第291話 旅の目的
「ワールド・オブ・テラ……」
「そっ。だから加護とかスキルのこともイロイロと知ってたってわけ」
焚火を囲んで夕食をとったあとに、アスカがエルサに打ち明けた。JKという加護のこと、メニュー・アイテムボックス・調剤・解体・採集といった特殊なスキル……そしてこの世界とは異なる世界からやって来たことを。
アスカの加護やスキルについては受け入れることが出来たとしても、異世界の人であることとWOTのことはすんなり理解できるものでもない。そのため、ここ数日間は死の谷の近くにキャンプを張り、加護レベルやスキルレベルの知識を与えたうえで実際に熟練度稼ぎをしてみたのだ。
何も無い所からコンロ付き薪ストーブやベッド付きの馬車を取り出したり、宿で作ってもらったスープや焼きたてのパンを食べたり、風呂や排泄用の目隠しテントまで準備したりしていたことで、常識外れなアスカのスキルについてはよくわかったことだろう。さらに熟練度稼ぎを通してステータスが大幅に向上したのは、彼女自身が最も実感している。
「今さら何を言われても驚かないと思っていたけど……斜め上だったわね」
俄かには信じ難いことだと思ったから、まずはアスカの特異性を見せてから打ち明けることにしたのだが、それでも予想外だったか。うん……だろうね。
「前に地下墓所のことは火龍イグニス様の天啓で知ったって言ったけど、本当はアスカから聞いたんだ。WOTでは、エウレカに湧いた不死者と地下墓所に現れた不死の神人を倒すって話だったらしい」
「不死の神人?」
エルサがぴくりと眉を動かした。アスカからはそう聞いていたんだよな。
「アスカがWOTで体験したことが、現実で起こるとは限らないんだ。実際、不死の神人なんて現れなかった。不死の魔人なら現れたけどな」
「そういえばレリダで起こったこともWOTとは違ってたって言ってたのです」
アリスの問いに、アスカがこくりと頷く。
「うん、地竜のスタンピードからレリダを守って、地竜の洞窟で魔人族を倒すって話だったの」
「ねえ、アスカ。そのWOTという物語のこと詳しく教えてもらえないかしら? 何が起こったのか、これから何が起こるのか。物語と現実が違うとしても、参考になる事があるかも知れないわ」
エルサがアスカに問いかける。ああ、そう言えば加護とかスキルのことは詳しく聞いていたけど、WOTで起こることはざっくりとしか聞いていなかったな。
「うん。えっと、WOTのストーリーなんだけど……」
そう言って、焚火の薪がパチパチと弾ける音を背景に、アスカはゆっくりと語り出す。エルサとアリスが真剣な顔つきでアスカの話に耳を傾けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まず、アスカが語ったのはWOTの大まかな展開だ。
物語の主人公は、俺がいた『始まりの森』に降り立つ。その後に向かうのは、ウェイクリング領の『城下町チェスター』だ。そして、襲い掛かるゴブリンから街を防衛し、魔人族を撃退する。
次に向かうのは、『王都クレイトン』。決闘士武闘会に潜り込んだ魔人族を討伐し、王家から騎士の称号と騎士剣を授かる。
ここからは、魔人族を討伐する旅に出るわけだが、何処に、どういう順番で行っても構わなかったらしい。レリダやエウレカなどの中心都市に行けば、魔人族と戦う展開が始まったそうだ。アスカは『イベント発生フラグを踏む』と表現していた。
『鉱山都市レリダ』に行けば、地竜のスタンピードが始まり、地竜の洞窟で魔人族を討伐するという流れが待っている。魔人族を倒すまではレリダ周辺を多数の地竜が徘徊するという地獄絵図となったらしい。
そして『魔法都市エウレカ』では、街で寝泊まりすると不死者が湧くようになるので、地下墓所に潜って不死の神人を倒す……という話だったそうだ。
なんというか……WOTの世界では主人公が街に行きさえしなければ、魔人族が現れることはなく、平和な世界が続いたように聞こえるのは気のせいだろうか。むしろ主人公が騒動を巻き起こしている様な……。
