第46話 戦場での再会
俺たちはようやく貴族街への門に辿り着いた。ここに来るまでに幾人もの住民達をレッドキャップの鋭い鉤爪から救い出し、町の入り口へと避難を促した。
職人街の人たちは、あらかた避難できたようで街はさながらゴーストタウンと化している。今ごろ町の入り口辺りには、数千人の人たちがひしめいていることだろう。
避難した人たちの護衛は、街のあちこちで勇敢にレッドキャップと対峙していた冒険者たちに頼んでいる。俺とアスカの戦いぶりを見て、皆が二つ返事で応じてくれた。もしかしたら高ランクの冒険者と勘違いされたのかもしれない。こっちはEランクの初心者なんだけど…。
ともあれ、彼らが矢面に立って戦ってくれれば、町の人たちの被害は大幅に減らせるだろう。
「ここは通さんっ!!」
身の丈の倍近くの高さがあり横幅はそれ以上ある巨大な門に近づくと、一人の兵士が奮闘していた。彼はどっしりした構えでレッドキャップの攻撃を受け止め、戦斧を振るう。【剣闘士】の見本のような戦い方だ。
だが周囲を6体ものレッドキャップに囲まれており、さすがに多勢に無勢といった様子だ。助けに入らないと……いや、彼には恩返しをしないとな。
「半分もらうぞ!!」
俺は大声を出しつつ【挑発】を発動する。手前にいた4体がこちらに振り向いた。おっと、1体余計に釣れてしまったな。
「恩に着る!!」
戦斧の兵士は守りの態勢を解き、近くにいたレッドキャップに向かって突進した。よしっ、こっちも負けてはいられない。
レッドキャップ4匹はバラバラに襲い掛かってきた。この場合は【鉄壁】と【盾撃】のコンボで反撃というわけにはいかない。【鉄壁】が切れた後のスキにつけ込まれてしまうからな。
まあ、多対一の有利な条件を放り投げてバラバラに襲い掛かってきてくれるんだ。各個撃破すればいい。
「シッ!!」
俺は飛びかかってきた一匹目を一刀のもとに切り伏せる。続いて突っ込んで来た二匹目が突き出す鉤爪を、ギリギリまで引き付けてから右に半身をずらして躱す。
「おぉっ!」
そして大きく踏み込むとともに、近づいてきた三匹目を【盾撃】で弾き飛ばす。弾き飛ばした三匹目は、四匹目を巻き込み、同体となってゴロゴロと転がった。
俺は振り向きざまに左薙ぎに剣を振るい、先ほどすり抜けた二匹目の首を跳ね飛ばす。すぐに前方に振り返って、ヨロヨロと立ち上がった三体目と四体目に突貫。再び【盾撃】で三匹目を跳ね飛ばす。
「ふっ!!」
そのままの勢いで四体目に上段から剣を振り下ろす。上半身を大きく切り裂き、絶命させたことを確信した俺は、起き上がろうとしていた三匹目に詰め寄って喉に剣を突き刺す。多量の鮮血を噴き出し、最後のレッドキャップは崩れ落ちた。
ここまで十数秒。危なげなく四匹のレッドキャップを倒す事が出来た。戦斧の兵士が見せた【剣闘士】の見本のようなどっしりとした戦い方とは正反対の、【盗賊】の素早さを活かした軽業師のような立ち回りだ。
「やあ、無事で良かった。」
二匹のレッドキャップを倒し終えた兵士に声をかける。兵士は唖然とした表情で、俺の顔をマジマジと見つめる。
「ア……アル!?? なんでこんな所に……」
「一月ぶりぐらいかな、エドガー」
そう、彼は城下町チェスターの門衛長を任されているウェイクリング領兵で、俺の数少ない男友達の一人、エドガー。年に二回の役場への報告の際に、いつも送り迎えを買って出てくれる優しい男だ。
「あ、ああ。いや、そんな事よりさっきのスキルは……【盾撃】だよな? ……もしかして、【騎士】に……?」
「【騎士】じゃ無いよ。新しい加護を授かってね。今の俺はエドガーと同じ【剣闘士】なんだ」
「新しい加護……? 【剣闘士】に?」
「ああ、詳しく話したいところだけど、今はそれどころじゃないだろ? エドガー、門を開けてくれないか?」
エドガーは信頼できる男だ。何もかもを話すわけにはいかないけど、オークヴィルのレスリー代官と同じ程度には事情を話しておきたいところだ。今はそんな場合じゃないけど。
「あ、ああ、そうだな。だけど門を開けるわけにはいかない。今、貴族街は百匹以上の赤いゴブリンが暴れまわってるんだ。領兵は貴族や富豪達を守ることで精一杯で、平民までは手が回せないんだ。」
「なるほどな……だから門を開放していなかったのか……」
ひとたび門を開けば魔物達は職人街や平民街になだれ込んでしまうだろう。そうなると戦う術を持たない平民たちは、なぶり殺しだ。普段は金持ちや貴族を守っている城壁と頑丈な門が、今夜は職人や平民を守っているってわけか。
