第462話 最後の切り札
「【転移】!」
俺は迷わず退避を選択し、俺達は竜王ルクスの遥か上空に転移した。その瞬間、眼下の大空洞の底で、碧い魔力光が弾ける。
「【口寄せ】!」
「【人形召喚】!」
逃げ場が無くなった場合は、空に緊急避難することを予め想定していた。そのおかげか、アリスとジェシカは動揺することなく水竜を召喚し、仲間達は危なげなくその背に着地する。
「アル!?」
「このまま突貫する! 援護を!」
俺は海竜には乗らずに、そのまま落下する。
龍王ルクスはブレスを吐き出した直後だ。身に纏う魔力は減少している。そして、俺達の動向には気付けていないはず。
おそらく、これが最後のチャンスだ。大空洞の底で鈍く碧い輝きを放つ龍王めがけて、最後の切り札を切る。これが届かなければ、俺達の勝ち目はほぼ潰えてしまうだろう。
この戦いの前に俺達が用意した切り札は4枚。
一つ目は、『龍殺しの剣』と【神具解放】。これは開戦早々に切らされることになった。
龍殺しの剣は発動句を詠唱することで、龍の力を喰らう魔法効果を発揮する。ルクスが初手で放ってきた大竜巻を切り裂いたのは、この魔法効果によるものだ。
二つ目と三つ目は、俺の加護【転移陣の守護者】のスキル【接続】だ。
出力を抑えてパーティ全員と繋がり、以心伝心を実現する浅い接続。
そして、【JK】という特殊な加護を持つアスカとの深い接続。
パーティ全員との接続は央人形態のルクスを圧倒し、アスカとの接続は龍人形態へと変化したルクスですら追い詰めた。
出来ることなら四つ目の切り札はこの時点で切って、ルクスにとどめを刺したかった。だが、あの時はまだ準備が整っていなかったのだ。
だが、今なら最後の切り札を切ることが出来る。龍形態のルクスのブレスを、かろうじて防ぎ切ったことで準備が整ったのだ。
「飲み込め――――龍殺しの剣!」
『噛み喰らえ』の対となる、もう一つの発動句を唱える。龍殺しの剣が纏っていた碧い魔力光が吸い込まれていき、剣身が真紅に染まっていった。
龍殺しの剣の【神具解放】による魔法効果は二つ。一つは龍の力を『奪う』こと。もう一つが喰らった龍の力を『吸収する』ことだ。
龍は世界中のあらゆる場所に漂う神授鉱の欠片を自在に操り、加護を通すことなく魔法やスキルのような現象を引き起こす。さらに、神授鉱の欠片を自らの身体に充満させることで自身を強化することが出来る。龍は神授鉱の欠片に直接干渉・吸収して、原動力に変えているわけだ。
龍殺しの剣は、その原動力――龍の力を奪い、吸収する。
アリスが【神具解放】をかけ、俺が『噛み喰らえ』と命じてから、龍殺しの剣は龍の力を奪い続けていた。大竜巻を斬った時も、ルクスの身体を斬りつけた時も。『龍の言の葉』とかいう魔法攻撃や強烈なブレスを受け止めた時も、ずっと。
そして龍殺しの剣は、『飲み込め』という命令に従って、奪い続けた龍の力をその剣身に吸収し、燃え盛るような真紅の剣へと変貌を遂げた。
おそらくこの変化は、使い馴染んだ『火龍の聖剣』への俺の想いを反映しているのだろう。
父が密かに贈ってくれた『鋼の片手剣』は、オークヴィルで初めて対峙した賞金首の素材で強化したことにより『火喰いの剣』へと変化した。そして、アスカへの騎士の誓いによって『紅の騎士剣』へと昇格し、さらには火龍イグニスの祝福を受け『火龍の聖剣』へと進化した。
アザゼルに奪われ、ルクスに喰われてしまったが、俺にとってあの剣は『誓い』と『成長』の象徴だった。その想いが龍殺しの剣を真紅に染めたのだ。
「【隠密】」
【暗殺者】スキルを発動し、自身の気配を覆い隠す。ゴウゴウと鳴っていた風の音が掻き消えた。
ルクスは大空洞の底で浮遊し、周囲を睥睨している。ブレスによって舞い上がった土埃が晴れるのを待ち、俺達の死を確認しようとしているのだろうか。まだ、上空にいる俺達に気づいていないだろう。
凄まじい風圧に全身を押し返され、身体が浮いているようにも感じられるが、地底は急速に近づいている。このままの速度なら、ルクスに衝突するまで、およそ十数秒。
【魔力撃】を常時発動し、龍殺しの剣に魔力を込めていく。剣は紅の魔力光を纏い、その輝きと熱量を増していく。
吸収した龍の力を全身全霊のスキルに乗せ、この落下の勢いそのままに叩きつける。落下の衝撃と反動で俺もただでは済まないだろう。だが、この千載一遇のチャンスに全てを賭ける!
