第307話 魔人族の影
世界樹の聖域から逃げ出して半日ほど森を進み、俺達は休憩をとることにした。
結構な距離を全力で走り続けたので、さすがに疲労困憊だ。ウチの美女達を背に乗せた、ご機嫌なエースに張り合って走るのはさすがに疲れた。
俺もエースに乗せてもらいたかったけど、さすがに4人は乗りきれない。必然的に体力があって足も速い俺が走ることになったのだ。リア王の追手を警戒して森の中を移動したから、馬車も出せなかったしね。
「魔人族がカンケーしてるのは、ほぼ確定ってことでいいんじゃないの?」
「んーどうだろうな? あの灰狼族っぽい女が首につけてたのは『隷属の首輪』で間違いないとは思う。でも隷属の魔道具の製作は魔人族の専売特許ってわけでも無いからなぁ」
マナ・シルヴィアの旅館で作ってもらった『おむすび』を食べながら、世界樹の聖域での出来事について話し合う。まず話題に上がったのは、灰狼族らしき女性についてだった。
「でも、これまでの経緯を考えると、アザゼル達が関与している可能性は高いと思うわ」
「アリスもそう思うのです。アザゼルはエルサに、追って来いと言ってたのです。きっと手ぐすね引いて待ち構えているのです」
「魔人族が関わっていると考えておいた方がいいか……」
灰色の狼人だからといって必ずしも『純血の灰狼族』の生き残りとは限らない。だが、『霧を操る秘術』を手に入れたと噂されていたリア王とともに、『隷属の首輪』をつけた『灰色の狼人族』が『世界樹の聖域』にいたのだ。普通に考えたら、シルヴィア王家の生き残りを奴隷にして、霧を操らせていたと考えるのが妥当だろう。
魔人族が、『隷属の首輪』をリア王に供与したと考えると、色々と辻褄が合うんだよな。
「それにしても……私達はなぜ世界樹の聖域に入れたのかしら。あそこは『純血の灰狼族』にしか立ち入れなかったのでしょう?」
「考えられるのは……俺が霧の中で灰狼族の気配を捉えることが出来たからか?」
俺達は【警戒】で察知した獣人達の気配を追って、世界樹の聖域に辿り着いた。リア王が言っていた『尾行していたのか』ってのは、ある意味で正解だったのだ。
「灰狼族しか入れないって話は?」
「灰狼族が一人でもいれば入れるとか?」
「うーん、どうなんだろうな……?」
「ていうかさ、世界樹の周りの霧って魔物だけじゃなくて人も迷わせるんでしょ? あの時、方向感覚が狂ったりした?」
「いや、そんなことはなかったな」
「アリスもなのです」
「私も特に違和感は無かったわね」
「あっ、もしかして……あたし達が龍の従者だから、迷わなかったとか?」
アスカがポンと手を打ち鳴らして、そう言った。
龍の従者? なんでまた急にその称号が出てくるんだ?
「……あっ、WOTでもそうだったとか?」
「ううん。でもさ、他の人は近づけないのに、あたし達が近づけた理由って他に無くない?」
「……そうかもしれないわね。守護龍の祝福を受けているから、霧に惑わされなかった?」
「そんな都合いいことあるかね?」
「あるかもねー。世界樹の下には風龍ヴェントスの魔晶石が埋まってるからね。ヴェントスが招いてくれたのかも」
答えの出ない疑問に意見を出し合っていたら、アスカが爆弾をぶち込んで来た。またしても、国家機密級の事実を……。
「龍の間が世界樹の下にあるのか?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「聞いてない!!」
そういう大事そうな話は先に教えてくれよ。まあ、シルヴィア大森林で他に『龍の間』がありそうな場所なんて思い当たらないけどさ。
「世界樹で待ってたら魔人族が出てきそうじゃない?」
「あー、レリダとエウレカでは魔晶石の近くで襲われたもんな」
「じゃあ、世界樹に戻る?」
エルサの表情がきゅっと引き締まり、敵地に踏み込んだかのような険しさを帯びた。
「いや、今戻っても、リア王達と鉢合わせになるだけだろ?」
