第249話 ガリシアの転移陣
「ホントに良かったのー? 黙って出てきちゃって」
「仕方ないだろ。出来るだけ人目を避けて出発したかったんだから」
翌日、俺とアスカは日が昇る前にこっそりと孤児院を出発した。今日旅立つことは事前に話していたし、置手紙も残して来たけど、ダミー達や孤児院の子供達には不義理をしてしまったな。
「クラーラ達、これから3人だけで大丈夫かなー。心配だなぁ」
「大丈夫さ。あいつらならリーフハウスを支えていける。俺達の自慢の弟子達だからな」
「うーーん。そだね、3人とも頑張ってたしね!」
出会った時はレベル1か2でスキルの一つも覚えていないうえに、武器すら持っていない全くの素人だったからな。
それがこの短期間でAランク魔物の金竜と戦えるぐらいにまで成長したんだ。アリスや親衛隊組と言う凄腕の戦士達がいたからとは言え、彼らはもういっぱしの冒険者と言えるだろう。
「クラーラ、喜んでくれるかな?」
「イレーネ謹製の『地竜の爪』だからな」
メルヒとダミーに貸していた鋼の短槍とダガーは進呈すると置手紙に書き記しておいた。父上から頂いた物だったが、俺が持っていてもアイテムボックスの肥やしになるだけだから、二人が使ってくれた方が武器も喜ぶだろう。
そして、クラーラには新しい武器を置いて来た。彼女に貸していたのは、闘技場で喧嘩屋の熟練度稼ぎをしていた時に使っていた安物の手甲だったからな。
一人だけランクが低い武器を贈るのもかわいそうなので、イレーネに無理を言って武器を拵えてもらったのだ。逆にクラーラの武器だけ高品質になってしまったが、彼女はあのパーティのリーダーだし、まあいいだろう。
なお、エドマンドさん達は、まだレリダに残っている。今後の支援についての話し合いを詰めてから帰国するそうだ。
そして、ゼノは昨日のうちに解放した。アイツが向かったレグラムは、獣人族の里マナ・シルヴィアとも近いし、そのうち顔を合わせることもあるかもしれない。
「エース! そろそろ転移陣に着くぞ。ちょっと抑えてくれ」
「どーどー!」
「ヒヒンッ!!」
数日ぶりに草原を駆ける興奮から入れこみ気味になっているエースを宥めつつ、ゆっくりと走らせる。この果てしなく続く草原をエースの背に乗って駆けるのも今日までか……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガリシアの転移陣がある小高い丘陵に差し掛かったところで、日が昇り始めた。差し込んだ朝日を浴びて、朝露に濡れた濃緑の草がキラキラと輝く。
丘陵の頂きにゆっくりと登っていくと、低木の茂みの後ろから人影が姿を現した。どうやら先に着いていたみたいだな。
「おはよー、アリス!」
「アスカさん、アルさん、おはようなのです」
アリスは小さな身体と同じぐらいの大きさの雑嚢を背負い、金糸雀色に輝く戦槌を肩に担いでいる。しっかりと旅支度を整えて来たみたいだ。
「手紙、驚いたよ。本当にいいのか?」
「はい。アリスはアルさん達について行きたいのです」
昨日、ガリシアの館に訪れた際に、アリスからこっそりと手紙を受け取っていた。折りたたまれた紙片に書かれていたのは、『俺達の旅に同行したい。夜明けの転移陣で俺達を待つ』という短いメッセージだった。
「こんな早朝に待ち合わせってことは、族長やイレーネ達には何も話してないんだろう?」
「話しても止められるに決まっているので、置手紙を置いて来たのです」
「ええー? それ大丈夫なの?」
大丈夫なわけが無いだろう。一国の姫様が家出して、しかも国外への旅に出ると言うのだから。
「アリスはアリスの道を行くのです。レリダにいても、きっと何も変わらないのです」
アリスの右腕に刻まれた魔法陣の件は、結局のところ何も解決していない。アリスは相変わらずスキルを封じられたままだ。
「でも、そのタトゥーのことはガリシア氏族の人達が調べてくれるんでしょ? もしかしたら封印を解く方法も見つかるかもしれないよ?」
「置手紙に冒険者コードを書いて来たのです。アリスも旅先で手紙を送るつもりなので、方法が見つかったらギルドを通して連絡をしてくれると思うのです」
冒険者ギルドは、魔物使いによる鳥型魔物の伝書便を使い、近隣の支部間で定期的に連絡を取り合っている。その連絡網に便乗して手紙を送ってもらうこともできるし、ギルドに所在地を伝えておけば冒険者コードを辿って手紙を届けてもらうことも可能だろう。
