第380話 暗黒騎士
「なっ……!?」
ギルバードの白銀の剣が、惣闇色の魔力光を纏っている。
俺の聖剣の場合は火の属性を持っているため紅の魔力光を帯び炎を纏うが、通常であれば【魔力撃】を発動した場合は白光を放つはずだ。さっきまでギルバードの白銀の剣も、白い光を放っていた。
なら、この惣闇色の魔力光はいったいなんだ? もしかして闇属性をもつ特殊魔物素材でも合成した魔剣だったのか? いや、それなら元から惣闇色で、白色光を放つなんてことは無いはず。
「なん……だ?」
ギルバード自身も呆気にとられた顔つきで自身の剣を見つめている。
惣闇色。何度も目にした魔力の色だ。エルゼム闘技場で初めて目にして以来、幾度となく俺達の前に現れた粘着質な男が放つ魔法の色。
「闇魔法……?」
惣闇色の魔力光を放つ白銀の剣を見つめていたギルバードが、飛び出すように大きく眼をみはる。
「はっ、ははっ、ははははっ……」
突然、ギルバードは乾いた声で嗤い出す。俯き加減の表情は泣いている様にも見えた。
「ああ、そうか……これが嫉妬と憤怒に狂った騎士の行きつく先か。俺には元から【聖騎士】の資質など無かったということか……」
「なにを……何を言ってるんだ、ギルバード」
ギルバードが淀んだ目を俺に向ける。
「限界まで鍛え上げたつもりだった。何度も壁を越え、そのたびに強くなれた。それでも……昇格することは出来なかった」
自嘲するような笑みを浮かべ、ギルバードはぶつぶつと呟く。
「ようやくわかったよ。認めればよかったんだ。妬みも、憎しみも……憧れも……全部、自分自身の想いじゃないか」
「ギルバード……」
様子がおかしい。目の焦点が合っていない。
枯渇寸前のギルバードの魔力が、川面に浮かぶ草舟のようにゆらゆらと揺れている。今にも消えてしまいそうなほどに頼りない魔力なのに、研ぎ澄まされた剣先を向けられているような強い圧迫感を放っている。
「全部認めて、ぶつければ良かったんだ」
ギルバードが、惣闇色の魔力光を纏う白銀の剣を逆手に持ち腰だめに構えた。
「なあ、そうだろ、兄さん!!」
ギルバードが、その場で白銀の剣を振り抜いた。
「なっ!? ぐあぁっ!!」
白銀の剣から、目で追えない程の速さで惣闇色の斬撃が飛んできた。
想像もしていなかった攻撃に、防御が間に合わず、胸を切り裂かれる。
「ぐぅっ」
しまった……まさかこの状態から、反撃されるとは……。胸部は双竜の革鎧のおかげで無事だったが、鎧に覆われていない右肩がざっくりと抉られてしまった。
「はぁぁっ!」
「くっ、【治癒】!」
ギルバードが白銀の剣を順手に持ち替え間合いを詰めてきたため、咄嗟に飛び退いて回復魔法を発動する。
ギルバードの動きが早くなっている……!? まだまだ俺の方が早いが、さっきまでより明らかに踏み込みが鋭い。
「光魔法まで使えるのか。ますます妬ましいな!」
「チィッ!【鉄壁】!」
いったん距離を取った俺に、ギルバードが再び惣闇色の斬撃を飛ばして来る。俺の身の丈ほどの大きさの斬撃が、驚異的な速さで俺に迫る。
回避は困難と判断し魔力盾を展開。黒鳶色の魔力盾は飛来する斬撃を受け止めてくれた。
光と闇の相反する属性を持つ堕天竜の素材を合成していた混沌の円盾だから、可能だったのかもしれない。ギルバードが放つ飛翔する斬撃は、それほどに鋭い。
「なんだ、そのスキルは……」
答えがわかっていながらも聞かずにはいられない。
類い稀な剣士の才能を持つ者に与えられる【聖騎士】の加護に、斬撃を飛ばすスキルがあるという。だが……この闇魔法を彷彿とさせる禍々しい斬撃は、【聖騎士】のそれとは思えない。
そうなると……
「【聖騎士】の【飛剣】では無い。【暗黒騎士】の【影刃】だ」
「やはり、そう……なのか」
【暗黒騎士】は【聖騎士】と並ぶ剣士系の最上位加護にあたる。多数の優秀な軍人を輩出している騎士の名門であるウェイクリング家においても過去に前例のない加護だ。
それはそうだろう。剣士系の最上位加護【聖騎士】でさえ、得られる者はほんの一握り。剣士系の加護が与えられやすいウェイクリング家の血筋でも、数えられるほどしかいないのだ。
【暗黒騎士】は剣士系の最上位加護を与えられるだけの才能と技量を持ち、その上で『闇属性』の適性がある者にしか与えられない。闇属性の適性があり闇魔法使い系の加護を授かる者でさえ希少なのに、さらに剣士の適性まで求められるのだ。その希少さは自ずと知れるだろう。
央人が【暗黒騎士】の加護を得るなんて、御伽噺以外でも聞いたことが無いぐらいだ。
「俺は、あの魔人族の同類ということだな」
央人・土人・獣人は特に属性の偏りは無いと言われているが、天龍サンクタスを守護龍と仰ぐ神人は『光属性』の適性が高く、光魔法の加護を与えられる者が比較的多いと言われている。
そして冥龍ニグラードを守護龍とする魔人族は闇属性の適正が高く、闇魔法の加護を与えられるものが多いと言われている。闇魔術師系統だけでなく、【暗殺者】やその上位加護である【忍者】、【騎士】の上位加護である【暗黒騎士】もまた、他種族に比べると多いと聞く。あくまで御伽噺で読み聞いた話ではあるが……。
「それは……」
「今はいい。行くぞっ、【影刃】!」
「くっ」
再びギルバードが飛ぶ斬撃を放つ。惣闇色の刃が驚くべき速さで俺に迫る。
だが、何度も同じスキルを見せられて、食らい続けるわけにはいかない。飛ぶ斬撃が速くとも高い敏捷値をスキルと魔法で強化しているのだ。虚を突かれず、距離を取っていれば、躱すことはそう難しくない。
【暗黒騎士】に昇格したとはいえ、剣士系の加護の魔法抵抗と敏捷性はそう高く無いはず。魔法使いの定石を守れば、俺が負けることは無い!
「【氷礫】!」
「くっ!」
「【爆炎】!」
このまま範囲魔法を連打し、ギルバードの魔力を削りきる!
「ふっ……」
しかし、ギルバードの魔力はなかなか枯渇しない。むしろ範囲魔法を防ぐ魔力盾に注がれる魔力は増えているような気がする。
一度は枯渇寸前にまで追い込んだというのに……。嫌な予感が脳裏をよぎったが、それでも俺は魔法を放ち続けた。
いや、放ち続けてしまった。
「【大爆炎】!」
「【漆黒の盾】!!」
渾身の魔力を注いだ【爆炎】が惣闇色の魔力盾に遮られて消失する。
「なっ……!?」
爆炎の魔力球は爆発するのではなく、消失した。まるで魔力盾に吸い込まれていくように。
「ま、まさかっ……」
ギルバードが範囲魔法を防ぐために発動していたのは【鉄壁】ではなかった。
魔力球吸い込まれるように消えた。惣闇色の魔力盾が……魔法を吸収した?
「その通りだ。魔力をいただいた」
「ウソだろ……」
「気づくのが遅かったな。おかげで魔力は回復した。さあ……仕切り直しだ」
ギルバードは口角を吊り上げ、好戦的な笑みを浮かべた。




