第424話 紅の王都
王都クレイトンに直接転移できなかったため、俺達はまずエルゼム闘技場の舞台に転移した。そして、クレイトンに向かうため闘技場を出た俺達は、眼前に広がる光景に圧倒された。
「すごいな……」
「まさに、結界ね」
10万人超の人口を誇る世界最大の都市クレイトンを、紅色の魔法障壁が覆っていたのだ。見た目をそのまま表現するなら、超巨大な半透明のサラダボウルを王都に被せたといったところだろうか。
【転移】は移動先の現在の光景を明確に思い描けないと発動しない。これほどまでに光景が異なっていたら、転移を発動できなかったのも頷ける。
ああ、それにしても、この光景をアスカに見せたかったな。こういうの大好きだから、大喜びするだろうに。
「あれが龍を拒否する火龍の守りだ。あの障壁が展開されている限り、ルクスの極大魔法は都市に降ることは無いし、ルクス自身も近づくことはできない。あと10日もすれば消滅するがな」
アザゼルによると、昨日王都上空に現れたルクスは他の都市と同様に、極大魔法で王都を薙ぎ払おうと試みたらしい。ルクスは聖都ルクセリオと同様に劫炎の雨を降らせたが、その炎は突然展開された魔法障壁によって阻まれ、クレイトンには火の粉一つ落ちることは無かったそうだ。
守護龍の名に偽り無しだな。出来ればもっと長続きして欲しいところだけど。
猶予が10日しかないとなると、やることが限られる。結局はアザゼルの案にのるしか方法が無い。
「俺達は普通に通れるんだよな?」
「龍以外は素通りできる」
ここから見える王都の南門は固く閉ざされ、人の姿は見えない。厳戒態勢を敷いているのだろう。
魔法障壁は通過できても、門を通過させてもらえるだろうか。まあ、通してくれなかったら、城壁の上にでも転移してから入ればいいだけだが。
「わかった」
アザゼルはこのまま闘技場に残り、龍王ルクスに仕掛ける罠の調整に入るそうだ。そして俺達の方は、カーティス陛下との謁見を願い出るつもりだ。
アザゼルが上手くルクスだけを誘き寄せて、そのうえで罠にはめることが出来れば一番良い。だが、ルクスが竜を引き連れて来たら、王都の戦力で対処してもらわなくてはならない。少なくとも俺達がルクスを足止めし、アザゼルが闘技場の地下に仕込んだ魔法陣を発動するまでは王都を防衛してもらいたい。
幸い王家直下の騎士団は優秀だし、たくさんの決闘士や冒険者がいる。防衛の準備さえ整えられれば、ある程度は耐えてくれるだろう。
「明後日の昼に」
いつも決闘でにぎわっていた闘技場は人っ子一人いないため、褐色の肌と長い耳を持つ男を見とがめる者は誰もいない。アザゼルは返事もせずに闘技場の中へと戻っていった。
ここが龍王ルクスとの決戦の舞台になるわけか。ルクスを誘き寄せ、アザゼルの罠が発動すれば、この歴史的な建造物も一瞬で塵と化すだろう。
思えば、闘技場の舞台に立ち決闘士達と死闘を演じてから、もう1年以上が経っている。あの頃は、魔人族の王であるアザゼルと共闘することになるなんて考えてもみなかった……。ずいぶん遠いところに来てしまった気がするな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「止まれ!」
「武器を捨てて手を上げろ! 従わなければ撃つ!!」
南門で俺達を迎えたのは、城壁の上から魔法や弓矢を放とうとする兵士達だった。ざっと数百人はいそうだ。
警戒するのもわかるけど、ずいぶんと物騒な応対だな。こっちはたった4人しかいないのに。とは言っても俺達が本気で暴れたら城門を半壊させることぐらいわけもなくできるだろうけど。
「ウェイクリング辺境伯が長子、アルフレッド・ウェイクリングだ。中に入れてくれ!」
王家の紋章・A級決闘士・Aランク冒険者の3つのタグを頭上に掲げる。武器を捨てろと言う声はさすがに無視した。今この瞬間に、ルクスや竜に襲われるかもしれないのだ。ここで武器を手放すわけにはいかない。
「近づくな!」
「うおっ!?」
兵士の一人が矢を放つ。当てる気は無かったようで、矢は数歩前の地面に突き刺さった。
「何をする!?」
「黙れ! 魔人族の手先め!」
魔人族の……? あ、もしかして闘技場の前でアザゼルと一緒にいたのを見られた?
