第379話 最強の騎士
ギルバードが【魔力撃】を常時発動し、白銀の剣が白光を放つ。こちらも【鉄壁】を発動し、混沌の円盾に黒鳶色の魔力光を纏わせる。
「シィッ!」
「はぁっ!」
横薙ぎに振るわれた白銀の剣を、円盾で真正面から受け止める。
ギャリィンッッ!!
まるで戦槌を鉄塊に叩きつけたような衝撃音とともに、白と黒鳶色の魔力光が弾けた。
「ハァァァッ!!」
「オォォォッ!!」
俺は【鉄壁】に魔力を注ぎ込み、白銀の剣を押し返す。続けて【盾撃】へと連携するも、素早く飛び退いたギルバードに難なく回避された。
「ふん。そう簡単には押し切れんか……」
「……ずいぶん冷静だな、ギルバード」
チェスターで剣を交えた時とはまるで違う。あの時のような激情は鳴りを潜め、冷ややかな目つきで俺を見据えている。オークヴィル襲撃の嫌疑をかけられているというのに、よくも落ち着いていられるものだ。
「この時を願っていたからな……アルフレッド。お前に打ち克つ時をっ!!」
「くっ!」
次々と振るわれる斬撃を紙一重で躱し、盾で受け流し、聖剣で弾く。なんとか捌けてはいるが、やはり膂力では敵わず次第に押し込まれていく。
「はっ!!」
「ぐぅっ!」
連撃の虚をついて盾をぶつけられる。円盾を差し込み直撃は避けたものの、衝撃を逃がせずによろけてしまう。
「シィッ!」
「くっ!」
体勢を崩されたところに放たれた刺突を身を捩ってなんとか躱す。だが完全には避けきれず、白銀の剣が右腕を掠って鮮血が飛び散った。俺はたまらずに飛び退って距離を取る。
スキルの使い方に無駄が無いな……。
ギルバードは常時発動した【魔力撃】を攻撃と防御の両面に用い、盾は補助として受け流しや打擲などにのみ使っている。
そう言えば、王都クレイトンでルトガーが似たような戦い方をしていた。攻撃に偏重した戦い方を好むルトガーが、魔力撃以外のスキルをほとんど使わなかったからこそ編み出した戦い方だと思っていた。
だが、この戦い方なら注ぎ込む魔力量を増減させるだけで攻撃力や防御力を調整できるわけだから、結果的に魔力を節約することが出来る。魔力に乏しい騎士の加護を持つ者が、戦いを繰り返す中で辿り着く最適解なのかもしれない。状況に合わせてスキルを切り替えられた方が効果的なのは間違いないが、それは魔力に余裕のある俺だからこそ出来ることだ。
そう考えると俺はスキルや魔法を乱発する傾向があるな……。限られた魔力で戦うことを強いられたアストゥリア地下墓所での経験をまるで生かせていない。高い魔力容量と、ほぼ無尽蔵に使えるアスカの魔力回復薬に甘えていたのかもしれないな。
「腕を上げたな、ギルバード」
「もう俺には、この騎士剣しか残されていなかったからな」
スキルの熟練度は全く同じ。身体レベルは大きく上回られている。おそらく俺達のパーティで最もレベルが高いアリスでさえも上回るだろう。騎士の加護の補正を考えると、膂力は僅かにギルバードが上、体力・防御力においては大きく差をつけられていると思われる。
「ああ。騎士としては、敵わないな」
ギルバードはもう5年ほどはウェイクリング家の騎士として活躍している。その間、自己研鑽に努めるだけでなく、騎士の仕事を全うしていた。1年前の時点で騎士団の若手筆頭と認められていたし、その仕事ぶりは領民の信頼を得ていた。
加護を得てからの5年間、森の奥深くで漫然と日々を過ごしていた俺とは違う。俺はただ無為に時間を消費し、己の運命を嘆いてばかりだった。
俺はアスカと出会い、加護を与えられ、導かれるままに加護とスキルを鍛えて来た。努力しなかったとは言わないが、安全で効率的な方法だったのは間違いない。
ギルバードは愚直に力を求め、自分自身を追い込み、樹海の奥深くで戦い続け、力を得たのだろう。ギルバードの一年間を『努力』と呼ぶなら、俺は『作業』でしかない。
「ギルバード、それだけの実力を身に着けた努力は尊敬に値する。俺の力は、与えられたものに過ぎない。俺に引け目を感じる必要なんて無いさ」
「なに……?」
