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騎士とJK  作者: ヨウ
第七章 瘴霧の大森林マナ・シルヴィア
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第294話 シルヴィア料理

「お、おじさん! こ、これなに!? お団子!?」


 鬼気迫る勢いで露店に駆け寄るアスカ。小柄な鼠人族(ラットマン)の店主はその勢いに気圧されつつも、引き攣った笑顔をアスカに向けた。


「お、おう。みたらし団子だよ」


「だ、団子! お米? お米で作ってるの!? みたらしってことは醤油もあるんだよね!?」


「ああそうだ。米粉で作った団子だ。ショーユもあるぞ」


「ああっ! やっと! やっと米と醤油に出会えた!! おじさん、お団子ちょうだいっ! とりあえず10本!」


「お、おう、大銅貨2枚だ。……ありがとさん。ちょいと待ってな、すぐ用意してやっから」


 そう言うと鼠人族の店主は白茶色の団子を火鉢の端に立て、遠火で焙り始めた。


「もうっ、急に走り出すからびっくりしたのです!」


「変わった匂いだな。甘味か?」


 アリスが腰に手を当てぷくっと頬を膨らませてアスカを叱る。


 うん、ごめんな、アリス。アスカは甘い物に目が無いんだ。甘味と聞いただけで自制心を失ってしまう子なんだ。黙ってたら大量のジャムを買い付けちゃうし、ボビーやマーカス王子にも尻尾を振ってついて行った実績のあるチョロい子なんだ。


「ゴメンね。懐かしい香りだったから、つい、ね」


「ああ、その団子は米で出来てるんだっけ。ニホンは米が主食って言ってたもんな」


「うん。この香りは醤油のだけどね。このタレ、醤油とお砂糖で作るんだよ」


「おっ、詳しいね、嬢ちゃん。でもハズレだ。これはショーユとミリンって調味料で作ってるんだ。砂糖なんて高級品、こんな屋台じゃ使えねえよ」


 店主が焦げ目をつけた団子にタレを塗りながら、そう言った。


「味醂もあるんだ!? ああっ、これで照り焼きも煮物も作れるじゃん! ね、おじさん、お米と醤油に味醂ってどっかで買える!?」 


「乾物屋に行けばいくらでも買えるぞ。獣人の集落ならどこでも作ってるからな」


「いやったーー!! 夢の和食だー!!」


 両手をぐっと握って喜ぶアスカ。うん、かわいい。


「もう出来るぞ。器はあるかい?」


「あ、これにお願い。ねえねえ、お米の料理ってどこかで食べれる? 雷鳥亭ってとこに泊まる予定なんだけど、そこでも食べれるかな?」


「ああ、食べられると思うぞ。雷鳥亭はこの村じゃ一番の旅籠だからな。しっかし、そんなに米が好きなんて、央人にしちゃ珍しいな。もしかしてジブラルタから来たのかい?」


「ん、アストゥリアからだけど……。あたしはお米を食べて育ったんだー」


「へぇ……。ほい、お待たせ。時間が経つと固くなっちまうから、早めに食べな」


「はーい、ありがとね、おじさん!」


「おう、またよろしくな!」


 木製の皿に盛った団子を受け取り、馬車を見てくれていたエルサとエースのところに戻ると、アスカはさっそく団子にかぶりついた。


「んー! 美味しぃ!!」


「甘さと塩気がちょうどいいな。甘すぎなくていい」


「触感が楽しいのです。ふわふわで弾力があるのです!」


「変わった甘さね。私はもっと甘い方が好きだけど、この香りはいいわね。食欲をそそるわ」


 アスカが手足をばたばたさせて興奮してる。皆もそれなりに気に入ったようだ。


「ニホンにも同じ料理があったのか?」


「うん! みたらし団子とか、草団子とか、花見団子とかいろいろあったんだよ! あ、あんこもあるかな!?」


「そりゃ良かったな。じゃあ……宿に行ってみようか。米料理が食べられるかもしれないんだろ?」


「うん!」


 弾けるような笑顔で頷くアスカ。うんうん、ここのところなんだか元気が無かったけど、気分が上向いたようだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「今日のメニューは、鳥の照り焼き、猪肉(ししにく)と白菜の煮物だよ。召し上がれ」


