第372話 傭兵団
「で、こいつらはどうしよっか?」
「たぶんその二人がこの部隊の隊長だから、そいつらだけチェスターに連行しよう」
「他はどうするの?」
「このまま放置でいいんじゃないか?」
昏倒した海人族達は、とりあえず縄で縛り上げた。この人数を連れて行くなんて面倒なことはしたくないから、このままこの樹海の深部に置いて行こうと思う。
全員の大腿に火喰いの投げナイフを一刺ししてある。傷口が焼けているので失血死の心配は無いが、まともに歩くことも難しいだろう。
ここはB~Cランクの魔物が徘徊する樹海の深部だ。武装も取り上げたので、こいつ等の練度じゃ生きてこの森を出ることはかなわないだろう。
「後で迎えに来るの?」
「それは領兵の判断に任せるさ。戦争捕虜にするなら回収に来るだろうが、たぶんこのまま放置だろうな」
アスカとの会話を聞いた海人族達が顔を青くして息を飲む。俺が軽く睨みつけると、奴らは慌てて目を逸らした。
こいつらはオークヴィルの住民を虐殺したんだ。魔物に食い殺されようが、飢えて死のうが、俺の知ったことじゃない。
運が良ければチェスターの領兵が迎えに来て戦争捕虜として扱ってくれるかもしれないが……まあ無いだろうな。戦争準備で忙しい今のチェスターにそんな事をする暇は無いだろう。
「ま、待ってくれ。頼む、コイツ等も一緒にチェスターに連れて行ってくれ!」
「俺達はジブラルタの正規兵じゃない! 傭兵なんだ! 傭兵ギルドに連れて行ってくれれば、身代金が支払われる!」
獣人族の大剣士と海人族のハルバード使いが、後ろ手に縛られたまま地面に這いつくばって懇願する。
傭兵ねぇ……。
通常、戦争で捕虜となった騎士や正規兵は、戦後交渉で身代金と引き換えに解放される。傭兵の場合はもっと簡単で、傭兵ギルドに身柄を引き渡せば直ぐに傭兵団の預託金から身代金が支払われて解放されるはずだ。
レグラム王国で『荒野の旅団』の連中から聞いた話だが、傭兵ギルドは冒険者ギルドと同じく世界中に支部を持つ機関だから、たぶん同じだろう。
「ふざけんな! オークヴィルの人達に手をかけたお前等が、身代金で解放されるわけないだろ! お前等は連れて行ったとしても、全員犯罪奴隷落ちだ! 一生解放なんてされねえ!」
デールが今にも掴みかからんばかりの形相で、怒鳴りつける。
そう、身代金で解放されるのは、あくまでも軍と軍との戦いで捕虜になった場合だ。一般の住民に対し略奪や虐殺、強姦などを行った場合は、当然ながらその国の法で裁かれる。ウェイクリング領の法なら、デールの言う通り盗賊と同じ扱いで、犯罪奴隷落ちもしくは処刑が妥当だろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺達はフィオレンツォ・ジブラルタの命令であの町を襲っただけなんだ!」
「そ、そうだ! 俺達は命令に従っただけなんだ! やりたくてやったわけじゃない!」
「だからどうした。民間人を手にかけておいて、命令されたから仕方がなかったなんて言い訳が通るわけが無いだろう」
「た、頼む! この通りだ! 法に従って処罰は受ける!」
「奴隷落ちしたって構わねえ! だから部下達をここに捨てていくのだけは勘弁してくれ!」
大剣士とハルバード使いが、地面に頭を擦り付けるようにして懇願する。
「駄目だな。連れて行くのはお前達二人だけだ。そいつらはここに縛ったまま置いて行く。俺達は彼女達を護衛して、樹海を出なくてはならないからな。お前たち全員を連れて行く余裕なんて無い」
俺達だけで十数人の海人族の分隊を護衛して樹海を出るなんて、出来なくは無いがそんな面倒なことをする気は無い。ジブラルタ王国によるオークヴィル襲撃の生きた証拠なんて、この二人だけで十分だ。
それに奴隷落ちしたとしても、こいつらが所属している傭兵団が買い戻してしまうかもしれない。
