第298話 風竜
「お前がアルフレッドかっ! 本当に風竜を倒す実力があるか俺がため
「【岩槍】」
「ぐふぉっ!!」
トゥルクの村に出発しようとした俺達の前に犬人族の男が立ちふさがったので、問答無用で岩槍を叩き込んだ。昨夜の夕食後、今朝に続いて、犬人族達の挑戦はこれで三度目だ。
「どう?」
「ダメだね。熟練度は入らないみたい」
「殺気も敵意も感じられなかったもんな。本当に腕試しとか、序列争いのために喧嘩をふっかけてきてるだけみたいだ」
熟練度稼ぎにもならないなら、犬人と狼人の習性ってのは、迷惑なだけで何の役にも立たないな。
今まで知り合った犬か狼の獣人もこんな感じだったっけ? ええと、狼といえばユーゴーとゼノ、犬と言えばダミーがそうか。うーん……迷惑ってことはなかったけど、確かに3人とも好戦的だったかも。
「盗賊でスキルレベル上げできたから、いけると思ったんだけどな―」
「そう上手くは行かなかったな。魔力がもったいないから、今度からは殴って黙らせよう」
「犬人達の習性をスキルの熟練度稼ぎに利用しようとする、あなた達の習性もどうかと思うわよ……」
いやいや。どうせ絡まれるのなら有効活用した方が良いじゃないか。犬人と狼人相手なら街中で戦っても衛兵に捕まらないんだぞ? 熟練度稼ぎが出来るかもと思うのも当たり前じゃないか。
「まーいいかー。明日はたっぷり熟練度を稼げるし。風竜は安全にスキル上げできる美味しいモンスターだしね!」
「Bランクの賞金首相手に何を言ってるのよ……。ああ、でもそうね。アルフレッドは熟練度稼ぎのためだけに闘技場の決闘士になるくらいなんだもの。今さらだったわ」
「決闘士か……今思うと対戦相手には失礼なことをしたよ。さすがに決闘士武闘会は真面目に戦ってたけどさ」
よく考えたら意地と信念を懸けて決闘に臨んでいる相手の前で、延々と明後日の方向に魔法を放ち続けたり、わざと攻撃を受けて回復し続けたりって、失礼な話だよな……。そりゃあファン達に罵倒されるはずだ。必要なことだったから反省も後悔もしてないけど。
「ノルマは二人とも第4位階の黒魔法を修得すること! がんばっていこー!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の早朝、俺達は廃村トゥルクに到着した。昨夜は早めに休んだから、体力も気合も充実している。
「本当に霧が晴れてたねー」
「ああ。魔物もたくさんいたな。エースにびびって近づいて来なかったけど」
オキュペテの時は段々と霧が濃くなって、村に近づくにつれて魔物はいなくなった。だが、トゥルクに至る脇道では、霧の濃さは薄いまま、周囲の魔物の気配も薄まることもなかった。
「でも、ここにはいないみたいだわ」
「たぶん風竜の縄張りに入ったのです」
脇道をさらに進んで行くと森が途切れ、荒れた田畑が連なる平地に出た。数年前までは犬人族の集落があり、長閑な田園風景が広がっていたのだろう。
「あ、いたいた、経験値!」
「風竜な。へえ、飛竜に似てるな」
討伐対象の風竜は集落跡地のど真ん中に鎮座し、翼を大きく広げて俺達を威嚇していた。
空を飛び回る竜だけあって体躯はすっきりしているが、思っていた以上にデカいな。身体は地竜よりはかなり小さいけど、翼を広げた時の全長は風竜の方が大きそうだ。
俺達が威嚇を無視して近づいて行くと風竜は前肢と一体化した翼を激しくはためかせ、身体を浮かび上がらせた。おお、本当にその場で飛び立てるんだな。あのコウモリみたいな翼で、風魔法でも発動してるんだろうか。
一気に数十メートルの高さに飛び上がった風竜が、空を滑るように俺達の方へとやって来た。
「来るよ! 作戦通りに!」
「了解! 準備は出来てるわ!」
俺はアスカ達を背後に庇って盾を構える。そこに風竜が凄まじい速さで急降下してきた。
「【鉄壁】!!」
勢いそのままに叩きつけられた後肢の鉤爪を、魔力盾で受け止める。