そうか、人でごった返していた平時だったらいざ知らず、今はエルゼム競技場と門までの間に誰一人いない。城壁の上から弓使いのスキル【鷹の目】や遠見筒でも使って監視していれば、すぐに発見できただろう。
1年前、アザゼル達は闘技場で数多くの人を殺した。決闘士武闘会の表彰式での惨劇はまだ記憶にも新しい。
そのアザゼルと一緒にいた俺達を、魔人族の手先だと思うのも当然だし、最大限の警戒もするだろう。まずったな……。
「騎士団に伝令を!」
「弓士隊、魔法隊、前へ!」
城壁の上に続々と兵士が集まって来た。現れた兵士達は続々と矢をつがえ、短杖を俺達に向ける。下手な素振りを見せたら、魔法と矢の斉射を浴びるだろう。
「ちょっと待ってくれ! 誤解だ! 俺達は怪しいものじゃない!」
「あの男……昨日の化け物だ!」
「なんだとっ!?」
「火龍様! どうかお守りを!!」
慌てて言い訳をしようとしたら兵士の一人が俺を指さした。昨日の化け物って……あ、ルクスか!
そうだ……ルクスはギルバードの肉体を奪った。角やら翼やらが生え、白髪にはなっていたが、俺とギルバードは容姿がよく似ていると言われた兄弟だったのだ。
「まいったな……こんなことになるなんて」
城壁の上に転移して王都に潜り込むことも出来るが、それじゃお尋ね者になってしまう。王都防衛の注意喚起をしに来たのに、そうなってしまっては協力を得ることすら難しい。
「ねえ、どうするの?」
「困ったわね。私達も迂闊だったけど……」
まったく……こんなところで時間を浪費している場合じゃないってのに……。
もう陛下との謁見は諦めるしかないか。昨日のルクスの襲撃でクレイトンは厳戒態勢にあるようだし、たとえ竜の大群が現れても一方的にやられるということは無いだろう。
「いったん引くしかないな」
いずれにせよ、話し合いをしようって雰囲気ではない。とりあえず退いて、あらためてジェシカと一緒に潜入して、ヘンリーさんと接触してみるかな。
「待て待て!! ちょっと待てお前ら!!!」
とりあえず魔法や矢の射程範囲から逃れようとしたら、城壁の上で聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「俺が出る! とりあえず撃つのは止めろ!」
「おおっ! 貴方は!」
「A級決闘士の……!」
城壁の上に現れた赤銅色の短髪の男が兵士たちを止め、10メートルほどもある城壁から飛び降りた。重剣を肩に背負った左目尻に深い傷跡のある男が、俺達に歩み寄りニカッと笑った。
「久しぶりだな、アルフレッド、エルサ!」
「ルトガー!!」
現れたのは『重剣』の二つ名を持つ、決闘士武闘会の優勝者にしてA級決闘士のルトガーだった。
「間に合ってよかったぜ。五英雄の一人、アルフレッドが化け物になって王都を襲ったって、巷じゃ大騒ぎだぜ?」
「勘弁してくれよ……」
またろくでもない噂が流れてるのか……。処女信仰者、泥仕合続いて化け物か。ほんとクレイトンとは相性が悪いな。
「ははっ! 角も生えてねーし、翼も無い。やっぱりデマだったか!」
そう言ってルトガーは豪快に笑った。