「【火装】!」
「なっ! 火魔法だと!?」
「【烈攻】、【風装】、【瞬身】」
「くっ、【不撓】!」
ギルバードが呆気に取られている間に、自己強化の魔法とスキルを次々と発動する。
「はぁぁぁぁっ!」
「チィッ!」
形勢があっという間に逆転する。俺は圧倒的な速度で聖剣を振るい、ギルバードに連撃を加える。
「くっ、これが、『龍の従者』の力か!」
それでもギルバードは俺の剣を的確に防ぎ続ける。白銀の盾に【鉄壁】を纏わせ、防御主体に切り替えたギルバードを崩すことが出来ない。
全力で聖剣を振るっても、ひるみすらしない。それだけギルバードの防御力が高く、【不撓】による上昇効果も高いのだ。
【火装】と【烈攻】はそれぞれ攻撃力を5割ほども強化するうえに、その効果は重複する。俺の攻撃力は、通常時の2倍にもなっているのにもかかわらず、ギルバードの防御を突破出来ない。
「【氷礫】!」
「ぐうっ!」
だが、それは『騎士』としての戦いにこだわるのであれば、だ。
ギルバードは俺の斬撃を防ぐために、白銀の盾に【鉄壁】を纏わせている。
【鉄壁】は前面に半球状の魔力盾を展開するスキルだが、注いだ魔力の多寡によりその大きさは変わる。【大鉄壁】なら背後の味方をも守れるほどに大きく分厚い魔力盾となるが、【小鉄壁】はせいぜい盾の周囲を覆うほどの大きさにしかならない。
常時発動した場合は【小鉄壁】を盾の周りに展開し続けるような状態となるため、守りは堅くなるものの、効果範囲の広い魔法までは防げないのだ。
「【爆炎】!」
「くっ、【鉄壁】!」
俺が放った紅い魔力球が、ギルバードの展開した【鉄壁】に衝突し、激しい炸裂音が響く。
「【氷礫】!」
「【鉄壁】!」
ギルバードは効果範囲の広い魔法を放たれた場合、【鉄壁】で身を守らざるを得ない。剣士・拳士・槍使いといった前衛向きの加護は、魔力と魔法耐性が低い。当然、【騎士】であるギルバードも魔法耐性は低く、魔力盾を展開しなければ大きなダメージを受けてしまう。
「【爆炎】!【氷礫】!【爆炎】!」
「くっ……【鉄壁】!【鉄壁】!【鉄壁】!」
俺はギルバードから一定の距離を取り、円状に周囲を走り回りつつ範囲魔法を放ち続ける。魔力盾で防がれているためダメージを与えられてはいないが、魔力はどんどん削っている。
「【大爆炎】!」
「【大鉄壁】!」
何のことは無い。魔法使いの定石通りの戦い方だ。
普通の魔法使いは剣士と同程度にしか、敏捷性の補正は無い。そのため剣士と魔法使いの戦いは、双方の間合いで勝敗が決まる。離れれば魔法使いが有利で、近ければ剣士に有利だ。
つまり、ギルバードには俺との間合いを詰められなければ、勝ち目は無い。
身体レベルの高いギルバードなら、そこらの魔法使いとの間合いなどあっという間に潰してしまえただろう。だが、【暗殺者】の加護を修得し、さらに【風装】と【瞬身】で倍に強化している俺の脚に、【騎士】であるギルバードが追い付けるわけがない。
実際、ギルバードは何度も間合いを潰そうと試みているが、俺の早さにはまったくついて来れていない。
「【爆炎】」
「くっ……ぐはぁっ!!」
魔人フラムとの戦いと全く同じ展開だ。俺は安全な距離から魔法を放ち続け、ギルバードの魔力を削り続ける。そして終に、ギルバードの魔力が枯渇し、【鉄壁】が発動できなくなった。
与えられた力で、努力を重ね続けたギルバードを圧倒することに、罪悪感を抱いてしまう。騎士として、正々堂々と戦わないのかと思ってしまう。
だが、今はそんなことにこだわっていられる状況ではない。国と国との戦争になってしまいかねないんだ。俺の感情を挟むべきではない。
「ギルバード。俺の力は言わば反則だ。お前の努力を否定するものじゃない」
「くっ……そ……」
「剣を捨ててくれ」
「くそっ、くそっ……。またしても、またしても届かないのかっ!」
ギルバードは、震えるほどに強く白銀の剣の柄を握りしめ、慟哭する。
その時、ギルバードの白銀の剣に、うっすらと昏い魔力光が灯った。