「いまっ!!」
「【突風】!」
「アギャァッ!」
その瞬間、エルサが風魔法を発動する。爪を一当てした直後に、反動を利用して離脱しようとした風竜に、直線上に束ねられた暴風が直撃する。風竜は勢いに耐えられず、悲鳴を上げて地面に墜落した。
「いよっし! ミスリルパウダー!!」
墜落した風竜に駆け寄り、アスカが【アイテム】を使用する。粉末状にした白銀は一時的に魔法耐久力を向上させる効果があるそうだ。同じく魔法耐久力を上げる【水装】よりも、はるかに効果時間が長いらしい。
「きゃぁっ!」
離脱しようと暴れる風竜の翼があたり、アスカが跳ね飛ばされる。
「アスカ!!」
「大丈夫!! それよりも準備!」
「やってる!!」
俺は風竜に手の平を向け、鉤爪を受け止めた直後から詠唱を始めていた風魔法を、発動直前の状態で待機させた。
そして、風竜が翼をはためかせて、地面を蹴る。
「【突風】!」
「アギャアッ!」
地面から足が離れた瞬間に暴風を浴びせると、風竜はバランスを崩し再び地面に墜落した。
「エルサっ!」
「大丈夫! 詠唱は終わってるわ!」
天龍の短杖を掲げたエルサが、駆け戻って来たアスカに答える。
良かった。金竜の魔石で作った装身具『大地の腕輪』のおかげでアスカは無傷のようだ。
「【突風】!」
「アギャアッ!」
飛び上がろうとした風竜にエルサが暴風を浴びせる。風竜はまたしても地面に墜落する。
風竜が再び立ち上がり翼をはためかせようとした時には、既に俺の【突風】の詠唱は完了し、待機状態へと移行していた。
「【突風】!」
「アギャアッ!」
「オッケー、ハマった!」
アスカの作戦は単純だった。俺とエルサで交互に【突風】を放つ。それだけだった。
風竜は地面から飛び立とうとする時、翼をはためかせることに集中するため隙が生じる。その数秒の間に暴風を浴びせ続けるだけで、地面に縫い留めることが出来るのだ。
風竜や飛竜は空にいる時に本領を発揮する。特に怖いのは、凄まじい速さの急降下から繰り出される鉤爪の強襲。そして上空から繰り出される【風刃】だ。
空にいる時は魔法や弓しか届かないため、ダメージを与え難い。そのため風竜や飛竜を倒すには、なんとかして翼を破壊し、空から引きずり下ろさなくてはならない。急降下して来た時に、鉤爪を掻い潜って翼に攻撃を重ねるのが風竜戦の定石なのだ。
だが、アスカの作戦では敢えて翼を狙わない。
地面に落としたとしても、不用意に近づけば風竜は鉤爪を振り回して激しく抵抗する。空にいる限り自身が圧倒的に優位に立てるのだから当然だろう。
だから敢えて近づかない。そうすれば風竜は自分が有利な上空に再び飛び立とうとする。翼をはためかせている時はバランスが不安定になるので、そこを狙って暴風を浴びせれば耐えきれずに墜落してしまうのだ。
所詮は脳みその足りないトカゲ風情。何度落とされても、それでも飛び立とうとする。そのたびに【突風】を浴びせれば、風竜はもう何もできなくなる。
「【突風】!」
「アギャアッ!」
「【突風】!」
「アギャアッ!」
始める前は半信半疑だったが、目の前の光景はアスカの作戦通りだ。俺が暴風を浴びせ、風竜が墜落し、再び飛び立とうとして、エルサが暴風を浴びせる。
これを繰り返せば、【突風】のスキルレベルはどんどん上がっていくだろう。スキルが修得に至れば詠唱時間がかなり短くなるため、一人でもこの繰り返しを維持できるようになるのだそうだ。
風竜はもともと風魔法に耐性を持つため、暴風ではほぼダメージを受けない。その上、アスカが使ったミスリルパウダーの効果で魔法耐久力が上がっている。
俺達の魔力が枯渇しない限りは、永遠に風竜は空に飛び立てない。魔力さえ回復し続ければ、ひたすら熟練度稼ぎが出来ると言うわけだ。
俺達が第四位階の黒魔法である【火槍】・【氷槍】・【突風】・【岩槍】を修得するまで、付き合ってもらおうか。よろしくな、風竜。




