第253話 魔法都市エウレカ
新章スタートです。
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目の前に広がるのは、どこまでも広がる荒涼とした大地。ところどころに灌木や仙人掌の茂みがある以外は、露出した岩石と岩屑が連なっている。
ヴァリアハート近辺は赤土の荒野が広がっていたが、こちらは白と灰色。光の当たり方によっては、仙人掌が自生する白銀の雪原という幻想的な風景に見える。
「……アストゥリアは乾燥した土地なんだな」
「不思議なのです。空気は湿っているのに大地は乾いているのです」
「ここは海岸が近いですから、海から吹き込む風で空気が湿っているんですよ。内陸に行くと空気も乾燥していきます。ここらはまだ緑が多いですが、内陸は草木も生えない砂地が広がっています。エウレカの西にある、地平線まで続く砂の海『死の谷』は絶景ですよ」
そう話したのは冒険者のアルセニーさんだ。王都クレイトンの冒険者ギルドで雇った魔法都市エウレカへの案内人だ。
元々の計画では、ガリシアの後は北の小国家群を超えて獣人族の里マナ・シルヴィアを陸路で目指す予定だった。その後に海路でアストゥリアに向かうつもりだったのだが、ひょんなことから貴重な転移石を複数入手することが出来たため、予定を大幅に変更することにしたのだ。
「貴重な転移石をくれたパウラに感謝だな。国家の重鎮でもない限り、こんな移動方法は出来ないからな」
陸路と海路で移動したら順調にいっても半年はかかる距離なのだが、転移石を使えば一瞬だ。パウラは難民キャンプの食料調達のために貴重な転位石を出したのだから、騙し取ったようで少々申し訳ないが……。
いや、そもそもアスカのアイテムボックスがなければ、あんなに大量の食糧を運べるはずもなかったのだから、このぐらい手数料の一部だよな。ウン。決シテ騙シタワケジャナイ。
「まさかNPCと一緒に転移できるなんてね……。盲点だったなぁ」
アスカが今しがた降りたエウレカの転移陣を眺めながらそう言った。
例え転移石を持っていたとしても、実際に行ったことがある転移陣でないと、転移はできない。ただし同行者は必ずしも行ったことが無くても良いのだ。
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護衛依頼
■目的地:アストゥリア帝国首都エウレカ
■ランク:不問
■報酬 :無し
■条件 :エウレカの転移陣に行った事があること
■依頼者:アルフレッド(Aランク冒険者)
■その他:
エウレカまでの同行依頼。
転移陣使用のため拘束日数は1日。
転移石・移動経費は依頼者負担。
道中の安全は依頼者が保障。
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冒険者ギルドでこのように募集したところ、手を上げたのがアルセニーさんだ。一瞬でエウレカに移動できるという条件に、飛びつくようにして依頼を受けてくれた。そして、俺たちはアルセニーさんと共に王都からアストゥリアへと転移して来たというわけだ。
WOTでは自分が実際に行ったことがないと転移陣を利用できなかったそうで、俺がこの移動方法を提案したとき、アスカは本当に驚いていた。ついでに『未探索エリアに転移できるとか超ヌルゲーじゃん』とか文句を言っていた。普通に考えれば思いつきそうなものだが、アスカにしては珍しい。
「もう30年はアストゥリアに戻っていなかったので、親の顔でも見に行きかなきゃって思っていたんですよ。普通に行くのは大変だし、お金もかかるしで半ば諦めてたんですけど、タダで連れて行ってくれるって言うんだから、本当に助かりましたよ」
そういうアルセニーさんは神人族の美青年だ。切れ長の瞳にすっと通った鼻筋、ぴょんと飛び出た長い耳に細い体躯と、まさに神人族という見た目をしている。
