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騎士とJK  作者: ヨウ
第六章 驕慢たるアストゥリア
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第282話 堕天竜

「グルゥッ!!」


「くっ! はぁっ!」


 聖天竜が振り下ろした爪をなんとか躱し、聖剣を横薙ぎに振るう。右前脚に浅い傷を負わせるが、暗赤色の靄が傷を塞いでしまう。


「ちっ」


 俺はいったん仕切りなおすために、後方へと飛び退る。


 さて、どうしたものかな……。魔力を使い果たしてしまったので、スキルや魔法はもう使えない。


 エルサとイヴァンナはなんとか戦線を維持している。魔法陣の周りを駆け回りながら骸骨戦士達を蹴散らしている。あっちはアスカがいるから、体力や魔力を回復しながら戦えるだろう。


「こいつは俺が何とかしなきゃな……」


 聖天竜の攻撃はその巨躯からは考えられない程に速いが、それでも速さは俺の方が上回っている。爪や牙なんかの致命傷になりそうな攻撃を躱して、浅いながらもダメージを負わせることは出来る。


 問題は大量の魔弾を降らせる、あのブレスだ。


 距離をとって戦えば弾道を読み易いから、スキルを使えなくとも大半は躱せるだろう。ただ全弾回避とはいかない。


 避けきれない魔弾だけを受けきれば、ダメージは最小限に抑えられるとは思う。だが連発されたら魔力だけじゃなく、体力も削りきられてしまうだろう。


 じゃあ至近距離で戦うか? さっきみたいに自身に当たってしまうのも厭わずにブレスを使って来るだろうな。周囲全方位からの攻撃じゃ避けようが無いし、魔力が足りないから【鉄壁】で防ぐことも出来ない。


「このまま嬲られるよりはマシ、か」


 俺は再び真っ正面から聖天竜に突っ込んでいく。ブレス攻撃を連発されて削り切られるよりは、少しでもダメージを積み重ねられる接近戦だ。


 俺の突進に合わせるように、聖天竜は巨体をぐるんっと回転させて【尾撃】(テイルブロー)を放つ。だが、そんな予備動作の大きい攻撃など、当たってやるわけがない。


 迫りくる尻尾を飛び越えて、聖剣を振り下ろす。斬撃は聖天竜の胸部を切り裂くが、またしても靄が集まり傷を塞いでしまう。


 だが、間違いなく戦う前よりは纏う靄は少なくなった。傷を塞ぐたびに、確実に靄は消費されていっている。


 それなら……聖天竜(おまえ)が靄を使い果たして傷を塞げなくなるのが早いか、俺がブレスで倒れるのが早いか……勝負だ!


 打ち下ろされる爪を躱し、噛み砕こうとする牙を聖剣で払い、振るわれる尻尾を飛び越える。攻撃の合間の一瞬を見極め、聖剣を振るって浅い傷を負わせ、その傷が塞がれる。



 それが幾度となく繰り返される。そして、事態はついに危惧していた展開を迎えた。


「グルゥッ!!」


 鼻っ面に一撃を加えると、聖天竜は昏く淀んだ瞳で俺を睨みつけた。同時に息を大きく吸い込み、纏う魔力が膨れ上がる。


「グギャアァァァァッ!!!」


 聖天竜が雄たけびを上げ、大量の魔弾が全方位から襲い掛かる。


「はぁっ!」


 左から飛来した魔弾を振り下ろしの一閃で切り裂く。


「ふっ!」


 真正面の魔弾を横薙ぎに剣を振るい弾き飛ばす。右前から襲い掛かる魔弾を斬り上げの剣で両断。


 だが、迎撃はここまでだった。いかに速く剣を振るおうとも全方位の魔弾を切り裂くことなんて、さすがに出来ない。俺は衝撃に備え、円盾を掲げて頭を庇う。


「ぐっ、がっ、くぅっ!!」


 腰を落とし、灰色地面を踏みしめて、右から左から襲い来る魔弾の衝撃に耐える。間断ない激痛に抗い、意識が飛ばないように歯を食いしばる。


「くっ…………なっ!」


 魔弾の雨になんとか耐え抜き、円盾の端から聖天竜を覗くと、目の前には巨大な尻尾が迫っていた。


「ぐぉっ!!」


 咄嗟に盾を挟みこみ、後ろに飛ぶことで衝撃を多少は逃がせたが、強烈な【尾撃】で弾き飛ばされて灰色の地面を転がる。


「げほっ……」


 軋む身体が上げる悲鳴を無理矢理に捻じ伏せて、血の塊を口から吐き出しながら、よろよろと立ち上がる。


 魔弾の一部は聖天竜にも当たっているので、聖天竜の方もタダじゃ済まなかったみたいだ。積み重ねた斬撃での消費もあり、身体に纏う靄ももうほとんど無い。


 だが、こっちのダメージはさらに深刻だ。身体中がバラバラになりそうなほどに痛み、【尾撃】を受け止めた左腕は痺れて感覚が無い。


 全身は血まみれで、たぶん肋骨も数本は折れている。竜鱗鎧じゃなかったら、もっと酷いことになっていただろうな……。


 だけど……もう一撃食らったら、今度は耐えられそうにない。間違いなく死ぬな……。


「く、そっ……!」


 聖天竜が俺に向かって全力で駆けてくる。俺は満身創痍の身体に鞭を打ち、身構える。


 だが、どうする? この身体じゃ、さっきまでのようには動けない。聖天竜の【突進(ラッシュ)】を躱せそうにない。


 くそぉっ……こんなところで、終わってたまるか!!