(おおおぉぉぉぉぉっ!!!)
俺は龍殺しの剣に纏わせていた【魔力撃】に、さらに【魔力撃】を重ねる。龍殺しの剣の紅い輝きがさらに膨れ上がった。
その瞬間、ルクスがビクリと巨体を震わせ、ぐるりと反転した。
気づかれた!? いや、迷うな! このまま押し通せ!!
「【重ね・魔力撃】!!」
俺はルクスの首めがけて渾身の一撃を振るう。
だが、剣が届く寸前、ルクスは碧く輝く翼を一枚二枚と差し込んで首を庇った。
ズガァァンッ!!
落雷の様な音が鳴り響き、龍殺しの剣が差し込まれた翼を破砕し、太い首を深々と切り裂いた。同時に、剣に蓄積されていた膨大な熱量が一気に弾け、暴発する。
「グギャアァァァァァァッッツ!!!」
「うがぁっ!!!」
爆発の勢いに弾かれ、俺は数百メートルも弾け飛ぶ。大空洞の底を何度も跳ね、土埃を舞い上げながらごろごろと転がった末に、ようやく勢いが止まった。
「ぐっ、あぅ、ぅぅっ……」
全身の骨という骨が砕けてしまったような激痛が走る。視界がぼやけ、意識が朦朧とする。思考が空回りし、回復魔法を詠唱する余裕もない。肺がつぶれたのか叫び声すらも上げられない。
脚や腕を覆っていた竜革の服はズタボロになり、剝き出しの肌から多量の血液が滲み出ている。焼けるような痛みに襲われ、ヒューヒューと肺から空気が漏れる音が聞こえた。
「くっ、あぁっ」
俺は震える腕を叱咤して上体を起こす。這いつくばるような姿勢で、なんとか顔を上げた。
ルクスの十二枚の翼は全て半ばから捥げていた。首は半ばまで裂け、爆発によって分厚い肉が抉れている。
「グルルゥゥッ……」
飛ぶ力が失われたのか俺同様に地底を這い、ルクスは低い呻き声をあげていた。
だが、その眼の光は失われていない。
「くっ……」
ルクスは両手足を地底につき、首を傾かせながらも、ゆっくりとその巨体を起こす。抉れた首はブスブスと黒煙をあげ、焼け焦げた肉の匂いが漂う。
「グルオォォォッッ!!」
ルクスが、知性の無い獣のような雄叫びを上げる。同時に全身を碧い魔力光が被いはじめた。
捥げた翼も、斬り裂かれ抉れた首も癒える様子はない。龍殺しの剣の『龍の否定』の力は、確かに効果を発揮している。
だが、その膨大な魔力量と刺すような殺気は、なお一層に膨れ上がっていく。
癒えない傷を負ったルクスは甚大なダメージを負っている。だが、俺も落下と爆発の衝撃でまともに身動きが取れない。
「あ、あぁ……」
ルクスがその咢を大きく開く。
鋭い牙が生えたその口腔に、碧色の魔力光が集まり始めた。