「だが、いいのか? 氏族の後継者問題を放り投げて家出して?」
「ガリシア氏族の後継者はイレーネなのです。フリーデ叔母様の期待に応えようと、イレーネはずっと頑張って来たのです。氏族を捨てて飛び出したアリスよりも、よっぽど族長に適任なのです……」
そう言えば、アリスは何年も前に家を出ていたんだったな……。氏族の悲願である神授鉱を用いた武具を創造するために。天啓を受けた母の願いを叶えるために。
陥落したレリダを救うため一時的に戻ったとはいえ、氏族のもとに居続けるつもりはなかったってことか。アリスの殺害を謀ったフリーデの娘であるイレーネが、次期族長になるというのもどうかと思うのだが……まあそれはジオット族長が考えることか。
「でも、どうして俺達の旅に同行するんだ?」
「地龍ラピス様はアリスに祝福の武具を下賜され、天啓を授けてくださったのです。ラピス様は魔人から土人族を守れと仰ったのです。でも、アリスはどうすればラピス様の啓示に沿えるのか、わからないのです。だからアリスは、火龍イグニス様の従者のアルさんやアスカさんに、ついて行くことにしたのです」
言われてみれば……俺も火龍イグニスからの啓示は得たが、具体的に何をしろと示されたわけじゃなかった。アリスも、同じなのか。
というか、そもそも俺は火龍の啓示に従って旅をしてるわけじゃないんだよな……。アスカはニホンに帰るために旅をしていて、俺はその手助けをしてる。同じ『龍の従者』ではあるかも知れないけど、そんな俺達と行動を共にさせていいのだろうか?
いや、いいわけないか。一応、守護龍の啓示とアスカの目的は一致しているとは思うけど……。うーん、なんて説明すればいいもんかな。正直に言うしかないかな?
「ま、とりあえずさ、転移陣の神殿に行かない? アリスと一緒に行けば、ギミックは動くと思うんだよね」
俺とアリスが真剣な顔で話し合っていたら、アスカが場違いなくらい明るい声でそう言った。
ギミック? あ、そう言えば前にそんなこと言ってたっけ。神殿を呼び出せるのは土人族だけとか、ガリシアの偉い人が連れてってくれたとかなんとか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こ、これはなんなのです!? こんなの聞いたことないのです!」
「転移陣の神殿だよー」
土人族のアリスと一緒にいるからか仕掛けが動かせるようになったようで、アスカのメニュー操作で神殿が現れた。始まりの森やセントルイスの神殿と同じく、転移陣が隆起した台形状の巨石建造物だ。
土人族がいればいいのなら、クラーラやメルヒを連れて来てみればよかった。あ、でも、もしかしたらガリシア氏族の誰かと来なきゃいけなかったのかな?
「転移陣の……これは地龍ラピス様の神殿にそっくりなのです!」
「そだねー。使いまわしは良く無いよねー」
「ここにも魔晶石があるのです!?」
「ないよー。ここには大事な物があるのー」
アスカとアリスの掛け合いを聞き流しながら、神殿の玄室へと入る。玄室の構造は他の神殿と全く同じだ。白一色の石壁と灯かり、女性の像、石棺がある。
「【ギミック】起動。【ガリシアの匣】」
アスカの声に合わせて棺の蓋が消失し、鋭い爪のついた手甲が浮かび上がる。
あれ? いつもは白い石でできた武具が出てくるのに、今回は違うんだな。
「おっけー! じゃ、出ようか」
浮かび上がった手甲をさらっと収納して、アスカが振り返った。
「おう、じゃあ出ようか」
「とりあえず王都に転移だねー」
「えっ、えっ? どういうことなのです!? ここは何なのです!? さっきの武器は!?」
うんうん、アリス。気持ちはわかるよ。アスカと一緒にいると、見たことも聞いたことも無いようなことがたくさん起こるからな。
「落ち着け、アリス。ここから出たらちゃんと教えるから」
「は、はいなのです!」
アリスが慌てて俺たちに続いた。
細い通路を抜けて外に出る。暗いところから急に明るい草原に出たため、目がくらむ。数秒間目をつむってゆっくりと目を開けると、そこには人影があった。
「お、お前は!?」
「やあ、ダンナ。久しぶり。元気にしていたかい?」
そこにいたのは、灰色のローブを纏った褐色の肌の細面の男。魔王アザゼルだった。