 最後の力を振り絞り、痺れる左腕を握りしめる。迫りくる聖天竜の【突進】を受け止めるべく、意識の全てを集中する。


 聖天竜が地面を踏み鳴らす轟音が遠くから聞こえるようになる。視界が色を失くし、その代わりに動きがゆっくりと映るようになる。


「えっ…………」


 一瞬が何十秒にも引き延ばされたような感覚の中で、俺は不意に一つの事実に気付いた。


 少しだけど、魔力が回復している……?


 魔法陣エウレカに吸い取られ続け、使い果たしてしまったはずの魔力が……なぜ?


 あっ……!


 頭の中に閃光が走り、俺はスキルのある特性を思い出す。アスカにさんざん仕込まれた、自身の能力を上げるための最も効果的な方法を。


 【内丹】のスキルが……レベルアップしたんだ!!


 スキルは使えば使うほどに、その熟練度は増していき、効果が高くなっていく。俺は少しでも魔法陣エウレカの魔力吸い取りに抵抗しようと、聖天竜に対峙してからずっと【内丹】を使い続けていた。


 そして、熟練度の獲得は、相手のレベルが高い程に速くなる。おそらくAランク相当の魔物である聖天竜のレベルは俺よりも高いのだろう。


 この戦いの中で、【内丹】のスキルレベルは勢いよく上がっていき、ついには魔法陣エウレカの吸収速度を超える回復速度を獲得したんだ。


 ……それなら。この局面を覆す、起死回生の一手を。


 考えろ。少しは回復したとはいえ、この魔力量じゃスキルは1,2回しか使えない。さっきみたいに選択を間違えたら命取りだ。この状態じゃ次は無い。


 【暗歩】や【瞬身】を使って、聖天竜の突進を躱す?


 いや、俺は騎士だ。アスカの騎士だ。


 騎士は……いかなる攻撃からも主を守る盾!


 そして、いかなる敵をも弾き返す、主の剣!


【大鉄壁】(ヒュージウォール)!」


 『火喰いの円盾(フレイムシールド)』に魔力を注ぎ、灰色の地面を踏みしめる。掲げた円盾を中心に、巨大な真紅の魔力壁が広がる。


 ズガンッ!!


 【突進】の勢いに押し込まれつつも、真紅の魔力壁は聖天竜の巨躯を受け止める。続けて、残る全ての魔力を注ぎ込み、最後のスキルを放つ。


【盾撃】(シールドバッシュ)!」


 真紅の魔力壁ごと盾を押し返す。魔力盾が反転し、巨大な炎の壁となって聖天竜に襲い掛かる。


「グギャァァァァ!!!!」


 火だるまになった聖天竜は、悶え苦しみ膝をつく。全ての靄は消失し、全身から燻るような黒い煙が上っている。上体を支えていた大きな翼の皮膜は燃え尽きて、暴風で壊れた傘の骨のようだ。


「グルゥッ……」


「マジ、かよ……」


 名前に『聖』が付いてはいるが、聖天竜は不死者(アンデッド)だ。火属性攻撃には弱いはず。


 それなのに、聖天竜は倒れなかった。翼を失い沈み込む身体を半ば炭化している四本の脚で支え、巨体を起こして天井を仰ぎ見る。


「グギャアァァァァッ!!!」


 聖天竜が雄たけびを上げ、頭上にいくつもの魔力の塊が浮かび上がる。その数は今までのブレスに比べるとかなり少ない。聖天竜の魔力ももう限界なのだろう。


 だが……対する俺は完全に魔力を使い果たした。【盾撃】の反動で、もう左腕は全く動かない。立っているだけで精一杯だ。


 くそっ…………。


 それでも、最後の力を振り絞って聖天竜を睨みつけたその時、俺の意識を呼び覚ますような声が聞こえた。


「アルさん!!」


 狭まった俺の視界に映ったのは、魔法陣の上に立ち、全身から煌めく白光を放つアリスの姿だった。


「【神具解放(アームド)】!」


 アリスが地龍の戦槌を杖のようにふわりと振るう。その声と同時に『火龍の聖剣(イグニス)』が、眩いばかりの真紅の光を放つ。


「なっ……!?」


「アルさん! 聞こえるはずなのです! 聖句を!!」


 突然、火龍の聖剣から、声にならない声が聞こえてきた。ずっと前から語り掛けていたのだと。やっと声が届いたと。聖剣の想いが頭に直接描かれる。


 火龍の聖剣から、いくつもの炎塊が飛び出し、俺の周囲に浮かび上がる。聖剣の声に導かれるまま、俺は叫んだ。


「薙ぎ払え――――火龍の聖剣(イグニス)!」


 炎塊は浮かび上がっていた魔弾を一瞬で飲み込み、聖天竜に殺到する。


「グギャァァァァ!!!!」


 炎の柱が立ち、聖天竜は断末魔の叫び声をあげて崩れ落ちた。




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