第328話 終戦
マナ・シルヴィアの南門を破壊してリア王を脅した後、俺達はレグラム本陣に向かい、ゼノを降伏交渉の場に引っぱり出した。
指定した時間通りに現れたリア王に、俺達が突きつけた降伏条件は以下の通りだ。
マナ・シルヴィアをすぐに明け渡すこと、レグラム王国の支配を受け入れること、レグラム陣営に賠償金を支払うこと、軍は即時解体とし以降の戦力保持を認めないこと。その条件を飲むのなら、リア王を含む獅子人族の安全と地位を保障することを提示したのだ。
リア王はその条件を受け入れた。あっという間に門を破壊されたうえに濠まで埋められ、抵抗は無駄だと悟ったのだろう。
逆に、ゼノは異議を唱えた。俺達が乱入せずに、あのまま戦いが続けば、レグラム勢の勝利はほぼ間違いなかったからだ。リア王は斬首とし、獅子人族の地位の保障など認めないと主張した。
そこで俺達は『ならば俺達は獅子人族につく』と宣言する。
ゼノはアスカの能力『アイテムボックス』を知っている。空を渡って食糧やら備品を補給されたら、いくらでも獅子人族が籠城を続けられることにも気づいただろう。
それにエースに乗って上空から大魔法を撃たれれば、抵抗することも敵わず蹂躙されてしまうことも想像がつく。ゼノは憮然とした表情で、渋々ながら降伏を認めた。
その後、数日かけて細かい条件を詰め、講和条約は締結された。マナ・シルヴィアはレグラム王国の領地となり、リア・レイヨーナはヴォルフ・レグラム王に恭順の意を示して領主となった。
獅子人族は私兵を持つことを認められていないため、レグラム軍に編入されたゼノ率いる『荒野の旅団』が、マナ・シルヴィアの治安維持を担うことになっている。獅子人族は軍備の一切を徴収されたため、レグラム王に反抗することはもう不可能だろう。
守護龍に与えられた聖武具の力でゴリ押しし、マナ・シルヴィアの住民どころか両陣営の兵にも血を流させることなく、無理矢理に戦争を終わらせた。獅子人族と黒狼族の双方から、大いに反感を買うことになったけどな。
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戦後交渉から2週間後、俺達は犬人族達とともにトゥルク村にたどり着いた。ユールはシルヴィア大森林のすべての集落の霧を元に戻したため、廃村となっていたこの村にも霧が戻ってきたのだ。
「あなた、やっとトゥルク村に帰って来れたわ。ユーゴーも一緒よ」
ユールが挿し木から育てられたというトゥルク村の世界樹の根に、米の酒を振りかける。
「ただいま、戻りました。父上」
ユーゴーも世界樹の前に膝をつき、ユールから受け取った米の酒を注いだ。ユールにとっても、ユーゴーにとっても3年ぶりの帰郷なのだそうだ。
「ようやく……墓参りが出来ましたな」
「ええ。ありがとう、セッポ」
トゥルク村の長であるセッポに、ユールが柔らかな微笑みを向ける。その切れ長の瞳は、うっすらと濡れて金色に輝いていた。
「ユール様。どうしてもレグラムにお越し頂くわけには参りませんか? 我ら黒狼族が戴く王は、貴方をおいて他ありません」
ゼノがユールの前に膝をつき首を垂れる。
「ごめんなさいね、ゼノさん。私は主人が眠るこの世界樹と共に、ひっそりと暮らしていきたいのです」
「…………承知いたしました」
ゼノが溜息をついて首を振る。
「そのへんにしとけ。しつこい男は嫌われるぞ。とっととマナ・シルヴィアに行けっての」
「はぁ……なんで俺がレグラムを離れなきゃいけないんだ……」
「ヴォルフ王の決定なんだろ?」
「占領後は親父殿がマナ・シルヴィアに移る予定だったのによぉ。ったく……引っ掻き回しやがって。お前なんか誘わなきゃ良かったぜ」