犯罪奴隷は鉱山などの過酷な環境で使い潰されるか、死兵として扱われるかのどちらかだ。傭兵団に売り払われることなんてない。だが、送られた先の鉱山の役人に袖の下をつかませて、横流しさせるなんてこともあるかもしれない。
傭兵ギルドを通した身代金よりは遥かに高額にはなるだろうが、それじゃあ何の処罰にもならない。ああ、この場に残していくとコイツ等の仲間が助けに来る可能性もあるから、いっそのことこの場で処分してしまったほうが良いかな。
「頼むよ……アンタ回復魔法を使えるんだろ? 足の傷さえ治してくれりゃあ、アンタ達に迷惑にならないように自分達の身は自分達で守れる」
「決して迷惑はかけないし、逃げ出すこともしない! だから頼む、コイツ等も連れて行ってくれ! こんなところに丸腰で怪我したまま置いて行かれたら、すぐに魔物に食い殺されちまう! お願いだ、命だけは!!」
なおも二人は懇願し続けた。オークヴィルの住民達を虐殺しておいて部下の命だけは助けて欲しいなんて、身勝手な言い分が通るわけがない。だが……
「エドモンドさん、セシリーさん、どうします? もし皆さんが望むならコイツ等をチェスターに連れて行ってもいい。領兵に引き渡せば、間違いなく犯罪奴隷になるだろうから、売却金はそれなりの額になると思います。オークヴィルからチェスターに避難できた人達もいますから、その金を分配すれば当座の生活の助けにはなると思いますが……」
「この者達を捕らえたのはアルフレッド君なのだろう? だとしたら君が決めることだ。それに犯罪奴隷の売却金も、彼等を捕らえた君が受け取るべきだろう」
「いえ、皆さんが決めてください。それにもしコイツ等を連れて行ったとしても、売却金を受け取るつもりはありません。私はデール達が戦っていたところに、横から手をだしただけですから」
「横から手を出したって……アルが危ないところを助けてくれたんじゃないか」
「いいんだ、デール。殺すと言うなら今すぐ処分する。ここに放置するならそれでもいい。連れて行くなら手伝う。オークヴィルの人で決めてくれ」
俺はこの場で殺すか、魔物の生餌にでもすればいいと思っているが、こいつ等の処分は当事者であるデール達やセシリーさん達が決めるべきだろう。俺は身内を殺されたわけでも、直接被害を受けたわけでも無い、自分から顔を突っ込んだだけの部外者なのだから。
「……連れ帰りましょう。売却金を分配させて頂けるなら、オークヴィルの避難民の助けになるでしょう」
「そうだね。セシリー君の言う通りだ。もうあの町はなくなってしまったということだったけど……生き残った者たちは、生きていかなければならないのだから……」
セシリーさんが苦し気に顔を歪め、商人ギルド長のエドモンドさんもそれに同意した。自称傭兵部隊の面々は、ほっとした表情で息を吐いた。
「待ってくれ、アルフレッド」
そこに周囲の偵察に行っていたユーゴーが口をはさんだ。
「ん、どうした、ユーゴー?」
ユーゴーがこちらに近づくと、自称傭兵部隊の一部が露骨に反応を示した。特に、部隊長らしき二人は目を大きく開いて驚愕している。
「お、お前は……!」
「そいつは嘘をついている。テームは嘘を付くと声が高くなる」
ユーゴーは獣人の大剣士を指さして、そう言った。
「怒れる女狼! 生きてやがったのか!」
海人のハルバード使いが大声を上げる。
「知り合いなのか?」
「そいつらは古巣の部隊長だ」
「古巣って言うと『鋼の鎧』の?」
ユーゴーの傭兵時代の同僚ってことか。なるほど、フィオレンツォはずいぶんと大御所を雇ったみたいだ。
「『鋼の鎧』だって!?」
また思いがけないところから声が上がる。今度はデールだ。
「俺達の町を襲ったのは……そんな……だって『鋼の鎧』は……」
デールが声を震わせ、絞り出すような声でそう言った。




