「ああ。もちろん。食い物ならたくさんあるだろ?」


 俺がそう答えるとアスカはにっこりと笑って、まとめ焼きした平焼きのパンをいくつか魔法袋(偽)から取り出した。


「じゃあ、ブランチにしますか!」




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