第425話 警鐘
思いがけずルトガーと再会し、俺達は無事に王都に迎えられた。一部の兵士達は露骨に俺達を警戒していたが、アザゼルと一緒にいるところを見られているわけだから、こればっかりは仕方がない。俺達が迂闊だった。
「突然、空にあんなものが現れたと思ったら、巨大な炎が雨みたいに降って来たんだ。一時は避難しようとした王都民が城壁門や貴族街に押し寄せたり、あちこちで乱闘騒ぎが起こったりしてな。王都中が大騒ぎだったよ。陛下が戒厳令を出されてからは多少落ち着いたがな」
俺達はルトガーが手配してくれた馬車に乗りこみ、中心街にある冒険者ギルドへと向かう。車窓から見える平民街は、多くの兵士や騎士達が巡回していてギスギスとした緊張感が漂っていた。
「戒厳令か……それでこんなに人通りが少ないんだな」
いつも賑わいを見せていた平民街の目抜き通りは歩く人もまばらな状態だ。閉まっている店も多い。そりゃあ、王都に火の雨が降り注ぎ、見たことも無い魔法障壁が空を覆ったんだから、いつも通り商売なんてしている場合じゃないだろうけど。
「それで、ありゃいったい何なんだ?」
ルトガーが馬車の小窓から空を見上げる。
「あれは、守護龍イグニス様の守り、なんだそうだ」
「守護龍の……?」
「詳しいことはギルドに行ってから説明するよ」
とりあえずヘンリーさんに事の経緯を説明する。すぐに取り次いでもらえるなら陛下にも俺達から説明するが、時間がかかりそうならヘンリーさんから伝えてもらうつもりだ。この魔法障壁は10日しかもたないって話だし、龍王ルクスを迎え撃つ準備もしなくてはならないので、あまり時間もかけられないのだ。
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冒険者ギルド王都支部には、数えるほどしか冒険者がいなかった。受付嬢も一人座っているだけ。いつもなら備え付けのテーブル席に酒やら食べ物を持ち込んで騒ぐ連中が数組はいるが、さすがに戒厳令下では控えているようだ。
「アルフレッド!!」
「うぉっ!?」
俺達が到着するやいなや、頬に大きな傷のある茶髪の大柄な男が突っ込んできた。というか抱きすくめられた。
「ありがとう! ありがとう、アルフレッド! セシリーからオークヴィルのことを聞いた! お前達が来てくれなかったら、助からなかっただろうと……よくぞ、よくぞセシリーを救ってくれた!」
滂沱の涙と鼻水を垂れ流し、俺に抱き着いてきたのはギルドマスターのヘンリーさん。うわ、竜革鎧に鼻水がついてんじゃねえかよ……。
「あ、ああ、どういたしまして。わかった、わかりましたから放してください」
拳闘士の膂力を無駄に発揮しているヘンリーさんを無理やりひっぺがす。これがセシリーさんか、せめて奥様のシンシアさんなら黙って受け止めるが、暑苦しいおっさんの抱擁など要らん。
「本当に、ありがどう……俺がどれだけ、お前に感謝しているか……そうだ! お前ならセシリーを任せてもいいぞ! セシリーも憎からず想っているようだしな!」
「ええ……? いや、今そんな話をしている場合じゃ」
「なんだぁ? 俺の娘じゃ不服だってのかぁ?」
「いや、セシリーさんならむしろ歓迎というか……ってそうじゃなくて!」
胸倉をつかんできたヘンリーさんを再度ひっぺがす。
「王都に火の雨を降らせた化け物と上空の魔法障壁についての情報を持ってきたんです」
「なにっ!? それを早く言えよ!!」
「……あなたが言わせなかったんじゃないですか」
ヘンリーさんは慌てて俺達を応接室へと案内する。
早く話せと逸るヘンリーさんを落ち着かせつつ、俺はこれまでの経緯を丁寧に語っていった。
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「…………タチのわるい冗談、だよな? なあ?」
