第309話 追手
二日後の早朝、俺達はオキュペテの住民達とともにレグラムに向けて出発した。霧が消失したオキュペテの農地には既に魔物が入り込み、荒れ始めている。住民達は集落と農地を名残惜しそうに、そして悔しそうに見つめていた。
子供や老人は馬車に乗っているが、それ以外の住民達は徒歩移動だ。戦闘以外の加護を持つ人達の歩行速度に合わせなくてはならないため、移動速度はかなり遅い。このペースだとレグラムまでは、やはり2週間ほどはかかってしまうだろう。
幸いにも、先頭のエースと最後尾の俺の【威圧】は十全に効果を発揮している。道中の魔物は俺達を見つけると怯えて脱兎のごとく逃げ出すため、今のところ襲われてはいない。鋭敏な感覚を持つ一部の獣人達もついでに怯えてしまっているけど。
「へー。それでそれで? 地竜ってどんな魔物だった?」
「体重が5トンぐらいあってさ、1体あたり1.5から2トンぐらいの肉が取れるんだ。その肉がまた美味しくてさ」
「え? 肉? そうじゃなくて強さとかどんな攻撃して来たかとか……あるでしょ?」
地竜には大量の食用肉が取れるって印象が大きかったから正直に答えたんだけどな。あとは魔石屋や皮が王都で高く売れたってぐらいか? ああ、そう言えば、一般的にはBランクの凶悪な魔物と言われているんだった。
「え? あ、そうか。地竜は肉と素材としか考えてなかったから……。うーん、とにかくデカいな。高さは3メートル以上、尻尾までふくめた体長は5メートルくらいはあった。それと、爪と牙が鋭かったな」
「竜種なんだもん、それぐらいは想像つくよー。なにその子供みたいな感想。アルさんってどっかずれてるよねー」
竜の肉を食べたらムラムラするとか、レリダの難民キャンプで妊娠ラッシュが起こったとか、他にも話せることはあるけど、ほぼ初対面の女性に話すネタでもないしな。
ちなみに、話しているのはオークに押し倒されて慰み者にされてしまいそうになっていた鳥人の女性だ。わざわざお礼を言いにやって来て、その後は無駄話をしながら一緒に歩いている。
咄嗟の出来事に対応しやすいように仲間達はバラバラに別れて歩いているので、退屈しのぎの話し相手になってくれるのはありがたい。ショートカットの活発そうな褐色肌の子で、歩むたびにフリフリと揺れるショートパンツも目にありがたい。
「あはは……。まあそういうわけでアリスも一緒に旅することになったんだよ」
「そんなんだ。女の子3人と旅なんて、贅沢だねアルさん。しかも甘口・中辛・辛口そろった綺麗所だし」
「ん、まあ、そうだな。冒険者ギルドなんかに行くと、よく嫉妬の目を向けられるね」
王都でアスカと二人でいた時はよく睨まれたなぁ……。あれは決闘で反感を買っていたのと少女趣味と思われていたからというのもあるけど。
「ねえねえ、私もついて行っていい? 家も無くなっちゃったし」
「そうだなぁ。Bランク冒険者並みの実力があったら考えてもいいぞ」
「ハードルが高いっ!」
そうは言っても、うちの子達は【大魔道士】に【錬金術師】、【JK】なんていうトンデモ加護を持つ、強者ばっかりだからな。せめてそれぐらいの実力が無いと、ついてこれないよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあねー」
「おう」
今日のキャンプ地に着くと、鳥人族の女性は手を振りながら住民達のもとに戻って行った。
「ふぅん、今日一日でずいぶん仲良くなったんだねー」
「退屈しのぎに話していただけさ。それより馬車とテントを出してくれ」
「むー。誤魔化した!」
「アルさんは獣人族にとっても人気なのです」
今日は大森林の街道に一定間隔で設けられている更地で夜を明かすことになった。住民達のほとんどはテントをもっていないため、地面に布を敷いて寝ることになる。
そんな中、俺達だけベッド付きの幌馬車で休むのは少し申し訳ない気もするが、護衛の依頼を受けた以上は身体を休めるのも仕事の内だ。さすがに風呂は自重しておくことにしたけど。
「アルフレッドさん! 予定通りいったん見張りはお任せしていいですか?」
「ああ、構わないですよ。500メートルほど向こうに猪っぽい気配がありますから、狙うといいですよ」
「こんなところからわかるんですか!? ありがとうございます!」