 雷鳥亭で供された食事は、大皿に盛られた焼いた鳥肉と、薄切りの猪肉と野菜の煮物だった。鳥肉はトロっとしたショーユのタレがかかっていて、香ばしい香りが漂っている。もう一つはキャベツの親戚のような葉物野菜と豚肉をミソという調味料で煮たものだ。


「むぅ……お粥かぁ……」


 あともう一品は米粥だ。それぞれに配られた木製のお椀を見て、アスカがぼやく。


 雷鳥亭の店員によると、獣人族の家庭では麦か米の粥に様々な具材を入れて、ショーユやミソなどで調味したものを食べるのが一般的らしい。この宿のように米だけの粥とおかずを合わせて食べるのは、贅沢の部類に入るのだそうだ。

 

 また、パンも食べられてはいるが、さほど頻繁ではない。その理由はパン窯を使えるほどの燃料が調達できないからなのだそうだ。森のど真ん中に集落があるのだから、いくらでも薪や炭を手に入れられるじゃないかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。


 獣人族の部落は、魔物を寄せ付けない霧に囲まれた土地に作られている。『世界樹の恵み』と呼ばれているこの霧は、森を切り崩すと薄くなり、効果が失われてしまうそうなのだ。


 霧の外に出て木材を入手すればいいのだが、その場合は護衛をつけなければ安全に柴刈りも出来ない。そうなると戦闘の加護を持たない者は霧の内側にある雑木林でしか薪を手に入れられないので、どうしても燃料不足が慢性化してしまう。そのため、獣人族達は日頃から燃料を節約する生活を送っているのだそうだ。


「ああ、ジブラルタの人? この辺の米は陸稲だからさ。粥にしたり、炒め煮にしたりした方が美味しいんだよ」


「ボカロ? なんですかそれ?」


陸稲(おかぼ)。畑に植える稲のことだよ。ジブラルタでは水田で米作りをするんだろ?」


「へぇ。畑でも米は作れるのか」


 ウェイクリング領と国境を接しているから、ジブラルタ王国のことはある程度は知ってる。水田での米栽培が盛んなことや米のワインなんかが作られていることは聞いたことがあった。むしろ米は水を張った田でしか作れないのかと思ってたよ。


「ジブラルタの人には味がイマイチって言われるけどな。ま、そんなことより温かいうちに食べてくれ。朝締めの鳥だから旨いぞ」


「うん、いただきまーす!」


 まず米の粥を一掬い。麦粥と違って食感が柔らかでトロッとしてる。うん、甘みがあって旨い。


 鳥肉は皮がパリッとしていて、肉は柔らかくみずみずしい。甘じょっぱい味付けも、米粥に合うな。


 煮物の方は……優しい味だな。猪肉の臭みが抑えられてて、コクがある深い味わいの一品だ。


「色合いは味が濃そうなのに、わりとさっぱりしてるのね」


「この鳥肉、柔らかくて美味しいのです! タレも良く合ってるのです!」


「そうだな。鳥肉だけだと少し味が濃いけど、米粥と一緒に食べるとちょうどいい」


 エルサは煮物が、アリスは焼き鳥が気に入ったようだ。俺はどっちも好きだが、強いて言うとこの米粥かな。コレのさっぱりとした甘さのおかげで、両方の料理の味が楽しめる気がする。


 うん、ぜひとも米を入手しておきたい。粥の作り方は想像つくけど、ショーユとミソも手に入れておかずのレシピを教わっておかないとな。


 アスカはさっきから無言でもぐもぐと良く噛んで料理を味わっている。よほどシルヴィア料理が気に入ったようだ。


「和食だ……」


 アスカがスプーンで粥を口に運んだ後に、ほうっと溜息をついた。その表情からは、ここ最近の硬さが抜け落ちて、心から安心できたかのように弛緩している。


 不意にアスカの目尻から一筋の涙が流れ出た。


「アスカ……?」


「えっ、あれ? ちょ、やだ、止まら……グズッ」


 堰を切ったかのように止めどなく涙が零れ落ちる。


 ああ、やっぱり張りつめていたんだな……。故郷の味を食べて、緊張の糸が切れてしまったのだろう。


 ごめん、何かに思い悩んでいるのはわかっていたのにな。今夜はゆっくりアスカの話を聞こう。俺は手拭いを手渡し、アスカの背中をさすった。




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