第340話 探索者ギルド
「じゃあ探索者ギルドに行こっか!」
「へ? 宿に行くんじゃなかったのか?」
冒険者ギルドを出たとたんにそう宣言したアスカに、俺は思わず聞き返した。
「宿は逃げないから大丈夫だよー。部屋を取れなかったとしても、馬車に泊まればいいんだし」
「まあ、そうだけど……」
「探索者ギルドに登録できる良案でもあるの?」
エルサが首を傾げる。
探索者ギルドにはジブラルタ王国民しか登録できないって話だから、行っても無駄足になるだけだろう。
「ううん? 探索者ギルドは感じが悪いって聞いてたけど、どっちかっていうと冒険者ギルド側に問題がありそうだったじゃない?」
「ん……確かに」
『支える籠手』の連中からは、探索者ギルドの連中は鼻持ちならないとか、幅を利かせているなどと聞いていた。だが、受付女性に聞く限りでは、関係悪化の原因は国外の冒険者の一団にあったように思える。
「両方から話を聞いた方がいいじゃん? 登録の抜け道があるかもしれないし」
「確かにそうね。それなら傭兵ギルドの方もあたってみる?」
「そうだな……それなら二手に分かれようか。傭兵ギルドの方はユーゴーとエルサに任せていいか?」
「じゃあ探索者ギルドの方はお願いね」
そう言うとエルサは手をひらひらと振り、ユーゴーを引き連れて傭兵ギルドへと向かった。
ユーゴーは傭兵ギルドの元登録者だから、勝手がわかるだろう。エルサは魔人族が直接絡まない限りは冷静だから、二人に任せておけば安心だ。
「じゃあ、俺達も行こう」
そして俺も、アスカとアリスを連れ、港の方へと足を向ける。探索者ギルドは湾の中に林立する塔にあるって話だったな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やあ、どこにいくんだい?」
港にたくさんの小舟が停泊していた。塔まで乗せて行ってもらおうと近づくと、客待ちをしていた央人族の漕ぎ手の一人が声をかけてきた。
「探索者ギルドまで行きたいんだが」
「一人銅貨5枚でどうだい?」
「それでかまわないよ」
「あいよ、乗りな」
漕ぎ手に促されて乗り込むと、小舟がゆっくりと進みはじめる。外海に繋がっているとは思えないほど波が穏やかで、小舟にはほとんど揺れが無かった。
小舟が海の中に立ち並ぶ塔に近づいていくと、塔と塔の間を海人族が泳いで渡っているのが見えた。尻尾を左右に大きく振り、海面を滑るように泳いでいる。
「ふぇー。海人族を初めて見たのです」
「海人族は港町ぐらいでしか見かけないからね」
海人族はジブラルタ王国以外で暮らすことはあまり無い。住んでいたとしてもジブラルタと海洋交易をする都市ぐらいだろう。その名の通り、海洋での生活に特化した種族だからだ。
鱗に覆われた体表と蜥蜴や竜に似た長い尻尾を持つ人族で、両手足には水掻きを持つ。頭髪は有ったり無かったり、全身が鱗に覆われている者もいれば手足だけの者もいる。『蜥蜴人』なんて呼ばれたりもする。
「マルフィは初めてかい?」
オールをゆっくりと動かしなら、漕ぎ手が尋ねてきた。
「ああ。美しい街だな、マルフィは」
三方を切り立った崖に囲まれ、狭い斜面に並び立つ石灰の白で統一された家屋。そして深く入り込んだ湾の中心、海の上に林立する白亜の塔。色鮮やかな小舟が行き交い、紺碧の海に海人族が飛び込み水しぶきを上げる。暖かい潮風が吹き、照り付ける日差しは強く明るい。
ヴァリアハートも水都なんて呼ばれていたが、ここはまさに『水の都』って感じだ。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。だがこの街は美しいだけじゃない。何百年も海人族を守り続けてきた洋上の要塞都市。それがマルフィの本質さ」
漕ぎ手の男が、胸を張って誇らしげに言った。確かに、この都市を落とすのはかなり骨が折れるだろうな。