「こんな悪質な嘘をつくわけがないでしょう」
「嘘、だろ」
ヘンリーさんが項垂れて頭を抱える。
「竜の大群が押し寄せる……」
「……かもしれない。申し訳ありませんが俺達は助けに入れません。王都の戦力でなんとか持ちこたえてください」
「だが、そんな話をしたところで誰が信じると言うんだ」
「信じてくれなくてもいい。備えてくれるだけでいいんです。現にルクスはクレイトンを襲ったんでしょう? 魔人族が襲ってくるかもしれないとでも言えばいいじゃないですか」
こんな話、自分の目で見ない限り信じられるわけもない。しかも、今の今まで信仰を捧げていた『神龍ルクス』が襲ってくるというのだ。普通なら鼻で笑うような話だ。
だが、既に龍王ルクスはクレイトンに現れ、火の雨を降らせている。守護龍イグニスの守りのおかげで被害は全くないが、王都上空に魔法障壁が展開されるような異常事態になっているのだ。
魔人族が襲ってくるかもしれないと言えば警戒態勢ぐらいは敷いてくれるだろう。たった1年前に魔王アザゼルの襲撃を受けたばかりなのだから、魔人族の軍勢に襲われるかもしれないと言っておけば話は通りやすいはずだ。
魔人族が襲ってくるということにしておけという俺の言い分に、神人族に化けているジェシカが顔をしかめているが、それは気にしないことにする。
魔人族は鉱山都市に地竜をけしかけたり、魔法都市エウレカで不死者を溢れさせたり、マナ・シルヴィアを風竜に襲わせたりしていたのだ。そもそも龍王ルクスが世界を襲っているのは魔王アザゼルと魔人族が龍王ルクスの封印を解いたからなのだ。
過去の魔人族の悪行は龍王ルクスに操られた他の人族の仕業だったのかもしれないし、元々は何の罪も無かったのかもしれない。だが自分達だけが生き残るために、世界中の人族を贄にしたのは魔人族だ。今さらどんな汚名を被せられたとしても、甘んじて受け入れろとしか思えない。
まあ、龍王ルクスの討伐に成功し全てが片付いたら、真実を明らかにして、他の人族の間を取り持つぐらいのことはしてもいいけど……。
「それとエルゼム闘技場には決して近づかせないようしてください。守護龍イグニスの守りがあればクレイトンに被害は及ばないと思いますが、おそらく闘技場から半径数キロの範囲は消し飛びます。どれだけ手練れであっても死は免れません」
アザゼルが闘技場の地下に仕込んでいる巨大な魔法陣は、地龍ラピスと天龍サンクタス、風龍ヴェントスの3つの魔晶石を消費し、崩壊の魔力を周囲にまき散らす。Fランク程度の魔石ですら、凄まじい威力があったのだ。今回は、守護龍の魔晶石を一気に3つも使うのだから、周囲数キロが消し飛ぶほどのとんでもない威力になる。
王都クレイトンは闘技場から数キロしか離れていないが、龍の力を否定するという火龍イグニスの守りがあれば直接の影響は避けられるはずだ。竜の大群が襲ってきたとしても、紅い魔法障壁の内側で防衛に努めていれば無駄死にせずに済む。
「ああ……それも厳守させないとな。まったくよぉ、陛下になんて説明すればいいんだ」
「私が説明した通りに言えばいいじゃないですか。もし今日中に段取ってくれるなら、私が話しますけど」
「戒厳令のくそ忙しい中、今日の今日で陛下と謁見できるわけがないだろうが。伯爵扱いの俺だって、段階をいくつもすっ飛ばして今日中にお会いできるかどうかだ」
「なら、報告はお任せします」
助かるな。今から陛下にお会いしてこんな話をするなんて、無駄に疲弊しそうで正直億劫だったんだ。
さて、面倒ごとはヘンリーさんに押し付けることが出来たし……知り合いに声をかけに行こうかな。と言っても、スタントン商会のボビー、魔道具店を営んでいるであろうマイヤさん夫妻、それとアリンガム商会ぐらいしか知り合いはいないけど。




