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騎士とJK  作者: ヨウ
第六章 驕慢たるアストゥリア
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第263話 機密情報

 半円状に取り囲まれ、大岩を背にした俺達の退路は完全に塞がれている。こちらはたったの3人だというのに、馬上槍と鏃を向ける騎士達に気の緩みは無さそうだ。


 まあ、そりゃそうか。20人以上の冒険者を無力化して縛り上げたヤツを相手に油断するバカはいないよな。


「貴様らっ! イヴァンナ様から離れろ!」


 歩み出た二人の騎士の片方が、槍の穂先を向けて叫ぶ。


「……よ、よく来てくれたわ! この者達には国家機密漏洩罪の疑いがあります! 拘束してください!」


 這いつくばって喘いでいたイヴァンナはようやく騎士達に気付いたのか、よろよろと上半身を起こし、騎士達に助けを求めた。その言葉で、騎士達が一斉に殺気立つ。


 これはもう、イヴァンナを人質にして逃げるしかないかな……。断じて許される行いではないが、そんなこと言ってる場合じゃない。


 イヴァンナに剣を突き付けて騎士達の動揺を誘い、隙をついてアスカのフラッシュ・バンを食らわせ、正面突破してエースに乗って逃走……それしかない、か。


 俺は火龍の聖剣の切っ先をゆっくりとイヴァンナに向けると、もう一人の騎士が静かに声を発した。


「アルフレッド。まさか、君、イヴァンナ様を辱めたわけじゃないだろうね」


「……ふざけるな。そんな下劣な真似などするわけがない!」


 騎士道にもとる行為を疑われ、俺は思わず剣を止めて、叫び返した。


 俺がイヴァンナを辱めた? 冗談じゃない!


 ……いや、まあ、その、『辱めた』の意味にもよるけどな。自由を奪って数十分にわたり風切羽でくすぐり続けるのは十分に『辱める』と言えそうな気もするけど、『凌辱』って意味ならしていない……よな?


 ん? っていうか、この声……


「そう。それならいいの。待たせたわね、アルフレッド、アスカ」


 そう言って、騎士は頭をすっぽりと覆っていた兜を取った。兜からふわっと零れ出た長い銀髪が、陽光を反射してキラキラと輝く。


 切れ長の涼やかな瞳。真っ直ぐな銀髪から横に飛び出した尖った耳。すっと通った鼻筋。まるで彫刻のように整った顔立ちの美女。


「エルサ!!」


 そう、その騎士は、エルゼム闘技場で技を競い、凶悪な魔物と共に戦った決闘士『舞姫エルサ』だった。


「ごめんなさい。妨害工作があったみたいで、君の手紙が届くのに時間がかかったのよ。アルセニーって人が君の手紙を複写して様々なルートで私に送り付けてくれたみたいでね、そのうち4通が私のところに届いたの。ああ、アルセニーは既に我が家の者が保護しているから、安心して」


「そうだったのか……」


 アルセニーさん、有能だな。勝手に手紙を開けて複写したってのは引っかかるけど、そうでもしないとエルサの手元に届かないかもしれないと思ったのだろう。冒険者ギルドを通した正規の配達依頼なら大問題だけど、俺とアルセニーさんの間の個人間依頼だから別に契約違反というわけでもない。


 待ち合わせ場所と時間帯を記載しただけの手紙だと伝えていたし、開けるなとも言ってなかった。イヴァンナに狙われる危険性を冒してまで引き受けてくれたんだから、文句は言えないな。


「ちょっと! そいつらは国家機密漏洩罪の疑いがあるって言ってるでしょ! ただちに拘束しなさい!」


 そこに、騎士に助け起こされたイヴァンナが割り込んで来た。


 ああ、そうだ。エルサと会えてホッとしたけどコイツの問題は解決したわけじゃない。イヴァンナは爵位持ちの権力者のようだし、相変わらず俺達は騎士達に取り囲まれている。追い詰められた状態は変わっていない。イヴァンナを人質に取れなくなった分、むしろ状況は悪くなっている。


 もうこれは、投降するしかないかな。エルサが来てくれたんだし、そう悪いことにはならないんじゃないか? 一応、イヴァンナとそのお供二人には怪我を負わせないように気を付けたし、冒険者達に負わせたちょっとした傷は既に治癒している。なんとかなるか?


「ああ、こちらの方達はトレス・アストゥリア家の客人なの。私が身元を保障するから安心して」


「ですが、エルサ様。その者達はイヴァンナ様やその御付きの方々に危害を加えた疑いがあります。我々としては、拘束しなくてはなりません」


 エルサとともに歩み出ていたもう一人の騎士がそう言った。


「あら、隊長さん。私が身元を保障すると言っているのに、何か問題があるのかしら?」


「あるに決まっているでしょう!」


 騎士に助け起こされたイヴァンナが、俺達を睨みつける。相当にお冠なご様子だ。


 すると、エルサが俺達に目を向けて首をちょこんと傾げた。申し開きはあるかという意味のようだ。


「国家機密漏洩罪だかなんだかしらんが、こちらにその意図はない。襲い掛かられたから止む無く抵抗しただけだ。出来るだけ傷は負わせないように配慮はしたつもりだよ」


「言い逃れよ! この私を拘束し、あまつさえ拷問したのよ! 不敬罪、いえ神人族全体に対する侮辱罪にあたるわ!!」


 垂らした涎の跡もそのままに、唾を撒き散らしながら喚くイヴァンナ。その姿には、初対面の時の貴族然とした余裕は欠片もない。


「その女に俺達を襲った理由を問いただしはしたが、拷問や危害を加えた覚えは無い。まあ、素直に吐いてはくれなかったから、拘束して、その、羽で、くすぐってだな…………」


