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騎士とJK  作者: ヨウ
第八章 動乱のジブラルタ
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第383話 女王

 断崖絶壁の上から、白亜の塔が林立する湾を見下ろす。雲一つない青空から陽光が降り注ぎ、まるで穏やかな波間に瑠璃を散りばめたように輝いている。


 オークヴィルの惨状がこの目に焼き付いていなければ、感動の一つもしただろう。残念ながら今は、この美しい風景を目の前にしても、まるで心が躍らない。


 俺達は王家の塔に赴きウェイクリング家の親書を女王に届けるために『龍脈の腕輪』でマルフィの転移陣へと戻って来た。


 マルフィの転移陣にはジブラルタ兵達が詰めていて、転移した俺達に気付くと即座に取り囲んだ。ウェイクリング領から一瞬で王都マルフィに辿り着けるのだから、転移陣を抑えるのは当然のことだろう。戦争はまだ停まっただけで終わってはいないのだ。


 殺気立つジブラルタ兵達に身分と訪問の目的を告げると、すぐに馬車が用意される。護送……というか監視をするためだろう。


「王家の塔までご案内します。軍用の馬車で恐縮ですが、お乗りください」


「いえ、護送は不要です。一刻も早く親書をお渡ししたいので、直接伺わせて頂きます」


「え? はい、ですから王の塔へと送り……」


「馬車では時間がかかり過ぎます。アリス?」


「はいなのです。【人形召喚(サモンゴーレム)】!」


「キュルアァァァッ!!」


「ヒッ、ヒイィッツ!!!?」

「うわあぁっ!!?」


 アリスが魔石から海竜を召喚し、続けて3体の水竜を召喚する。海人族にとって破滅と恐怖の象徴ともいえるサーペント種の突然の出現に、転移陣の周りを包囲していたジブラルタ兵達は恐慌状態に陥った。


 そんな彼らを尻目に、俺とアスカはエースに、ローズは海竜(シーサーペント)に、アリスとエルサ、ユーゴーはそれぞれ水竜(サーペント)に飛び乗る。


「さあ、王の塔へと向かうのです!」


 アリスの声と共に、俺達は断崖絶壁から飛び立った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 王の塔は、怒号と悲鳴に包まれた。泳いでいた海人族達や色鮮やかな小舟が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 桟橋にいた人達は塔の中に逃げ込み、代わりに槍や剣を手にした戦士達が次々と出て来て塔の入り口を塞いだ。突然現れた海竜と水竜から塔を守るために決死の覚悟で出て来たのだろう。


 エースは白い翼を大きく広げて円を描くように宙を闊歩し、無人となった桟橋へと優雅に下り立つ。ローズ達は竜の背から飛び降りて、桟橋に着地した。


 エースの背から下り戦士達に近づいて行くと、第一王女のアナスタージアが歩み出る。どうやら出迎えたのは、探索者クラン『セイブ・ザ・クイーン』の面々のようだ。


「出迎え感謝します。アナスタージア王女殿下。ウェイクリング辺境伯閣下の親書をお持ちしました。女王陛下にお目通りを願います」


「……ようこそいらっしゃいました、アルフレッド様。それでは私がご案内させて頂きます」

 

「感謝します。少々お待ちを……エース、ここで待っていてくれ」


「ブルルゥッ!」


「ど、どうぞ、こちらへ」


 俺達はエースと宙に浮かぶ竜達を桟橋に残したまま、アナスタージアの後に続く。海竜と水竜を魔石に戻さず留まらせたのは、言ってしまえば脅し(・・)だ。


 オークヴィル襲撃はフィオレンツォの独断だったそうだし、ジブラルタ王国とは停戦が成立しているのだから無駄に事を荒立てる必要は無い。だがアナスタージアには海底迷宮の査定所で武器を向けられたこともあるわけだし、牽制のためそのままにしておくことにした。


 ジブラルタ王国最強のクランのセイブ・ザ・クイーンでさえ、3パーティがかりでやっと倒せた海竜に加えて3体の水竜とエースまでいるのだから、牽制では済まなかったかもしれないけど。海竜や水竜はその名の通り水を操る魔物だから、ダンジョンで戦うよりも海上で戦った方が遥かに厄介な相手だろうしね。




「こちらが謁見の間です」


 塔の中をグルグルと歩き回らされ、ようやく両開きの大きな扉の前に通された。たぶん遠回りで案内し、その間に女王に準備をさせていたのだろう。


「こちらで、武器をお預かりします」


「お断りします」


 女王陛下に謁見するにあたり武器を回収するのは当然のことではあるが、俺は素気無く断った。


「そ、それは……」


「つい先日、私達は貴方に武器を向けられたばかりなのですよ。アナスタージア王女殿下」


「……どうぞ、お通り下さい」


 アナスタージアは兵士に目配せし、扉を開けさせた。先導するアナスタージアの後ろに続き、俺達は謁見の間に踏み入る。


 重厚な大理石造りの謁見の間の両側にはトカゲ顔の者達が並び、正面奥の玉座にアナスタージアによく似た女性が座っていた。彼女がジブラルタ女王だろう。


 俺は胸に手を当てて会釈程度に頭を下げ、女性陣は軽くひざを曲げてお辞儀する。一国の王と対面しているにもかかわらず跪きもしない俺達に、居並ぶ海人族達から憎々し気な目線が向けられた。


「……遠路はるばるご苦労でした。私がジブラルタ王国女王、マルガレーテ・レジナ・ジブラルタです」


「御尊顔を拝謁する栄誉に浴し、光栄に存じます。アルフレッド・ウェイクリングと申します。アイザック・ウェイクリング辺境伯からの書簡を持参いたしました」


 俺は親書を取り出し侍従に手渡す。侍従から受け取った親書を読み進めるにつれ、女王の目は険しくなっていった。


 親書にはウェイクリング家とジブラルタ王家の講和条件が記されている。父上がジブラルタ王国に求めたのは、フィオレンツォ王子に対する厳正な処分。直裁的に言うと、殺せと書いてある。


 そして、オークヴィルの賠償としてシエラ山脈一帯の割譲。陸路の要所でもあるパルマノヴァの砦と、その周辺のいくつかの鉱山を丸ごと要求している。


「……内容は確認しました。そちらの要求通り、文官をチェスターに派遣します」


「承知しました」


 オークヴィルの惨状を思えば、この場で喚き散らしてジブラルタ王家を糾弾したいとも思うが、今回の俺達の役目は親書を女王に手渡すことだけだ。具体的な講和条件は双方の文官で協議し、詰めていくことになる。


 憤りをぶつけることも出来なければ、女王からの謝罪の言葉が聞けるわけでも無い。それでも俺達が使者の役目を買って出たのは、講和交渉において寝ぼけたことを言うようであれば『龍の従者』が敵に回るぞと言外に示すためだ。


 竜に乗って王の塔に乗り付けたことで、俺達が王都マルフィを一方的に蹂躙できるほどの戦力を保持していることはわかっただろう。武装解除要請に従わず帯剣したまま謁見の間に入り、殺気を撒き散らしたことから、ウェイクリング領は講和交渉で一歩も譲るつもりなどないと伝わっただろう。


「では、失礼します」


 悲しげな顔で女王をみつめていたローズを促し、俺達は踵を返して謁見の間を後にした。



 

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