ここまでで、WOTと現実の違いは、ざっとこんなところだろう。
魔人フラムがチェスターで死んだ
決闘士武闘会後に魔人達の襲撃を受けた
レリダが地竜の集団暴走で既に陥落していた
エウレカで不死の神人が現れなかった
他にも、ヴァリアハートでの『隷属の魔道具』騒ぎ、レリダでの『地龍の紋』と跡目争い、エウレカでの『積層型広域魔法陣エウレカ』『神子』なども、WOTには無かったそうだ。
「WOTは広大な世界を旅するのがメインの典型的ハクスラ系RPGだったの。生産職になることは出来なかったけど、素材とお金を投資すれば装備とかアイテムをいくらでもカスタマイズ出来たし、ダンジョンに潜ってレア素材を集めたり、闘技場で他プレイヤーとレイドモンスターと戦ったりって、やりこみ要素もたくさんあったんだよ」
「いや、すまん、アスカ。何を言っているのかわからん。話を戻してくれ」
脱線し始めたアスカを諫め、軌道修正する。WOTのことを語りたいのはわかるが、それはまた今度な。とりあえず今は物語の展開を教えてくれ。
「あ、ごめん。えっと、海人族のジブラルタ王国は、ジブラルタ海底迷宮の奥に水龍インベルの魔晶石があるから、そこに現れる魔人族を倒すってかんじ。特に襲撃イベントはなかったよ」
「水龍インベル様の……」
「これって絶対にジブラルタ王国の国家機密情報よね……」
アリスとエルサが顔を引き攣らせて、苦笑する。守護龍の魔晶石なんて在り処どころか、その存在すら一般には知られていないことだもんな……。アリスやエルサは権力の中枢に近いところにいたから知っていたみたいだが、俺は火龍イグニスの魔晶石のことなんて全く知らなかったし。
「獣人族のマナ・シルヴィアの方は……あたしの情報は参考にならないと思うな」
「え? 何が起こったんだ?」
「どんな情報でも何かに役立つこともあるわ。教えて、アスカ?」
俺とエルサに促されアスカはこくりと頷く。ホットワインを一口飲んでから、アスカは話を続けた。
「参考にならないってより、もう起こってしまったことみたいなんだよね。世界樹の奪い合いで獣人族同士が争っていたところに、魔人族が乱入してシルヴィア王家が断絶。戦争は終わるけど、獣人族は種族ごとにバラバラになっちゃうって話だったの」
「え、それって……」
「既に、20年も前に起こったことだな……。魔人族の襲撃でシルヴィア王国は滅んだ。王家の生き残りもいないと言われてる」
「うん。アルが何度か話してたよね」
なるほどね。今度はそう来たか。
魔人フラムがチェスターで死んだとか、レリダが既に陥落していたとか、その程度の違いじゃない。WOTでは同時期に起こることが、現実では20年も前に起こっていたのか。
「もともと獣人族は種族ごとに別れて暮らしていたのです。シルヴィア王家が断絶して、まとめ役がいなくなったから、バラバラに国をつくったのです」
いわゆる北の小国家群。未だに覇権を争って内戦状態が続いているって話だ。
「これじゃ何が起こるかなんて予想もつかないな……」
「ねー。だから、どっちに行こうかなーって。ジブラルタ海底迷宮には高ランクのモンスターが出るから、加護のレベル上げもしやすいよ。先にそっち行っちゃう?」
「でも、傭兵団『荒野の旅団』の団長が、魔人族の関与をほのめかしていたのでしょう?」
エルサが鋭い目つきで、そう言った。
荒野の旅団のゼノに魔人族殺しを手伝ってほしいと言われたことは、エウレカで食事をした時に話をしていた。その時はゼノの手助けするつもりなんかさらさら無かったのだが……。ゼノを助ける義理なんて無いし、それどころかガリシア出国を助けた貸しがあるぐらいだからな。
「そうだな。次は獣人族の里、マナ・シルヴィアを目指そう」
エルサが俺達に同行する目的は、魔王アザゼルへの復讐だ。特に優先すべき事があるわけでも無いのだから、ジブラルタ王国を先にってわけにもいかないよな。