ゼノはそう言って、深いため息をついた。
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「……本当にこれで良かったのか、ユーゴー?」
3年前、リア王はどこからか純血の灰狼族の生き残りの噂を嗅ぎつけ、この村を襲いユールを攫った。噂の出所は、どうせ魔人族だろう。
レグラムから救援に駆けつけた黒狼族が獅子人族を撃退したものの、突然の襲撃で多くの犬人が命を失い、ユーゴーの父もまたその戦いで命を落とした。ユーゴーにとって、リア王と獅子人族は最愛の父の仇なのだ。
「ああ。今さら何をしても、死者は戻っては来ない」
その当時、傭兵団『鋼鉄の鎧』の部隊長であったユーゴーは、出身地であるトゥルク村の襲撃の噂を聞きつけた。急ぎレグラムに駆け付けたユーゴーは、逃げ延びた犬人達からトゥルク村が廃村となり、父と母は死んだと伝えられる。
激情に駆られたユーゴーは単身マナ・シルヴィアに潜り込み、リア王の暗殺を試みて失敗。半死半生の傷を負い、捕縛されたユーゴーは、あの奴隷商に下げ渡された。
「失った時間も……戻って来ることは無い」
その後、紆余曲折を経て、カスケード山中で俺とアスカと出会い、ユーゴーは奴隷の身から解放される。クレアをチェスターに送り届けた後に、ユーゴーはシルヴィア大森林へと戻ってきた。
リア王に復讐するという昏い思いを抱えて。
そして、マナ・シルヴィアに潜入したユーゴーは、死んだものと思っていた母との再会を果たす。自身と同じく、隷属の魔道具をつけられた母と。
「そうか……」
この戦争を終わらせるために皆と話し合った際、俺は『リア王の命と引き換えに、マナ・シルヴィアの民の安全を保障する』と提案した。
操霧の秘術を利用し、他種族の集落を侵略した獅子人族に対する、狼人族や犬人族の恨みは根深い。禊としてリア王には命を、獅子人族には地位を支払わせる。
『民だけでも救ってみせる』と言ったリア王なら応じるのではないか。出来るだけ血を流さずに戦争を終わらせる方法はそれしか無いと俺は訴えた。
だが、それに反対したのは他ならぬユールとユーゴーだった。
一時的に争いが止まったとしても、狼人族と獅子人族の対立構造は続く。一つの獣人族としての連帯を創り出さねば、争いの螺旋は続いてしまう。
レグラム王国のヴォルフ王が、リア王を一領主として従えることで、獣人族の王国の再建を目指すべき。結果的にそれがより多くの民を救うことになる……とユールは訴えたのだ。
まさに獣人族の盟主たる『マナ・シルヴィア王国』の生き残りであることを、うかがわせる提言だった。
「すごいな、ユールさんも、ユーゴーも……」
「ああ。自慢の母だ」
珍しく、ユーゴーが柔らかい微笑みを浮かべる。
「アルフレッドには、二度も救ってもらった。私だけではなく、母も」
「いや、ユーゴーはともかく、ユールさんは俺だけで助け出したわけじゃない。アスカにエース、アリス、エルサがいてくれたからだよ。それに、ユーゴーの母だと思って助けたわけじゃないしな」
「リア王を止めると決断したのはアルフレッドなのだろう?」
「まあ、それはそうだけど……」
結果としてそうなっただけで、別にユーゴーやユールを助けようと思ってしたわけじゃない。あまり恩に着られてもと困っていたら、ユーゴーは背負っていた大剣を外して俺に差し出した。
なんとなく風龍の大剣を受け取ると、ユーゴーは右拳を左胸にあてる。セントルイスの略式敬礼……?
「アルフレッド、私の剣はお前のために。私の全ては、お前のものだ」
真っ直ぐ俺を見つめて、ユーゴーはそう宣言した。