 身の潔白を示すために抗弁したが、最後の方は若干しどろもどろになってしまった。くすぐりって拷問にあたるのか? イヴァンナは発狂しそうなぐらい悶絶してたからなぁ。拷問……かもしれない。 


 煮え切らない言い訳になってしまったが、それでも状況は理解してくれたようで、エルサは苦笑しつつも頷いた。


「イヴァンナ様、何の機密について仰っているのかは承知しております。ですがその点については問題ありません。この方達は、我らの機密を知っていたとしても何らおかしくない立場なのですから」


「な、何を……央人(ヒューム)の冒険者風情が触れて良い機密ではないのよ!」


「いいえ。問題ありません。こちらのお二人は央人族の守護龍イグニス様の従者なのですから」


「えっ……」

「な、なにぃっ!?」


 エルサの言葉にイヴァンナと騎士が唖然とした表情で絶句する。


「天啓をもって機密を報されていたとしても、何ら不思議ではありませんでしょう?」


 そう言ってエルサがにっこりと微笑む。


 あれ? もしかして最初からそう名乗っていれば良かったのか?


 『火龍の聖剣』と『王家の紋章』を見せれば納得させられたかも……。いや、聖剣も紋章も『龍の従者』でなくても持てるものだしな。『龍の従者』であることを証明することは難しいか。


「そして、このお二人は聖女キャロル・トレス・アストゥリア様の命の恩人でもあります。その意味がお分かりになりますか?」


「あ……その……」


 サーっと顔を青褪めさせるイヴァンナ。


「ああ、イヴァンナ様。アルフレッド殿が冒険者ギルドに配達を依頼した私宛ての手紙が、どこかで差し止められているようなのです。捜索のため冒険者ギルドにトレス・アストゥリア家から人を出しております」


 思い出したように言葉を続けるエルサ。イヴァンナは【影縫】を受けたわけでも無いのに、脂汗を垂らして硬直してしまっている。


「そ、それは……」


「万が一、手紙の隠匿、横領などが判明した場合には、皇家より処分が下ることになるでしょう。捜査へのご協力をお願いいたしますね」


 そう言って、エルサが優雅に一礼する。イヴァンナはガクッと崩れ落ち、騎士が慌てて身体を支えた。


「さ、じゃあ行きましょう。まずは我が家に案内するわ」


 エルサはにっこりと微笑んだ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「イヴァンナはトレス家の敵対派閥に与しているの。君達を捕らえて、『国家の機密を漏洩した』と私達を糾弾しようとしたのよ」


 俺達はエルサに連れられてエウレカに戻り、第一区画にある邸宅に案内された。応接室に通され、紅茶と焼き菓子で一息ついたところで、俺達がイヴァンナに狙われた経緯を話してくれた。


「アスカが贈ってくれた上級万能薬(ソーマ)のおかげで妹は息を吹き返したわ。妹は当代の『聖女』だから、アストゥリア皇帝選挙にも大きな影響力があるの。イヴァンナはその影響力を削ぐために、トレス家に難癖をつけたかったのでしょうね」


 エルサが属するトレス・アストゥリア家派閥とイヴァンナが属するゼクス・アストゥリア家派閥は、次期皇帝の座を巡って敵対関係にあった。そんな中、冒険者ギルドに現れた央人のA級冒険者が、なぜか国家機密である『地下墓所(カタコンベ)』の存在を知っていた。エルサ宛ての手紙を出したことから、『機密情報の漏洩はトレス家から』と糾弾することが出来ると考えたイヴァンナは俺達の拘束を目論んだ、という経緯らしい。


「なるほど……。不用意に地下墓所のことを話してしまった俺が悪かったのか……」


「アルのせいじゃないよー。元から地下墓所と不死者(アンデッド)のことはギルドで聞こうって言ってたじゃん」


「そうなのです。ギルドで情報収集するのは冒険者の基本なのです。アルさんの失敗ではないのです。悪いのはギルドマスターの方なのです」


 それはそうなんだけどさ……。元々、地下墓所のことはアスカに聞いたことだったんだから、情報を集めるにしても注意を払うべきだった。


「ところで地下墓所のことはどこで知ったの? やっぱり火龍様の天啓で?」


「あ、ああ、そんなところだ。詳しいことはわからないんだけどな。地下墓所で不死者を討伐しなければならないってことぐらいだ。エルサは何か知ってるか?」


 情報の出所を誤魔化しつつ、エルサに聞いてみる。


「本当は限られた者にしか話せない機密事項なのだけど、それだけ知っているなら問題は無いかしらね……」


 そう言ってエルサが微笑む。


「地下墓所に巣くっていた不死者は、聖女キャロルによって既に祓われたわ。貴方達のおかげでもあるわね」


 ……そうか。今度はそう来たか。


 ガリシアに続き、やはりアスカの想定通りにはいかないようだ。




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