第452話 竜の群れ
王都の南に巨大な大空洞が穿たれたその翌日、冒険者ギルド王都支部ギルドマスターのヘンリーさん宛てに一通の書簡が届いた。
『平民街と中心街の各所に魔素崩壊の魔法陣を用意した』
『魔法陣の起動に必要な魔石はアルフレッドから譲り受けろ』
回りくどく古めかしい作法に則って書かれた手紙には、魔法陣の起動に必要な魔石の大きさ、魔法陣の起動方法、複数の魔法陣を同時に発動した際に期待できる威力などが、事細かく記されていたそうだ。
差出人の名は魔王アザゼル。
書簡を持ち込んだ冒険者は、灰色のローブを着た神人族の男性から、二日後にギルドマスターに届けるようにと依頼されたらしい。ルクスと対決する前から、失敗を想定して準備もしていたというわけだ。
地下の下水区画に多数の魔法陣が用意されているのを確認したヘンリーさんは、慌てて陛下に謁見を願い出た。
そして、王家騎士団と冒険者ギルドの協議の末に、平民街と中心街に竜の群れを引き込んで魔素崩壊の魔法陣で一網打尽にするという作戦が立案された。
『終末の日』と名付けられた作戦により、平民街と中心街を放棄すること、住民を避難させることが決定。俺達は魔法陣の起動に必要な魔石の供出を求められた。
アザゼルが指定した魔石の大きさは、最低でも直径50センチ以上。平民街と中心街に用意されていた魔法陣は巨大なものばかりで、起動に必要な魔石も並みの大きさではなかった。
その条件を満たせるのはSSSランク以上の魔石のみ。アザゼルは俺達が海底迷宮のエクストラフロアで、それらを入手することすら想定していたわけだ。
俺達は言われるがまま、SSSランクの『神狼』と『鬼神』、URランクの『三つ首の魔犬』と『竜王』の魔石を提供した。死してなお、俺達を思い通りに踊らせるとは……もはやアザゼルの深謀遠慮には呆れるしかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
強い光が収まり土埃が晴れると、平民街と中心街には十数個の巨大な穴が穿たれていた。紅の石材で建てられた家屋が並ぶ美しい街並みは、もはや跡形もない。
直径2センチほどの魔石でも周囲数メートルを吹き飛ばすほどの威力があったのに、数万倍の大きさの魔石を使用したのだ。その威力は尋常ではなく、王都の7割ほどを占める平民街と中心街を一瞬で消し飛ばした。
同時に、王都の中に押し寄せていた竜の群れも、ことごとく消え去った。まだ王都の内側に侵入していなかった竜が四半ほど残っているが、群れの大半を片付けることができたのだ。
正直に言うと、SSSランク以上の貴重な魔石を魔法陣で消費するか、【人形召喚】や【口寄せ】で魔物を喚び出して戦わせるか、どちらを選択するかは大いに迷った。
神狼や鬼神、魔犬、竜王は破格の強さを誇っていた。召喚して戦わせれば間違いなく活躍してくれたことだろう。
だが、召喚した魔物は、魔石に宿る魔素を使い果たせば消えてしまう。群れの大半を屠るほどの成果は出せなかっただろう。この選択は正しかったのだ。
例え、十数人の発動者の命と引き換えに、発動したのだとしても……。
「グラアァァッ!!」
「キュルアァァァッ!!」
まだ王都に踏み込んでいなかった竜達が一斉に動き出した。地竜が地響きを立てながら疾駆し、翼を持つ竜達は暗雲とともに押し寄せてくる。
「迎え討て!」
「オォッ!!」
冒険者と決闘士の混成部隊が、貴族街の城壁の前で待機していた白銀人形や金剛人形とともに地竜迎撃に打って出る。
「放てぇっ!!」