陸路では俺達も通って来た坑道でしかマルフィに来ることは出来ない。山越えをすれば来れなくも無いだろうが、あの切り立った崖から攻め入るなんて現実的じゃない。
ならば湾の方から攻め入る? 海上戦闘の得意な海人族が、船隊を率いて待ち構えている。それこそ現実的じゃない。
もし王都マルフィを攻め落とさなくてはならないなら、まずは大軍を送って陸地を占拠。そして、湾の入り口を大船団で海上封鎖し、兵糧攻めを仕掛けるといったところかな。
ああ、いや、それも難しいな。あの『王の塔』の地下には、海底迷宮の入り口があるんだ。籠城しても地下の迷宮から、いくらでも資源を得ることが出来る。魔物から食肉を得られるだろうから、食糧が尽きることも無い。
「そろそろ着くぞ」
そうこうしている内に小舟は塔の一つに到着した。
海から突き出した塔の周りには、足場も無く階段も無い。ぽっかりと空いた入り口からは海水が入り込み、水浸しになっていた。
「うえっ、濡れちゃうじゃん」
「靴を脱いでいけばいいさ。いろいろ聞かせてくれてありがとう。釣りはいらない」
「おっ、あんがとさん」
漕ぎ手の男に大銅貨二枚を渡し、靴を脱ぎ、パンツの裾をたくし上げて塔に入る。1階はがらんどうの広間で人の姿もなかったため、中央にあった螺旋階段で階上に登る。
2階も1階と同じく仕切りの無い円形の広間になっていた。内壁に沿って作り付けの石のベンチがあり、探索者達が腰かけて談笑している。ほとんどが海人族だが、他種族も少しはいるようだ。
「雰囲気は冒険者ギルドとそう変わらないね」
「視線を向けられるのも同じだな」
「掲示板が黒板なのです」
「紙だと濡れて使い物にならないのかもねー」
今回はいつものテンプレ展開は無いようで、アスカが残念そうな顔をしている。いつも犬人族みたいなのに絡まれても困るっつーの。
「やあ、何の用だい?」
カウンターで出迎えてくれたのは、まさに蜥蜴人といった男性だ。がっちりした体型で、首が太く、左右に大きく開いた口からは鋭い牙が覗く。二足歩行する鰐と言えば伝わり易いかもしれない。
「登録をしたい」
「はいよ。市民証か推薦状はあるかい?」
「いや、どちらも無いんだが……」
「ああ、他国から来たのか? 残念だけど市民証が無いと登録は出来ないんだ」
男性は申し訳なさそうな表情で言った。鰐っぽい顔なのでわかりづらいが、顔をしかめていたので、『すまんな』って表情だろう。
「推薦状があれば登録できるの?」
「ああ。貴族か王族の推薦があればな。書いてもらえそうなコネでもあんなかい?」
「残念ながら無いな……。俺はAランク冒険者なんだが、それでも無理かい?」
「Aランク? そりゃすげぇ……けど無理だなぁ。女王様の命令だから、こればっかりはな……」
冒険者ギルドで聞いた通りか。登録するのは難しそうだ。
「ねー、他になんか方法ないかな? どうしても海底迷宮に入りたいの」
「そうだな。後は掲示板のメンバー募集の応募するかだな。条件が合えば探索者パーティに入れてもらって、迷宮に潜ることは出来るだろ。だがアンタらはパーティーで挑戦したいんだろ? アンタ一人なら入れてもらえるかもしれんが、3人同時は難しいんじゃないか?」
「そっかぁ、じゃあ無理かなぁ……。ここに来てるのは3人だけど、全員で5人なんだよね」
「5人? それなら……ちょうどいいかも……な」
「え? なんか良い方法があるの!?」
喜色満面でアスカが問いかけるが、鰐男は顔をしかめて、うーむと唸った。
「約束はできねぇが……紹介したいヤツがいる。どうなるかは分からんが、明日またここに来てもらえないか?」
……詳しくは話したくなさそうだけど、俺達のメンバー全員で挑戦できそうなアテがあるってことかな? わざわざ海上まで足を運んだ甲斐はあったみたいだ。




