第461話 龍の咆哮
なんて神々しいんだ……。
俺は場違いにも、その美しさに目を見開き、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
獰猛な獣のような荒々しさも持ちながらも、その輪郭は流麗艶美。六対十二枚の翼を大きく広げて俺達を傲然と見下ろす姿は、まさに『神』を思わせた。
碧い鱗が放つ冷ややかな輝きが、薄暗い大空洞の底を冷たく照らしている。まるで薄雲の夜空に浮かび上がった青月のようだ。
「神龍ルクスか……」
この姿を見たら『龍王』より『神龍』の呼び名が相応しいと思わざるを得ない。世界中の人の信仰を一身に集めるだけはある。
「アスカが龍形態がどうとか何度も何度も言うからだよ!」
「ああ、フラグってやつか」
ローズが軽口をたたいたので乗っておく。冗談でも言っておかないと、目の前の存在への畏れに膝をついてしまいそうなのだ。
「あっ」
「やばいっ、ブレスだ! ローズ!」
「わかってる!」
ルクスがその咢を大きく開き、十二枚の翼が碧色の魔力光を放ち始める。その尋常ではない魔力量に背筋を凍りつかせながらも、俺はローズと接続する。心得たもので仲間達も俺達の後ろに駆け込んできた。
「【光の大盾・大鉄壁】!」
「【二重・光の大盾】!」
半球状に魔力盾を展開したその瞬間、魔力の奔流が放たれた。
全力で盾に魔力を注ぎ込んでブレスを防ぐも、魔力をガリガリと削られていく。騎士と導師の加護を励起し、二重詠唱スキルを全力行使してもなお押し返せない。
「【土装】! 【水装】!」
俺の【鉄壁】を強化するために、俺自身の防御力を強化する魔法をかけてくれる。それでもブレスの勢いに抗えず、どんどん押し込まれていく。
「う、うおぉぉぉっ!」
「あぁぁぁぁっ!」
魔力盾に衝突したブレスが、バチバチと碧い火花を散らす。目が光に焼かれて激しく痛み、視界が碧く染まっていく。
「も、もう、だめ……」
「ロ、ローズ? く、くそっ!」
ローズの顔色が真っ青になっている。碧い魔力光の反射ではなく、魔力枯渇の兆候だ。アスカが魔力回復薬を連続で使用してくれているというのに全く追いつかない。
まずい……俺も、もう、もたな……
「【口寄せ】! 金剛人形!」
「【人形召喚】! 前に出るのです!!」
「『魔力回復薬』!」
俺とローズの魔力が尽きる寸前に、金色に輝くゴーレム達が魔力盾の前に躍り出た。ルクスが放つブレスによって蒸発していくが、ほんの一瞬だけ余裕が生じる。その瞬間にアスカが使用した魔力回復薬の青緑色の光が俺を包んだ。
「く、おぉぉぉっ! 【盾撃】!」
消失寸前だった【光の大盾・大鉄壁】に、ローズの【二重・光の大盾】ものせて撥ね上げる。反転した魔力盾がブレスと衝突し、爆散した。
「きゃぁっ!!」
「ひゃぁっ!!」
「うがぁっ!?」
魔力盾が弾けて、魔力の奔流が散らばった衝撃で、俺達は揃って吹き飛んだ。
「う、うぅ……」
震える膝に活を入れて立ち上がると、そこには金剛人形だったものの残骸が転がっていた。
まさに紙一重だ。
ジェシカとアリスが召喚した金剛人形が身を挺して立ちふさがってくれたおかげで、一瞬の間隙が生まれた。その刹那に、魔力盾を撥ね返すとともに弾けさせ、ブレスを散らすことができた。
必死に耐えたローズ、エルサの強化魔法、ローズとアリスの召喚、そしてアスカの魔力回復。そのどれが欠けても、龍の魔力の奔流に飲み込まれ、塵と化していたことだろう。
「とんでもないな……」
「これが龍王ルクスか。まさに人知を超えた存在だな。どう戦う、アルフレッド?」
いつになくユーゴーが饒舌で早口だ。さすがに焦りを隠せないのだろう。
「…………」
碧い龍は悠然と俺達を見下ろしている。
さっきまで碧い魔力光を纏っていた翼は、光を失っていた。魔力を使い果たしたってところだろうか。おそらくルクスといえど、さっきのブレスは連発できない?