さらっと『30年は戻っていない』と言っていたが、はたしてアルセニーさんの年はいくつぐらいなのだろうか。同じぐらいの年齢にしか見えないのだが……。数百年は生きるという長命の種族だけに、土人族以上に年齢が読めないな。
「さてと。そろそろエウレカに向かいましょうか」
「ええ。案内、お願いします」
アルセニーさんにそう答えつつ、アスカにそっと目配せする。アスカは、こくりと頷いた。
今のはエウレカの転移陣のギミックを起動できるかどうかの確認だ。ガリシアの転移陣の神殿は土人族の同行者がいないと起動できなかった。エウレカの転移陣も同様で、神人族の同行者がいないと起動できないと旅立つ前にアスカが言っていた。
同行してくれたアルセニーさんが神人族だったため、神殿を呼び起こせるかどうかを確かめてもらったのだが、問題無く起動できるようだ。アルセニーさんには俺達の素性は明かしていないので、今この場で神殿を呼び出すことは出来ないが、信頼のできる神人族の誰かを連れて、またここに来ればいいだろう。
闘技場で知り合ったエルサが、エウレカに来る事があれば頼って欲しいと言ってくれていたので、頼めばここまで同行してくれるだろう。上級万能薬を無償で譲った貸しもあるしな。
ちなみに、ここの転移陣の神殿では、【魔術師】の上位加護の【魔道士】になれる短杖が手に入るらしい。【火槍】や【氷槍】といった長距離・高威力の魔法が使えるようになるので、早めに手に入れておきたいところだ。
「よし、エース。だいたい半日くらいの旅になるから、よろしくな」
「ブルルゥッ!」
首筋をゴシゴシと撫でるとエースは気持ちよさそうに目を細めた。
「幻想種を従魔にするなんて、アルフレッドさんは規格外ですね……。でも、本当にこちらは一人で良いのですか? エウレカまではそれなりに距離がありますから、アリスさんと私で二人乗りした方が良いかと思いますが」
「大丈夫ですよ。エースは俺達3人を乗せても、余裕で走れますから」
エウレカまで、俺・アスカ・アリスの3人はエースに乗せてもらう。さすがにアルセニーさんまでは乗せられないし、そもそもエースは俺以外の男性が乗ることを許さないので、王都で軍馬を一頭購入してアルセニーさんに乗ってもらっている。
それなりの出費だったが、今の俺達の懐事情ならまったく問題にならないし、エウレカに着いたら要らなくなるので売ってしまうつもりだ。エースが気に入ったら連れて行ってもいいかと思ったが、軍馬はエースに近寄っただけで蹴り飛ばされていたから脈は無いだろうしね。
今さらだが、エースは牝馬だ。購入した軍馬は牡馬だったので、もしかしたらパートナーに……と思ったがエースの男を見る目は厳しいようだ。まあ自分よりも一回り以上も小さい馬を、牡として見られないだけかもしれない。
通常、馬型の魔物は春から夏にかけて繁殖期を迎えるので、今まさにその時期なのだが、エースにそういった兆候は全く見られていない。もしかしたら繁殖適齢に至っていないのかもしれない。幻想種の生態はほとんどわかっていないから、何とも言えないけど。
転移陣を出発し、途中で何度か休憩をして水や飼葉を摂らせつつ、俺達は荒野を移動した。3人も乗せているにもかかわらずエースの脚は快調で、アルセニーさん一人が乗る軍馬の方が消耗が早いぐらいだった。
そして、おおよそ半日ほど経ったころ、俺達は目的地付近に辿り着いた。
「ようやく見えてきましたね」
白一色の高層建造物が並び、いくつもの尖塔がまるで天を突き刺すようにそびえ立っている。その周囲に碁盤状に広がった街並みは、完全な左右対称に配置されていた。
そして、遠目からでもわかるぐらいに豊かな緑が、都市の至る所に植えられている。灌木や仙人掌しか生えていない乾いた大地にもかかわらず、都市の周囲にだけは草原地帯が広がっていた。
高台から魔法都市エウレカを見下ろし、俺とアリスは緑と白の調和が織りなす美しさに目を奪われ、思わず「ほうっ」とため息をついた。
「どうです? あれが、この世界で最も美しい都市、エウレカです」
アルセニーさんが自慢気に、そう言った。




