第464話 ラスト・ベッド
「【魔力撃】!」
頭上から振り下ろされた鋭い爪を龍殺しの剣を合わせて去なす。逸れた爪は大地を深く切り裂いた。
逃がしきれなかった衝撃が身体の芯にまで響くも、即座に青緑色の光が俺を包んで痛みを消し去っていく。アスカの回復薬とローズの回復魔法だ。
「【盾撃】!」
ルクスがぐるりと反転し、大樹の幹の如き尻尾が横薙ぎに襲い来る。俺は混沌の盾を前に構えて突貫し、尻尾を斜め上に弾いた。
鋭利な爪撃と強靭な尾撃を、弾き、いなし、搔い潜る。エルサとジェシカが牽制し、隙をついて龍殺しの剣を振るい龍鱗を削っていく。
人族にとっては致命傷になるほどの深い傷でも、龍の巨躯にとって掠り傷に過ぎないだろう。だが、龍殺しの剣に斬られた傷は癒えないのだ。
龍の手脚と尾には無数の斬り傷が刻まれ、その裂け目からは紅い血の代わりに碧い光の粒子が漏れ続けている。負わせたダメージだけを見れば優勢と言っていい状況だ。
だが、その実、俺達は少しずつ窮地へと追いやられていた。
「【治癒】!【回復】!」
「【風装】!【土装】!」
「『回復薬』!『冥龍薬』!『タフネスポーション』!」
ルクスは、膂力も、速さも、纏う魔力においても、俺を遥かに凌駕している。受け流すだけで骨が軋み、肉が断たれてしまうほどにルクスの尾撃や爪撃は強烈だ。
そんな怪物を相手取り、曲がりなりにも拮抗できているのは、仲間達が俺の強化と回復をしてくれているから。
息つく間もないほどの連撃を受け止めるたびに、ローズが治癒魔法をかけてくれる。エルサもルクスをけん制しつつ、強化魔法を切れ目なく維持してくれる。そしてアスカは【アイテム】スキルで、傷を癒し、魔力を回復させ、強化までしてくれる。
だが、その強化も回復も間もなく途絶える。単純に、アスカのアイテムボックスにある回復薬が枯渇してしまうからだ。
アスカは各地を巡るたびに薬草や魔茸などの材料を買い集め、大量の回復薬を作ってきた。だが、アイテムボックスに収納できる数には限りがある。1種類のアイテムにつき99個までしか収納できないからだ。
回復薬を木箱などに詰め込めば『木箱』として認識されるため、上限数を超えてアイテムボックスに収納することもできる。その裏技により一時はもっと在庫があったのだが、それらは既に王都防衛と海底迷宮でのレベル上げの際に使い果たしていた。
そのため、ルクスとの戦いに備えて用意できたのは下級回復薬・中級回復薬・上級回復薬をそれぞれ99個、魔力回復薬も同じく下級・中級・上級とそれぞれ99個。他にも天龍薬や冥龍薬といった特殊な回復薬もあるが、こちらは元となる材料が貴重なため数十個しか用意できなかった。
その在庫が凄まじい速さで無くなっていく。
ルクスの攻撃を受け止めるたびに骨身が削られ、その回復でローズの魔力とアスカの回復薬が消費されていく。ジェシカやエルサの牽制や強化も当然魔力を消費する。アスカの回復薬が無ければ俺の回復は間に合わないし、皆の魔力もすぐに枯渇してしまう。アイテムボックスにある回復薬が生命線なのだ。
アスカと接続しているため、彼女の焦りが伝わってくる。もう回復薬の残数は1割を切っていると。
龍形態となったルクスと戦い始めて、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。数時間戦い続けているようにも感じられるが、実際には十数分といったところだろう。そのたった数分で回復薬を大量に消費してしまった。このまま戦い続けたら、回復薬はあと1,2分で枯渇してしまうだろう。
そうなると、ここまでやや優勢に戦えていた状況は一変する。まず俺がルクスの猛攻に耐えきれなくなる。俺がやられてしまえば、仲間たちは為す術もなく撃破されてしまうだろう。
その前に、最後の切り札をもう一度切るしかない。
龍殺しの剣はルクスの龍の力を喰らい続けているが、未だ十分ではない。先ほどのような爆発的な攻撃力は期待できないだろう。
それでも、一縷の望みに賭けて反撃に転じなければ、このまま嬲られるだけだ。
「龍殺しの剣を使う! 皆、援護してくれ!」
エルサとジェシカに牽制に全力を注いでもらい、その隙に龍殺しの剣の魔法効果を発動、そのまま突貫する。
両手脚や尾に傷を負わせているもののルクスの機動力は全く衰えていない。躱され、距離を取られてしまえば、速さに劣る俺に追いつく術はない。先ほどのように、転移を使った奇襲も、二度は通じないだろう。
分の悪い賭けだ。だが、やるしかない。
「待って! アルフレッド、全接続に切り替えるの!」
不意に、ジェシカが大声をあげた。
なぜ? 全員で連携して戦うのもありだろう。だが、龍王ルクスには俺の持つ龍殺しの剣でないとダメージが通らない。
ならば、【アイテム】で強化を即発動でき、【ジョブメニュー】で励起の切り替えをサポートできるアスカとの接続のまま戦った方がいいじゃないか。
そう疑問に思ったその時だった。
「【明鏡止水・狂乱の戦士】!!」
ルクスの背後でユーゴーの覇気が膨れ上がる。
爆発的な自己強化を一気に重ね掛けする代わりに、目の前の存在を全て屠るまで解除できない狂気を身に宿す【獣戦士】のスキル【狂乱の戦士】と、あらゆる精神汚染や状態異常を無効化する【獣王】のスキル【明鏡止水】の二重詠唱だ。
ユーゴーのすぐ側にはアリスの姿があった。ルクスに破壊された金剛人形の破片を浴びて昏倒していたが、いつの間に目を覚ましていたようだ。おそらくアリスが、ユーゴーの枯渇した魔力を手持ちの回復薬で補給してくれたのだろう。
ユーゴーが戦線復帰するから、全員との接続に切り替えて戦うべきということか?
だが、今必要なのは一発の火力だ。俺の攻撃でしかルクスを傷つけられないのだから俺個人の強化を優先した方がいいのではないのか。
「はぁぁっ!【重ね・崩撃】!!」
そうこうする間に、ユーゴーが背後からルクスに襲い掛かる。
俺への攻撃に集中していたルクスに、背後からのユーゴーの奇襲が突き刺さる。さしものルクスも巨体を揺るがし、倒れ込んだ。
「アルフレッド! 全接続を!」
再度ジェシカが叫ぶ。
切羽詰まったジェシカの様子に、俺は疑問を抱きながらもアスカとの接続を切り、全員へと繋ぎなおす。
「なっ……」
そういうことか!
ルクスに全神経を集中していた俺とアスカに、他の仲間達の思考が一気に流れ込んだ。遊撃として動いていたジェシカとエルサが、俺とアスカの意識の外で仕込んでいたことが知らされる。
そうか……ならば。
仲間達に提案を投げかける。驚きと困惑の感情が流れるも、すぐに俺に任せるとの回答が返ってきた。
「これが最後の賭けだ」
俺は龍殺しの剣の柄を強く握りしめる。
最後の切り札をもう一度。
加えて、もう一枚。
鬼札を重ねる。