だが、龍は世界に漂う魔素――神の断片とやらを操る力がある。おそらく、この大地から魔素が無くならない限り、魔力を補給し続けることが出来ると思われる。
そんな相手にどう戦う?
ルクスの全身に張り付いた碧い鱗は、金属を思わせる鈍く冷たい輝きを放っている。どうやっても加工するどころか傷一つつけることの出来なかった、『神授鉱』に酷似している。
ギルバードの身体を乗っ取っていた時だって、この『龍殺しの剣』以外では傷一つつけられなかった。そのルクスが神授鉱の鎧を纏ったようなものだ。
しかも、今度は竜王の肉体を乗っ取っているのだ。その膂力や体力もまた並大抵ではないだろう。そのうえ無尽蔵の魔力持ち。正直言って、勝ち筋が見えない。
――――我が咆哮に耐えるとは
――――さすがは女神の眷族だ
不意に、頭の中に声が響く。
「これは……ルクスか!?」
先ほどまでのギルバードに似た声ではなく、重く厳かな声色だ。
「テレパシー? なんでもありだね……」
アスカが溜息とともに呟いた。
さすがにあの龍の身体に発声器官はないだろうし、魔素を通して喋っているのだろう。本当に、何でもありだな。
――――女神の眷族よ
――――星の愛し仔よ
「……なんだ?」
ルクスの問いかけに対し、時間稼ぎのために意図してゆっくりと答える。
その間にアスカは【アイテム】を使い、体力と魔力を回復してくれている。その隣でエルサも、ルクスに注意を向けながら仲間に強化魔法をかけなおしている。俺もまた、自己強化スキルを重ね掛けしていく。
少しでも早く態勢を整え直さなくては。さっきのブレスに耐えられたのは、ただの幸運。また撃たれたら今度は耐えられるかわからない。
遠距離戦は圧倒的に不利。かといって接近戦でも勝ち筋は見えないが……この『龍殺しの剣』に一縷の望みをかけて、俺が玉砕覚悟で突っ込むしかないか?
――――共に女神の元へと還ろうではないか
――――星とともに永劫の未来を生きるのだ
「はぁっ?」
思いがけないルクスの誘いに思わず声が漏れる。
さっきの、女神と同化する云々って話のことを言ってるのか? 大いなる一つへの回帰がどうとかって話だったが……。
――――女神の愛し仔よ
――――我が声に応えよ
再びルクスが俺達に問いかける。すると、アスカが歩み出てルクスをキッと睨みつけた。
「そんなの、お断りだよ。クレアも、セシリーも、みんながいないとイヤ。あたし達だけ、生き残るなんてイヤ。アンタなんかと一緒なんて、絶対にイヤ」
ああ、そうか。女神の眷族だという俺達だけを生かしてやろうって提案だったのか?
ルクスは、魔物も人も龍すらも滅ぼして、自分だけが女神とともに永遠に生きるって言っていた。そこに俺達だけは混ぜてやるって意味だったのか?
そんなの、冗談じゃない。アスカの言うとおりだ。絶対にお断りだ。
――――ならば滅びよ
――――女神の眷族よ
ルクスの声が、頭の中で響く。その直後、ルクスの翼が再び碧色の魔力光を取り戻した。
「なっ!?」
しまった……時間稼ぎをしていたのはルクスもだったのか!? こっちの態勢はまだ整っていないってのに!
ルクスがその咢を再び大きく開く。十二枚の翼が碧く輝きを放つ。
次の瞬間、強烈な魔力の奔流が俺達に向かって放たれた。