戦士達数人が食糧確保のために狩りに行くようなので、索敵して見つけたマッドボアらしき気配を教えてあげる。40キロ近くは歩いたが魔物との戦闘は一度もなかったため体力が余っているようで、戦士たちは軽快な足取りで森に入っていった。
「アスカさん、食糧と毛布を出してもらえますか? 2番と17番の木箱です」
「はーい、今出すねー。ほいっと」
一辺が3メートルの巨大な木箱がキャンプ地にドンッと現れる。住民達は木箱から炊き出しの食材や、それぞれの寝具を取り出していく。アスカのアイテムボックスに早くも慣れたようで、住民達は手際よく荷物を運び出していた。
住民達が広場の中央で石を積み上げて竈を作り夕餉の準備を行う。それを横目に俺達は端の方で薪ストーブを出して調理を始めた。今日の夕食は作り置きのオニギリとワイルドバイソンの薄切り肉と芋をミソで煮た鍋料理だ。
住民達は屑野菜や干し肉をいれた麦粥を食べるようで、俺達の料理を羨ましそうな目で見ていた。五百人もの住民達に分け与えるほどの食糧はさすがに持ってないから、振舞うわけにもいかないけど。
「夜番はしなくてもいいの?」
「ああ。自警団の人達が交代でやってくれるってさ。移動中に魔物に襲われなくて済んでるから、そのくらいはやらせてくれってさ」
「大丈夫かなぁ?」
「エースも休みながら見張ってくれるから大丈夫だろ。な、エース?」
「ブルルゥッ」
「頼りにしているわよ、エース。あ、コラ、頭を突っ込むまない! ちょっ、んっ」
エルサの股座に頭を突っ込んでいるエースに夜の見張りは任せて、今日はとっとと休もう。2週間に及ぶ護衛になるんだから、メリハリは大事にしないと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから二日後、魔物に襲われることもなく粛々とレグラムに向かっていたが、ついに危惧していた事態がやって来た。
「皆は手筈通り次のキャンプ地へ急げ! エルサ、アリス、自警団のうち10名はここに残れ!」
【警戒】で後方から近づいてくる集団に気付き、住民達に指示を飛ばす。
魔物を追い払う霧が失われて集落に魔物が侵入するようになったその後には、獅子人族の一派が乗り込んでくるだろうとは予想していた。早々に避難を開始したから逃げ切れると思っていたが、そう上手くは行かなかったようだ。
各集落や都市を結ぶ街道は木々を切り開いて平らに踏み均されているため、歩き易いし馬車も使える。俺達が移動しやすいってことは、追跡も容易ってわけだ。
「【岩壁】!」
俺とエルサで馬防柵代わりの岩壁を作って街道を寸断する。すぐに騎兵10騎と30人ほどの集団が迫って来た。
装備がバラバラなところを見るに騎兵以外は傭兵なのだろう。剣や槍を抜いて迫ってくる様はさながら野盗の様だ。
「止まれ! こちらはオキュペテの民だ! 霧が晴れたためレグラムに避難している! こちらに戦意は無い! 武器を収められよ!」
岩壁の上に立った鳥人族の長が叫ぶ。すると騎兵の一騎が進み出た。
「マナ・シルヴィアの王命により、鳥人族の里オキュペテの土地、財産は全て我々が接収する! 再三の警告したにもかかわらず、マナ・シルヴィア王に従わなかった貴様らの過失だ! 武器を捨て我らに従え!」
あーなるほど。
魔物が侵入して混乱しているオキュペテに侵攻し住民から財産を接収しようとしたら、人っ子一人いないし家財道具含めて空っぽだったから、慌てて追って来たってわけか。
「よろしいですか?」
いや、良くないよぜんぜん。
でもまあ、護衛依頼を受けているわけだし、住民達の財産が奪われるのを見て見ぬふりするわけにはいかない。獣人族達の戦争に足を踏み入れることになるが……他に選択肢は無い。
俺は村長の問いかけにゆっくりと頷いた。
「断固拒否する! 民間人の財産を奪い取るなど、王を自称する者のすることか!」
「ならば、力づくで奪い取るまで! 者どもかかれっ! 鳥人の女は高く売れる! なるべく捕らえよ!」
最低なセリフを発して指揮官らしき騎兵が剣を振り下ろす。傭兵達は雄叫びをあげて襲い掛かって来た。
俺は溜息を吐いて、火龍の聖剣に込めていた魔力を解放する。いくつもの炎塊が聖剣から飛び出し、周囲に浮かび上がる。
「薙ぎ払え――――火龍の聖剣!」
乱れ飛ぶ炎塊が、岩壁に足を止められていた騎兵達に襲い掛かる。騎兵達の半分以上が一瞬で消し炭になった。