「一部の貴族が魔物と戦わずに逃げ出そうとして、門を開けろって騒いでたけどな。兵士のほとんどが平民なんだ。そんな命令を聞くわけがない。普段は偉そうにしてやがるんだから、こんな時こそ貴族の義務ってのを果たしてもらわないとな」
まあ、それはそうだな。特権を持つものは、ひとたび戦争となれば最前線に駆けつけ、民の盾となり剣となって戦わなければならない。今がまさに、その時だろう。
「……そうか。エドガーはここで何を?」
「あそこから出てくる魔物共の退治だな。俺の仕事は門の外で、襲って来る奴らを倒すことだからな」
エドガーは門の脇にある門衛の通用口を指さした。なるほど。職人街と平民街の最前線で、貴族街から出てくる魔物達と戦っていたというわけか。
エドガーは軽い口調で言ってはいるが、相当な激戦だったのだろう。通用門の傍には、数人の兵士や住民の躯が横たわっていた。
「職人街と平民街の住民は町の入り口辺りに避難して、冒険者たちが護衛しているはずだ。エドガーもそっちに合流したらどうだ?」
「いいや。俺は門衛だからな。この門で最後まで戦うさ」
……まあ、こういう男だよな。説得したって聞きはしないだろう。俺たちは俺たちのすべきことをしよう。
「……じゃあ、門衛さん。そこの通用口を通してもらえないか?」
そう言うとエドガーは呆れた表情を浮かべる。
「話を聞いてたのか、アル? 貴族街はゴブリンもどきが暴れまわってるんだぞ?」
だろうな。でも、兵士達はその中で戦ってるんだろ? それに、貴族街にはクレアや両親もいるんだ。
「大丈夫だ。今の俺は戦う力もあるしな。それに、貴族の義務を果たさなきゃならないだろ?」
「貴族の義務って……。お前はとっくに貴族じゃないだろうが……」
そう言いつつ、エドガーは大きくため息をつく。
「……言ってもしょうがねえか。昔から、そうと決めたら頑固だからな、お前は。それにさっきの戦いぶりを見れば、そう簡単にやられることもないだろ」
「ああ。行ってくる」
そう言って俺は右手を上げ、握りしめた拳で自分の左胸を軽く叩くと、エドガーもそれに倣い同じ所作を行う。この王国の騎士や兵士が行う、戦場での略式敬礼だ。
「……はい、これ」
今まで黙って俺たちを見ていたアスカが、下級回復役を2本、エドガーに手渡した。
「……君は? もしかして、君もアルと一緒に行くってのか?」
「うん。でも大丈夫よ。アルが守ってくれるから」
「ああ。この子は俺が絶対に守って見せる。それに、こう見えて大事な戦力だからな。この子がいてくれれば、俺はそう簡単に倒れることは無い」
火喰い狼の時もアスカに助けられたしな。俺がアスカを守り、アスカが俺を回復薬で援護してくれれば、この戦いをなんとか乗り越えることが出来るだろう。
「……ふーん。クレアちゃんも大変だな。いつの間に、こんな可愛い子を捕まえたんだよ」
そう言ってエドガーがにやにやと笑う。なんでクレアが出てくるんだよ。
「クレア?? へえ……アルってばもしかしていい人がいたわけ?」
アスカがじとっとした目で俺を見る。なんだよ。クレアは確かに可憐で、綺麗な子だけど、ただの友人だぞ?
「そんなことを話してる場合かよ。ほら、行くぞ」
「あっ、誤魔化した! ちょっと! あとでちゃんと話してもらうからね!!」
なんだか緊張感が無くなったな……。城壁の向こうからは絶えることなく怒号が遠く聞こえ、上がった火の手の揺らめく光が黒い曇り空を照らし、辺りには兵士や住民の躯が横たわっていると言うのに。
「気をつけろよ、アル」
「ああ。エドガーもな。今度、ちゃんと話すよ」
俺たちは門の脇にある門衛の通用口に足を向ける。
「……やっぱり、アルはこうじゃなきゃな」
後ろからエドガーのつぶやきが聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
通用口から城壁の内部に入るとすぐに地下へとつづく階段があった。階段を降りると、まっすぐな廊下の向こうに上り階段が見える。廊下の両側に小部屋があったがドアは固く閉ざされていた。たぶん、仮眠室兼休憩室と事務室兼物置だ。
俺たちは足早に廊下を通り抜け、階段を上る。壊された通用口のドアを通り抜け外に出ると、そこに広がっていたのは、まさに戦場の風景だった。
城下町チェスターにある建物はほとんどが木造だ。だが、貴族街に来ると石造りと木造の混合造りが多くなる。それなりに火災には強いが、木造部分がある以上は燃えないわけではない。
辺りは至る所に火の手が上がり、兵士たちの躯があちこちに転がっている。アスカの息を飲む声が、やけにはっきりと聞こえた。