城壁の上に並んだ大型弩砲からは極太の槍にも似た矢が射出され、貴族街に近づいた風竜を次々と撃ち落としていく。さすがは土人族の王とその姪が強化した矢だけはある。風竜の強靭な鱗すら物ともしない。
だが……
「アギャァッ!!」
「ぐうぁぁっっ!!」
矢の雨を潜り抜けた風竜が弩砲を操る弓士に向かって急降下し、その太く鋭利な爪を突き立てる。
「待てっ!」
藻掻き苦しむ弓士を救おうと駆けつける冒険者達を嘲笑うかのように、風竜は弓士を後ろ足で掴んだまま空に舞い上がった。
「くそっ、降りてこい!」
風竜は弓士をズタズタに引き裂き、まるでゴミの様に放り投げる。そして、今度は短杖を掲げる魔法使いに狙いを定めて降下した。
「舐めるなっ!【突風】!」
「【岩槍】!」
「【岩弾】!」
「アギャァッ!!」
暴風を浴びてバランスを崩した風竜に、岩の弾丸と槍が殺到する。被弾した風竜は城壁の向こうに堕ちていった。
「怯むな! 撃て、撃ち続けろ!」
「矢を惜しむな!! 一体でも多く撃ち落とせ!」
「おぉぉっ!!」
次々と放たれる矢と魔法が竜を落とすも、全てを迎撃することは適わない。接近を許してしまった竜が火を吹き、氷を降らせ、風の刃を突きつける。
「【鉄壁】!」
「うがあぁぁぁっっ!!」
「ケントッ!? くそぉっ!」
剣士達が弓士や魔法使い達の前に立ちふさがってブレスを受け止めようとするが、防ぎきれない。城壁上のいたる所で叫び声があがった。
一方、地表で繰り広げられた地竜との戦いも熾烈を極めていた。
人形達が地竜の突進を受け止め、狂獣の王や鬼王が蹴散らしていく。戦士達も召喚魔物達に負けじと追いすがり、槍や拳を突き立てる。
それでも地竜の群れの勢いは止まらない。次から次に押し寄せて、人形を壊し、狂獣に食らいつき、戦士達を踏みつぶしていく。
「アルフレッド、抑えろ」
「……わかってる」
暗殺者の加護と索敵のスキルが、倒れていく戦士達の叫び声や呻き声を余さず拾ってくる。五感の鋭い獣人であるユーゴーの耳にも聞こえているのだろう。拳を握りしめて戦士達のもとに駆け付けたい思いを抑え込む俺と同様に、ユーゴーも歯を食いしばって耐えている。
「みんな……」
アスカが城壁を見やり、目を潤ませて呟く。
デール率いる『火喰い狼』も、クラーラ率いる『リーフハウス』も、地竜の群れとの激闘の渦中にいるだろう。ルトガーもヘンリーさんも、必死で抗っているはず。
大丈夫だ。あいつらなら地竜や金竜相手に後れを取ることなんてないはずだ。俺は、俺の役目を果たすんだ。
「どこにいる、ルクス……」
断続的に響く爆発音と断末魔の叫び声に苛まされながら、俺は周囲の気配を探り続ける。
ヤツは近くにいるはずなんだ。眷族の竜をけしかけて王都が崩れ行くさまを眺め、守護龍の守りが解けるのを今か今かと待っているはずだ。
どこだ……どこに隠れている……。
魔素崩壊の魔法陣で追い込んだ時、ヤツは龍脈の裂け目に逃げ込んだ。ということは、龍脈を通って転移して来ることができる? 突然目の前に現れるなんてことも……
いや、あれは、アザゼルが魔道具で固定していた龍脈の裂け目を利用したから転移できただけだ。ヤツには転移能力は無いはず。だからこそアザゼルは世界中の転移陣をつぶして回ったのだから。
王都の近くにヤツは潜んでいる。意識を研ぎ澄ませるんだ……守護龍の守りが解ける前に、ルクスを見つけだせ……。
先制攻撃を許してはならない。先手を取られたら、この王城など容易に消し飛ばされてしまう。
ピシッ
だが無情にも、俺達がルクスを捕捉する前に、その時は訪れてしまう。
王都を包むように展開した紅の魔法障壁に、大きくひび割れが走った。