「倒しちゃえば良くない? 灰狼族の奴隷さんも拉致っちゃえば色々わかるかもよ?」
「いやいや、何を言ってるんだよ。相手はマナ・シルヴィアの現領主だぞ? そんなことをしたら国際的な大問題になる。それに、あの灰狼族の奴隷が正規の手続きを経て入手した奴隷だとしたら、財産の略取になるんだぞ」
彼女が根絶やしにされたと言われていた『純血の灰狼族』だったとしたら、奴隷商が売るような借金奴隷や犯罪奴隷ってことはまずあり得ないだろうけどさ。
「じゃあこれからどうするー?」
「魔人族の影が見えたのだから、大森林には残るべきよね」
「かといってマナ・シルヴィアには戻れないのです……」
「確実にリア王に手配されてるだろうからな」
「じゃあ犬派の村に行ってみる?」
「そうだな。犬派の勢力圏で、ここから一番近いのはオキュペテか。とりあえず、あそこに行ってみるか」
しばらくは猫派の町や集落に近づくのは避けた方が良い。荒野の旅団に接触して、ゼノと情報交換するのもアリかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マナ・シルヴィアを大きく迂回し、街道に出た俺達は一路オキュペテへと向かう。幸いにも獅子人族の追手に遭遇する事はなく、道中の魔物もエースが威圧していたから襲われることはなかった。
「ねぇ、これ、マズくない?」
オキュペテに向かう脇道に入ったところで、俺達は明らかな変化に気づいた。以前訪れた時に見られた、たくさんの魔素を含んでキラキラと光を乱反射する濃い霧が無いのだ。さらに、脇道の奥から草木が燃えるような焦げ臭い匂いが漂って来る。
「急ごう!」
俺達は即座に馬車から飛び降り、馬車をアイテムボックスに収納した。アスカ達はエースに飛び乗り、俺は全速で走り出す。
「うわっ」
「猫派の襲撃!?」
森を抜けると、麦畑の向こうに黒い煙が立ち上っているのが見えた。
「いやっ、魔物の気配だ! 数が多い。集落が襲われている!」
そのまま小高い丘を登り切ると、眼下に広がるオキュペテの集落で、刈り取られた麦藁や茅葺屋根の家屋が燃え上がっていた。村の周りでは、戦士達が群がる魔物と戦っている。
だが、外壁や堀が無いため、集落の中にまで魔物の侵入を許してしまっていた。逃げ惑う人々の叫び声が、あちらこちらから聞こえて来る。
「オークか!」
集落を襲った魔物は、フォレストウルフを従えたオークの群れだった。棍棒を振り回すオークの中に、火矢を構えるオークアーチャーも混じっている。あいつらが集落に火を放ったのだろう。
「オーク20体とフォレストウルフが10匹程度だ!」
「やっつけるのです!」
「アスカ、気を付けて!」
エースの背からエルサとアリスが飛び降り、アスカは慌てて手綱を掴んだ。エースはオークやウルフ程度の魔物に後れをとることはない。エースの背に乗っている限り、アスカは安全だ。
「エース、アスカを頼んだぞ! 【火纏】!」
俺は聖剣を抜き放ち、第六位階の火属性魔法【火纏】を発動する。武具に火属性魔法を付与する魔法だ。『火龍の聖剣』に、さらに火属性が相乗し剣身から炎が噴き出す。
「グォォォオオオオッ!」
「はぁぁっ!」
俺達に気付き下卑た笑みを浮かべて近寄って来たオーク達の先頭の一体に、中段に構えていた剣を気合の声とともに突く。剣はオークの首を易々と貫き、後ろまで抜けた。剣を引き抜くと同時に、オークの頭がゴウッと炎に包まれる。
「ワオンッ!!」
「甘いっ!」
反転しつつ、引き抜いた剣をそのまま振り抜いて、横から飛びかかって来たフォレストウルフを切り落とす。続いて棍棒を手に詰め寄って来たオークに、前蹴りを放った。オークの巨体が後ろへ吹き飛び、後方に迫っていた次のオークにぶつかる。
「大した個体はいない! 散開して殲滅するぞ!!」
「ええっ!」
「エース! 行っくよー!!」
俺達は火の手の上がる鳥人達の集落に、飛び込んだ。




